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あれから魔眼は着実に増えていた。
因果眼インガガン
能力:対象の“行動と結果”を逆算して見る。攻撃の発動条件やスキルの起点を暴く。
用途:敵の「何かを狙っている」動作に即応。呪いや結界のトリガー看破。
弱点:因果の“糸”が複雑すぎると処理オーバーで頭痛・失神。
【刻観眼コッカンガン】──《時空系》
効果:最大3秒先の未来を断片的に“視る”ことができる。
応用:戦闘予測、会話の先読み、回避行動の最適化。
デメリット:精神集中を欠くと“過剰未来”を視て錯乱。
【幻彩眼ゲンサイガン】──《変質系》
効果:対象の五感に錯覚を与える。風景・姿・声などを幻に変える。
応用:敵の認識妨害、隠密行動、精神撹乱。
デメリット:高知能・魔力耐性の敵には効きづらい。
【共視眼キョウシガン】──《支援系》
効果:仲間と視界・状況認識を共有する“ネットワーク視界”。
応用:連携戦術、後衛支援、ブラインド戦術の打破。
デメリット:共有相手の死や重傷で精神に影響を受ける。
俺は、いくつかの魔眼を開眼させることに成功していた。
命索眼めいさくがんをはじめとする、特殊な視力を持つそれらは、どれも強力でありながら、代償もまた大きい。
だが、ある日、廃工場での実験中に――俺はそれを思い知ることになる。
複数の魔眼を同時に開眼させたその瞬間、視界が歪み、世界がぐらりと傾いた。
身体中から力が抜け、目の奥に針を突き立てられたような激痛が走る。
……まだ、器が足りていない。
そう直感した。おそらく、俺の肉体――いや、「魂の器」がまだ未熟で、複数の魔眼を同時に扱えるほどの耐性を備えていないのだ。
だが、それでも。
少女――俺に魔眼の存在を教えてくれた彼女は言っていた。
「器は、魔眼を使わなければ育たない」と。
だから俺は、決意した。
限界の先に行くために、少しでも多く命索眼を使い続けるために、バレずに運用する手段を考えた。
その答えが――眼帯だった。
なぜ眼帯なのか?もちろん、ただの装飾じゃない。
命索眼を眼帯をつけている眼で常時発動させることにより器を強化するためだ
そして何より、教師たちにこう説明すれば、使用を黙認してもらえるのだ。
「視力低下の予防です。……あと、集中力の向上にも効果があると、聞きました」
現役の探索者でもある講師たちは、俺の言葉をいぶかしみつつも、最終的には頷いた。
これで準備は整った。
数ヶ月もの間、俺はひたすら「器」の強化に専念していた。
開眼させたところで使えないなら、それはただの宝の持ち腐れだ――そう言ったのは、魔眼の少女だった
その言葉に腹が立ったわけじゃない。ただ、図星だったからこそ、反論できなかった。
命索眼めいさくがん。
対象の命の流れを捉える、探索において最高クラスの支援能力。
俺はそれを限界まで酷使した。
疲労が出るまで使い、痛みに耐えきれなくなったら止め、回復したらまた使う。
その繰り返しを、毎日、飽きもせず続けた。
そうして季節は流れ、俺が二年生に進級する頃には――ついに、命索眼を24時間常時発動できるまでになっていた。
視界はもはや、通常の目を超えていた。
たとえこの目が失明しても、命索眼があれば代わりになる。
これは、探索者にとって致命的なリスクを一つ打ち消す、大きな進歩だった。
そして、器の成長を確認した俺は、再び魔眼の獲得に動き出した。
数日後、俺はある攻撃系の魔眼を開眼させることに成功する。
――咎撃眼ガゲキガン。
能力:対象の「罪」や「過去の加害行為」に比例した威力の魔撃を放つ。
用途:罪深い相手に致命傷を与える。敵を試し、裁くための眼。
弱点:無垢な存在には一切効力を持たない。また、使用者の正義感が曇ると発動できなくなる。
これは単なる攻撃魔眼ではない。
“裁く意志”が問われる、覚悟の魔眼だ。
この魔眼を手にしたことで、俺はようやく一人でもダンジョンに潜る資格を得た。
今までは支援型の能力だけだったが、これからは自分の力で、敵を排除できる。
だが、それでも――まだ不安は残っていた。
たとえば、まだ誰一人傷つけていない魔物が目の前に現れたらどうだ?
その時、咎撃眼ガゲキガンは無力だ。
罪なき存在には、何のダメージも与えられない。
つまり、俺はただの的になるしかない。
それだけは、どうしても避けたかった。
だから俺は、焦らずに決めた。
攻撃系の魔眼をもう一つ。
咎撃眼とは別の、“純粋な殺意”を備えた力を手に入れるまでは、再びダンジョンに潜るのを控えることにした。
そして――ついに、その魔眼は俺の前に姿を現した。
断界眼ダンカイガン。
その名の通り、“境界を断ち切る”魔眼。
能力:視線で空間を斬ることができる。視認した範囲に“斬撃の線”を生じさせ、物理・魔法・結界など、あらゆる干渉を断絶する。
用途:
・遠距離からの無音・無詠唱の斬撃。
・魔法障壁の切断、封印の解除。
・逃走中の敵の足を断ち、動きを封じる。
だが強力な力には、当然リスクもある。
視界外の対象や、遮蔽物の向こう側には干渉できない。
さらに、連続使用は“網膜疲労”や“出血性視覚過敏”といった深刻な負担を引き起こす。
神聖結界や次元の境界線のような“上位構造”には、切っ先が届かないこともあるという。
それでも、この断界眼を手にしたことで、俺の戦い方は格段に広がった。
咎撃眼で罪を裁き、断界眼で道を切り開く――それが今の俺の戦術。
ようやく、探索者としての実力が整い始めた。
“潜れる”のではない。“戦える”のだ。
まだ駆け出しで、まだ名もない端くれに過ぎない。
けれど、確かにこの瞬間から、俺は一歩を踏み出すことができた。
命を懸け、力を磨き、魔眼と共に進む旅路。
――俺の物語は、ここから真に始まるのだ。