第二部 第十五章 激闘
第二部 第十五章 激闘
天才と名将が激闘した『ワーディー・アル・ヒジャーラ』の戦いは、魔聖ローマ帝国史上最大の激戦として、後世に伝わる戦いとなる。
その第一幕が今、幕を開けた。
「マルムーク兵前進、騎馬隊はその両翼を固めろ、魔術師部隊は突入してくる敵の騎馬隊を迎撃」
フランク王国の時代、まだ兵士が盾を持って戦っていた頃には、敵の部隊の右側面から攻撃するのが定石だった、なので突撃する部隊は直進後に右回りに移動する物とされている。
コルドバ帝国軍の編成では魔術師は攻撃に特化している、なので帝国軍の将兵はいまだに比較的小型で、軽量なラウンドシールドを使用している。なのでアブド将軍も定石通り、突入して来たアンリ達の魔法騎士部隊が右に回頭すると言う前提で、左翼の騎馬隊を厚く配備している、だが、アンリはその裏を掻いて左に回頭して、敵の右翼を切り離す事に成功する、敵の右翼部隊は直ぐに辺境候の部隊に包囲されて、数に劣る敵右翼騎馬隊はあっと言う間に殲滅されて行く。
「やるな、全軍そのまま前進、手薄になった敵の本隊を突くぞ」
とアブド将軍は第二陣を前に出す
「来るぞ、防御魔法を張れ、ここは何としても持ちこたえろ、歩兵は敵の魔術師に集中攻撃!」
辺境候が叫ぶ。
「敵の二陣の後方に着く、続け!」
アンリが指揮する魔法騎士隊が一斉に中央の敵二陣に襲いかかる。
「掛かったな、アサシン兵を前に、あの騎馬隊を殲滅する」
アブド将軍は更に第三陣の虎の子のアサシン兵を投入する、前方で辺境候の本陣を狙うと見せかけた
敵の二陣は反転して、アンリの魔法騎士隊に攻撃をしてくる。
「面白い、全員防御に徹しろ、一度本陣まで引くぞ」
アンリは隣で沓を並べて戦っている新妻マイアレンの事も気に掛けながら即断する。敵の魔法攻撃は苛烈で、アンリの部隊が普通の騎馬隊なら全滅していたかもしれない。だが、魔法騎士隊は移動しながら防御魔法を展開できる、アブド将軍はこの事を知らなかった。
「何故だ、敵の騎馬隊の損害が軽微だと?、アサシン兵が無駄になったか、全軍後退、一度距離を取る、どうも普通の敵では無い様だ」
第一幕の戦いは、魔聖ローマ帝国軍の優勢の内に終了した。
この戦いでも魔法騎士の有効性が証明された結果になる、そしてここで、ロタリンギア公の軍が戦場に到着して、第二幕の始まりになる。
魔法騎士隊の唯一の弱点、それがエーテル切れだ、騎乗で魔法を発動し続けるのは、通常の魔術師よりエーテルの消費が激しい、なので本陣まで戻った部隊は直ぐにエーテル回復の錬金薬を飲んで休息が必要になる。
「アンリ、大丈夫か?少し休んでいろ、辺境候遅れてすまない、まだ行けるか?」
「我らは、殆ど戦っていませんからね、余裕です」
「では一緒に行くか、全軍前進」
この時点で、味方は合計60000、但し魔法騎士部隊15000はしばらく動けないので実質45000、敵は35000の内騎馬隊の2000、マルムーク兵1000、アサシン兵500が失われている、つまり残り31500になる、更に敵軍では騎馬隊の指揮官が戦死している。
45000対31500の対戦であれば、奇策は必要無い、定石通りの戦い方で敵を数で圧倒して行けば良いだけだ、そしてこう言う戦いではロタリンギア公は圧倒的な強さを発揮する。
「ロタリンギア公も辺境候もさすがだな、重厚な布陣で一部の隙も無い」
回復薬のボトルを手にしたままで、アンリが呟いた。
「そうですね、所で兄貴さっきから気になっているんですが、隣の綺麗な女性はどなたですか?」
「あ、それ私も気になってました」
とウードとアルベールが言う
「そうか、まだ紹介していなかったな、マイアレンだ辺境候の妹で俺の妻になった、マイアレンこの二人はロタリンギア公の子息で、こっちがアミアン伯ウード、その弟のヴェルマンドワ伯アルベールだ、二人とも俺の弟みたいなものだ」
「そうですか、アミアン伯、ヴェルマンドワ伯よろしくお願いしますね」
とマイアレンは二人に礼儀正しく挨拶をする。
「こちらこそよろしくお願いします……って兄貴、いつ嫁さん貰ったんだよ、俺聞いてないぞ」
「そりゃそうだ、遠征の途中で知り合ったんだからな、言っておくが’、こいつはお前らより強いぞ」
「それはさっき後ろから見てましたからわかりますよ、見事な土魔法でしたね」
「まぁ、ありがとうございます」
「さて、休憩も済んだし前線に出るとするか、さっき戦って気がついたんだがな、敵はどうやら炎の魔術師が本当の本隊と言う事の様だ、騎馬隊も例の歩兵達もその護衛に過ぎないと言う事だな」
「そういう事なら、その魔術師達を片付ければ我らの勝ちですね」
「ああ、そうなるな、なので、俺は左翼から敵を迂回して敵の後方の魔術師部隊に突入する、お前達は……」
「当然右翼ですね、わかりました」
「よし、全隊騎乗、これより敵の魔術師を殲滅する、全隊出撃!」
ここで、アンリはまた空に向かって雷を放つ
「(辺境候なら、これに気がついてくれるだろう)」
辺境候サンシュは雷鳴を聞いて、後を振り返る、アンリとウード達の魔法騎士が二手に分かれて左右に走って行くのが見える。
「(なるほど、同じ所に気がついたか、助かる)」
「敵の魔術師部隊と他の部隊の距離を話すぞ、全軍戦いながら後方に下がれ」
左翼の辺境候の部隊が後退するのを見たロタリンギア公もそれに呼吸を合わせて中央と右翼の部隊に後退の指示を出す。
「敵が引き始めたぞ、マルムーク兵、アサシン兵、騎馬隊は突撃、ここで一気にけりを付ける」
アブド将軍は増援に来た部隊の攻勢が弱い事から、この部隊は連戦して疲れていると判断していた。
そして、敵が後退する様子を見せたので、攻勢に出るチャンスだと確信した、温存していた予備兵力を一気に投入して、その間に一時的に魔術師部隊に休息を与え、最後の決戦に投入する準備をさせようと判断したのだった。
魔術師達は、魔道具の杖を下ろし、腰を下ろしてエーテル回復薬を飲み始める。
「はぁ、やっと一息つけるな」
と寛ぎ始めた時
「敵襲!!」
杖を手にする暇も無く、コルドバ帝国軍の魔術師部隊は、騎乗して走りながら攻撃魔法を繰り出す、魔聖ローマ帝国軍の魔法騎士に一方的に蹂躙される。
それを見た、辺境候とロタリンギア公は、ほぼ同時に全軍突撃の指示を出し、自らも馬を駆って前線に飛び出して行く。
「くそ、私とした事が、あんな策に乗せられるとは……、全軍退却、急げマジェリトまで引くぞ」
とアブド将軍は馬を反転させて戦場から離脱しようとした。
そこに『テラ・ サクスムヘイル』の掛け声と共に無数の岩礫が将軍を襲い、その中の幾つかは愛馬諸共に将軍の身体を貫いた。
「ぐあ!!」
将軍は倒れる馬と一緒に、横倒しになり地面に投げ出される、そして
「その出立、名の有る将とお見受けする、大人しくして頂こう」
と、騎乗のままのアンリの剣を突きつけられる。先程の魔法攻撃の直撃で、左の脚は膝から下が千切れい、左腕も肩の直ぐ下から無くなっている。
「兄貴、また殺しちゃったんですか?」
と駆けつけたアミアン伯ウードに問われて
「馬鹿、今度はちゃんと生け捕りにしたぞ、それよりこいつに治癒魔法を頼む」
「了解」
アンリは治癒魔法を使えない……と言うか覚える気が全く無かった、それに対してウードやアルベールは治癒魔法も使える万能型なのだった、だが治癒魔法をかけても、失った手足が生えてくる事は無い、あくまでも傷を塞ぎ、止血効果があるだけだ、これは錬金薬の治癒薬も同様で、こちらは人体の自然治癒力が増幅される位の効果しかない。
「誰か荷車を持って来てくれ、敵の捕虜を乗せる」
とアンリは指示をして、馬を降り将軍と向き合った。
「私は、魔聖ローマ帝国アキテーヌ公爵アンリ・ポワトゥー、貴殿の名を伺おう」
「コルドバ帝国総司令アバン・ブン・アブド将軍だ」
とアブド将軍は、全身の痛みに耐えながらも堂々と答えた。
「将軍閣下でしたか、見事な用兵でした、こちらの援軍が遅れたら危なかった」
「ああ、そうだな、貴殿らが合流する前に叩きたかったのだが叶わなかった、私の負けだ」
止血はされたとは言え、この怪我では自分は長くは持た無いだろうと将軍は思っている。
なので、もう達観した状態になっていた。周りを見渡すと既に味方の姿は無く、コルドバ帝国軍は瓦解してマジェリトまで潰走しているのだろう。
そこにエルベールとサンシュの二人も護衛の兵と共に駆けつけてきた。
「敵将を捕らえたか、アキテーヌ公成長したな」
とエルベールはアンリを変な風に称賛した、そして辺境候に向かい
「この戦いは貴殿の勝利だ、鬨の声を」
と促した。
サンシュは剣を掲げると
「我らの勝利だ、ヴィヴァート・マギカ・ローマン・インペリウム、ヴィヴァート・インペラトーレ!!(魔聖ローマ帝国万歳、皇帝万歳)」
と叫ぶ、全軍がこれに唱和して戦場に、帝国万歳、皇帝万歳の声が広まっていく。
ここに『ワーディー・アル・ヒジャーラ』の戦いは魔聖ローマ帝国軍の圧勝と言う形で収束したのだった。
その一方で、広大な戦場には、双方の将兵の遺体が多数転がり、負傷兵の呻き声もあちこちで聞こえてくる。
「よし、全軍ここで野営する、戦場の後始末を忘れるな」
とエルベールは全軍に指示をした。
遺体や負傷者をそのまま放置して前進する指揮官もいるが、エルベールは律儀なのだ。
そして、処理が終わる頃には、日が落ち始めている。
各軍団毎に、書記官が死傷者の名簿を作り、士官については別途報告がある。
「そうか、ペリゴール伯がな、良い男だったが残念だ」
アンリの部隊も無傷な訳が無く、中衛の要だったペリゴール伯が戦死して損耗率は5%に達している。
他の軍団でもかなりの死傷者が出ていて、奮戦した辺境候の軍団は損耗率が20%に達している。
特に、途中で参戦した、バルセロナ伯の騎士団はその半数が失われた、辺境候の兵達と練度が大幅に違った事もその原因だが、彼らの士気が高く無理をした事の結果でもある。
翌朝、全軍は マジェリトの街を目指した、そして、それぞれに布陣をする事になる。
「これがマジェリトの街か、見事な街だな、特にあの中央の石造りの館は素晴らしい」
と街の東から北へと包囲する様に布陣を始めたエルベールは高台の自分の本陣から街を観察している。
少し離れた丘には東から南へと包囲陣を敷き始めた辺境候の本陣がある。
そしてその中央に、アキテーヌ公爵アンリは陣取っている、騎兵が中心のアンリの部隊は包囲には参加していない。
全軍の布陣が終わったのは夕刻になった頃だ。そのアンリの陣に義兄になった辺境候が顔を出した、そしてそこにエルベールも参加する。
「いや立派な街だな、できれば無傷で落としたいが、包囲を完成させたら降伏勧告を送ってみるかな」
「そうですね、ただこれだけの街だと完全に包囲するには兵力が足りないですね」
エルベールとサンシュはワインの入ったゴブレットを片手にそんな話をしている。
「父上、我らも包囲に加わりましょうか?」
とウードが言うと、エルベールは頭を振って
「この愚か者、そんな事を言っているから、貴様は一人前扱いされないのだ」
とウードを叱りつけた。
「まぁまぁ、ロタリンギア公、アミアン伯も悪気があって言った訳では無いですから」
と辺境候はエルベールを宥める。
通常騎兵は攻撃力はあるが、防御力に欠ける、なので、基本的には守備や包囲は歩兵の仕事と言う事になっている、だが、魔法騎兵は防御力も高いのでその限りでは無いのだが、エルベールはまだ正確な運用法を理解していなかった。
「西側の包囲をこのまま開けて置けば、敵がそこから逃亡するかもしれませんね、そうなれば良いですが」
とアンリは、エルベールが恥をかく事の無い様に話を変える。
「伝令、辺境候はこちらですか?」
そこにバルセロナ伯ミロが駆け込んできた。
「どうした伯爵?」
「付近の偵察に出した騎兵から、南西の街道に野営中の軍を発見したとの事です、ただ既に暗いので旗印は確認できなかったと」
「これは、敵の増援ですね……」
「そうだな、だが地理に不案内な場所で、夜襲は危険だぞ」
とアンリが言う前にエルベールに言われてしまった。
「分かってます、明朝我らでその軍に対応します、よろしいですか?」
「ああそうだな、頼んだぞ」
「アキテーヌ公、毎回すまんな」
「任せてください、エルベール殿も義兄上もその間に包囲陣を完成させてください」
「うん?義兄上? 辺境候、アンリ、どう言う事かな?」
エルベールは不思議そうな顔をしている。
なのでアンリは再び、マイアレンを嫁にした経緯を話した。
「おうそうか、それはめでたい話だ」
とエルベールも喜んで祝福をしてくれた。




