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リイ 荒野の唐突

 「そろそろ来るころ、と思っていたぞ」


 ジンは、彼らと知り合いらしかった。その様子を見て、この訪問が予定されたものであると知れた。

 事情を知らないリイは、黙って突っ立っていた。簡単に挨拶を交わすと、彼らは彼女に目を向けた。


 「こちらは?」

 「彼がイル様だ」

 「おお」


 リイは努めて無表情を保った。

 訳がわからなかった。これまでジンは、リイを表に立たせないよう活動してきた筈である。それがここでは、リイをイルとして堂々紹介したのだ。


 しかも、ここはワ教の教会だった。つまり、ジンは教会丸ごとイル派に鞍替(くらが)えさせたのだ。

 リイは鳥肌が立つのを感じた。恐怖からか、歓喜の故か、自分でもわからなかった。


 「私は、ここの教会司祭を務めるヨウと申します。お目にかかれて光栄です」


 中央に立つ司祭が進み出て、自己紹介をした。続いて、隣に立つ男も前へ出た。


 「初めてお目にかかります。私は修道院長のスイと申します。孤児院長も兼ねております」


 彼らはリイが高貴の身分であるかのように、(うやうや)しく相対した。彼女を見つめるその眼差しは、期待に(あふ)れている。


 ジアについて尋ねる者はない。彼女の方でもまた、他人事のように一同のやり取りを眺めていた。


 リイは、戸惑いを抱えたまま建物へと案内された。



 見栄えのしない外観は、建物の頑丈さと引き換えであった。これまでリイが見てきた教会や修道院とは、異なる印象を与える。

 何かに似ている、と考え続けて出てきた答えは、(とりで)であった。


 どきりとする。

 しかし、周囲を見れば、見通しの良い平地である。(いくさ)で立てこもるには、不向きな地形であった。

 建物には、日除けや風除けの効果もある。窓の少ない設計は、そうした目的からとも思われた。


 また、交通の便が悪いことから、自給自足の生活が必然と説明を受けた。

 土地は広い。灌漑設備や農耕器具などの条件が整えば、将来的には現金収入を見込めるほどの収穫を期待できるかも知れない。

 現在のところは、住人の食をどうにか(まかな)える程度と思われた。



 「さあ。食事の支度が整いました。ご覧の通りの土地ですので、ご満足いただけるか心もとなくはありますが、精一杯おもてなし致します。どうぞ、お召し上がりください」


 最後に案内されたのは、食堂である。


 リイの到着で慌てて準備したものであろう。食卓の上には、確かに見栄えのしない料理が並んでいた。

 しかしサパを出た彼女には、それらが心づくしの品であることを、察することができた。


 いつか船で食べたぼろ(まり)に比べれば、十分にご馳走(ちそう)であった。


 空腹も手伝い、彼女は心から料理を味わい、言葉に出して()めた。


 とりわけ自家製の葡萄酒は、甘味のある濃厚な味わいだった。ラベルなどを工夫すれば、貴族向けの高級品として売り出すことも可能な品質である。


 彼女の満足が伝わって、食事が終わるころには、皆の口も(なめ)らかになった。


 食卓には司祭と院長ばかりでなく、指導的立場にある修道士なども同席した。

 彼らからは上下関係よりも、横の連帯を感じた。


 「中央主義にはうんざりだ。自分たちさえよければいいのか」


 「そうだ。中央の人間は、地方の現実を知るべきだ」


 「上に立つ者が下の者を思いやらねば、唯一絶対神の定め給うた上下の別が無意味になってしまう。それは神の御心に逆らうことだ」


 「そうだそうだ。シャン五世などより、イル様を法王にすべきだ」


 若い者ほど過激さを増す発言に、司祭も院長もにこにこと頷くだけで、たしなめもしなかった。

 敢えて口にせずとも、同意見というところである。


 どうやら、ワ教の現体制への不満が(こう)じたところを、ジンに取り込まれたようであった。

 席を移し、皆はますます意気軒昂(いきけんこう)となった。リイをそっちのけに一同盛り上がる中、彼女は急に脇へ引っ張られた。


 ジンである。彼は、リイと目を合わせると、口を開いた。


 「俺は行く。後は任せた」


 何の感慨も籠っていなかった。

 彼女は耳を疑った。


 「どうして」


 声が(かす)れた。これまで抑えていた疑問が、一挙に()き上がる。


 何故去るのか。何故に今なのか。本当の目的は何なのか。ここにリイを残して、何をさせたいのか。そもそも何故、リイを連れ出したのか。

 問い質そうとする彼女を、彼は低く(さえぎ)った。


 「俺には俺の仕事がある。ジアを残す。好きに使え」


 ジンは本当に、誰にも(いとま)を告げず、立ち去った。

 不思議なことに、その場にいた誰も、彼の不在を問題にしなかった。まるで、彼が最初から存在していなかったように。


 リイは、この地に取り残されたことを悟った。

 彼女は、あの会見でシュイに正体を明かさなかったことを、激しく()いた。そして、ヨオンに(すが)らなかったことも。


 あのような好機が、再び訪れるとは思えなかった。あれは、サパへ戻る最後の機会であった。


 任せた、と言われても、リイは先の展望を持ち合わせない。

 法王に揺さぶりをかけるため、ワ教の脆弱(ぜいじゃく)な部分を突いた。作戦は、思いの外成功した。


 全ては、ジンの采配(さいはい)である。リイは言われるままに動いただけだ。

 今後どのようにして、法王によるサパ領への介入を諦めさせるか。彼の計画を、彼女は聞かされないままだった。


 何も考えなかった訳ではない。リイは自分なりに、サパを救う手立てを考えてもいた。

 もしリイが今後、その指揮を取るとしても、サパ領主として復帰しなければ叶わないことだった。

 彼女の椅子が、ここにあるとは思えない。


 途方に暮れた彼女の目が、ジアの上に落ちた。


 彼女もまたジンに置き去りにされた身であったが、嘆く様子は見られなかった。彼女は淡々と、グラスを傾けていた。

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