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第二部 第四章 ヒスパニア戦争

第二部 第四章 ヒスパニア戦争


 魔法歴935年、ギョーム達が各地で戦い、ユーグが魔法の研究に励んでいる頃、ローマ時代にはヒスパニアと呼ばれていたイベリア半島には、ムーア人とも呼ばれるアラブ人とベルベル人の国で、以前は中東で栄華を誇ったウマイヤ帝国の後継国である『コルドバ帝国』があった、帝国領は『アル=アンダルス』と呼称されて、ゴート人の国『アストゥリアス王国』に対して大規模な攻勢に出て、イベリヤ半島を統一しようとする勢いにあった。アストゥリアス王国は半島の北部の海岸線付近まで追い詰められて、滅亡寸前になっている。

 ウマイヤ帝国は中東を中心に権勢を誇った帝国で、アラブの各部族がそれぞれ信仰する神を崇める多神教を国教として独自に進化した魔法体系の国だったが、その後ペルシア起源の一神教ゾロアスター教(拝火教)を国教とした事で、攻撃に特化した火属性魔法が発展する事になり、アラビア半島からシリア・エジプト・ペルシャ・中央アジアのトランスオクシアナ、西はモロッコ・イベリア半島まで支配する大帝国となり東ローマ帝国をほぼ滅亡まで追い込む事になった、東ローマ帝国はその後、『黒死魔法』の暴発により自滅する事になる、だがその後ゾロアスター教信徒達の派閥争いから、帝国は魔法歴750年にアッパース帝国となり、ウマイヤ帝国の皇族達は粛清される事になる、その粛清を逃れた皇族がイベリヤ半島に逃れ建国したのがコルドバ帝国であり、国教は正統ゾロアスター教とされ、前身のウマイヤ帝国と同様に火属性魔法の魔術師を多数擁している。

 現皇帝『アブド・アッラフマーン3世』は『アストゥリアス王国』を侵攻するその勢いのまま、ピレネー山脈の南西側から、魔聖ローマ帝国の南西部ヴァスコニアに侵攻を開始する。

 奇しくも、この侵攻ルートは、魔法歴732年にウマイヤ帝国軍がガリアへ侵攻したルートと同じであり、その時ウマイヤ帝国を撃退したのは、後にフランク王国でカロリング朝を成立させる、ピピンの父

でメロヴィング朝フランク王国の宮宰カール・マルテルだった。


 歴代のヴァスコニア辺境侯は西フランク王国の時代から中央に反抗して独立を宣言した事もあったが、ユーグの統治下に入ると、辺境侯領のうちピレーネ山脈の北部はその地位をヴァスコニア公領として確立されて、魔聖ローマ帝国の南西端の版図となっていた。対して山脈の南部はいくつかの小国に分裂していたが、今は全て『コルドバ帝国』に吸収されている。

 現在のヴァスコニア公は、フランク人の母とバスク人の父を持つサンシュ4世であり、コルドバ帝国の侵攻を察知したサンシュ4世は辺境侯として周辺の公爵や伯爵に救援を要請すると共に、新帝都に早馬を出して皇帝ユーグに至急報を送る。

 その要請に応えたのは、アキテーヌ公『アンリ・ポワトゥー』とトゥールーズ伯『レーモン・ポンス』だ。

 アンリ・ポワトゥー公爵は、皇帝ユーグの父ロベール・カペー王の元で騎士長を務め、ユーグの剣の師匠でもある先々代のポワトゥー男爵アンリの孫で、ユーグにとっては兄弟の様な存在でもある、さらに幼少時から一緒に剣や魔法を学んだので、ユーグの腹心の一人と言えるだろう、また早くからユーグと共に魔法剣士としての技を磨いていたので、ギョームと同じく第一世代の魔法剣士と言える。

 ただ、ギョームと違い、父も祖父も騎士で男爵位だった事から、少数の譜代の家臣しか持たなかった為に、その実力に見合う地位が得られず、長年ブルゴーニュ公ダークナイトユーグの元で副官として各地を転戦していた。 ユーグは自身が王になると同時に、アンリにパリ周辺の都市を領地として与え伯爵位を授けたのだった。アンリはユーグの期待通りの働きを示して、パリ周辺の治安維持に努めて功績をあげその褒美として、ユーグが皇帝位に着くとアキテーヌ公として公爵位を授けられた。

 そのアンリが、アキテーヌ公直属の新鋭魔法騎士7500名を率いて、ヴァスコニア公領ボルドーに到着する。この軍団はダークナイトユーグの軍団と同じ全員が漆黒の鎧を身に纏っており、アンリは黒の魔法騎士と呼ばれている。

 ユーグ以下の魔法剣士達が、ユーグに倣って宝剣レイピアを佩刀しているのに対して、アンリはこれもユーグ特製の『バスタードソード』型の宝剣と通常の『バスタードソード』の2本を背負っている。右手で剣技、左手で魔法剣技と言う独特の戦法を編み出していた。

兄貴分であるダークナイトユーグとほぼ同じ意匠の黒づくめの甲冑を纏った2メートル近い巨漢が軽々と両手で2本の剣を振るう様は、まさに黒の魔法騎士と言う二つ名が相応しい。


 トゥールーズ伯『レーモン・ポンス』の方は、旧来の騎士と魔術師の部隊でこちらは約5000ほど

これに、ヴァスコニア公の軍約10000で、30000以上と予想されるコルドバ帝国軍を迎え撃つ事になる。


 「ブルゴーニュ公、ハンガリー公、ノルマンディ公、ブルターニュ公が出征中と言う事で、我らの戦力が少ないと見ての侵攻ですね」

とアンリは軍議で自身の見立てを話す。

「誠に、我らも安く見られた物よな」

と返事をするのはサンシュ4世だ、辺境侯と言うのは伊達では無く、かってのユーグの父ロベール・カペーがそうだった様に、独自の軍を持ち、周辺地帯の治安と隣国の侵攻に備える精鋭部隊なのだ。

 サンシュ4世の軍も鍛えられていて、騎士と歩兵、魔術師のバランスも取れている。

「コルドバ帝国軍の戦術がかってのウマイヤ帝国軍の戦術を踏襲しているとすれば、主力は軽装騎兵と火属性の魔術師と言う事になりますか、以前のカール・マルテル卿は、確かトゥールとポワティエの間のクラン川とヴィエンヌ川の辺りに強固な防御陣地を設置して敵の騎兵と戦ったと言う事でしたね」

と最年長のトゥールーズ伯が述べると

「流石に伯は博識であられるな、だが敵も200年前と同じ戦法で攻めてくる事はなかろうと思うし、我らもボルドーを簡単に明け渡す様な事は無い、防衛陣地を早急に作る必要はあるな、そこから国境までの都市や村の住人達には、食料と共に防衛線の内側に避難させる必要もあるな」

「ヴァスコニア公こそお見事な見識、お父上も誇らしく思っておいででしょう」

 領地を接する先代のヴァスコニア公とトゥールーズ伯は長年の友人だった。また伯爵の長男の嫁はサンシュの妹だ。

「では辺境侯、我らは偵察も兼ねて国境までの村々に触れを出しに行きましょう、陣地構築に土魔法の名手を100人程残して行きますので」

 アンリはここでは外様である、なので大人しく辺境侯の下知に従うと言う姿勢を行動で示したのである

「アキテーヌ公かたじけない、領民達の避難誘導をお願いする、敵はピレネー山脈の西側を超えて我が領土に侵入しつつある、道案内に部下を付けよう」

 礼には礼で答えるのは貴族の矜持だ、サンシュはそう言って頭を下げる。

アンリが出立すると、トゥールーズ伯は

「ふむ、若いが中々の御仁と見受けれる、若い者は功を焦り戦の主導権を欲しがる物だが」

とアンリの評価を上げた。


 そして数日後、新帝都ユーグウルブスで皇帝ユーグはヴァスコニア辺境侯からの報告を受け取るのだった。

 宮殿に呼ばれた義兄ロタリンギア公エルベールは、皇帝の座所の前で臣下としての礼をする。

「義兄上、多忙な所呼び立てて申し訳無い、実は一つ頼みがあるのだが」

「はい皇帝陛下、何なりと」

 エルベールはそう答えたが、内心では不安だった、何しろ自分は戦しかできないと思っているからだ、

街道の整備程度ならまだなんとかなるが、それ以上の内政案件となると胃が痛くなる。

「つい先程、ヴァスコニア公サンシュより報告があった、ヒスパニア『アル=アンダルス』の『コルドバ帝国』を名乗る者共が我が帝国の国境を侵して侵攻して来たそうだ、義兄上、今兵はどれ位動かせる?」

「ロタリンギアとザクセンの兵を合わせて30000は直ぐに動かせます」

 戦の出陣と聞いてエルベールは安堵すると共に、高揚してくる。

先頃、友人でライバルでもあった、ノルマンディ公ロドルフが遠い異国の地で戦死したと聞いて、しばらく沈んでいた気分が少し晴れた思いだった。

「では、義兄上、速やかに出陣をして、ヴァスコニア公の救援を頼む」

「は、かしこまりました、直ちに」

 エルベールはそう言うと、皇帝ユーグに拝礼して立ち去ろうとして、呼び止められる。

「ああ、そうだ義兄上、敵を撃退した後はそのまま『アル=アンダルス』に侵攻して彼の地を征服せよ、『コルドバ帝国』の帝都『ゴルドバ』は中々見事な都市だそうだ」

「は、受けたまりました」

急足で宮殿から退出すると馬を飛ばして自分の領地ザクセンの公都ヴィッテンベルクの館に戻る。

「者共、出陣だ、大戦だぞ!」

今回の出陣には、二人の息子……二人とも魔法剣士だ……25歳になるアミアン伯ウードと20歳のヴェルマンドワ伯アルベールを同行させる事になる、ここで戦功を立てさせて、自身の地位を息子に受け継がせる事も当然考慮している。


 義兄を送り出したユーグは玉座から奥に戻ると皇后マロツィアに話しかけた。

「さて、此度は私も出るとするかな、ここずっと魔法の訓練しかしていないから体が鈍っている、丁度良い運動になるだろう」

「はい、陛下御武運を、後はお任せください」

「ああ、マロツィア、君が居るから安心して戦場に出られるよ」

とユーグは皇后マロツィアを抱きしめてキスをしてから、宮殿を後にして軍務省に向かった。

 ユーグとマロツィアの間には三人の子供がいる、長男のユーグ2世は7歳、妾腹の男子が二人いるので四男扱いのオトン5歳と長女エマ6歳だ。

 三人とも魔法の才に恵まれて、順調に育っている、マロツィアはユーグ2世を将来の魔聖ローマ帝国の二世皇帝とする為に現在全力で様々な下準備を行なっている最中だ、そしてマロツィアは自分の血を引くオトンを将来の教皇とする事も考えている。イタリア、ローマに残したユーグと婚姻前に産んだ二人の息子は残念ながら魔法の才が無く、ユーグ式の特訓をしても生活魔法をいくつか使える程度だったからだ。

『皇帝と教皇の母』と言う地位はマロツィアが思い描いている理想の姿だった。

もちろんこの事に皇帝ユーグも異論があるわけでは無く、オトンを将来の教皇にと言う話には

「それは、義父上トゥスクルム伯爵も喜ばれる事だろう」

と賛意を示してくれた。実質的に教皇庁を支配している父トゥスクルム伯爵も孫が教皇となる為に全力でサポートをしてくれるとマロツィアは期待している。


 ユーグは、今回の出陣に際して、自身の指揮する親衛隊15000に加えて、魔法騎士として訓練した三人の妻達を同行させる、ルクレチア、エディルド、ハトヴィヒは、ユーグの特訓によりそれぞれ全属性の魔法を使える様になり、複合魔法の雷魔法も使える様になっている。 

 軍務省のユーグの本営に呼ばれたブライス・コルチェスター男爵は片膝をついて皇帝の言葉を待つ。

「コルチェスター卿久しいな、卿は軍船の取り扱いに長けていると聞いているが?」

「はい、イングランド海軍の提督として艦隊の半分を指揮しておりました」

「そうか、では卿に命じる、余の親征に同行せよ艦隊の指揮を卿に任せる」

「御意、ですがどちらに出陣されるのでしょうか?」

 ブライスは逸る気持ちを落ち着かせる様に冷静に尋ねた。

「ヒスパニア、イベリア半島の北西の国、アストゥリアス王国だ」

「そうなると、ビスケー湾沿岸の都市『ヒホン』に向かうと言う事でよろしいですね、ヒホンからはアストゥリアス王国の王都レオンまで街道で一本です」

 ブライスの返答はユーグを大いに満足させた、

「(やはりこの男は拾い物だったな)」

「それで陛下、艦隊の船の数と兵数はどれ位なのでしょうか?」

「兵は我が親衛隊15000、船はどれ程必要か?」

「食料に馬も乗せるとなると、ヴァイキング式のロングシップなら500隻ですね、イングランド式の船なら1200は必要になりますが」

ブライスは即答する。

「では、卿に船の調達も全て一任する、ノルマンディとブルターニュの船を合わせればそれ位揃うであろう、ライン川下流のネーデルラント『ユーグポルトゥス』に全ての船を集めよ、船の準備が整い次第出立とする、ああそうだ、ついでにユーグポルトゥスの港と街を卿に任せる、これ以降はユーグポルトゥス伯爵と名乗るが良い」

 ブライスは内心では狂喜してその場で踊りださんばかりの気分だったが、それは一切表に出さず

「御意、ありがたき幸せにございます、ですが陛下、一人では些か荷が重すぎます、捕囚となっているアラスター・オールバンズを解放していただけ無いでしょうか?彼は船乗りとして優秀なんです、私の副官としたいと考えますが」

 と答えた。

「アラスター・オールバンズ? はて? ああ、あの時の男か、構わん、まだ牢に居るのなら出してやれ」


 皇帝の許可を得たブライスは直ぐに帝都の外れにある牢獄に向かった。

ここにはまだ数人の元イングランド貴族が囚われているが、今回は旧友のアラスターだけを解放する事になる、アラスター・オールバンズはイングランドの伯爵家の次男だがブライス同様貧乏貴族な為、身代金を払って貰えなかった、しかも実家は既に滅んでしまっているのも同様だ、皇帝ユーグの転移魔法の実験台として召し出されたが、恐怖のあまり失禁して失神すると言う失態を犯して牢に戻されたのだった。

 看守にその旨を伝えると、直ぐにアラスターの牢に案内された。

「なんだこの部屋は、貴兄囚人のくせに随分と良い暮らしをしているじゃないか」

ブライスは驚愕した、アラスターの部屋は牢ではあるが、普通のベッドに普通のデスクと椅子、本棚に応接セットまで備えていたからだ。

「ブライスか、生きていたんだなずっと心配していたんだ、しかし君は随分と良い甲冑を着て良い剣を持っているな、あれからどうしていたんだ?」

「……という訳で、今は親衛隊の騎士、男爵いやさっき伯爵になったな……として皇帝陛下にお仕えしている」

「そうか、それはなんと言うか幸運だったな、俺の方は看守達に字を教えたり手紙の代筆や代読をしている間に、待遇が良くなってね、外には出られないけどそれなりに快適だ、それでわざわざ訪ねて来てくれたのは何か用事があるのかな?」

 ブライスは皇帝から直々に受けた命令の事を話す。

「なんだって、皇帝親征の艦隊指揮官?それで伯爵か、で俺を副官にしてくれると?」

「ああ、そうだお前も帝国の爵位も夢では無いぞ」

「わかった、その任務ありがたく受けよう、提督殿よろしく頼む」

 牢から出たアラスターを連れて自分の屋敷に戻ったブライスは、翌朝ライン川を船で下り、途中の街で休憩を取りながら、河口の街ユーグポルトゥスに到着した。

「なんとにぎやかな街だな、と言うか全て普請工事中と言うのは壮観でもある」

元々ユーグポルトゥスはライン川の支流レック川沿いの漁港だった、ユーグはここを帝国の軍港とする為に港を作り新たな街を作っているのだった。当然街の名はユーグの港と言う意味になる。

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