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サイ 再会と不在

 「ピセにおけるイル教の動きは如何ですか? カオ司教の御尽力(ごじんりょく)により、一掃されたようにも見えましたが」


 食後、部屋を移して飲み物が供されると、司教補のシャオが口を開いた。

 口の重いサイの代わりに、気を利かせたらしい。

 マオは修道士らしく、隅で沈黙を守っていた。


 「とんでもない。彼らは全く、油断のならない集団です。この間まで熱心なワ教信者だった者が、よく聞くとイル教徒に成り代わっていて、その上、澄まして私たちの教会に座っているのですよ。信仰を取り戻すためにも、教会に来る方がましだ、という意見もあって、扱いに頭を悩ませています。何せ、調べれば調べるほど、イル教徒が出てきて、まるで底なし沼のようです」


 カオは、地位や年齢が低いサイとシャオに対しても、丁寧に接した。

 ワ教では、下位から上位に対する礼儀に厳しいが、逆方向の礼儀は定められていない。カオの態度を、サイはありがたく思った。


 「物を知らぬ民が、怪しげな(やから)に惑わされるのは致し方ない。だが、グアンがイル教へ宗旨替えしたのは、貴族の風上にもおけぬ。大体、彼は昔からヨ教贔屓(びいき)で、気に入らなかった」


 ニャンが息巻いた。食事中から葡萄酒(ぶどうしゅ)をがぶ飲みし、今は蒸留した濃い酒を一人で飲み続け、ボトルを空にしたところだった。


 「まあまあ。グアン様の元へも、重点的に司教を派遣しております。きっとこの機会に、真のワ教をご理解いただけるでしょう」


 カオが(なだ)める。


 「ピセ地方にニャン様のような高貴でしっかりした方がいらっしゃるのは、ワ教の信仰を取り戻すためにも心強いことですね」


 シャオが助太刀(すけだち)し、酔ったニャンも機嫌を直した。話題は各地の特産物に移った。



 ピセでは別の貴族の館で更に一泊し、翌早朝からサパを目指したが、到着は日も落ちてからのことであった。


 サパ地方がピセと接する辺りは、チン地区と呼ばれる不毛の地で、住民はいない。


 昔は盗賊が出た、と伝わっている。幸いにも、サイがサパにいる間には、被害を聞かなかった。

 今回も、まるで人の気配は感じられなかった。休む場所もなく、無理を押してサパの町まで進んだのである。


 一行はまず、ガル修道院を訪れた。ここを本拠地として、対イル教活動を行う予定であった。


 ガルでは一行の到着を待って、遅い晩餐(ばんさん)が用意された。サイは、食べ慣れた料理との再会に、ほっとする思いだった。


 食卓には、ガル大聖堂の司祭も同席した。司祭も修道院長も代替りをしていた。

 二人とも年配で、彼女に馴染(なじ)みのない顔であった。

 サイがサパの出身と知ると、親切に不在の間に起きた出来事を教えてくれた。


 そこでサイは、リイが娘を死産した後で異端と弾劾(だんがい)され、ホン地区へ幽閉されたことや、ライの逝去を知った。

 現在のサパ領主がユアンであるとは、既に聞き及んでいた。そこに至るまでの経緯を聞かされたようなものである。


 「ユアン様は、跡継ぎをどうなさるおつもりかねえ」

 「リイ様との間には、もう期待できないでしょうからね」


 司祭と院長は顔を見合わせ、(そろ)って首を振った。

 イル教徒に手を焼く現状では、リイの取り扱いを慎重にせざるを得ない。高貴な身分の彼女を簡単に処刑できず、また異端という罪状故に、恩赦もできない、という事情は、サイにも理解できた。



 翌日、一行はサパ領主を訪問した。

 上天気のもと、城へ向かう坂道から見下ろすサパの町は、年月を経たと思えないほど、以前の姿を保っていた。

 それを、平和の印と考えることもできた。

 城もまた、サイの記憶と変わらぬ(たたず)まいであった。ますます城と一体化した教会を見たサイは、そこで過ごした日々を思い起こし、少しだけ胸が痛むのを感じた。


 ユアンの整った顔立ちは、変わらぬままであった。ただ、痩せたせいか、表情に(けん)が加わり、年齢に似合わぬ老け込んだ印象を与えた。

 それは、前夜ガルで耳にした、度重(たびかさ)なる心労によるものと思われた。


 サイは、意外なほど平静な気持ちでユアンに相対した。離れて過ごした時間が、彼女の抱いた感情を洗い流してしまったかのようであった。

 一行は、城でユアンと会食した。

 前領主の妻リウは、体調が優れないとのことで、始めから姿を見せなかった。

 そして礼拝堂の司祭として同席したのは、クインという見知らぬ男性であった。


 「トウ殿の後任です」


 サイの戸惑いを、素早く察知(さっち)したユアンが付け加えた。


 「トウ司祭は、今どちらに?」

 「引退して、ホン地区にお住まいです」


 応じたのは、クインであった。ガルの司祭たちより(はる)かに若く、洗練された物腰から貴族の出自と思われた。

 シャオとも知り合いであることが、その推測を裏付けた。サイは、それ以上の質問を控えた。

 トウが職を辞したのは、リイが異端となったことの責任を負ったのではないか、と思い当たったからである。


 「お話ししておかなければならないことが、あります」


 食後に部屋を移し、一通り飲み物が行き渡ったところで、ユアンが切り出した。


 「ハルワの方へは報告済みですが、異端の罪で幽閉中であった妻のリイが、ホン地区の国境警備隊の部屋から脱獄しました。現在も捜索を続けております」


 「それは、()()()ご存知のことでしょうか?」


 驚きで息を詰めたサイを横目に、すかさずシャオが尋ねた。彼は、顔色一つ変えなかった。あるいはサパの下調べの際、既に知っていたのかもしれなかった。


 「大臣たちと、三大聖堂司祭及び修道院長には知らせました。公式には伏せてありますが、城に出入りする者もおります。領民に、知る者もあるかもしれません。ただ、大きな騒ぎにはなっておりません」


 「足取りは、どのくらい掴めているのですか?」


 サイも質問した。ユアンが彼女に目を向けた。


 「それが、全く。発覚前夜に、城下を駆け抜ける不審な馬車の目撃談を得ましたが、該当する馬車は見つかっていません。私は彼女がアン地方へ抜けたと考え、領主に協力を(あお)ぎましたが、結果ははかばかしくありませんでした。あそこは人の出入りが多く、それらを後から確認することは、大変に難しいそうです」


 「一旦(いったん)海へ出てしまえば、後はどこへでも行くことができます。ユアン様の推測は、当たっていると思います」


 シャオの言葉に、皆が頷いた。

 サイは海を見たことがない。知識で知るのみである。沈む恐れのある水を渡るよりも、地続きの方が安心して移動できる、と思った。一座に沈黙が落ちた。


 「ところでサパにおられる間、ガル修道院を拠点とされると聞きました。当方も、ワ教信者として、協力を惜しみません。空き部屋なら、たくさんありますよ」


 重い雰囲気を変えようとしてか、ユアンが明るい口調で提案した。


 「立派な礼拝堂もありますしね」


 クインが同調する。シャオが手を打っておどけた。


 「では、こちらで寝泊まりしましょうか。サイ司教も、懐かしいでしょう?」


 サイは返答に詰まった。単なる(たわむ)れではあろうが、承知した途端、本気に受け取られても困る。

 ユアンには悪いが、異教徒を追う任務の拠点に、異端者を出した城を選ぶのは、不適切に思われた。


 「ありがたいお言葉ではありますが、場所柄、出入りに不便ですので」

 「冗談ですよ。本気にしないでください」

 「サイ司教は真面目ですから、からかわないでくださいよ」


 サイの深刻な表情にユアンが慌てて手を振り、シャオが笑顔でたしなめたので、他から笑い声が上がった。

 それで場が明るくなったのは、幸いだった。


 帰り際には、ユアンとクインが城門まで見送りに出た。馬車にサイを乗り込ませた後も、シャオは外に残ったままである。


 「サイ司教。私はクインと久闊(きゅうかつ)(じょ)したいのですが、よろしいでしょうか?」

 「シャオ殿のことは、私が責任を持って送り届けます」


 クインも()け合った。サイには禁ずる理由がない。シャオを後に残し、城を辞した。



 翌日には、サイ一行はへとシの聖堂に赴いた。

 こちらの司祭と修道院長は健在であったが、サイとは元からあまり面識がなく、通り一遍(いっぺん)の挨拶となった。


 彼らの話によれば、サパ城下においては今のところ、イル教徒の勢力が台頭する様子は見られない、とのことであった。

 ガルの認識と異なるようであるが、彼らが嘘を言っているようにも見えない。サイは、今後も動向に注意するよう言い置いて、各聖堂を辞した。


 これらの聞き取りも合わせて検討した結果、イル教の動向調査と布教を並行し、サパ以外の地区から始めることにした。


 サイは、恩師であるトウの安否が気にかかった。しかし、彼の引退先はホン地区で、リイが幽閉された場所に近かった。

 彼女の逃走が一般に伏せられている事情を考えると、衆目(しゅうもく)を集めないよう、ひとまずホン地区の訪問を避けるのが無難であった。

 サイは、南部のメン地区から活動を始めることに決めた。



 メンはアン地方と隣接する区域である。そのためか、サパ地方の中では、割合開放的な雰囲気と見られる土地であった。

 のどかな田園風景が、外からの訪問者に郷愁と感銘を与えるらしく、時折観光客らしい姿を見かける。

 サパの穀倉地帯でもある。地区面積の大きさの割に、人口は少ない。


 ワ教の教会も、まともな建物は一つしかなかった。富裕な農家は、敷地内に礼拝室を建て、折々に聖職者を呼ぶ習慣が、すっかり根付いていた。それでは、家内の信者しか使うことができない。


 誰でも通える教会を作るよう指導しても、不要とあしらわれる。


 メン地区の民は、土地を人手に渡すことに、非常な抵抗を感じるらしかった。


 唯一の教会は、サパの町場の教会より小さく、小規模なピセの教会よりも貧相(ひんそう)であった。

 救いは、建物が隅々まで手入れされ、大切に扱われていることであった。


 サイの訪問は信者に周知されたらしい。説教壇に立つと、聴衆は教会の外まで溢れるほど集まっていた。


 中には、明らかにワ教信者でない者も混じっていたが、メンの司祭もサイも追い払わなかった。

 好奇心からであろうと、信仰に目覚めるきっかけには違いない。改宗の機会となれば、むしろ歓迎すべきであった。


 サイが一般教会で説教を行うのは、実はこれが初めてであったが、誰も違和感を覚えた様子もなく、無事に終えることができた。

 その後サイたちは、隣接する修道院で院長や司祭と昼食を取った。

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