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リアンとニアン 終焉

 「それで、どうなったのですか?」


 「シイェ様は、リイ様殺害の罪で国外追放と決まり、ドゥオ国へ送り返されました。ファンの所見では、ユアン様も毒殺されたということですが、彼の仕業とまでは立証できなかったのです。お二方(ふたかた)(あや)めたとなれば、いくらドゥオ国の貴族といえども、処刑は免れなかったでしょうに、危ういところで命拾いしたものです」


 (あるじ)不在のガル修道院院長室で、若い男女が向かい合って座っていた。

 男性は貴族の出で立ち、女性は修道女の服装に身を包んでいる。二人はほとんど同じ年頃で、性別や外見の違いにもかかわらず、似通った雰囲気を持っていた。


 「何と申しましても、領主様には父にあたるお方。不孝の罪を負わずに済んで幸いでした。それに、シイェ様は父上を殺めてはおられないでしょう」


 彼女はそこで言葉を切った。その言葉には、修道女らしく達観した調子があった。

 彼の方は、そうした彼女を、気遣わしげに見守った。


 では、誰が殺めたのか、と言う問いは、発せられなかった。彼は訪問の目的を切り出した。


 「それで喪が明け次第、リュウ様は、妃として迎えたく、リアン様、あなたの還俗をお望みです」


 リアンは、おっとりと彼を見つめた。

 その姿は、彼女の部屋にある筈の、唯一絶対神を描いたダン=トンの絵にそっくりであった。


 彼もまた、同じ絵を屋敷の内深くに隠し持っていた。

 そのことを知る者は、当人同士の他、サパの重臣であるヨオンのみである。他の者は全て死に絶えた。


 「領主様は、どこまでご存知になられたのでしょう?」


 「さて。私が聞いたところでは、リイ様がリアン様の()()()や、あなたになさった仕打ちを償いたい旨のお話をなさっておられました」


 彼の言葉を聞くうちに、彼女の目は(わず)かに皮肉めいた光を帯びた。


 「相当部分をご承知と考えてよい、と。それで、あなたが説得役として指名されたのですね、ニアン様」


 ニアンは困惑顔で、胸元へ手を当てた。その服の下には、とある紋章が彫り込まれた銀の首飾りがあった。

 人からは、若かりし頃のクィアンに(うり)二つと言われるが、出自を知る人には、むしろユアンの面影が垣間見えた。


 「私たちの関係は、未だご存じない筈ですよ。姉上、二人きりの場で他人行儀になさるなんて、意地悪しないでください。胸が裂けてしまいそうです」


 「大袈裟な。意地悪をするつもりはないのよ」


  リアンは、そこで口を(つぐ)んだ。

 ニアンは姉の邪魔をしないよう、大人しく待った。互いの関係を知る以前、単なる幼なじみとして共にあった頃から、二人の存り様は変わらなかった。


 ややあって、彼女は小さく息をついた。


 「答えは決まっているのです。ただ、あなたに悪い結果をもたらさないか、それだけが心配なのです」


  初めて肉親の情を滲ませた声音に、ニアンは体を震わせた。椅子から乗り出しかけ、思いとどまる。代わりに、肘掛けを強く握った。


 「私の心配こそ、ご無用です。では‥‥」

 「私は、決して還俗致しません。領主様には、そのようにお伝えください」


 彼女はニアンの目を見据え、きっぱりと宣言した。

 彼は、哀しみと安堵の入り混じった表情を見せた。それから目を伏せると、席を立ち、一礼した。



 「そのように、申し伝えます。リアン様、ごきげんよろしゅう」


 彼女は座ったまま礼を受けた。

 いつしか日が傾き、薄暗くなった室内で、彼女は黒々とした影の塊と化していた。


 「ニアン様こそ、ごきげんよろしゅう」


 その声には、先ほど垣間見えた情の欠片(かけら)も残っていなかった。彼は戸口で立ち止まり、振り向いた。


 「姉上。唯一絶対神は、存在するのでしょうか?」


 「ニアン」


 姉は声だけで、懸念と問いかけを表した。


 「母上は、生涯のほとんどを信仰に費やしました。還俗したのも、法王の求めであったと聞いております。それなのに、あのような最期を迎えねばならなかった。父上も、立場を弁えて生きてきたのに、人の手にかかって命を落とすことになった。両親が不本意な死を迎える一方で、手を血で染めた者が栄光に包まれたまま墓へ入る。神は何をなさりたいのか。私たちに何を求めているのです? 姉上。名前を仰らなかったとしても、私は誰が父上に毒を持ったか、承知しておりますよ」


 彼は話し始めると、思いが溢れて止まらなくなった。その口に、細い人差し指がそっと当てられた。

 リアンが、音もなく席を立って近付いたのであった。


 「神は存在します。信じる限り」


 彼女は、息を吐くように弟へ話しかけた。口を閉じた彼から手を引き、向かい合う。


 「あなたのお話を聞いて、ただ一つ確信できたことは、神の存在です。両親は多くの困難に遭いましたが、私たちを残し、こうして真実を知らしめることに成功しました。信じる限り、神は確かに存在して、私たちの人生を照らすでしょう」


 リアンの目が、暗がりに光った。


 「地上で偽りの栄光に飾り立てられた者は、死後、唯一絶対神によって本来の価値まで(おとし)められるでしょう。生き残った私たちは、望めば地上において彼らと同じ高みに立つことも可能です。あなたはそれを望みますか?」


 姉と弟は(しば)し、沈黙のうちに(たたず)んだ。


 「いいえ。私は、栄光の高みを目指すよりも、心の安寧を大切にしたいと思います」


 「わかりました。私も、同様に考えております。ですが、あなたが望むならば、いつでも共に立つ覚悟でおります」


 「ありがとうございます。姉上。私はそのお言葉を心に抱いて生きていきます」


 リアンは頷いた。もう、その影すら背後に溶け込みそうなほど、室内は暗くなっていた。


 ニアンはいま一度黙礼した。それから部屋を出て行った。


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