第3話 魔導士ラバーと黒い剣
エルフの村の北の外れ。古木が絡み合うように立ち並ぶ、静寂に包まれた森――。
その森の入口にひっそりと佇む木造の小さな家。その室内では、灯火の下で小さな魔導士の少女が魔術書を睨みつけていた。机の上には、巻物やインク壺が無造作に散乱し、まるで彼女の苛立つ心情を映し出しているかのようだった。
彼女の名はラバー。
数日前から囁かれる「森の噂」の調査に没頭している。森で相次ぐ謎の目撃情報、警備を担う冒険者の負傷――それらの真相を突き止めようと試みたものの、魔術的な痕跡すら掴めぬまま、ただ時間だけが過ぎていく。焦燥が胸を締めつけ、ラバーは魔術書の端を苛立たしげに弾いた。
「ああ、もう!分からない!!」
突然、ラバーが声を荒げ、机に拳を叩きつけた。その衝撃で積み重なった魔導書が崩れ落ちる。
「どれだけ調べても手がかりなんてありゃしない!ただの作り話なんじゃないのか!?」
ラバーは頭を抱え、机に突っ伏す。灯火の光が影を伸ばし、静寂が一層重くのしかかる。そんな中、突然扉がノックされた。静かだった部屋に響く音に、ラバーは顔を上げる。
「誰だ?」
苛立ちを抑えきれない声で問いかけると、扉の向こうから低く力強い声が返ってきた。
「私だよ。ティックだ。レニウムの奴に頼まれてね、アンタに見てもらいたいものがあるんだ。」
その声を聞いた瞬間、ラバーは目を細め、深く息を吐いた。
「また面倒ごとか……。どうぞ。」
扉が開き、ティックが中に入ってきた。彼女はいつものように堂々とした態度で歩き、片手には大きな布に包まれた物を持っている。
「これだよ。」
ティックは布の包みをラバーの前に置き、無造作に布を剥ぎ取る。その瞬間、部屋の空気がわずかに変わった。現れたのは、黒い輝きを放つ剣だった。
ラバーは剣を一瞥すると、眉をしかめた。剣からは明らかにただの武器とは異なる気配が漂っていた。それは冷たく、静かでありながら、どこか底知れぬ力を感じさせるものだった。
「……これはただの剣じゃないね。」ラバーが低くつぶやく。「どこで見つけた?」
ティックは腕を組み、少し顎を上げて答えた。
「森で倒れてた青年が持ってたらしい。レニウムが気にしててね、アンタに調べさせろってよ。」
「青年?そいつから直接話を聞いた方が早いんじゃないの?」
ラバーは素っ気なく返すが、ティックの表情が曇る。
「残念なことに、ソイツは記憶を失っていてね。名前すら覚えてないんだよ。」
ラバーは疲れたように首を振り、剣を手に取った。その重みと冷たさが掌に伝わる。ゆっくりと鞘から引き抜かれる剣身には、何か古代の文字が刻まれていた。刃からわずかに漂う魔力の流れに、ラバーの表情が険しくなる。
「これは……ルーンだね。」
彼女は目を細め、剣に顔を近づけながらつぶやく。
「武器にこんな刻印を施すなんて、尋常じゃない。この手のルーンを扱える奴はそう多くない。……これは、錬金の賢者が作ったものだ。」
「……錬金の賢者って、あの七賢者のひとりかい?」ティックが眉を上げた。「まさか……これが聖剣だって言うのかい?」
「いや、違う。」ラバーは即座に否定する。「聖剣を作るなら、あの賢者ならミスリルを使うはずだ。こんな黒い剣を作るわけがない。」彼女は剣をそっと置き、深く考え込む。「だがこの剣、持ち主の魔力と魂の一部を内包している。持ち主と繋がっている武器だ。」
ティックは驚いたように目を見開き、机の上の剣を睨むように見下ろした。
「持ち主の魂だって?そんな危険な剣をあの青年は持ってたのかい……!」
ラバーは腕を組み、重々しく頷く。
「ただの旅人とは思えないよ。この剣がどんな力を秘めているか、私でさえ分からない。それに、その青年が記憶を失っている事も気になる。近頃の噂と関連付けて調べた方が良さそうだ。その青年が被害者である可能性も、加害者である可能性もあるからね。」
ティックは険しい表情で剣を見つめ続けた。その瞳には、剣が持つ謎と危険に対する警戒と、どこか好奇心が入り混じっていた。森の噂の正体が、この剣と青年に関わっているのかもしれない――そう直感させるには十分だった。