ユアン 新司祭
トウ司祭の後任は、すぐにハルワティアンから派遣された。審問会を開く以前から決まっていたような早さであった。
到着した司祭を出迎えたユアンは、その顔を見て内心穏やかではいられなかった。新司祭のクインは、審問会の際、司教たちの付き添いとして同行していた男であった。
前任者と親子か孫ほども歳の差がある。サパの三大聖堂の司祭たちより、なお若い。
事前に受け取った経歴からも、彼の優秀さは窺えた。
そして、父カアンの後妻の縁者でもあった。
クインの派遣を、法王の好意と受け取ってよいのかどうか、ユアンには決めかねた。
ユアンは新司祭との縁戚関係を伏せることにした。特に相談した訳でもないが、クインもその事を口に出さなかった。
引き合わされた司祭たちは、年下のクインに対し、一様に畏まった。
後で耳にしたところによると、その筋には聞こえたやり手、ということであった。
赴任の挨拶回りを終えると、クインは早速仕事に取りかかった。
まず彼は、教会の運営費を把握することから始めた。ユアンは礼拝の後、彼から帳簿を見せられた。
寄付という形で経費を渡してはいたものの、その先を目にしたのは、初めてである。
何とはなしに教会の生活は、唯一絶対神の御心によって、賄われるような気がしていた。
人が寝起きする以上、衣食などの出費が生じるのは、至極当然であった。
「清貧を旨とする前任者の心構えは、大層ご立派でした」
帳簿に見入るユアンの横で、クインは滔々と述べ立てた。
「しかしながら、ここはサパ領主のための教会です。この礼拝堂も、領主が礼拝するにふさわしい。唯一絶対神もさぞかしお喜びでしょう。かように立派な器を作り置きながら、肝心の中身が乏しいようでは、信仰が薄いと疑われます。領民が領主を軽視する元ともなりましょう」
要は、教会に対する拠出を増額して欲しいということであった。
ユアンは実際帳簿を見せられたことで、クインの要望がもっともであることを理解した。
但し、いくら異端者を出した弱みがあるとはいえ、際限なく要望に応じることは難しい。
ユアンは彼に内情を明かし、互いに納得のいく金額で折り合いをつけた。
資金を獲得したクインは、即座に行動した。
手始めに、修道士たちの服装がみっともないとして新調させた。
新しい司祭の顔を拝もうと、再び貴族たちが教会詣でを始めていた。
修道士の新しい服は、来訪者からも好評を得た。修道士たちの熱意も上がったようである。
クインはまた、領主一家のための礼拝時間を増やした。
今や、まともに出席できる者は、ユアンとリウばかりである。ライは未だ病床にあった。
そこで日を決めて、クインが枕元へ赴き、共に祈祷した。
ハルワティアン仕込みのクインの説教は、洗練されていた。貴族向けに練り上げた彼の説教は、ともすると聞く者を陶酔させた。
城外の聴衆に向けて説教した後、クインは彼らに寄附を求めた。
ユアンの驚いたことに、彼らは毎回喜んで財布を取り出した。
クインはまた、ガル、へ、シの聖堂や修道院へしばしば出かけた。
勉強会と銘打って修道士同士交流の機会を持たせることもあれば、一人で講義を行うこともあった。
彼は講義に報酬を求めた。そうして得た収入を、彼は自分の懐へしまい込まず、ハルワから書物を取り寄せて各修道院に配るなど、目に見える形で還元した。
こうした活動の結果、貴族や聖職者の中で、新司祭を悪く言う者はいなかった。ユアンは内心舌を巻いた。クインは噂に違わぬやり手であった。
ある晩、ライが祈祷を求めた場に、ユアンが居合わせた。
クインはすぐに駆け付けた。成り行きで、ユアンも共に祈る。
ライの体調は悪化の一途を辿っていた。侍医は首を捻るばかりであった。
ユアンは、義父の容態を見守るしかなかった。
ハルワから医者を呼ぶことも考えたが、当人も、義母のリウも首を縦に振らないので、諦めざるを得なかった。
ライが生き続けてくれないと、立場が危うくなるのは、リウもユアンと同様の筈である。
覚悟の上で侍医の手に委ねると言うのであれば、勝手な真似もできなかった。
声が止み、ユアンは目を開けた。祈祷を終えたクインが、顔を上げた。
ライは祈るうちに寝入ったようである。寝顔は安らかであった。
ユアンは人をつけてクインを送り出そうとして、隣室へ下がらせた看病人を探した。彼はうたた寝していた。
「一人で戻れます。ご心配なく」
揺り起こそうとするユアンに、クインが言った。
「そこまでご一緒しましょう。いずれにしても、彼は起こさねばならない」
看病人をライの枕元へ座らせ、二人は部屋を後にした。
夜空には、三日月が出ていた。冷涼な夜気に触れて、目が冴えた。
「ユアン様は、以前は足繁く礼拝にいらしたとお聞きしましたが」
「領主の仕事が忙しく、教会まで足が向かないのだ。クイン殿の説教目当ての礼拝客が増えて、落ち着かないこともある。今宵は久々に、唯一絶対神を近しく感じられた。感謝する」
ユアンは意識してゆっくりと答えた。夜の闇に表情が紛れたのは幸いであった。やり手と評判の司祭に、どのような意図であろうとも、目をつけられては敵わない。
「よろしければ、今からでも礼拝堂へお出でください。きっと、唯一絶対神を間近にお感じいただけると思います」
ここで断ると、いずれ異端の告発を受けると思うのは、考え過ぎであろうか。断る理由が思い浮かばず、ユアンは承知した。
教会は、夜の帳で覆われていた。祈祷に勤しむ修道士の声が灯りと共に漏れるほか、行く手を照らすには、手燭だけが頼りである。
礼拝堂もやはり暗かったが、色ガラスが月明かりを通す分だけ闇を退けていた。
「如何ですか。私は夜の教会が好きです。唯一絶対神と真に相対できるのは、こうした人気のない時間だと信じます」
クインは信者席の真ん中まで歩むと、手燭を吹き消した。
光を奪われたユアンの視界は、真っ暗になった。そのまま動かずにいると、目が闇に慣れ、クインの白い顔が浮かび上がってきた。
こうしてみると、色ガラスの通す月光は、思いのほか明るかった。
「ここで祈れば、義父の病も快方に向かいそうな気がする」
「信じることは大切です。しかし、定められた寿命が変わることはありません。ユアン様も、ライ様亡き後について、お考えをまとめていらっしゃるでしょう」
ユアンはクインを注視した。ガラス越しの月下においては、細かい表情まで読み取ることができなかった。ほの白い彼の顔は、笑って見えた。
「私は、現領主の摂政を務めるだけで精一杯だ。とてもその後のことなど」
「あなたが次期サパ領主になることを、ハルワティアンは歓迎します」
何と返したものか、ユアンは彼の意図を汲みかねた。
一体何を試されているのだろうか。まさか、異端審問の続きではあるまい。
「誰が次の領主になっても、ハルワティアンにもハルワにも迷惑をかけることはなかろう」
「リイ様でも?」
「幽閉中の者に、領主の務めは果たせない」
返しつつ、ユアンの頭に幾つか仮説が浮かんだ。
リイが異端に走った原因をユアンに求めたか、あるいは自ら領主の座に就くため、妻を陥れたと疑われたか。
いずれにしても、不愉快な疑いである。彼は、嫌悪を気取られないかと、密かに冷や汗をかいた。
「あなたの慎重さは称賛に値します。ハルワの大貴族カアン様のご子息だけのことはある。サパの人々は善良です。もし悪意ある人が入り込めば、彼らを騙すのは、赤子の手を捻るより易しい。やはり、私としてもユアン様が領主になられれば、安心です」
クインはひとまず諦めたようであった。異端を炙り出す意図があったとしても、司祭のするような問いではなかった。
親戚筋とて油断はできない。ハルワティアンが派遣した司祭は、やはり只者ではなかった。
ほどなくして、サパ領主ライが逝去した。
看病人が気がついた時には、既に呼吸が止まっていたようであった。
知らせを受けて駆け付けたユアンは、安らかな寝顔と見紛うばかりの義父の死に顔と対面した。
前夜もライは、クインを呼び寄せ祈祷させたという。臨終に当たっては、唯一絶対神のご加護があった、と考えてよさそうだった。
ただ、恐らくは居眠りしていた看病人ばかりを立会人として旅立ったことは寂しく、領主とてもワ教徒とても体裁の悪いことであった。
枕元には沈痛な面持ちの侍医が立ち、リウは悲しみに堪えず嗚咽を漏らしていた。
いつもと全く同じ格好で仰臥する姿が、生死の別をいっそう際立たせた。
そのことに気付いたユアンは、胸を突き刺された心地がした。
彼に悲しむ暇は与えられなかった。
万が一に備えて、彼はクィアンとソオンに葬儀の段取りを諮っていた。
使いを出すと、彼らは即座に馳せ参じた。
彼らもまた、無駄に嘆きはしなかった。見舞いの時の様子で、覚悟していたものと見えた。
悼む気持ちを封じ、手を分けて事に当たった。
ハルワ国王や法王を始めとした関係者への通知、領民への布告、葬儀の準備、となすべきことは山ほどあった。
ワ教側の葬儀責任者はクインである。
赴任早々、初めての葬儀が領主となった。彼もまた、枕頭で祈祷しながら、ライの死期を見定めていたのであろう。
大臣として経験豊富なクィアンから概要の説明を受けた後、彼はまごつく様子も見せず、てきぱきと準備を進めた。
広さなどを考慮し、ガル大聖堂を葬儀会場に決め、打合せにガル、へ、シの三大聖堂の司祭を呼び集めた。
そこでクインは、葬儀の指揮は彼が取り、その際に聖堂と修道院から補助要員として人を出す、という要求をすんなり呑ませた。
ガルの司祭がよく譲歩したものだ、と報告を受けたユアンは、彼の手腕に感心した。
棺や棺覆いといった物の手配、人の手配と葬儀の準備もまた、滞りなく進んでいた。




