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リイ 見合い

 馬車は教会の前を通り過ぎ、ぐるりと半周して裏手に出た。

 ガルの修道院と孤児院は教会に隣接して建てられていた。それぞれ独立した敷地が当てられている。


 孤児院の前庭に馬車が停まると、建物から修道女達が小走りに出て来た。その後から、体のしっかりした男の子が数人、遅れまいとついてくる。


 「ようこそいらっしゃいました、奥方様、リイ様。子どもたちも、首を長くして到着をお待ち申し上げておりました」


 年配の修道女が前に出て、歓迎の意を表した。

 リウは御者に合図し、馬車の上に積んだ袋を下ろさせた。袋は、受け手の期待を表すように、ぱんぱんに膨れ上がっていた。


 「皆様の活動に、役立てていただけるような物を、お持ちしました。どうぞ、お受け取りください」

 「ありがたくいただきます」


 修道女が袋の口を開けると、使い古した服がたくさん詰まっているのが、リイにも見えた。彼女らはもう一度礼を述べ、控える男の子に袋を奥へ運ぶよう言いつけた。

 荷物は張り切る男の子たちと御者に任せ、リウとリイは修道女に案内されて、建物の中へ入った。


 「いつ来ても、きれいにしてらっしゃること」


 リウが誰にともなく言うと、年嵩(としかさ)の修道女が引き取った。


 「子どもたちが、毎日掃除をしているのです。物を大切に扱う心が、自然と芽生えますように」

 「院長先生のお導きの賜物でしょう」

 「いえいえ、これも神のお導きによるものです」


 修道女は謙遜した。判で押したように、毎回一字一句違わぬやりとりであった。

 リイとリウは院長に連れられて、子どもたちが机を並べて勉強したり、畑の世話をしたりするのを遠目に眺めた。


 孤児院では山羊や牛、鶏や豚を飼っていた。子どもたちは、家畜の世話も行っていた。馬車の馬も同様である。

 一通り回るだけでも、結構な時間が過ぎていた。リイとリウは修道女たちに見送られて、馬車に乗り込んだ。


 孤児院と修道院は隣り合っている。修道院には、すぐに到着した。

 ここでもまた、修道院の院長自ら客を出迎えた。リウが座席の下に隠してあった小袋を取り出し、院長に手渡した。


 ぎっしりと詰まり、ずっしりと重いのが、端から見てもわかった。硬貨である。それも、小銭ではなく、金か銀であろう。


 院長は上品な笑みを浮かべながら、丁寧な手つきで袋を受け取った。


 「いつも厚いお志をいただき、まことにありがとうございます。ささやかではございますが、お食事を御用意いたしました。お時間が許せば、ご一緒に如何でしょう?」


 「ありがたく、いただきます」

 「では、ご案内を」


 院長は笑みを浮かべたまま、領主夫人とその姫を食堂へ先導した。修道院も、孤児院と建物の形式は似通っていた。

 孤児院は、修道院が運営している。


 修道院には、由緒ありそうな置物や絵画といった美術品が、孤児院の院長室よりも多く、場所を選ばず飾られていた。


 広々とした食堂も、例外ではなかった。高い天井からは金とガラスで輝きを増したシャンデリアが下がり、壁には食にちなんだ題材の絵が、重厚な額縁に収まっていた。

 領主の城と比べても、遜色(そんしょく)のない装飾であった。


 給仕が修道士であることを除くと、料理の品や調理の具合も大差なく、リイの普段の食事と比べると、こちらの方が豊かに見えた。


 領主とて、毎日ご馳走を食べはしない。

 リウと院長の会話からは、今口にしている品々が修道院の普段の食事と同じなのかどうか、リイには判断できなかった。


 「今年はよい日和(ひより)が続きました。さぞかし、収穫もよろしかったのでしょうね。近頃では、随分具合がよろしくなったのではありませんか」


 リウが笑顔でさらりと言うと、院長も一層の笑みをたたえ、ゆるゆると頭を振る。


 「いえいえ、確かに実り具合はよろしゅうございましたが、孤児院にいる育ち盛りの子供たちを満足させるには、なかなか充分とはいえない次第でございます」


 「あら、子どもたちはある程度大きくなりましたら、それぞれ適した場所へ引き取らせている、と聞いておりますよ」


 しかも手数料を取って、とまでは、リウは慎ましくも口にしなかった。


 「いやいや。大勢いる子供たちが、一日にどれほどの量を平らげるか。皆様ご覧になられましたら、驚かれることでしょう。それに、いくら私どもが世のお役に立てるまで育てて巣立ちをさせても、また後から後から新たな嬰児(えいじ)が手元に参ります。ひと息つく暇もございません」


 「まあ。それでは、ますますこちらを気にかけなければなりませんね」


 リウから援助を継続する言葉を引き出した院長は、満足そうに頷いた。


 こうしたやりとりが交わされるのはいつものことで、代々の院長は一度も為損(しそん)じたことはなかった。

 尤も、リウは初めからそのつもりで話を仕向けているのであって、万が一リウが本気で援助を取りやめようと考えたならば、いくら院長が手練手管を繰り出したところで、敵う筈はなかった。


 言うなれば、リウはこうした会話で、修道院に緊張感を保つよう促しているのであった。


 無事に会食を終えて修道院を辞すと、馬車は城へ向かって真っ直ぐに走り出した。

 リイは、馬車から外を眺めた。城へ戻れば戻ったで、家庭教師による授業などの予定がある。外出は面倒であるが、戻る際にはいつも、彼女は名残惜しい気持ちになるのであった。

 城へ戻る馬車には、子どもたちも心得ていて、寄りつかなかった。



 ある日は、城で宴会が催された。常の通り、リイは客に対する礼儀も含めて、この度もまた豪勢に着飾った。

 リウから示唆を受け、頭飾りもドレスもこの日のため、特別に注文して仕立てていた。


 「光り輝くばかりに、お美しゅうございます」

 「いえいえ、美しさのあまりに光り輝いてございます」


 お付きの者が口々に褒めそやした。満更世辞ばかりとは思われぬ熱心さが、各々の顔に表れていた。

 職人が精魂こめた品々は、主を得てより一層美しく煌めいた。

 リイは自らの姿を映し出し、満足して宴に臨んだ。


 その日は、ドゥオ国の貴族をもてなすための宴であった。

 ドゥオ国は険しい山岳地帯を境とし、ハルワ国の北方に位置する。気候は厳しい。代わりに金と炭の鉱脈が豊富で、畜産と林業と併せて国の主要産業となっている。


 来訪したのはツァオという貴族で、ドゥオ国において畜産の振興を担当する一族であった。

 ドゥオ国では、有力貴族がそれぞれの資源を分け合い、互いに対等の立場で合議しながら国を動かす制度を採用していた。


 ツァオは父親の命により、ハルワ国の畜産の現状を視察に来た、ことになっていた。

 しかしながらリイは、畜産の視察は名目に過ぎず、本当はリイの品定めに来たことを察していた。


 リイはツァオの側へ席を定められ、間近で対面することとなった。ツァオは身なりも立派で物腰にも威厳が漂っていた。リイよりかなり年上とあれば、それも道理であった。


 サパの大貴族ソオンの息子ヨオンも、独身貴族の間では最年長の部類であるが、ツァオは更に年上であった。

 年の功で、ツァオは話し上手であった。おかげでリイは、自然と魅力的な微笑を浮かべることができた。ツァオもリイを気に入ったらしく、頻繁に目を向けてしまうのであった。


 リイはいよいよ結婚が決まるのか、と覚悟を決めた。しかし案に相違して、一向に話は進展しなかった。

 最終決定権は、領主ライにある。何らかの理由で話が壊れたのか、それとも保留にしているのか。それすら当事者のリイには知らされなかった。


 ほどなく、再び宴が開かれることとなった。

 今回は、ハルワ国の都から賓客(ひんきゃく)を迎えるというのが、名目であった。


 リイはまたもドレスを新調して宴に臨んだ。

 宴席に足を運んだ彼女は、予想が当たったことを知った。


 一行に、若い貴公子が混じっており、主賓の扱いを受けていた。思い返せば、数日前、母のリウが謎掛けめいた話をしていた。


 宴の真なる目的は、リイと貴公子の見合いであった。ドゥオ国貴族のツァオとの縁談が止んだ理由は、彼にあったのだ。

 リイは何食わぬ顔を保ち、定められた席へ腰を落ち着けた。貴公子はユアンといい、都の有力貴族カアンの子息であった。

 彼は周囲へ均等に相づちを打ちながら、さりげなくリイを観察していた。彼女も負けずに、周囲と言葉を交わしながら、彼を観察した。


 都から来たユアンは、身なりも身のこなしも洗練されていた。顔立ちも整っている。リイは彼の隣に並び立つ自分を思い浮かべ、顔が赤くなるような心持ちになった。


 (しばら)く観察した後、彼女に疑問が浮かんだ。サパ地方は辺境地帯に当たり、隣国と境を接してはいるものの、情勢も安定している。

 ハルワ国にとって、さして重要な地域ではない。サパのような地域では、年頃の娘も宝のうちである。リイも日頃から自らに磨きをかけていた。


 自信は持っている。しかし同時に、限界も(わきま)えていた。都にまで令名が(とどろ)くほどの美貌とまでは自惚(うぬぼ)れていない。

 しかも父亡き後は、リイが領主となる予定である。そのようなところへ、このような将来性のある御曹司がもたらされるものであろうか。


 考えを巡らせるうちに、リイは彼の扱いがわからなくなった。彼女の困惑をよそに、宴は順調に進んだ。

 食事を終えると、席を移して舞踏会が催された。


 リイは、主要な客の相手を次々と務め、ほぼ踊り続けであった。ユアンは、その一番最後にやってきた。彼女は笑顔で迎えつつも、緊張を抑えることができない。


 彼は、巧みに彼女を導いた。踊る二人の周囲からは人が遠ざかり、まるで二人きりのように感じられた。

 不意に、リイの胸がときめいた。これは緊張のせい、と自分に言い聞かせた。

 ユアンが、耳元へ口を寄せた。


 「私が求婚に(おもむ)いたことを、疑わしく思っておられますね?」

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