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リイ 倦怠期

 リイは()んでいた。

 あの感激に満ちた結婚式を挙げてから、はや三年の月日が経っていた。


 結婚生活は概ね良好であった。

 夫であるユアンは日々、父のライについて領主の心得を学んでいる。次の領主は、リイと決まっている。

 しかして、その配偶者も知っておくべき事は、確かにあった。

 リイは幼少期から両親に教えを受け、結婚前に一通り学び終えている。都から婿入りしたユアンが学ぶには、現領主から教わるのが手っ取り早い。


 一方で、母のリウと出かける機会は、めっきり減った。母は、引き続き領民への施しに精を出している。

 宴や遠出の回数も同様に減った。

 これまでは、リイをいわば釣り餌にして、交流を(はか)っていたのだ。


 もちろん、近隣の領主や城下の貴族との交流は続いている。

 たまに催される宴に出席しても、顔ぶれといい盛り上がりといい、結婚前と比べると、リイには地味で退屈に感じられた。


 こうした結婚後の環境の変化に加え、未だ跡継ぎを身ごもる気配がない事が、リイを憂鬱に陥らせていた。

 始めのうちは、あからさまに妊娠の有無を問いかけた両親が、二年を過ぎた頃から他家の子供まで話題に上せなくなったのも、(かえ)って気詰まりであった。


 リイとて後継者を得るため、日々努力していた。あまり努力し過ぎたせいか、ユアンが徐々に非協力的になってきたように感じられたほどである。


 ユアンは、よい夫であった。都の大貴族という出自を鼻にかけず、義父母を立て、召使いを始め領民に至るまで受けがよかった。


 城下の貴族とも、積極的に交流を図っていた。


 地方により力関係が異なるものの、大体において貴族は、領主が領地を治めるのを助けることを仕事としている。

 多くの家は代々充分な資産と収入を持っていた。従って、領主の補佐は、貴族としての高貴な義務と位置付けられていた。


 代々持ち回りで領主の地位につく地方もあれば、完全な合議制で運営される地方もあった。


 サパ地方は、ライの先祖が中心となって土地が切り開かれ、徐々に栄えてきた歴史がある。その流れで、ライの家が代々領主として城に住んでいた。

 とはいえ、例えばソオンといった大貴族は、領主に劣らぬ由緒のある家柄である。決して軽んじてはならない存在であった。


 ユアンは、こうした微妙な関係の呑み込みが早く、常に卒なく振る舞った。現在に至るまで、公私を問わず失態を犯した話を聞かない。


 「さすがは、都の大貴族の血筋だ」


 この頃までには、ユアンが長子であるにも関わらず、生家の爵位を継がない事情を、サパの貴族も聞き知っていた。

 後ろ盾のない婿は、彼らからお飾り扱いされても不思議はない。その貴族からも、ユアンは(すこぶ)る高い評価を得ていたのである。


 まさにその点が、リイの倦怠感を呼び起こしているのかもしれなかった。

 断定できないのは、自分でも認めたくないからである。


 ユアンは立ち居振る舞いばかりでなく、見た目にも優れて非の打ち所がない。今や彼は、生まれながらにサパ領主の子であったかのように、周囲に馴染(なじ)んでいる。

 唯一の問題は、跡継ぎに恵まれない点である。

 これほど優れた彼に、跡継ぎを作る能力がないとは考えにくい。


 つまり、跡継ぎが出来ないのは、妻であるリイの方に欠陥があるからに違いない。彼女が懸命になればなるほど、ユアンを始めとする周囲と距離が空くように感じられた。

 そして、リイの体の中にも、空洞が生じた。


 空っぽなリイよりも、立派なユアンの方が、次期サパ領主に相応(ふさわ)しい。

 そして跡継ぎは、リイではない誰かに産ませればよいのだ。

 こう考えたリイは、夫に考えを(ほの)めかした。


 「そんなことを考えるには、まだ早過ぎるでしょう。あなたは、とても若いのですから」


 ユアンは穏やかな微笑を浮かべ、妻の話を一蹴した。幾分年の離れた妻に対しても、彼は丁重な態度を崩さなかった。

 何度も言い募ることはできなかった。リイは自ら言い出しておきながら、実現を恐れていた。

 それに、話を蒸し返すことは、彼を傷つける恐れがあった。


 結婚後に聞いた話では、ユアンの父は妻が二番目の子を身ごもっている間に、乳母に手を出したと言う。この妻が、ユアンの母である。


 そのことを苦にして、ユアンの母は病に倒れ、そのまま亡くなったのであった。原因となった乳母は、母が身まかる前に姿を消した。彼女の消息は、(よう)として知れない。


 「だから私は、あなたが母と同じ悲しみを味わわずに済むように、身を慎みたいのです」


 母の死因を告白した折り、ユアンは冗談めかして言ったものであった。

 ワ教においては、神が唯一絶対の存在であることに呼応して、一夫一妻制を定めていた。

 (ただ)し、血統を絶やさぬための一時的な交際は、暗黙のうちに認められていた。


 実際のところ、召使いが()()()()になるのは、よくある話だった。召使いが産んだ子であろうと、血統を絶やさぬために本妻の子として迎え入れられることもしばしばあった。


 あるいは、適当な身分の者へ召使いごと縁付ける場合もあった。

 ワ教の熱心な信者である父のライでさえも、リイが生まれる前には、血統を絶やさぬために()()()()()を試みたらしい。その結果の如何を、リイは知らない。


 ユアンは言葉通り、身を慎んでいた。

 仕える者の中には、彼の見た目に当てられ、分不相応な眼差しを向ける者もあった。彼女らに対して、彼は持ち前の人あしらいで上手く(かわ)すのであった。


 それでも、リイは夫が血統を絶やさぬため、交際を始める不安を拭えなかった。矛盾していることは、承知の上である。

 乳母に手をつけた上、跡継ぎがいるのに再婚して更に子をもうけた父の血を引くユアンが、未熟なリイ一人で満足できるとは、信じられなかった。

 加えて彼の人あしらいの上手さが、不安に輪をかけた。もし夫が一時的な交際を始めたとしても、彼女には見抜く自信がなかった。彼は、洗練され過ぎていた。



 私生活で不安を抱えていても、リイには領主の娘としての仕事がある。

 彼女は近頃、女子修道院への慈善活動を行っていた。

 ワ教の制度上、女子修道院は男子修道院の管轄下にあった。


 しかし実際の運営は、女子修道院がほぼ自立して行っていた。建物も、男子とは完全に区切られていた。

 制度を(かんが)みれば、男子修道院に援助すれば事足りる。リウが男子修道院のみ訪ねていたのは、この理由であった。


 しかし、実態は異なるのであるから、リイの訪問は修道女から両手(もろて)を挙げて歓迎された。

 男子修道院も、女子修道院にかける金や手間が減った分、好意的な反応であった、とリウから聞いていた。


 その日もリイは、ガルの女子修道院を訪ねていた。

 サパ地方の中で最も大きな規模を持つ院ではあるが、やはり男子修道院と比べると、人数の割には小さく感じられた。


 男子の修道院にあるような美術品の類いを見かけないのも、女子修道院の特徴である。

 その代わり、手作りの品が目に留まる。いつかリイが()いた、菓子包みを縫い合わせて作ったと思しき壁掛けもあった。


 リイは初め、美術品の寄贈を申し出たのだが、副修道院長からやんわりと断られた。

 つまり、女性は華美に引かれやすい性質なので、修行の妨げとならぬよう、初めから高価な美術品を置かない方針なのであった。


 副修道院長と言っても、修道院長は男子女子併せて一人である。

 男子の修道院にも、副修道院長の職が設けられている。女子修道院における副修道院長というのは、事実上女子修道院長であった。


 リイは副修道院長と食事をしながら、よもやまの話をするのが楽しみであった。

 結婚してからは、宴や遠出の機会が減った。そこで、日々多くの人と接する副修道院長から得る話は、気晴らしばかりでなく、領主の一族としても貴重な情報源であった。


 「先頃、ハルワティアンの女子修道院から戻った者がおりまして、若年ながら修道女たちの指導をよく務めております。先程お褒めに預かった料理も、その者の意見を取り入れたのです。もし興味がございましたら、食後の腹ごなしに、都の珍しい話をさせましょう」


 リイは独身の頃、父に伴われて、ハルワティアンにも足を踏み入れたことがあった。ハルワの都にある、随一の女子修道院である。

 結婚後はそちらの方面へは、足を向けていない。


 ユアンの父に結婚を報告がてらリイを披露する計画はあったが、跡継ぎができてからにしようと決めて、以来棚上げとなっている。

 報告だけは、ユアンが他の用事にかこつけ、単身都へ出かけて済ませてあった。


 ハルワへ行ったのならば、有力貴族であるユアンの父にも会った筈であるのに、リイにはどうしても思い出せなかった。

 都に住む貴族の数は多い。パーティに出席すると、次から次へと目まぐるしく紹介される。普段付き合いのない貴族の顔まで、覚え切れないのは仕方のないことであった。


 ユアンの父は結婚式にも出席した筈であるが、この時は緊張しており、やはり記憶にない。


 リイはハルワといえば、その棚上げになった計画を思い出すので、できるだけその話題を避けていた。

 しかし、副修道院長が熱心に勧めるので、とうとう承知することになった。

 その修道女が工夫したという、洗練された料理を味わい、好奇心が呼び覚まされたのも一因である。

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