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第二部 第九章 氷の魔女

第二部 第九章 氷の魔女


 「とりあえず、敵の防御力がどれ程の物か、見てみる必要があるな」

二人は土属性の魔術師50人と金属性の呪術師50人を本営から呼び寄せた。

まずは定石どおり、防御魔法を展開して敵の魔法攻撃や投石機の攻撃を防ぎならがら、こちらの魔法の射程に入り、氷魔法に有効とされている土魔法で攻撃をする。

 轟音と共に氷壁が崩れて、その下の木製の壁が顕になるが、直ぐにまた氷壁で修復されてしまう。

二、三回繰り返しても同じ事で、このまま、どちらかの魔術師達のエーテルが尽きるまで続けても良かったが、それではあまりにも能が無いので、一度全部隊を下がらせる。

「どう思う?」

「かなり優秀な魔術師が居る見たいね、全軍で総攻撃をすれば氷の城壁を破壊できるかもしれませんが、こちらの魔術師達にも犠牲が出る可能性が高いですわ」

「そうだな、そんな素人みたいな攻撃はしたく無いな、だが敵のあの旗から相手がスウェーデンのヴァイキングだとわかった、ならばちょっと遊んで見ようと思う、魔術師達を半分に分けて、左右に移動させるぞ、サンス伯、貴兄は右翼の指揮を取れ、クルサーン殿、左翼の指揮をお願いする」

 このクルサーンは、ジョルトやマーリカの甥で、既に亡くなっている彼らの長兄レヴェンテの息子だ。

そして優秀な剣士兼呪術師で、父母を早くに亡くしているのでマーリカが母代わりに育てた秘蔵っ子だった。

 元々はダークナイト・ユーグの将兵と、ブラック・ウォリアークィーン・マーリカの将兵は別々の部隊であった、だが今は完全に一つの部隊として融合している、今回の遠征には若手を中心にその約1/3が参加していた。

「魔術師達を左右に分けて、中央はどうするの?」

「俺の弟分のアンリな、奴は敵将を巣から誘い出すのに長けているんだ、だからその手で行こうと思う」

「ふーん敵将を誘い出して、その隙に両翼が村の左右の氷壁を攻めるって事ね」

「ああ、そうだ、風の魔術師が一人居れば成功する、簡単な策だよ」

「それで、敵が乗ってこなければ?」

「その時は俺たち二人が囮になる」

「もう、あんたって人は……楽しいわね」

 そうしているうちに両翼の部隊は一度後退してから左右に周り、配置についた。

「では行くぞ」

 ユーグとマーリカは敵の村の正門があるあたりまで悠々と馬を進める、その後には二人に隠れる様に

風の魔術師が従っている。

「さて、魔法を頼むぞ」

 そう言って、ユーグはヴァイキングの言葉で敵の将を臆病者と罵った。

「壁の後で、魔術師の影に隠れて震えているのか?、そんな臆病な事ではオーディンの元にはいけないぞ

怖いならさっさと投稿しろ、命だけは助けてやる……」

 と言う内容をギョームから教わった一番品の無いヴァイキングの悪態を混ぜて叫んだのだ、この言葉は

風魔法で増幅されて、この戦場一帯に響く。

 そして、門を覆っていた氷壁が解けると、門が開かれて、二人のヴァイキングの戦士が馬に乗り前に出て来た、一人はそこで止まり、もう一人が更に前進してくる。

「なんて、下品な言葉を吐く男なの、どこの部族だが知らないがその舌を切り落としてやる」

と剣を抜いた。

「なんだ、女か」

ダークナイト・ユーグは些か戦意を削がれたが、背の大剣を抜こうとすると

「あなた、私に任せて」

と先にマーリカが、馬を前に出した。

「ハンガリー王アルバートの娘マーリカ、あんたが下品と言った男は私の旦那だ、その減らず口叩けない様にしてやる」

と剣を抜く。

 二人の女戦士の戦いは、見応えのある物だった、いつも一緒に訓練をしているからマーリカの強さは良くわかっている、多分帝国内でも5本の指に入るだろうし、そもそも長年鍛え上げたユーグの部方達でもマーリカに勝てる者は少ないのだ、まぁ弟分のアンリの事は

「あいつの方が少し強いかな、いい勝負をするかもな」

と認めている、だが、このヴァイキングの女戦士は、そのマーリカと互角に撃ち合っている、むしろマーリカの方が少し押されている様な気もする。「そろそろ、頃合いか」

 ユーグは後に居る風魔術師を見た、魔術師は頷くと戦場にユーグの声を届ける。

「全軍、攻撃!」

その合図と共に、村の三方を囲んでいる氷の城壁の内、左右の城壁が同時に消滅した。

そして、騎兵と歩兵達が村に突入しようとすると

「あああ、止めだ止め、オッサン面白い事をしてくれるじゃないか、野郎共、全員撤退だ」

「なんだ、村を守るのでは無いのか?」

「アタシらは傭兵だ、城壁を守るって契約なんだよ、その城壁が壊れた以上、これ以上ここで戦う意味は無いんだ帰らせてもらうよ、あんたマーリカって言ったね、次は容赦しないよ、首を洗って待ってな、アタシはインヴィルドだ、こっちは妹の氷の魔女テューラ、覚えておいてもらおう、そこの黒い鎧のオッサンあんたの名前は?」

「ブルゴーニュとフランケン公ユーグ・ホゾン、ダークナイトユーグと呼ばれている」

「ユーグだって、まさか私の姉弟子、氷の魔女ホッパ・ド・バイユーを殺したユーグ?」

テューラは攻撃魔法の構えを取る。

「よしなよ、この戦いは私達の負けだ、でももしあんたがホッパの姉さんの仇なら、あんたら二人共、次は絶対にオーディンへの捧げ物にしてやる」

「ああ。楽しみにしてるぞ、良い航海を」

 インヴィルドの傭兵団は、宣言通り剣を納めて、船で沖合に消えていった。

村長と会談したユーグは、この村も帝国に臣従させる事に成功して

「さて、こんな所か、冬が来る前に帝国に帰れそうだな、全軍に帝国に戻ると伝えてくれ」

と幕僚達に指示をして、自分の幕舎にマーリカと共に戻った。

「ねぇ、さっきの女が言っていた、氷の魔女ホッパって?」

「ああ、ノルマンディー公の元奥さんだ、あの人が敵だった頃に、『シャルトルの戦い』ってのがパリの近くであってね、その時に皇帝陛下……当時はまだ10歳の子供で初陣だったんだ……が大規模魔法で、敵の船団ごと氷の魔女を消滅させたんだ、俺は前線でそれを見ていて、あの時の事は一生忘れられないな。 

そして、その時からずっと陛下に着いて行く事を決めたんだ、とにかく、名前が同じユーグだから、あいつら勘違いしているんだな、まぁ相手が誰であれ、敵なら戦って勝つだけだ」

「そうだったんだね、私、今日は少し体調が悪かったから不甲斐無い所を見せてしまったわ」

「どこか具合でも悪いのか? いつもの切れが無かったし動きも悪かったな、急に寒くなったからな風邪でも引いたか?」

「うん……あのね、もしかしたら子供が出来たかもしれない」

 ダークナイト・ユーグは飲んでいたエールを吹き出しそうになった、ユーグは物事には動じない男だと自負しているが、この不意打ちには狼狽えた。

「な、な、なんだって?」

「いや、まだはっきりとでは無いのだけど……」

「それはめでたい、そうだ義兄上に直ぐに知らせないと……あ、義兄上達は今どこにいるだっけ?」

「ここから、東へしばらく行った辺りで、戦っているのでは無いかしら?」


 ダークナイト・ユーグが、ポーランド平原を攻略しているのと同じ頃ユーグの義兄である、ハンガリーとバイエルン公のジョルトは、帝国の東ルーシー公国の領内に兵を進めていた。

 このルーシー公国の王イーゴリ1世とはジョルトの父、先代太公=王のアールパードの時代から領土を巡って争って小競り合いを続けていた。だがその間もお互いに交易は続けていると言う関係にあった。

 ジョルトは、イーゴリ1世に対して、魔聖ローマ帝国皇帝に臣従する様に要求する手紙を出したが

イーゴリー1世のからの返答は無かった、その為皇帝ユーグの勅命に従い東征の軍を出陣させる。

 ハンガリー公国はジョルトが公子として軍権を掌握するまでは、周辺の国々と武力的にあまり変わらない小国だった。

 だが、ジョルトは父アールパード王が公都エステルゴムの防衛任務のみに利用していた呪術師達を、攻撃の手段として、自分の騎兵に組み込んだのだった。

 呪術師といえど、騎馬遊牧民のマジャル人だ、全員が馬術に長けているので、機動力がある。

こうして自前の遊撃隊を強化したジョルトは周辺の国や公領の食料や宝物を略奪する為に侵攻する様になった。

 ハンガリーが周辺諸国に侵攻して略奪行為を繰り返していたのは食料事情による、本来ハンガリーの土壌は肥沃で小麦や玉葱等を栽培するのに適していた、だが元来が騎馬遊牧民であるマジャル人はその土地を有効活用できないでいた。

 その過程で当時は西フランク王国の太公、現在の魔聖ローマ帝国皇帝ユーグと友誼を結び、友好的な同盟関係を築き、ユーグの姪を後妻とした。ジョルトはこの美しく聡明で控え目な上に魔術や呪術の才能に恵まれたアデルを溺愛する様になる。

 父アールパードの死去により公王となったジョルトはユーグと共に東フランク王国に侵攻して、豊かな旧東フランク王国領バイエルン公国がジョルトの領地となった。

 更にジョルトが太公ユーグの魔聖ローマ帝国建国宣言と皇帝戴冠に応じて、ユーグに臣従した事で、ハンガリーも帝国の一部となり状況は大幅に好転する。耕作する者が居なかった大地は豊かな畑となり、小麦や燕麦が育てられる様になる。燕麦は家畜の飼料となり馬や豚等も立派に育つ様になる。

 そして皇帝ユーグによる、軍制改革により帝国内各地の諸侯は良い馬を求める様になり、更に乗馬術を求める事になる、ハンガリーは馬の輸出と技術を持った人材を各地に派遣する事で金銭的にも潤い、帝国でも裕福な地域となって来たのだった、その結果帝国各地と公都エステルゴムを繋ぐ街道は整備され、街には商店、宿屋、酒場などが増え、公都も見違える程の賑わいのある街になっていった。


 一つ誤算も有り親衛隊を預けていた妹マーリカがブルゴーニュとフランケン公ダークナイト・ユーグの妻となった事で、親衛隊の2/3がマーリカに従ってユーグの元に行ってしまった、ジョルトは戦場で頼りになる将とその軍を失ってしまったのだった。その為に新たに領地としたバイエルンの騎士や魔術師を自軍に加えて、妻アデルの指揮下に置いた、この頃、既に皇帝ユーグの姪でもある妻は『炎の魔女』として人気が高かったからだ、この部隊は、以前妹の親衛隊が黒一色の甲冑で統一されていたのに対して、『紅』の甲冑で統一された新・親衛隊と言う事になる。

 この部隊には、以前は治癒魔法しか使えなかった娘アデルがまさか戦場に出ているとは想像もしていなかった、アデルの父ロタリンギア公エルベールが、急遽娘の護衛として付けたソワソン伯時代から彼に従っていた古参将兵500が含まれている、この500人を中核にバイエルンの将兵と元親衛隊の将兵と呪術師を合わせて新たな親衛隊として編成をしたのだ。

 ジョルトはこの軍団5000と自分の新兵を中心としたハンガリー軍5000を合わせた10000を今回の遠征に率いている。ちなみに魔法+呪術の戦闘力は圧倒的なアデルだが、まだ将として軍の指揮を任せられるまでにはなっていないし、ジョルトにしても可愛い歳下の妻を、単独で戦場に出す様な事は無かった。

 ジョルトは少年の頃から国境を超えたルーシー公国の国境周辺の街へ良く遊びに行っていた。

当時は、ルーシー公国側の方が豊かで食べ物も豊富で美味しかったからだ。

 だからこれらの街には子供の頃一緒に遊んだり野山を駆け回った友人達がいる、その中には当時の領主の子達も居て、彼らは成長して自らが伯爵を名乗っている者も居た。

 シネウス・ハールィチ伯爵領のドニエストル川湖畔の街ハールィチもその中の一つだ、彼はルーシー公国王イーゴリーの縁戚であったが、関係はそれ程深く無く、むしろ国境を接している旧友ジョルトの方により親近感を抱いていた。

 そんな訳で、シネウスはジョルトの誘いを受けて、領地の安堵と自らの将来を賭けて、魔聖ローマ帝国皇帝ユーグに臣従する道を選んだのだった。

 これを受けて、国境付近のルーシー公国西部の街や村落は雪崩を打つ様に魔聖ローマ帝国側に着く事になる。

 ジョルトは

「これでは兵の鍛錬にならないなぁ」

と愛妻アデルにぼやいていたが、公国中部に近いヴォロディームィルの街の領主スヴャトスラフ伯爵は、臣従を拒否して街に立て籠った。

 ルーシー公国に侵攻以来、ジョルトのハンガリー軍は初めて本格的な戦闘に突入する事になる。

「敵からの魔法や呪法の攻撃は無い様だな」

「はい、どうされますか?」

「この街は出来ればあまり破壊せずに占拠したいな、呪術師、魔術師部隊は敵の城壁と大門を攻撃、騎馬隊は突入準備」

 ジョルトは魔術師達の指揮をアデルの警護の騎士、ミューゼル男爵に一任すると、自分は騎馬隊を率いいる事にした。

 男爵の指揮でアデル以下の呪術師と魔術師の攻撃が行われ、城壁と大門は呆気なく崩れ落ちる、どうやら防御魔法もかけられて居ない様だ。

「全軍突入、住民にはなるべく被害を出さない様にな」

と指示を出し、馬を走らせる。


「おのれ、蛮族、マジャル人め」

とスヴャトスラフ伯爵は剣を抜いて立ちはだかる、

ジョルトは呪術を発動しようとして思い止まった。

「危ない、俺が相手をしたら部下達の訓練にならん」

「殿下、我らにお任せ下さい」

と二人の若い呪術騎士が騎乗のまま剣をかざして、スヴャトスラフ伯爵に向かい、二人同時に炎の呪法と風の呪法を発動して、伯爵を瞬殺した。

「二人共見事!」

とジョルトは二人を労い、大声で

「スヴャトスラフ伯爵は死んだぞ、今降伏すれば命は助けてやる、無駄に死にたい奴はいるか!!」

と叫ぶ。

 それを聞いた敵の将兵はその場で武器を置き降伏した。

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