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ユアン ある女の告白

 私の母は、名ばかりの貴族の出でした。

 そこで母の父、私の祖父に当たる人は、年老いた金持ちの商人に母を嫁がせたのです。

 お陰で祖父は、死ぬまで安楽に暮らしましたよ。


 私も父が死ぬまでは、何不自由なく生活しておりました。

 父にはとても可愛がられた記憶があります。父が没すると、死んだ先妻の子という(やから)が乗り込んで、主だった財産をごっそり持っていきました。


 私は、父が再婚であったことを、初めて知らされました。


 母もそのことを知らなかったようでした。あるいは、父は初婚であったかもしれず、先妻との間に子をなさなかったのかもしれません。

 何分母は世間知らずで、貴族の権威を振りかざすことなど考えもせず、威勢の良い略奪者の思うがままとなりました。


 私たち母娘二人は、見逃された(わず)かな蓄えを崩しながら、細々と暮らしました。

 そのうち、母に地方の大貴族を紹介する、という人が現れました。男の子を産めば、正式に結婚するとの話でした。


 蓄えもほとんど底をついていたのでしょう。娘の私のため、母は賭けに出ました。生まれたのは、女の子でした。


 それでも母は、大貴族から印の指輪と、ある程度まとまったお金を貰ったようです。

 妹が生まれてしばらくの間、暮らしが楽になった覚えがあります。

 母は、大貴族の名前を最後まで教えてくれませんでした。ただ、サパの人らしい、とだけ聞きました。妹は、ナイと名付けられました。


 私は子を産めるようになるとすぐに、結婚させられました。

 相手は裕福な商人でした。母は、祖父のやり方を見習ったのです。


 母を恨む気持ちはありません。お陰で私は、不自由のない生活を取り戻しました。それに、夫は父が母と結婚した年よりも遥かに若かったのす。

 彼は母と妹の生活費まで、惜しみなく出してくれました。

 可愛い息子も生まれ、私は幸せな日々を送っておりました。


 ところが、あの流行病が全てを変えました。夫ばかりか、息子までも、恐ろしい病で命を落としてしまいました。

 夫が死ぬと、私はたちまち暮らし向きに困りました。私は夫の若さを(たの)みにして、(たくわ)えを(おこた)ったのです。


 一度楽な生活に慣れてしまうと、再びの貧窮はひどく堪えました。

 母は落胆の余り床に伏しがちになり、妹の嫁ぎ先も、早々には見つかりませんでした。


 私は、働く決意をしなければなりませんでした。最愛の人を二人も失った悲しみに暮れる余裕もなく、切羽詰まった気持ちでいるところへ、カアン様のお屋敷で乳母を探している、と噂に聞きました。


 カアン様といえば、ハルワでも聞こえた大貴族です。曲がりなりにも貴族の血をひく女が、乳母を務めることについての是非など、考えもしませんでした。


 それに妹はともかく、世間から見た私は、商人の娘で商人の未亡人でした。


 私に流れる遠い貴族の血筋が少しは役立ったのか、流行病にも生き残った強運を買われたのか、私は首尾よく乳母に雇われました。

 乳母として働くのは初めてでも、乳母の仕事は大体わかっておりましたのも、幸いでした。


 私はすぐに乳母の仕事に馴染(なじ)みました。また、お世話をすることになったユアン様が、それはそれはとてもお可愛らしいお顔立ちでした。


 私はひと目で(とりこ)になり、失った息子の代わりに、と心底(いつく)しみました。

 ユアン様もまた、私によく(なつ)いてくださいました。


 老いて病がちの母や、腹違いの妹をないがしろにしたことはありません。

 そもそも母たちを養うために乳母になったのです。いただくお給金のほとんどは、母の元へ送っておりました。


 生活に必要な物は、お屋敷に全て揃っておりました。そのようにしても、不自由はありませんでした。

 また、私の境遇に同情してくださる奥様からも、過分なまでにお心付けをいただきました。


 ああ、奥様。奥様には本当に済まないことを致しました。

 カアン様の奥方、ユアン様のご母堂もまた、大層お綺麗な方で、娘時代には、ハルワの宝石と称されたほどでした。


 カアン様と幸せな結婚をなさり、一児の母となっても美しさは衰えず、愛らしさをも併せ持った方でした。


 ご気性も穏やかで、目下の者にも気安く接してくださいました。奥様もやはり若くして嫁がれた身で、さほど年の変わらぬ私とは、友人同士のようなやり取りを交わしたこともありました。


 カアン様も、奥様をとても愛しておられたように見えました。それが、どうしてあのようなことになったのでしょう。


 ユアン様が可愛いお口から言葉を発するようになられた頃、奥様は二人目のお子様を(みごも)られました。

 お屋敷では上から下まで、喜びに沸きました。奥様ももちろんお喜びでしたが、ただご気分の悪いことが多く、沈みがちでした。


 カアン様はとても心配なさり、随分奥様のためにお骨折りなさいましたが、生憎(あいにく)どれもこれも奥様の気を逆撫(さかな)でするばかりで、終いには放っておくのが一番よい、と心決めなさった様子でした。


 奥様もカアン様のお気持ちは理解なさっておられましたが、思うに任せないお身持ちで、お気持ちを上手に伝えられなかったのです。


 妊娠のことばかりは、殿方には理解できない神秘の領域でございます。

 ユアン様がお腹にいらした折りには、お加減の悪いこともほとんどなかったとのことでした。あるいは、そのような記憶もまた、すれ違いの一因となったかもしれません。


 ある日のこと、ユアン様がお昼寝なさる側で、私は読書をしておりました。ひょいと、カアン様が顔をお出しになりました。


 カアン様はユアン様を起こさないよう、つま先立ちでベッドの側までお出でになると、つくづくとご子息のお顔を眺められました。

 ユアン様は愛らしい口元に笑みを浮かべ、すやすやと寝入っておられました。


 「それにしても、妻は未だに機嫌を直さぬのが納得いかぬ。やはり、私への愛情が薄れたのではあるまいか」


 それまでにも、カアン様はユアン様のお相手をなさる合間に、奥様のことをしばしばお尋ねになりました。

 私は大体のところ、妊娠中には思いもかけぬ気持ちになるものだ、というような意味のことを申し上げ、お慰めしておりました。


 その日も、同じようにお答えしたつもりでした。ところが、カアン様はこれまでと全く違った振る舞いをなさいました。

 私は、驚きもさることながら、あちらでお休みのユアン様が、今にも目を覚まされるのではないか、と気もそぞろで、声を立てることができませんでした。


 そしてカアン様は、懐から首飾りを取り出すと、私の掌へ押し込むようにして、そそくさと行ってしまわれました。

 幸いなことにユアン様は、何事にも気付かず眠っておられました。


 頂いた首飾りは、細い鎖こそ平凡でしたが、先についた飾りの透かし彫りは、王冠の一部を切り取ったように見事な出来映えでした。飾りはロケットになっており、蓋を開けると内側にはお屋敷の紋章が彫られてありました。


 中には髪の毛が一筋。すぐにカアン様のものとわかりました。きっと、カアン様は奥様に贈るつもりで作られたに違いありません。

 思い返せば、カアン様は気が立っていらしたようでした。


 奥様をお慰めしようとしたのに、却って機嫌を損ねてしまい、腹立ち紛れにあのような振る舞いをなさったのでしょう。そのうち、思い直して取りに来られる、と私は思いました。


 いつでもお返しできるように、首から下げて服の内側へ隠しておきました。

 本当のところ、あまりにも素晴らしい首飾りを、少しの間でも身につけてみたくもありました。


 その後、カアン様が私に直接言葉をかけることはありませんでした。


 ユアン様の顔を見にいらっしゃる時も、いつも誰かしら他の者が一緒にいる時ばかりでした。それで、私は首飾りをお返しする機会もございませんでした。


 そうこうするうちに、奥様の調子が快方へ向かわれ、カアン様は再び奥様と(むつま)まじく過ごされるようになりました。カアン様と奥様、ユアン様が仲良くしていらっしゃるところは、画のように美しく見えました。


 この頃のユアン様は、なかなかいたずら者で、周囲を戸惑わせては楽しむ気味がありました。

 ある日も召使いと鬼ごっこを始めて、私のスカートの中へ隠れました。探しにきた鬼役の召使いを私が追い払うと、隠れ処から飛び出して嬉しそうに抱きつかれたものです。


 あんまり激しく抱きつきなさったものですから、私は驚いて飛び退き、弾みで首飾りが服の外へ出てしまいました。

 何も知らぬユアン様は、器用に首飾りを捕らえると、蓋を開け閉めして感嘆の声を上げました。


 「わあ。凄い。これ、どうしたの?」

 「預かりものですよ。ユアン様、このことは二人だけの秘密ですからね」


 私は笑顔を向けましたが、内心ではどきどきして、鼓動がユアン様に伝わりはしないか、と恐れたものでした。


 ユアン様は承知なさいましたが、幼な子に秘密を守らせることなど、土台無理な話だったのです。

 まして、絶対の存在である母親にすぐ打ち明けるとは、予想もしませんでした。

 当時の私は、乳母としては経験不足でした。


 ユアン様が奥様にお話しした、と聞かされたのではありません。

 ただ、突然解雇を言い渡されただけでした。

 私に言い渡した人も、理由を知らない様子でした。


 その折り、奥様のお加減が悪くなったと耳にして、さては、と思い当たった次第です。


 カアン様は、過ちをなかったことにしたい、とお考えだったのでしょう。お慕いする奥様や、可愛いユアン様を思えば、私にも異論はございませんでした。


 その時までに、私は妊娠していることに気付いておりましたが、黙って最後の給金を受け取り、荷物をまとめました。

 久々に家へ戻ると、妹が病床の母と共に出迎えてくれました。


 カアン様のお屋敷を見慣れた目で我が家を見ると、その祖末さに私は改めて失望しました。


 あれだけの仕送りは、一体どこへ消えたのでしょう。妹のナイは、決して私のように贅沢な質ではありませんでした。


 あまつさえ、妹は金を稼ぐために、家庭教師をしておりました。


 それというのも、母が原因でした。病の床にあっても、母はあれが欲しいこれが欲しい、と我が儘の言い放題で、私の仕送りなどは、右から左へと消えていたのでした。

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