表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/40

第二部 第十三章 山脈の街

第二部 第十三章 山脈の街


 アキテーヌ公アンリは、バイヨンヌの街を、ヴァスコニア辺境候サンシュの軍と一緒に出て東に向かう

二日程の行軍で、温泉の湧く村、アクス・レ・テルムに到着した、ここで辺境候の軍と別れてアリエージュ川沿いの小街道を南下する事になる。

「では、道中気を付けてくれ」

「辺境候も御武運を」

とお互いに騎乗のまま、挨拶を交わして小街道に入った、先導するのは地元の出身の辺境候の部下五名だ

彼らは紺地に白の獅子のヴァスコニア辺境候の旗を掲げている、アンリが掲げるのは赤字に黄金の鷲と月桂樹の紋章の魔聖ローマ帝国の旗と赤地に金の獅子のアキテーヌ公の旗だ。

 最初はなだらかな登りだが、だんだんと道は険しくなって行くが、基本的に谷や低い山の稜線を抜けて行くので、馬や馬車でも問題無く通過できる。

 途中で野営して二日目の昼頃には、街道を塞ぐ様に建てられた砦にたどり着いた。どうやらここから先がウルヘル伯領のアンドラらしい。

「アキテーヌ公、いきなり攻撃してくる事は無いと思いますが、私が先に言って話をしてみます、こちらでお待ちいただけますか?」

と地元出身の騎士が言うので、彼に対応を任せてみた。

しばらくすると、砦の門が開けられて、中に入れる様だ。

「このまま通過して、この先のアンドラの街までは行けそうです、ただその後が……」

「辺境候の妹君マイアレン殿の気分次第と言う事だな」

「はい」

「なるべく穏便に済ませたい所だがなぁ、その街の兵力はどれくらいなんだ?」

「1500程ですが、勇猛なヴァスコニア兵ですから……」

「貴兄もヴァスコニア兵では無いのか?」

「はぁ、なので私はあまり同族と戦いたくは無いのです、数年前の内戦ではお互いに死傷者がかなり出ましたから」

「そうか、そうだよな、まぁとにかく話合ってからだな」

 こちらは精鋭の魔法騎士が7500人だ、幾ら勇猛とは言え一地方領主の兵1500程度なら、戦にもならない、戦えば一方的な虐殺になってしまうのは明白だった、アンリとしてはそんな不名誉な戦いは避けたかった。


「あれがアンドラの領主館です」

と言われた館は、山の中の盆地の中央にある、見事な三階建てのログハウスだった。

「ほう、これは立派だ、俺の館より見事な作りだな」

 実際、アンリの館は公爵の館としては質素な物だった、先代のアキテーヌ公爵はアングレームの街を公都としていて、そこに城郭を構えていたが、西フランク王国の時代にローマ教皇派として、皇帝ユーグ……当時の辺境候……に反旗を翻し討伐され、その城も焼き払われている、今のアンリの館はその城の跡地に建てた物だった。

 

 メインホールに案内されると、ホールの奥、一段高くなった場所に置かれた豪華な椅子に甲冑姿の女性が座っている。

「ウルヘル伯爵マイアレン・ヴァスコニア、兄の使者とはお前か、何の様か?」

「私は魔聖ローマ帝国、アキテーヌ公爵アンリ・ポワトゥー、伯爵の兄君と同盟関係にある、ヴァスコニア辺境侯からの書状はここにある」

そう言うと、アンリは伯爵の従者に手紙を渡した。

「アキテーヌ公爵だと、昔何度か父上が戦った事があるが、そんな姓では無かったが、それに魔聖ローマ帝国?そんな歴史の本に出てくる様な国が何用なのか?」

と言いながらもマイアレンは辺境候からの手紙を読む。

「ふーん、山脈の向こう側のコルドバ帝国領を攻めるから、私の領地を通過させろと……、アキテーヌ公爵、通過するのは構わんが、黙って通すわけにはいかんな」

 そう言うとマイアレンはニヤリと笑った。

「通行税、兵士一人あたりデナリウス銀貨100枚払ってもらおうか、それが嫌なら貴様、私と立ち会え、

西フランク王国の騎士に黒尽くめの剣の達人が居ると聞いた事がある、貴様の事だろう、さぁどうする?」

 そう来るかとアンリは思った

「ああ、では手合わせをしてやろう、だが俺は自分より弱い奴と手合わせするのに剣は使わん、そこの木剣で充分だろう」

 アンリはそう言うと、自分の背中の双剣を抜いて、副官に預けて、壁際に無造作に置いてある木剣を2本手にした。

「いいぞ、どこからでも掛かってこい」

「ふん、舐めた口を目に物を見せてやる」

 マイアレンは剣を抜き、アンリに打ち掛かってくる。

「悪くないな、だがまだまだ遅い」

とアンリは右手の木剣でマイアレンの剣を打ち払う。

「(なぜだ、なぜ木剣が折れない?)」

マイアレンは混乱しているが、その理由は簡単だった、アンリはマイアレンの剣の横から弾いているからだ、つまり剣の刃の部分を避けて打ち合っているのだった。

「大口を叩くだけは有るな、ここでは狭い表に出ろ」

とマイアレンは入り口のドアを足で蹴って外に出た、アンリも後を追う。 

 それぞれの部下達も慌てて外にでる。

「ここからは本気を出させてもらう、死んでも後悔するなよ」

マイアレンはそう言うと、剣を上段に構えて、振り下ろした。

 その剣先から岩が生成されてアンリを目掛けて飛んでくる。

「(ほう、『テラ・ サクスム』か、こんな辺境で魔法剣士に逢えるとは思わなかった、だが甘い)」

と岩を左手の木剣で全て受け崩して行く。

「お前、独学で魔法剣を覚えたのか、だったら褒めてやる、だが本物の魔法剣とはこう言う物だ」

と、アンリは左手の木剣を振る、マイアレンの生成した物より二回り程大きい岩が、高速でマイアレンの

横を掠めて行くと、広場後方の塔にぶつかり塔を完全に破壊した。

 マイアレンはそれを見て、完全に戦意を消失して腰を抜かした様になっている。

「立てるか?筋は悪く無い、ちゃんと修行をすればもっと強くなれるさ」

アンリはそう言って、マイアレンに右手を差し出し、助け起こした。

「完敗ね、ダークナイトってこんなに強いんだ、私、今まで何をしていたんだろう」

とマイアレンは少し涙目になっている。

「あ、一つ訂正して置く、さっきお前が言っていた『黒尽くめの剣の達人』と言うのは俺の兄貴分で師匠でもある、ブルゴーニュとフランケン公の『ダーク・ナイト』ユーグ・ホゾンの事だ、俺は『黒の魔法騎士』と呼ばれている、まぁどうでも良い事だが」

「え、ではそのダーク・ナイトは貴方より強いの?」

「当然だ、俺はまだ兄貴から一本も取った事が無い、まだまだ足下にも及ばんよ、ついでに言うと兄貴の奥さんも強いぞ、剣の腕だけなら俺より上かもしれん」

「そんな……」

「何だ、そんなに驚いたか、魔聖ローマ帝国にはまだまだ強い奴は沢山いる、お前の兄上だってかなりの剣の腕だろ? そんな訳で俺もまだまだ修行中なんだよ、さてもう良いか?、これで通してくれるな?」

「はい……あのアンリ様、私も連れて行っていただけませんか?」

「何?遠征に同行したいのか?それは構わんが……(いや構った方が良いのか?)」

「私の兵、2000居ます、みんな山の民でここから先の道にも詳しいです」

「そうか、それなら道案内を頼むとしようか、よろしくな」

「はい、それともう一つお願いがあります、私を嫁に貰ってください、もし奥様がいらっしゃるなら第二夫人でも妾でも構いません」

 マイアレンの突然の宣言に、周囲の将兵達も驚いたが、一番驚いたのはアンリだ 

「おい、突然何を言う……」

と動揺して言葉に詰まる。

「私はずっと私より強い男性を探していました、我が守護神、大地の女神テラにかけて、一生貴方にお仕えいたします」

「公爵閣下、そこで断ったら男じゃ無いですぜ」

「そうだそうだ、女にここまで言わせてはダメです」

「お前ら……、わかった嫁に貰ってやる、それで良いな」

「はい、よろしくお願いいたします」

「うおーーー」

と町中にアンリとマイアレンの将兵達と領民達の歓声が響く、領民の中には

「姫様、本当に良かったですね、お幸せに」

と涙ぐんでる老婆もいる、どうやらマイアレンは伯爵として領民から慕われていたようだ。


 「アンリ様が、先を急がれているのは理解していますが、今日これから出立しても途中で夜になります、山道は夜は危険ですから明日の朝出立と言う事でよろしいですか、今夜は宴といたしましょう、皆様存分に楽しんでください」

 そう言うとマイアレンは、アンリの腕を取って、ホールの中に一緒に入る。

直ぐに、テーブルや椅子が運ばれて、ワインやエールと料理が並べられる。

「(何が何だか良くわからんが、俺にも嫁ができたって事で喜んで良いのかな?)」

とまだ実感の無いアンリだった。

「御領主様、村で取れた「ピノ・ノワール」のワインでございます」

と村長らしい領民がアンリにワインを注いでくる。

 この時代の習慣で、妻の資産は夫の管理化になるのが普通で、ウルヘル伯爵であるマイアレンの地位は

アンリの物となり、アンリはウルヘル伯爵も兼ねる事になる。マイアレンの方はアキテーヌ公爵夫人と言う地位を得る事になる。


 翌朝、マイアレンとの初夜を過ごしたアンリはまだ暗いうちから起きて日課になっている鍛錬をする。

毎朝、剣をひたすら一時間ほど振るうのが、基本の鍛錬だ。

「アンリ様、ご一緒してもよろしいですか?」

「ああ、構わんよ」

 昨日散々に打ちのめされて、更にベッドを共にしたマイアレンは当初とは別人の様になっている。

アンリはしばらく一緒に剣を振るっていて気がついた。

「ちょっともう一度」

「え? はい」

「これだ、ここまで振り切っているけど、それでは剣に威力が乗らない、ここで止めるんだ」

と実践して見せる。

「こうですか? あ?」

「そうそう、音が変わるのがわかるだろう」

「はい、アンリ様」

「しかし我流であそこまで剣の腕を磨いたとは、素晴らしいものだな、頭が下がる」

「ありがとうございます、でもアンリ様には全然歯が立たなかったですけど」

「これからは、俺が剣も魔法も教えてやる、直ぐに上達するさ、さて水浴びをしてくる、出立の準備をしないといけないからな」

「はいアンリ様、あのお着替えの用意はできておりますから」

「え? ああ、ありがとう」

 水浴びから戻ると、アンリが日頃身に付けている物より質の良い下着やシャツがベッドの上に用意されていた。

 アンリは鎧や武具等には気を付けているが、余り身なりには構わない方だったので、これは助かるかもしれない。


「全軍行くぞ!」

「おう!!」

アンリの横には、妻となったマイアレンが、ヴァスコニア伝統のチェィンメイルにチェストアーマと言う

姿で、並んで騎乗している。

 総勢9500となった軍団は、マイアレンの兵を先頭に山の街道を進んで行く、街道はしばらくすると下りになり、やがて昼過ぎには開けた土地に出た。


 「アンリ様『ラ・セウ・ドゥルジェイ』の街です、ここから西が元ナバラ公国、東が元バルセロナ伯領です、直進すればラリダの街まで二日と言った所でしょうか、ラリダはアラブ人とベルベル人の街です」

「そうか、西はエルベール公の軍、東は辺境候の軍が既に侵攻している、我らは直進してそのラリダの街を落とすぞ」

「はい、アンリ様」


 その、エルベール公の軍は、元ナバラ公国に侵攻して前進を続けていた。元公都であるパンプローナの街には、敗残兵が多数居たが、既に戦意は無く、街を支配していたコルドバ帝国の総督は逃亡した後で、エルベールを迎えたのは、元ナバラ公の息子であるサンチョ・ガルセス2世だった。

「どこの軍隊だが存じませんが、我が街にはもう何も残っておりません、どうかか領民達の命だけはお助けください」

とエルベールに懇願してくる。

「我々は魔聖ローマ帝国軍だ、私はロタリンギアとザクセン公エルベール、領民達を傷つけるつもりは無い、しかしそこに居る敗残兵達は、我が帝国のバイヨンヌやポーを侵略した兵士達では無いのか?」

「はい、確かに彼らは元コルドバ帝国の兵士達です、ですが全員この街の者達で、無理矢理に徴兵された者ばかりなのです、何とぞ温情の有る御沙汰をお願い致したく……」

 占領地の住民を徴兵して前線に送り、人間の盾として使用するのは、この時代の常識でもある。

だから、コルドバ帝国の行為は特に避難される物では無いのだ、ただし名誉ある戦法かと言えばそうでは無い、むしろ騎士としてエルベールが嫌悪する戦法だった。

「そういう事なら、彼らの罪は問わぬ事にする、負傷者も多いだろう、我が軍には優れた治癒魔法士がおり、治療用の錬金薬も揃っている、そこの広場に集めておけ、アルベール、治癒魔術師の指揮を取れ」

と息子に指示をする。

「ありがとうございます」

「他に何か必要な物は無いか?」

「可能でしたら食料を分けていただけるとありがたいです、コルドバ帝国は先頃の戦いと今回の撤退で

街中の食料を持って行ってしまったので」

「そうか、それは難儀だな、ウード、食料を放出してやれ、それと追加の補給要請の使者をバイヨンヌのトゥールーズ伯に送れ」

「はい父上」

「色々とありがとうございます」

サンチョ・ガルセス2世は頭を下げた。

「何、我らも補給路の確保の為にこの街が必要だからな、我らは明日出立するが、後続の補給部隊の為に1000名程の兵を残していくが構わんな?」

「はい、それはもう」

「それで、コルドバ帝国軍は何処に逃げたのだ?」

「はい、ここから西に行くとアストゥリアス王国カスティーリャ伯領になります、カスティーリャ伯領は殆どがコルドバ帝国に占領されているので、おそらく『ブルゴス』の街へ向かった物と推測されます」

「なるほど、その街へはどれくらいかかる?」

「馬なら三日、急げば二日で行けるかもしれませんが」

「そうか、情報感謝する」

 こうして、国境の南側の要衝の街パンプローナを占拠して、エルベールの軍は西に向かう事になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ