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ユアン 領主の選定

 「ご推薦のお言葉をいただいたのは有り難いことですが、私はご覧の通りの年寄りにございます。跡継ぎ息子もおりません。仮に私が領主となったとしても、何一つ成し遂げないうちに、次代へ引き継がざるを得ないでしょう。すると、再び候補を探すことから始めなければなりません。そのようなことが度重(たびかさ)なれば、人心も不安定になります。どうか、お考え直しを願います」


 クィアンは、このように述べて、辞退した。

 彼はサパの貴族としては、二番目の家格である。指名するなら上から始めるのが順当であろう。しかしながら、彼が述べたまさにその理由によって、ユアンはクィアンを先に()したのであった。


 長年、臣下として領主に尽くした褒賞の意味合いもあった。

 跡継ぎがないということは、親子の情に縛られないということでもある。しがらみが少なければ、それだけ政務に公正さを期待でき、他の貴族からの批判もかわせる。

 そして、彼が老年で跡継ぎがないからこそ、彼の後にリイを復帰させる芽もあるのだ。老年で短い在位であれば、繋ぎで済む。

 もし、跡継ぎのある貴族に任せれば、そこから代々同じ家系が領主となる流れが出来てしまう可能性は、大いにあった。


 どうやら、彼の辞退は本気であった。周囲も、曲げて領主に推す様子がない。

 残る候補は、一人である。


 「では、ソオン殿ならば、どうだ? ヨオン殿という立派な跡継ぎがあることであるし、クィアン殿が言われたような心配もなかろう」


 「いやいや、いきなり仰られても。私なぞは、とてもとても」


 口では謙遜(けんそん)しながらも、ソオンには喜びの色がほの見えた。

 側に座るヨオンも表情が緩む。ぽつぽつと賛意の声が上がる。

 先に推されたクィアンに遠慮したものか、思いのほか多くはない。見たところ、反対する者はいなかった。

 

 ユアンとしては、ソオンに(まつりごと)を任せること自体に、異論はない。ただ、このままリイが領主になれず生涯を終えると思うと、申し訳なく感じるのであった。

 ここに至っては、致し方ない。


 「では‥‥」


 「それはもう、ソオン殿なら安心してお任せできましょうが、他の者をご指名する前に、まずユアン様がなさっては如何でしょうか?」


 クィアンが、何食わぬ顔で異を唱えた。

 途端に、これまでまとまりのなかった大臣たちが、それがよいと口を揃えて言い出した。

 呆気にとられたユアンを前に、彼は淡々と続けた。


 「ユアン様ならば、私どもより遥かに領主の仕事に通じておられる。それに、元領主候補のリイ様の夫であられる。すなわち、領主の息子同様の立場におられる。現にリウ様をお引き取りなさると(おっしゃ)ったのは、母君として(ぐう)するためでしょう。あなたが領主となられれば、城の処分に頭を痛めることもなく、また対外的にも説明が容易であります。従って、ユアン様が次の領主に最も適任かと存じます」


 そうだ、そうだ、という声がする。彼らは、急に生き返ったようにも見えた。


 「しかし私は、新参者に過ぎない。領主に就くには、サパで生まれ育った者でなければ、領民も受け入れ難いだろう。それに、私にも後継者はいない」


 (ようや)くユアンは反論した。その選択肢を、考えなかった、と言えば嘘になる。ただ、争うのが嫌で捨象(しゃしょう)していた。


 「ユアン様はまだお若い。次代へ引き継ぐまでに、その規則を整備する時間は充分にあるでしょう。長い間には万が一、リイ様に恩赦(おんしゃ)の下される可能性がなきにしもあらず、その時のためにも、あなたが領主となられるのが最善です。サパの領民は、既にユアン様を受け入れております。私どもも、喜んで協力致します。皆さんは、如何でしょう?」


 クィアンは、一通り出席者を見回し、最後にソオン父子で目を止めた。


 ぱらぱらと、それからどっと拍手が起こった。

 控えめに受け取っても、前二人に対する賛意を上回っていた。


 (あらかじ)め根回しでもあったような、一致ぶりであった。

 戸惑うユアンを、クィアンはわざとらしく人の悪い笑みを浮かべて見守った。


 クィアンは、好敵手(ライバル)の下につくことを(いと)ってユアンを推したのか。

 または、ソオンやヨオンの資質に疑義(ぎぎ)があったのか。クィアンが就く間に、リイの復帰がないとなれば、次は確実に彼らが継ぐであろう。


 そのソオンとヨオンも、ややぎこちなくはあるが、一応笑みを浮かべて手を叩いていた。こうなると、ユアンには断る手がなかった。


 その場でユアンは、サパ領主に選出された。



 この間、ユアンはリイの元を一度も訪れなかった。

 わざわざ城から出して距離をおいたのに、頻繁(ひんぱん)な訪問によって共々異端と(そし)られるのを恐れたこともある。

 どちらかといえば、ライの死去など、次々と起こる問題の対処に追われ、機会を得られなかったというのが、主な理由であった。


 彼が妻を忘れたことはなかった。幽閉中の身でも不自由のないよう、折りに触れて食料や衣服を送らせ、多忙な中で手紙も書いた。

 ところが、妻からは、まるっきり返事がこなかった。

 具合でも悪いのかと、様子を聞きに人を出せば、息災(そくさい)で過ごしている、と報告がきた。


 領主となる前、もしリイがユアンに会いたい、と一言でも漏らせば、彼は無理を押して出かけたに違いなかった。

 実際には、妻は()(まま)を言わず、大人しく幽閉されていた。父のライが逝去した時でさえ、彼女は特段の反応を示さなかった。


 今またリイに手紙を書きながら、ユアンは妻にいつ会いに行くべきか、それを手紙で約束すべきか、考えあぐねていた。

 自らが領主に選出された経緯は、既に書き記した。


 異端者のリイ自身が領主となれないこと、リウが領主を引き受ける気がないことは、彼女も理解している筈だった。

 故に、ユアンが新しい領主となったについても、理解を得られると信じていた。


 夫としても、次の領主としても、公式な披露をする前に、元々の跡継ぎであった妻と会うことは、自然の感情にも礼儀にも(かな)っていた。


 しかし、彼女は異端者で幽閉中の身であった。いわば罪人である。これまで面会しなかった夫が、領主就任の挨拶に罪人の元を訪れるというのは、国王や法王から見て好ましくない。

 ユアンがリイの傀儡(かいらい)と見られる恐れがある。そして、実際にはリイが罪に服していないと看做(みな)されれば、サパ領の存続が危うくなる。


 訪問の時期以前に、リイが夫と会いたがっていないのではないか、という問題もあった。

 例えば、幽閉され落ちぶれた惨めな姿を、夫に見せたくないがため、手紙に返事を書かない、ということも考えられた。

 だとすれば、いつ会いに行くにせよ、訪問を(ほの)めかしただけで、彼女を不安定にさせる恐れがあった。

 反対に、迷惑をかけまいと返事を出さないのであれば、訪問が遅れれば遅れるほど、彼女を不安定にさせる。


 結局ユアンは、準備が整い次第、妻の元へ(おもむ)くと決め、手紙には何も仄めかさなかった。

 その時は、公的な訪問ではなく、私的な用にかこつけ、内密に行うことにした。

 手紙は果物や書物とともに、朝一番に彼女へ届けるよう命じた。


 使いはユアンが思っていたより早く、見慣れない顔の兵士を連れて戻ってきた。

 執務に没頭していた彼の前に立つ二人は、(そろ)って息を切らせていた。


 「何事だ?」

 「リイ様が、行方不明です‥‥脱走したものと、思われます」


 兵士の報告に、ユアンは言葉を失った。

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