表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/87

ユアン 葬送

 ユアンは摂政(せっしょう)として、そのまま葬儀の喪主(もしゅ)を務めることになった。本来ならば、次期領主のリイか、妻のリウが務めても良いところである。


 リウは、夫のライと共に魂が抜けてしまったような有様であった。

 娘が異端者として幽閉された矢先に、夫に先立たれたのである。無理もない話であった。


 そしてリイは、僻地(へきち)に幽閉されたままであった。


 ソオンは、埋葬される前に、秘密裏に対面させてもよいのではないか、という意見であった。

 夫としてユアンも同じ心情であったが、クイン司祭の許可なしに出来ることではない。

 相談として持ちかけると、司祭は即座に答えた。


 (いわ)く、リイは死罪を減じて幽閉された身である。本来、彼女は死者に数えられるべきであった。

 死者は、生者と世界を(わか)つ存在である。死者が、現世に残る生者の亡骸(なきがら)と接触することは、禁忌(きんき)である。まして、罪を得た死者が触れれば、その亡骸は(けが)れ、持ち主であった魂までが神の御許(みもと)(のぼ)ることを許されなくなる。


 従って、彼女をライの遺骸(いがい)と対面させることはできない、ということであった。


 クインに相談した時点で結果は見えていた、とソオンに皮肉(ひにく)られたが、葬儀が()り行われるまでの間、ライを守るのは修道士たちである。

 彼らは新司祭にも忠実に仕えており、クインとユアンが対立すれば、間違いなく前者を選ぶ。

 そして、彼らに内密で事を運ぶ事は、不可能であった。


ユアンはリイに、ライの逝去(せいきょ)と葬儀における彼女の取り扱いについて説明した書簡を(したた)め、使いを出した。

 リイからは、承知した(むね)の返答を得た。もう、随分と長いこと、夫婦の間で言葉を交わしていないような気がした。



 葬儀の日。ライの死を悲しむように、空には灰色がかった雲が()れ込めていた。

 ライは絹で内張りをした棺に納められ、紋章を刺繍した布で(ふた)の上から覆われた。


 棺を乗せる台は、花で埋め尽くされた。城門から続く坂道の勾配がきついため、葬列は坂を下り切った地点から始められた。

 サパの町は、追悼(ついとう)一色となった。


 棺を()せた車を取り囲むようにして、修道士たちが祈りを唱えながら歩む。

 クイン司祭の待つガル大聖堂までの間、途切れることなく人垣が続いた。


 立ち並ぶ人びとはワ教信者ばかりではない。各自の信仰に従って祈りを捧げる様子を、ユアンは馬車の上から眺めた。隣にはリウが同乗している。


 当日の朝には、きちんと身支度をして現れた。領主の妻という自負で、気力を奮い起こしたのであろう。

 しかし、気力だけでは長くは保たず、もの()れた侍女の介添(かいぞ)えでどうにか自立するように見せた。

 背筋を伸ばし、毅然(きぜん)とした姿勢を保ってはいるが、その目は焦点を失い、ぼんやりとしていた。

 領民が上げる惜別(せきべつ)の声に耳を傾けるより、自身の思い出に浸るかのようであった。


 行列が進むにつれ、哀悼(あいとう)の声は高まった。ユアンには、彼らが義務で()り出されたのではなく、心から領主の死を嘆いているように聞こえた。


 ライはサパ領民にとって、悪い領主ではなかったのだ。


 民衆の声は、物悲しくも歓喜のどよめきとも聞き取れた。ユアンは、リイとの結婚式を思い起こした。

 確かに葬列は、かの時と同じ道筋を辿(たど)っていた。不謹慎(ふきんしん)と自らを(いまし)めつつも、彼は過ぎ去った年月と変化を思い返し、密かに重い吐息をついた。



 ガル大聖堂では、近隣の領主が派遣した使節のほか、国王や法王からの特使が棺の到着を待っていた。

 ライの魂を唯一絶対神の御許へ送る儀式を取り仕切るのは、クインである。


 特別な法服を(まと)った彼は、この上なく高貴に見えた。ハルワティアンの司祭にも、引けを取らないほどであった。


 「ハルワ国サパ地方領主であったライ様が、(つい)に神の御許へ旅立たれた」


 聖堂内に朗々と響く声の豊かさに、参列者が圧倒される。クインは見た目ばかりでなく、儀式の執行力も持ち合わせていた。

 祈祷(きとう)が始まると、彼の声はますます(つや)を増した。



 ライの埋葬を終え、葬儀は無事に終わった。

 ユアンは間を置かず、摂政の名で大臣たちを招集した。全員が出席した。

 ライ亡き後、リイもリウも不在の席で、ユアンは会葬の礼もそこそこに、本題を切り出した。


 「今日お集まり願ったのは、次期領主について話し合うためだ。本来ならばリイ殿が次期領主となる筈だった。しかし、彼女はワ教の異端とされ、城外に幽閉中である。ライ様の逝去に際し、法王から赦免(しゃめん)は与えられなかった。まず、彼女を領主とするかどうか、あなた方の意見を伺いたい」


 ライの葬儀に際して法王は特使を派遣したが、リイへの赦免状は(たずさ)えて来なかった。

 急ぎ申請はしたものの、事は異端に関わる。審問会から間がないこともあり、期待したつもりはなかった。

 それでも、結果を知ったユアンは、内心で気落ちしたのであった。


 「無理です。ワ教の教会がある城で、どうして異端者を領主にいただけましょうか。いつか、リイ様が恩赦(おんしゃ)を与えられる可能性を否定したくはありませんが、次の領主となるには、到底(とうてい)間に合わないでしょう」


 即座にヨオンが答えた。他の者たちも、口々に賛意を表しながら頷く。


 「領主が長い間不在になるのは、よくない」

 「リイ様には、赦免されてからお戻りいただけばよい」


 ざわめきの中で、ユアンの耳に届いたのは、リイを領主候補から外す、という意見ばかりであった。

 ここまでは、予想通りである。


 「すると、他に領主となるべき人物を、探さねばならない」


 ソオンが手を挙げた。


 「継承順位については、第一に領主の長子、以下その弟妹、第二に領主の兄弟姉妹、これも長幼の順、第三に領主の長孫、以下その弟妹、と法に定められております」


 「その他、過去に領主の甥が、彼は領主の弟の息子でしたが、後継者となった例があります」


 彼の説明に、クィアンが付け加えた。ユアンが尋ねる。


 「亡きライ様には兄弟姉妹もなく、子はリイ殿のみで、孫はいない。こうした例は過去にあるだろうか?」

 「ございません」


 躊躇(ためら)いもなく答えたところをみると、クィアンは今日の会議の内容を予想し、下調べをしたに違いない。下調べをしたのは、ユアンも同様であった。

 結果、限られた選択肢が浮かび上がる。どちらへ転ぶかまでは、彼にも予想できなかった。したくなかった、といっても良い。


 「では、法に定められた範囲外で、過去にも例のない新たな領主を、私たちが決めなければならない。我こそは、という人があるだろうか」


 一同、互いに顔を見合わせるばかりである。

 ユアンが密かに目星(めぼし)をつけたソオンとクィアンも、手を挙げる素振りがない。

 前例のないことである。ユアンが思う以上に、彼らは領主の地位とライの家系を重く考えているようだった。


 「初めてという条件は、皆同じだ。必要とあれば、私も助力を惜しまない。この件が片付いたら、私は城を出て妻の側に住まいを見つけるつもりだ。義母のリウ様も引き取る。城に移り住むも、これまでの住居で仕事をするも、好きなようにして構わない」


 ユアンは更に(うなが)したが、名乗り出る者はなかった。

 互いに遠慮しているのか、すぐに手を挙げるのは軽々しいとでも考えているのか。推挙(すいきょ)を待っているのか。


 「城は、リウ様とリイ様の個人財産に当たると思いますが」


 誰かが遠慮がちに言った。肯定(こうてい)(つぶや)きが幾つか()れる。


 「正確には個人財産でも、立地や設備を考慮すると、公の財産に極めて近い。それ故、領主とならない以上、彼女たちは出ざるを得ない、と私は考える。補償(ほしょう)については、新たに領主となった方との間で、相談すればよい」


 大臣たちはざわついた。新領主は城を買い取らねばならない、と解釈したらしい。

 この城を金銭で置き換えるとすれば、莫大(ばくだい)な額になる。

 ユアンとしては、死後譲渡前提の賃貸契約の形で、リイとリウに定期的な収入ができれば十分、と考えていた。


 説明を(おぎな)おうと口を開きかけると、隅の方から手が挙がった。立候補かと期待するユアンだけでなく、様々な感情をはらんだ視線が、発言者に集中する。


 「リウ様が今日、この席にお出でになるべきなのに、お姿が見えないのはどうした訳でしょう? リウ様が新たな領主となられれば、城の問題も解決すると思いますが‥‥」


 視線に刺々(とげとげ)しさを感じたものか、発言者はうわずった声を出しながらも、最後まで意見を述べた。


 「リウ様は、とても政務などこなせる状態ではいらっしゃらない。皆が知るように、葬儀でも、大層な嘆かれようでした」


 ヨオンが言った。ユアンも補足する形で、リウの意向を説明した。

 彼は大臣たちを招集する前、念のため、ライの跡を継いで領主になる気があるかどうか、彼女に確認したのである。

 リイの領主となることが絶望的だと告げると、リウは身悶(みもだ)えして嘆いたのだった。


 「リウ様は、たとえ今後領主の職を他家の者に譲り渡すことになろうとも、ご自分が(まつりごと)(つかさど)る気持ちはない、とおっしゃいました」


 ユアンは、リウに書かせた書状を示した。誰が領主になろうと、後々紛争に発展させないため、必要な物であった。


 「リウ様は、正式な跡継ぎを得られないままリイ様が異端とされ、ライ様がお亡くなりになったのも、唯一絶対神の啓示かもしれない、今は世俗を離れ静かに余生を送りたい、それが神の御心にも(かな)うことである、とも(おお)せられました。さすがに見上げたお方です」


 いつの間に会ったのか、クィアンも彼の話を保証した。

 ともかくも、これでリウ領主の可能性は、早々に消えた。その後、自ら手を挙げる者もなければ、推挙する者も出なかった。


 成り行きを見守っていたユアンは、とうとう立ち上がった。


 「私が思うに、クィアン殿はこの中にあって、最も年長で経験も豊富である。次期領主には最適任の人物だ。皆はどう思う?」


 おお、という声を上げたのは、ソオンであった。つられるように賛意の呟きが続いたが、さほどの数ではなかった。

 当のクィアンも、得てしたりというよりむしろ、困惑の(てい)であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ