第二部 第八章 帝国辺境
第二部 第八章 帝国辺境
辺境候サンシュは、ワインのボトルを持って、将兵達の間を見回っている、全員に充分な食事とワインが行き渡っているか確認する為だ、すると街の中央広場の噴水の横で、アンリ・ポワトゥー公爵が一人佇んでいるのを見かけて、隣に腰を下ろしてワインを勧めた。
「これはかたじけない、風が気持ち良いのでつい……」
とアンリは一人で居る言い訳を述べてしまう、本来のアンリは人と話すのがあまり得意では無い、少年の頃からの知人であるエルベール卿やその息子達とは普通に会話できるし、上司や部下達と職務に応じた会話もできる。だが本質的には一人で居る方が好きなのだった。
「公爵とは領地を接するが、あまり話をした事も無かったな、貴兄家族は?」
「私は独身です、この見た目ですからね、女性は怖がって近づいて来ないのですよ」
とかっての上司ダークナイトユーグと同じ様な事を言う。
改めて見ると辺境候サンシュはハンサムと言う方に入るのだろう、顔立ちは整っていて品もある
「辺境候の様な姿で生まれていれば、多少は違ったのかもしれません」
と皮肉とも自嘲とも取れる台詞を吐いた、少し酔っているのが自分でもわかる。
「そうか、俺は逆に貴兄の様な、強そうな姿で生まれたかったぞ、男の価値は剣の腕と思っているからな、この軟弱そうな姿はあまり好かんのだ」
と言って、辺境候はボトルからワインを直接飲んだ。
「それは、世の中とはうまくいかない物ですな」
「全くだ」
と二人の公爵は頷き合って、またワインを飲む。
「それにしてもいよいよ敵領か、どんな戦ができるのか楽しみだな、まぁその前に面倒な軍議があるがな、では失礼する」
と、辺境候は立ちあがった。
自分より10歳ほど年長に見える辺境公にアンリは武人として好感を持った。
「男の価値は剣の腕」
と言い切れる男に悪い奴はいないからだ。
翌朝、大聖堂で軍議が始まる。
陸路で敵の領内に入るのは、ピレネー山脈の東端と西端から入るしかない、今居るのは西の端だが、
こちらから攻め込んで、東端から侵攻される危険もある。
山脈の北側には最近までは、東から順にバルセロナ伯領、ナバラ公国、カステーリャ伯領があったが、
カステーリャ伯領の一部以外は今はコルドバ帝国領となっている。
「やはり軍を二つに分けて、東西から攻め込むのが良いか」
エルベールは地図を見ながらそう言う。
「実はもう一つ道があるのです」
と辺境候は、ピレネー山脈の中央を指差した。
「我々ヴァスコニア人は、この地でフランク王国と代々戦っていました、その際にここ『アンドラ』に
フランク王国のシャルルマーニュがウルヘル伯領を置いたのです、まぁその後100年以上色々とありまて、今はこのアンドラはヴァスコニア辺境侯領となっています、ここを抜けると……山道で大変ではありますが、山脈の向こう側ちょうどナバラ公国、バルセロナ伯領の間に出られるのです」
「なるほど、と言う事は、軍を三分して東、中央、西と進むのが良いと言う事だな」
「はぁ、ですが一つ問題がありまして、現在のアンドラの領主が私の言う事を聞かないのです、なので、通過するには、多少の抵抗があるかもしれません」
「まぁこう言うご時世だからな、同族であっても対立する事は良くある事だ、あまり気にせぬ方が良いだろう」
と、かっての西フランク王国では兄弟で領地を争う事が当然だった事を知っているエルベールはサンシュを慰めた。
「ロタリンギア公、そう言う事なら中央は私にお任せいただけませんか?、辺境候のお身内とあらば説得して見せましょう」
「アンリ卿、本当に説得できるか?」
とエルベールは笑っている、これは『無駄に殺すなよ』と言う意味だとその場の全員に伝わり、その場が和んだ。
「では、辺境候、貴兄は東から敵領に侵攻してもらうが構わんな?我らは西から進む事にする」
「はい了解いたしました」
「皇帝陛下の軍は、予想ではここ『レオン』から南下すると思われる。なので全軍が落ち合う場所は、コルドバ帝国の旧都と言うここ、『マジェリト』の辺りと言う事になる、長期戦になるかもしれんが、皆の無事を祈る」
こうして軍議は終わり、アンリはウードとアルベールから
「兄貴には悪いが、今回は俺たちが先に『マジェリト』を落とさせてもらうよ、ゆっくりと来てくれ」
と軽口を叩かれていると、辺境候が少し難しい顔で来た。
「中央は私が行くつもりだったのだが、すまんな、それでその言う事を聞かない領主と言うのは私の妹なんだ、女の癖に剣が得意でな、本人は私より強いと思い込んでいる、なので多少痛めつけても構わんが
命だけは助けてやってくれないか」
「そう言う事情ですか、わかりました、なるべく穏便に済ませたいと思います、その妹君に手紙を書いていただけませんか、もしかしたら無駄な争いにならなくて済むかもしれません」
「ああ、あいつが言う事を聞くとは思えんが、とりあえず書くだけ書いて貴兄に預ける、頼んだぞ」
と言って大聖堂内の仮の自室にしている部屋に篭った。
「(なんでこうなったんだろう)」
妹マイアレンとは幼い頃は仲が良く一緒に剣の稽古をしたりして良く遊んだものだった。
ただ、妹の母は父と同じヴァスコニア人(バスク人)、自分の母は政略結婚の相手である西フランクの貴族の娘だった、なので二人の母同士は仲が悪く、ほぼ敵対状態だった。
状況が変わったのは、父が死ぬ間際で、サンシュは父の遺言通りに西フランク王国との融和を方針として、ヴァスコニア辺境侯としての地位を受け継ぐ事にしていた、それに対して、妹と母の一族達は西フランク王国からの独立を画策して、辺境侯領は内戦状態になってしまう、それを鎮圧して妹の一派をピレネー山脈の中に押し込めた所で、サンシュはパリにいる母方の叔父から魔聖ローマ帝国の成立と皇帝ユーグ1世の即位を知らさたのだった。サンシュは直ぐに皇帝への臣従を誓う書簡を送り、貢物を持って皇帝の戴冠式が行われるアーヘンに向かい、皇帝に拝謁してヴァスコニア辺境候として公爵の地位を得たのだった。
それ以降妹とは絶縁状態にある。
アンリ・ポワトゥー公爵も自室で色々と考え事をしていた。
数年前までは、兄貴分でありかっての上司でもあるダークナイト・ユーグとお互いの外観の事で良く話をしていた
「俺も、お前もこの先、女には縁が無いだろうな、まぁ嫁は早いうちに諦めた方が良いぞ」
などと言う酒の席での話だ。
「閣下に比べれば私の方が、まだ少しは普通だと思うのですが、先ほども酒場の娘が閣下の顔を見て泣き出してましたよ」
「馬鹿野郎、子供は誰の顔を見ても無くもんだ」
「(いや流石にそれは違うだろう)」
ところがそんなダークナイト・ユーグが突然
「俺は嫁をもらう事にした、披露宴には出てくれ」
と言い出して、アンリは仰天した、政略結婚にしても良く了承した娘が居たなと思った位だが、なんと相手はハンガリー王の妹で、さらに酒場で喧嘩をした事がきっかけで関係を持ったと言う話を聞いて愕然とした」
「閣下、まさか、あのジョルト王の妹を手籠に……」
と聞くと
「違うわ馬鹿、最初に殴られたのは俺の方だ、しかも強いぞ、酒が入っていたとは言え、危なく女に伸される所だった」
と言う話で、披露宴で見た新婦マーリカは顔こそ美しいが、確かに背も高く筋骨隆々とした女性で明かにドレスより甲冑の方が似合いそうな女性だった。
帝都に居る間に何度かこの二人を見かけるのだが、それは練兵場や鍛冶屋、武具屋、酒場などで、アンリの思う夫婦の姿とはかけ離れた物だったが、アンリはそれを好ましく思う様になって言った。
幸いというかアンリには弟が居て、この弟のポワトゥー伯エブルは武芸は全く駄目だが、政務の才能が有る様で皇后陛下に気に入られて帝都で文官として働いている、なので家名の存続は弟が何とかしてくれるだろうと、アンリは思っている、それでも自分にもダークナイトの嫁の様な女性が現れてくれないかと言う密かなの希望はまだ捨てて居なかった。だがこれまではその様な女性の気配も無かった、そんな中での辺境候サンシュの妹の件だ、興味を持たない訳が無かった。
「ハクショイ!!」
大きなくしゃみをしたのは、今や帝国内で屈指の大貴族となり皇帝の信任も厚く、広大な領地を持つようになった、ダークナイト事、ユーグ・ホゾンだ。
「そろそろ冷えて来ましたね、幕舎に戻りますか?」
と声をかけたのは愛妻のマーリカだ、この二人の武名は帝国内どころか周辺国にも響き、帝国最強の夫婦と呼ばれている。
二人が率いる軍団が今駐屯しているのは、帝国領から「エルベ川」を超えて東のスラブ人の居住地でポーランド平原と呼ばれる地域だ。
この地域にはスラブ人のいくつかの部族が点在していて公国を名乗る国もあった。だが、統一された領主や、太公、王の様な者は存在しない。
そして彼らは基本的には農耕民族で、この平原で、ライ麦や大麦、燕麦を育て、またそれを飼料にした酪農で暮らしている。土地が痩せていて、気候が寒冷の為、普通の小麦が育たないからだ。
そんなスラブ人達は独自の多神教を持ち、天空神スバローグを始め複数の神を信仰している、その為魔聖ローマ帝国のローマの神々やヴァイキングのオーディン神群とも親和性が高く、魔法教会も街や集落に存在する。この頃すでに帝国内では、魔法教会は魔術を研究し教えるだけでは無く、児童への初等教育の場にもなっている、文字の読み方、書き方、数の数え方、計算の仕方などを教えている。当然その言語は基本的に帝国の公用語ラテン語になる。
元々が温厚な農耕民族なので、魔聖ローマ帝国が提示した、交易や街道の整備、教会への治癒魔術師の派遣、そして彼らにとって脅威であるヴァイキング等の襲撃からの防衛を対価に支配を受け入れ、地域に応じて10%〜30%の納税をする事を確約した。
納税が少ない地方は、特に貧しい地方で、取るべき物が無い事による。
そして、この地域最大の城塞集落『ボズナン』もほぼ無血で支配下に入れる事ができて、当初の目的のほぼ80%を達成したので、そろそろ一時帝国に帰還しようかとダークナイト・ユーグは思っていた。
この地域の冬は厳しく、しかも急速に冬が来るからだ。
そんな時、各地に偵察に出していた部隊の一つが、バルト海沿岸の港湾城塞の集落「グダンスク」で、ヴァイキングらしき敵と戦闘になったと報告が入る。
ダークナイトユーグは、即座に軍を率いて、西に向かった。
ヴァイキングと一言で言うが、当時は大きく三つの集団に分られる、その一つが、スカンディナヴィア半島西部に勢力を持つノルウェー人で、かって西フランク王国でノース人と言われていた人々だ、ノルマンディ公ロドルフもこの部族の出身だ、現在王を自称するのはロドルフをノルウェーから追放した、ハーラル1世の子でホーコン1世と名乗っている。
次にスカンディナヴィア半島東部とブリテン島東部、それにユトランド半島を勢力化に置くデーン人だ、ユトランド半島のデーン人はロドルフによって帝国に臣従して、族長のグヌーバー・オーロフはデンマーク侯爵となっている、だがスカンディナヴィア半島東部のデーン人は族長エリク・エイマルソンがスウェーデン王を自称して相変わらず同族のヴァイキングや帝国と敵対している。
とは言え、宗教的にも文化的にも言語的にも彼らにはなんの差異も無く、ただ居住地が違うだけと言う程度でしか無く、ノルウエー人であるロドルフもブリテン島やデンマークのデーン人達を同胞だと思っていた。
「グダンスク」はスラブ人の村だが、バルト海に面している為に過去に何度もヴァイキング諸部族の襲撃を受けてきた、その為に、現在は同じヴァイキングであるスウェーデン王に『見ヶ〆料』として税金を払いその保護化にある、そして王の名により100名程が傭兵としてこの地に駐屯しているのだった。
「敵の兵力は100名ほどだと? 偵察隊は50名だが我が軍の精鋭、なぜ対処できなかった?」
と村から数キロの平地に本営を構えたダークナイト・ユーグは詰問する」
「それが、敵の防御が厚く……あの敵の城壁を見ていただければご理解いただけると……」
と偵察隊の指揮官は平身低頭する。
ユーグは直ぐに馬を用意して、妻マーリカと共にグダンスクを見聞に行く。
「人口1000名ほどの村か、なんの変哲もない普通の城壁に見えるが……」
「いえ、あなた、今壁が雲の切れ間の日の光を受けて輝きましたよ」
「壁が輝く? まさか……」
「ええ、あの擁壁は氷の様ですね、しかも氷魔法で作り出した」
「1000名程の村にこの規模の氷の壁を作れる魔術師がいるのか? 村の周囲を囲むとなると、ざっと50名以上って所だな、なるほどこれは貴様らでは手に余るな、面白い」
ダークナイト・ユーグは今回の遠征ではほとんど戦らしい戦をしていない。
なので、久しぶりに面白い相手と戦えると思って喜んでいる。




