第二部 第十四章 侵攻戦
第二部 第十四章 侵攻戦
ヴァスコニア辺境候サンシュの軍12500……内5000はトゥールーズ伯の将兵だ……の軍勢はピレネー山脈の北側で東の地中海に近い街ペルピニャンに入った、この街から山脈の北側まではトゥールーズ伯爵領だ。
ここから海沿いの低地を通って山脈を迂回する形で、旧バルセロナ公国に入る事になる。
このバルセロナ公国は、100年以上前は、一つの公国として当時のトゥールーズ伯ベランジェ……現在のトゥールーズ伯とは血縁関係に無い……が周辺の伯爵領と共に収めていた事もあり、人種や民族的に近い関係にある。
「伝令、伝令!!」
非常時を告げる早馬の叫び声が、ペルピニャンの街に響く
「何事か?」
「敵、コルドバ帝国軍10000、国境を抜けて『セルベール』の村の手前まで侵攻中」
「敵に先手を取られたか、全軍セルベール救援に向かう、続け!」
ここからセルベールまでは徒歩で半日の距離だ、だが馬で急げば3時間かからない、国境の村なので
2000名程の守備兵とそれなりの城壁や防御設備があるので、持ち堪えてくれれば戦局はこちらが有利だ。
「この戦が終わったら、俺の軍も編成を変えないと行けないな」
とサンシュは馬を走らせながら考えている、先の戦いで魔法騎士の機動力と攻撃力の高さを目の当たりにしたからだ。騎兵と魔術師を分けるのでは無く同じ部隊として運用する方が遥に効率が良い、ただその魔法騎士をどうやって育成するかが問題だった。
セルベールの街の南側の街道は海沿いに沿って走っていて、反対側は高い崖になっている。
つまり防御側は、崖の上の陣を敷けば、眼下の敵を狙い撃ちにできると言う地の利がある。、また街道は道幅が狭いので、騎兵なら四名が並走できる限界だった、なので敵の侵攻速度は非常に遅く、また街の城壁に辿り着く前にかなりの被害を出している状況だった、しかもこの侵攻軍を率いるのはコルドバ帝国の将だが、兵士達の殆どは無理矢理にマルムーク兵として徴兵されたバルセロナ公国の領民達だ、その為に著しく士気は低い、その為に兵士達の後には督戦隊を配置しなければならない状況だった。
そんな中サンシュの軍は街に到着すると、休む間も無く城門を開けて迎撃に出る。
魔術師が交互に防御魔法を張る中、少しずつ騎兵と歩兵が前進して、敵の前衛部隊と交戦状態に入る。
狭い街道での戦いなので一進一退の攻防が続くが、味方の魔術師部隊は敵の後方を崖の上から攻撃できる。 これにより敵は後方から崩れ始めて、潰走し始めた。
「今だ、全軍突撃、このまま潰走する敵を追撃して一気に敵領内に侵攻する」
サンシュはそう叫ぶと、自ら馬を進めて先頭に立って敗走する敵を蹴散らしながら進む。
敵は葛折になった街道をひたすら後方に逃走するが、途中で諦めて武器を捨てて降伏する者が増え始める。
1時間程の追撃戦は、サンシュ麾下の軍が、敵領の最初の村『ポルトボウ』に入った事で収束する。
サンシュは、この村を占拠すると、全軍を一時停止させた。
この追撃戦で、10000の敵軍は壊滅、捕虜は3000名を超える、そして侵攻軍を率いていた敵将であり、皇帝の次男アブドゥル・ジャバールは、騎乗したまま崖から転落して非業の死を遂げた。
サンシュの軍はこの後、ジローナ、バルセロナと兵を進めて、進路を西に取り、サラクスタに向かう事になる、この辺り一帯は帝国の傘下でバヌー・カシーがサラクスタ王を名乗り王国として半ば独立した勢力を持っていた。
サンシュは、ここまでの戦で捕虜にした将兵の中から従軍を希望する者、バルセロナで義勇兵として参戦した旧バルセロナ公国の騎士達を麾下に加えて、20000近い軍でサラクスタの街を囲んだ。
「一応降伏勧告をしてみよう、バルセロナ伯、頼めるか?」
この自称バルセロナ伯ミロは、コルトバ帝国に臣従した父、先代のバルセロナ伯スニエと現バルセロナ伯の兄のプレイと伯爵領を巡って争っていた。彼はコルドバ帝国に臣従する事を拒否して兄と父と袂を分っていた、そこにサンシュの軍が来襲して、兄は魔法修道院で隠棲していた父を連れて共に逃亡したが、ミロは配下の騎士団を引き連れて、サンシュ側に参陣する事になったのだ。
「はい、ですが、サラクスタ王は帝国とは不仲ですが同じムーア人、可能性は低いかと思われます」
と言いながら白旗を掲げて、サラクスタへ向かった。
結果は伯爵の言葉通り、サラクスタ王は10000の兵で断固抗戦を宣言。翌朝から熾烈な攻防戦が始まった。
サンシュは攻撃を開始、魔術師達が防御魔法を張りながら、歩兵が攻城槌を運び街の城門に
攻撃をする。
「(あの魔法騎士達が500もいれば、こんな面倒な事必要無いのだが……)」
敵の魔術師達は攻撃魔法を、城門の前の味方に集中してくる。
サンシュの合図を待っていた、味方の残りの魔術師達が一斉攻撃で、城門とは離れた場所の城壁を破壊して、そこに騎士達が一気に突入、サラクスタの街の中で壮烈な市街戦が始まった。
サンシュの騎士達は訓練された強兵だが、それは敵も同様だった、数の不利を地の利を生かして善戦して、街の中心部、拝火教の神殿と、王宮を占拠したのは、日が落ちる頃だった。
武勇を誇るサラクスタ王は、三人の騎士を同時に相手して怯まず、最後には旧知の仲だった、バルセロナ伯ミロによって討ち取られた。
「強敵だった」
20000の兵の内1500を失う激戦の後で、サンシュは刃こぼれしてノコギリの様になってしまった剣を収めた、サンシュ自ら倒した敵兵は20人以上になる。
翌日出立の準備をしていると
「北東より敵襲、数10000!!」
と周囲の警戒にあたっていた、バルセロナの騎士から急報が入る。
「敵の増援か、だが一足遅かったな、全軍迎撃準備!!」
と指示をして、街の城壁の上の物見の塔に登る、敵の布陣を確認する為だ。
そして敵が接近して……旗を見て気がついた、赤字に黄金の鷲と月桂樹の紋章の魔聖ローマ帝国の旗と赤地に金の獅子のアキテーヌ公の旗だ
「全軍待て、あれは味方だ、アキテーヌ公アンリ殿の軍だ」
その声に兵士達から歓声が上がった。
一方のアンリ達は、サラクスタの塔に翻る旗を先に確認していた。
「しまった、ラリダの街で手間取っている間に、辺境候に先をこされたか」
とアンリは嘆いた、先陣争いをしている訳では無いが、大きな街は自分で攻略したいと思っていたからだ。
「そう言えば、義兄上とは随分と会っていないと言っていたが?」
と隣のマイアレンに聞くと
「はい、内戦が始まって以来ですね、兄は許してくれるでしょうか?」
城門の前まで出迎えたサンシュは、隊列の先頭を行く兵の旗の中に赤地に白の獅子の旗が有る事に気が付いた、妹であるウルヘル伯爵マイアレンの旗だ。
「そうか、妹も兵を出したと言う事か、アキテーヌ公は上手く説得してくれたのだな」
と安堵したが、軍列が近付いて来るとアキテーヌ公の隣に甲冑姿の妹が居る事に驚いた。
二人は、並んで馬を降りると、アキテーヌ公が先に挨拶をする。
「辺境候には、ご機嫌麗しゅう、どうやら先を越されてしまった様ですね」
「ああ、貴兄が来るとわかっていたなら、待っていれば良かった、なかなか手強い敵だった」
と固い握手を交わす
「ところで……」
とサッシュが妹の事を聞こうとすると、アンリに
「その事で御報告と許可を頂く事があります、どこか静かに話せる場所はありますか?」
「わかった、では占拠した王宮の広間が良いだろう」
「では、そちらで……ブロア伯、全軍ここで休息だ後は頼んだぞ」
とアンリは副官に軍を任せて、マイアレンと共にサンシュの後に続いた。
マイアレンは俯いて無言のままだ。
広間には、先程まで軍議に使用していたテーブルと椅子がそのまま残っている。
サンシュは、その中の一つに座って、二人に着席をする様に勧めたが二人は立ったままだった。
そしてアンリが話し始める。
「……と言う訳で、私は妹君を妻とする事にいたしました、つきましてはその許可をいただきたい、そして、甚だ身勝手なお願いとは思いますが、これまで妻が犯した辺境候に対しての叛逆行為を私に免じて水に流しては頂けないだろうか? もちろんウルヘル伯爵の称号と伯爵領は辺境候に返却いたします」
とアンリは頭を下げた。
そして始めてマイアレンも口を開く。
「兄上、許して欲しいと言うには、余りにも私の罪は重い、反逆罪で死罪になるのは構わん、だがせめて
アキテーヌ公との婚姻を認めて欲しい、処刑されるにしてもアキテーヌ公の妻として死にたいのだ」
そう言われてサンシュは無言になった。
妹の事を処罰しようと思った事は無かった、内戦の原因は全ては妹の母とその一族による物で、妹はただの神輿として担がれただけだと言う事はわかっているからだ、そしてその一族は既に全員誅殺済みである。妹が自分に反抗せずにアンドラで大人しくしていてくれればそれで良いと思っていたが、なんと皇帝ユーグの信任も厚いアキテーヌ公が妻にすると言って来た、領地は隣接しているし、アキテーヌ公の軍は精強、しかも信義に厚く武名も高い、こんな理想的な妹婿は居ないだろう。
「良くわかった、ヴァスコニア一族の長として、二人の婚姻を認めよう、マイアレン今までの罪はアキテーヌ公の妻として公に尽くす事を条件に許す事とする、それと、この戦いが終わるまではウルヘル伯爵の件はアキテーヌ公にお預けしておく、お前の兵は俺には手が余るからな」
そう言ってサンシュは立ち上がると、アンリの手を取った
「頼もしい義弟ができて嬉しいぞ、妹を頼む」
そしてマイアレンには
「やっと自分より強い男を見つけたな、兄として嬉しいぞ、夫婦仲良くな」
そして態度を改めた。
「我が軍はこれよりコルドバ帝国の旧都『マジェリト』を目指す、もちろん一緒に来てくれるな」
「はい、義兄上、もちろんです、おうそう言えばそろそろ『ユール』ですな、この辺りは暖かいので冬至と言う気分にはなりませんが」
「そうか、もうそんな時期か、戦場に居ると時が経つのは早いな」
こうして合流した辺境候サンシュとアキテーヌ公アンリの軍28500は途中の小規模な街や村を落としながら、街道を兵を南西を進めて、ロタリンギア公エルベールの軍との合流地点である『マジェリト』の北東の街、『ワーディー・アル・ヒジャーラ』の手前で、待ち構えるコルドバ帝国の大軍を発見する事になる、コルドバ帝国の総司令アバン・ブン・アブドは皇帝アブド・アッラフマーン3世の叔父でアッラフマーン3世が数年前に、アストゥリアス王国とのシマンカスの戦いで大敗して以来、軍事の才能が無い事を自覚した皇帝に変わって、これまで全軍の指揮を取って来た帝国屈指の名将だ。
アブド将軍は魔聖ローマ帝国軍の逆侵攻を察知すると、帝国内のほぼ全ての戦力をここに集結させて
敵を待ち構える戦略を取った、その数35000、将軍の戦略ではアストゥリアス王国を攻略した皇太子ハカムの軍の到着をここで待ち、総勢60000以上の大軍で魔聖ローマ帝国軍を挟撃する予定だった。
だが、将軍はその皇太子ハカムの軍が、魔聖ローマ帝国皇帝ユーグの率いる軍によって壊滅させられて
逆に、兵力不足でほぼ丸裸状態だった『トレド』の街を攻略したユーグの軍22000が「マジェリト」に向かって進軍している事をまだ知らなかった。
そして将軍に取って悪い知らせが入る『ブルゴス』の街を占領して残りのカスティーリャ伯領も解放したロタリンギア公エルベールの軍35000が北から「マジェリト」に向かって進軍中と言う伝令だ。この時エルベールの軍には解放したカスティーリャ伯領やその周辺地域からの騎士達5000が参加していた。
「おのれ、ハカムは何をしているのか?無能者め、前方の敵はおよそ30000、更に30000が北からだと?これでは逆に我が軍35000が60000の敵軍に挟撃される事になるでは無いか」
だがここで後退を選ばなかったのは、アブド将軍が有能な証拠である、将軍は魔聖ローマ帝国軍が合流する前に各個撃破する事を選んだのだ。
「敵前進を始めました!!」
「どういう事だ、防御陣を捨てて前進だと?」
辺境候サンシュは、不可思議な敵の動きに困惑する。
「そうか、そういう事か」
アンリは直ぐに察して、空に向かって雷撃を放つ、すると数秒置いて、北の空から雷鳴が二回響く。
「辺境候、一旦後退しましょう、ロタリンギア公の軍が北から近付いています、ここは合流した方が良いかと、後退しながら北に向かいましょう」
「そうか、魔法を狼煙代わりに使うとは便利だな、では敵の速度に合わせて後退、北に転進する、全軍下がれ!」
「なんだ季節外れの雷が鳴ったと思ったら敵が後退し始めた、嵐でも来ているのか?」
「いえ、そんなはずは?」
敵陣ではアブド将軍が幕僚にそんな話をしている。
一方で、ロタリンギア公はここまで普通の速度で行軍していたのを、一気に早足に変えて、雷が上がった地点へ駆け出している。
「急げ、戦闘が始まる前に合流するぞ、ウード、アルベールお前達の魔法騎士は先行して、アンリの部隊と先に合流しろ、敵が攻撃してきたら自由に反撃を許可する」
足の遅い歩兵と徒歩の魔術師部隊が居るので、二人の息子の魔法騎士部隊を先に行かせる事にした、ロタリンギア公エルベールの決断は正しかった、二人の部隊を合わせると5000を超える精鋭の魔法騎士部隊がアンリに合流する事になる、これは通常の部隊なら10000以上の兵士に換算できる。
二人は『ワーディー・アル・ヒジャーラ』北側の収穫が終わり休耕畑となっている穀倉地帯で、辺境公とアンリの軍と合流する事ができた。
「兄貴!!」
「おう二人とも、ロタリンギア公は?」
「後から来ます、敵は?」
「すぐ目の前だ、これより突入する、続け、辺境候!」
「心得た、全軍横に広がれ、アキテーヌ公が敵を分断する、分断された敵を包囲殲滅しろ」
「(凄いな、俺の陣形を見ただけで、この判断ができるとは)」
戦場の差配を言葉では無く、気配で察知できるのはまさに戦さの才能と言える。その意味で辺境候はまさに天才肌だった。




