4
今日も、今日とて学校だ。
俺が通っているのは、探索者を目指す者たちが集まる専門の高校。
全国から集められた、才能ある“未来の探索者”たちが日々研鑽を積むこの場は、いわば競争と期待の坩堝だった。
授業は選択制。魔法、戦闘技術、地形分析、魔物学、生存戦術など、どれも実践的かつ高度な内容ばかりだ。
自分の能力や将来のスタイルに合わせて、自由に学ぶことができる。
——もっとも、俺にはそれを活かせる“才能”がない。
魔眼を除けば、すべてが平凡。
剣も魔法も、頭脳も戦術も。他の生徒たちと比べれば、俺は間違いなく劣っている。
この学校において、俺は“落ちこぼれ”というやつだった。
実際、日常の中にもその事実は滲み出ている。
教科書は破かれ、机の中には画鋲。
下駄箱に靴がないかと思えば、見つけた靴の中にも画鋲。
──いじめ、という言葉で片づけられる現実。
だが、そんなことはどうでもよかった。
俺は、“探索者”になる。それは決定事項だ。
誰に何を言われようと、この事実だけは揺るがない。
——「探索型視神経異常症」
あの日、この不可解な病を宣告されたとき、世界は一度止まった。
ダンジョンに潜るたび、少しずつ視界が奪われていく病。
けれど俺は、それでも潜る道を選んだ。
諦めなければ、道は切り開ける。
俺は、それを証明したい。自分自身の手で。
だからこそ、今は鍛える。
腹筋、背筋、腕立て伏せ。
武器を扱う日のために、ハンドグリップで握力も強化する。
毎朝、黙々とトレーニングを続ける。
誰に見られるでもなく、評価されるわけでもない。
それでも、続けてきた。
最近になってようやく、身体に変化が現れてきた。
筋肉がつき、体力もついてきた。
疲労感の中に、確かな成長の実感がある。
まだ魔眼は“覚醒したばかり”だ。
けれど、俺はもう止まらない。
すべては、未来の探索のために——
夢を、その手で掴むために。
訓練の一環として、俺たちは時折ダンジョンに潜ることがある。
とはいえ、あくまで“育成”を目的とした低難度のダンジョンだ。
教師として同行する現役の探索者たちがいれば、安全にクリアできるよう設計されている。
それでも、ダンジョンはダンジョン——
潜るたび、俺の視力は確実に奪われていく。
例外はない。
その日も、ほんの少しだけ世界が暗くなった気がした。
景色の輪郭が、どこかぼやけて見える。
それが当たり前になって久しい。
「ただいま……」
小さく呟く声は、部屋に虚しく吸い込まれていく。
もちろん、返事などない。ここには、誰もいないのだから。
両親はもういない。
それは俺がまだ、小学生だった頃の話。
あの日も、何の変哲もない日常だった。
学校から帰って、家族と食卓を囲み、たわいもない会話を交わしていた。
当たり前の幸せ。永遠に続くと思っていた、穏やかな時間。
——だが、それは突如として崩壊した。
「ドォォォォン……ッ!」
大地を揺るがす轟音。
まるで世界そのものが裂けるような衝撃と共に、新たなダンジョンが誕生したのだ。
通常、ダンジョンは安定した結界の中に発生し、人間の生活圏とは切り離された空間に存在する。
しかしその日は違った。
それは“ダンジョン拡張現象”と呼ばれる、極めて稀な異常事態。
ダンジョンの“境界”が拡大し、周辺地域を丸ごと内部空間に巻き込んでしまうという現象が発生したのだ。
——いわゆる「ダンジョンブレイク」。
街の一部が、そのままダンジョンと化した。
あの瞬間、自宅は、団欒の場所は、家族の笑顔は……
すべて、黒い霧と異形の咆哮に呑み込まれた。
生き残ったのは、俺ひとりだけだった。
周囲の住民は全滅。
探索者が駆けつけたときには、街区のほとんどがモンスターの巣窟と化していたという。
奇跡的に救助された俺は、病院で全身を検査された。
そのときに初めて判明したのが、この奇病——
「探索型視神経異常症」
ダンジョン内部に長く留まるほど、視力が少しずつ失われていく。
原因不明、治療法不明。
一億人に一人、いや、十億人に一人とすら言われる、まさに“選ばれし病”。
皮肉な話だ。
選ばれし者——だが、それは“生き残った者”に与えられた皮肉な勲章のようなものだった。
それでも、俺は前を向く。
たとえ視界を失っても、心の中の炎だけは絶やさない。
探索者になるという夢は、奪わせない。
何があっても。
——それが、あの日すべてを失った俺の、唯一の生きる理由だった