ユアン 葬送
ユアンは摂政として、そのまま葬儀の喪主を務めることになった。本来ならば、次期領主のリイか、妻のリウが務めても良いところである。
リウは、夫のライと共に魂が抜けてしまったような有様であった。
娘が異端者として幽閉された矢先に、夫に先立たれたのである。無理もない話であった。
そしてリイは、僻地に幽閉されたままであった。
ソオンは、埋葬される前に、秘密裏に対面させてもよいのではないか、という意見であった。
夫としてユアンも同じ心情であったが、クイン司祭の許可なしに出来ることではない。
相談として持ちかけると、司祭は即座に答えた。
曰く、リイは死罪を減じて幽閉された身である。本来、彼女は死者に数えられるべきであった。
死者は、生者と世界を分つ存在である。死者が、現世に残る生者の亡骸と接触することは、禁忌である。まして、罪を得た死者が触れれば、その亡骸は穢れ、持ち主であった魂までが神の御許へ昇ることを許されなくなる。
従って、彼女をライの遺骸と対面させることはできない、ということであった。
クインに相談した時点で結果は見えていた、とソオンに皮肉られたが、葬儀が執り行われるまでの間、ライを守るのは修道士たちである。
彼らは新司祭にも忠実に仕えており、クインとユアンが対立すれば、間違いなく前者を選ぶ。
そして、彼らに内密で事を運ぶ事は、不可能であった。
ユアンはリイに、ライの逝去と葬儀における彼女の取り扱いについて説明した書簡を認め、使いを出した。
リイからは、承知した旨の返答を得た。もう、随分と長いこと、夫婦の間で言葉を交わしていないような気がした。
葬儀の日。ライの死を悲しむように、空には灰色がかった雲が垂れ込めていた。
ライは絹で内張りをした棺に納められ、紋章を刺繍した布で蓋の上から覆われた。
棺を乗せる台は、花で埋め尽くされた。城門から続く坂道の勾配がきついため、葬列は坂を下り切った地点から始められた。
サパの町は、追悼一色となった。
棺を載せた車を取り囲むようにして、修道士たちが祈りを唱えながら歩む。
クイン司祭の待つガル大聖堂までの間、途切れることなく人垣が続いた。
立ち並ぶ人びとはワ教信者ばかりではない。各自の信仰に従って祈りを捧げる様子を、ユアンは馬車の上から眺めた。隣にはリウが同乗している。
当日の朝には、きちんと身支度をして現れた。領主の妻という自負で、気力を奮い起こしたのであろう。
しかし、気力だけでは長くは保たず、もの馴れた侍女の介添えでどうにか自立するように見せた。
背筋を伸ばし、毅然とした姿勢を保ってはいるが、その目は焦点を失い、ぼんやりとしていた。
領民が上げる惜別の声に耳を傾けるより、自身の思い出に浸るかのようであった。
行列が進むにつれ、哀悼の声は高まった。ユアンには、彼らが義務で駆り出されたのではなく、心から領主の死を嘆いているように聞こえた。
ライはサパ領民にとって、悪い領主ではなかったのだ。
民衆の声は、物悲しくも歓喜のどよめきとも聞き取れた。ユアンは、リイとの結婚式を思い起こした。
確かに葬列は、かの時と同じ道筋を辿っていた。不謹慎と自らを戒めつつも、彼は過ぎ去った年月と変化を思い返し、密かに重い吐息をついた。
ガル大聖堂では、近隣の領主が派遣した使節のほか、国王や法王からの特使が棺の到着を待っていた。
ライの魂を唯一絶対神の御許へ送る儀式を取り仕切るのは、クインである。
特別な法服を纏った彼は、この上なく高貴に見えた。ハルワティアンの司祭にも、引けを取らないほどであった。
「ハルワ国サパ地方領主であったライ様が、遂に神の御許へ旅立たれた」
聖堂内に朗々と響く声の豊かさに、参列者が圧倒される。クインは見た目ばかりでなく、儀式の執行力も持ち合わせていた。
祈祷が始まると、彼の声はますます艶を増した。
ライの埋葬を終え、葬儀は無事に終わった。
ユアンは間を置かず、摂政の名で大臣たちを招集した。全員が出席した。
ライ亡き後、リイもリウも不在の席で、ユアンは会葬の礼もそこそこに、本題を切り出した。
「今日お集まり願ったのは、次期領主について話し合うためだ。本来ならばリイ殿が次期領主となる筈だった。しかし、彼女はワ教の異端とされ、城外に幽閉中である。ライ様の逝去に際し、法王から赦免は与えられなかった。まず、彼女を領主とするかどうか、あなた方の意見を伺いたい」
ライの葬儀に際して法王は特使を派遣したが、リイへの赦免状は携えて来なかった。
急ぎ申請はしたものの、事は異端に関わる。審問会から間がないこともあり、期待したつもりはなかった。
それでも、結果を知ったユアンは、内心で気落ちしたのであった。
「無理です。ワ教の教会がある城で、どうして異端者を領主にいただけましょうか。いつか、リイ様が恩赦を与えられる可能性を否定したくはありませんが、次の領主となるには、到底間に合わないでしょう」
即座にヨオンが答えた。他の者たちも、口々に賛意を表しながら頷く。
「領主が長い間不在になるのは、よくない」
「リイ様には、赦免されてからお戻りいただけばよい」
ざわめきの中で、ユアンの耳に届いたのは、リイを領主候補から外す、という意見ばかりであった。
ここまでは、予想通りである。
「すると、他に領主となるべき人物を、探さねばならない」
ソオンが手を挙げた。
「継承順位については、第一に領主の長子、以下その弟妹、第二に領主の兄弟姉妹、これも長幼の順、第三に領主の長孫、以下その弟妹、と法に定められております」
「その他、過去に領主の甥が、彼は領主の弟の息子でしたが、後継者となった例があります」
彼の説明に、クィアンが付け加えた。ユアンが尋ねる。
「亡きライ様には兄弟姉妹もなく、子はリイ殿のみで、孫はいない。こうした例は過去にあるだろうか?」
「ございません」
躊躇いもなく答えたところをみると、クィアンは今日の会議の内容を予想し、下調べをしたに違いない。下調べをしたのは、ユアンも同様であった。
結果、限られた選択肢が浮かび上がる。どちらへ転ぶかまでは、彼にも予想できなかった。したくなかった、といっても良い。
「では、法に定められた範囲外で、過去にも例のない新たな領主を、私たちが決めなければならない。我こそは、という人があるだろうか」
一同、互いに顔を見合わせるばかりである。
ユアンが密かに目星をつけたソオンとクィアンも、手を挙げる素振りがない。
前例のないことである。ユアンが思う以上に、彼らは領主の地位とライの家系を重く考えているようだった。
「初めてという条件は、皆同じだ。必要とあれば、私も助力を惜しまない。この件が片付いたら、私は城を出て妻の側に住まいを見つけるつもりだ。義母のリウ様も引き取る。城に移り住むも、これまでの住居で仕事をするも、好きなようにして構わない」
ユアンは更に促したが、名乗り出る者はなかった。
互いに遠慮しているのか、すぐに手を挙げるのは軽々しいとでも考えているのか。推挙を待っているのか。
「城は、リウ様とリイ様の個人財産に当たると思いますが」
誰かが遠慮がちに言った。肯定の呟きが幾つか漏れる。
「正確には個人財産でも、立地や設備を考慮すると、公の財産に極めて近い。それ故、領主とならない以上、彼女たちは出ざるを得ない、と私は考える。補償については、新たに領主となった方との間で、相談すればよい」
大臣たちはざわついた。新領主は城を買い取らねばならない、と解釈したらしい。
この城を金銭で置き換えるとすれば、莫大な額になる。
ユアンとしては、死後譲渡前提の賃貸契約の形で、リイとリウに定期的な収入ができれば十分、と考えていた。
説明を補おうと口を開きかけると、隅の方から手が挙がった。立候補かと期待するユアンだけでなく、様々な感情をはらんだ視線が、発言者に集中する。
「リウ様が今日、この席にお出でになるべきなのに、お姿が見えないのはどうした訳でしょう? リウ様が新たな領主となられれば、城の問題も解決すると思いますが‥‥」
視線に刺々しさを感じたものか、発言者はうわずった声を出しながらも、最後まで意見を述べた。
「リウ様は、とても政務などこなせる状態ではいらっしゃらない。皆が知るように、葬儀でも、大層な嘆かれようでした」
ヨオンが言った。ユアンも補足する形で、リウの意向を説明した。
彼は大臣たちを招集する前、念のため、ライの跡を継いで領主になる気があるかどうか、彼女に確認したのである。
リイの領主となることが絶望的だと告げると、リウは身悶えして嘆いたのだった。
「リウ様は、たとえ今後領主の職を他家の者に譲り渡すことになろうとも、ご自分が政を司る気持ちはない、とおっしゃいました」
ユアンは、リウに書かせた書状を示した。誰が領主になろうと、後々紛争に発展させないため、必要な物であった。
「リウ様は、正式な跡継ぎを得られないままリイ様が異端とされ、ライ様がお亡くなりになったのも、唯一絶対神の啓示かもしれない、今は世俗を離れ静かに余生を送りたい、それが神の御心にも適うことである、とも仰せられました。さすがに見上げたお方です」
いつの間に会ったのか、クィアンも彼の話を保証した。
ともかくも、これでリウ領主の可能性は、早々に消えた。その後、自ら手を挙げる者もなければ、推挙する者も出なかった。
成り行きを見守っていたユアンは、とうとう立ち上がった。
「私が思うに、クィアン殿はこの中にあって、最も年長で経験も豊富である。次期領主には最適任の人物だ。皆はどう思う?」
おお、という声を上げたのは、ソオンであった。つられるように賛意の呟きが続いたが、さほどの数ではなかった。
当のクィアンも、得てしたりというよりむしろ、困惑の体であった。