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ダンジョン探索、一日目。




まずは肩慣らしにと、過疎ダンジョンを選んだ。ここは階層も浅く、出現する魔物も大したことはない。素材の価値も低く、稼ぎにはならないが、リスクが少ない分、初手としては悪くない。




ところで、探索者の主な収入源――つまり、「素材」について、まだ触れていなかったな。




魔物を倒すと得られる素材は多種多様だが、特に重要なのが魔晶石。これは魔物の体内で生成される結晶体で、魔力を蓄えており、道具の燃料や研究材料として高値で取引される。他にも、毛皮、牙、骨、肉……ダンジョンの生態系がもたらす素材は尽きることがない。




だからこそ、探索者は必ず容量に見合ったバックパックを携帯している。どの魔物が出るか、それによってどの素材が得られるかが決まってくるからだ。運びきれないほど素材を手に入れても、意味がない。






もうひとつ、稀ではあるが、探索者の収入源として存在するものがある。




スポンサーだ。




これはほとんどの探索者には縁のない世界の話だが、一部のトップクラス――最大級ダンジョンを攻略するような者たちは、その「スター性」や「強さ」から企業に目をつけられ、スポンサーがつくという。たとえば、剣の達人なら「剣豪株式会社」、天才魔法使いなら「マジカルステア」、容姿に優れた者には「メンクインズ」……どれも一流企業だ。彼らは武器や装備、遠征費を提供し、その代わりに広告塔としての役割を担わせる。




だが、まあ、俺には関係のない話だ。




魔法は使えない。剣もまともに振れない。顔? 鏡を見るたびにため息が出る程度には平凡。




――そんな俺でも、ダンジョンに潜れる。ただ、それだけの話だ。




それでもいい。最初の一歩を踏み出した。それがすべての始まりだ。






ダンジョン第一階層


さすが過疎ダンジョン。中に入ってすぐの第一階層は、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。人気ひとけはほとんどなく、空気にはひんやりとした魔力の残滓が漂っている。だが、“ほとんど”であって“まったく”ではない。




誰かに見られると――いや、“見られると困る”のはこちらの方だ。




俺は気配を探りつつ、足早に階層を降りていった。目的は、完全に人目のない空間。それまでは無駄な動きはせず、慎重に進む。




第三階層


「――ということで、やってきました第3階層!」




思わずポーズを決めてしまう。頭の中には「デデンッ!」という効果音が響いた。自分でもバカだと思う。だが、こうして誰にも見られていないとついやってしまうのだから、どうしようもない。……まあ、そんなことはどうでもいい。




問題はここからだ。




この第三階層に出現する魔物は――ゴブリン。




初心者の壁にして、ダンジョン界最弱の存在。だが、それを理由に侮るべきではない。現に、過去の“ダンジョンブレイク”の際には、このゴブリンですら混乱のなかで成人男性を殺すという惨劇を起こしている。集団で襲いかかり、武器を持ち、容赦なく喉を裂く。雑魚と呼ばれる存在の底にある、野生の本能は恐ろしく鋭い。




油断は死を呼ぶ。




とはいえ、相手としては悪くない。俺の能力を試すには、ちょうどいい。




俺は目を閉じ、深く息を吐く。そして目を開いた瞬間、**《刻観眼こっかんがん》**が作動した。




視界に重なるように、ほんの一瞬先の光景が浮かび上がる――これは未来予測に近い能力。正確には、「一秒先の視界」を同時に捉え続ける魔眼だ。




その“未来”を見ながら、俺は動く。目の前のゴブリンが棍棒を振り上げる。――それが当たる一秒前には、俺はすでにその軌道の外にいた。




「……やれるな」




もっとも、未来が見えるからといって、必ず避けられるわけではない。未来視は“情報”にすぎず、実際に回避できるかどうかは俺自身の身体能力にかかっている。




だが――




「筋トレ、欠かしたことはない。たしかに太くはないが……筋肉は、ちゃんとついてる」




己の足を信じ、己の腕を信じ、そして何より、これまでの努力を信じる。




「俺は、俺を信じる」




気づけば、ゴブリンの群れは俺を囲んでいた。




――だが、怖くはなかった。




ここからが、本当の始まりだ。




 ゴブリンは三体。いずれも棍棒を手に、黄色く濁った眼をこちらに向けている。チチチ、と甲高い声をあげながらじりじりと間合いを詰めてくる。




 俺は一歩も動かない。ただ《刻観眼》を研ぎ澄まし、彼らの“次の動き”を注視する。




 ――一秒先。




 右のゴブリンが、突如突進してくる。視界の隅に、次の瞬間の像が重なった。




 「――今!」




 俺は左へ跳ねるようにステップし、足を滑らせるように回り込む。風を切って棍棒が通り過ぎる。空振りしたゴブリンの体勢が一瞬崩れた。




 その隙を見逃さない。




 腰に差していた短剣を抜き、ゴブリンの脇腹へと叩きつけるように突き刺した。乾いた肉の感触。ゴブリンが悲鳴をあげ、のけぞった。




 「一本!」




 だが、残りの二体がすぐさま反応。前後から挟み込むように襲ってくる。




 一秒先の映像が、頭の中で重なった。前方からの突き、後方からの振り下ろし――時間差は、0.4秒。




 ギリギリだが、いける。




 俺は素早く身を屈め、前方の攻撃を紙一重で回避。すぐさま後方へバックステップ。後ろからの棍棒も、頭上をかすめて空を切る。




 「ふうっ……!」




 息が漏れる。緊張で鼓動が早まるが、怖くはない。むしろ、体が軽い。




 再び間合いを取り直し、二体のゴブリンと対峙する。俺は自分の能力に過信しない。未来が見えても、動けなければ意味がない。それを理解しているからこそ、無駄な動きはしない。




 一歩、一歩。間合いを詰める。




 二体のゴブリンが、再び同時に動いた。だが、動きが読める――《刻観眼》がそれを許さない。




 「今度は――俺の番だ!」




 俺は一気に踏み込み、右のゴブリンに向かって滑り込む。攻撃のモーションを読み切って、刃を突き立てる。手応え。崩れ落ちるゴブリン。




 残る一体が怯んだ。逃げようと後退するその背中に、迷わず短剣を投げつける。




 刃が、背に突き刺さった。




 やがて――静寂。




 荒い呼吸だけが、暗い通路に響いていた。ゴブリンの体からは、魔晶石の光が微かに漏れている。




 「……これで、三体。上出来、だな」




 俺はその場にしゃがみ込み、素材を回収する。




 初戦にしては悪くない。




 何より――生き残った。




 それだけで十分だ。

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