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第9話 せめて一太刀!


 □□■□


『フタバ、気を付けて。何か嫌な雰囲気だわ』

「⋯⋯はい。⋯⋯ツグミ様」


 私の巫女としての力は弱い。

 それでもツグミ様が仰られる「雰囲気」を感じることができた。


 今の相手は大きなクモ型だ。


 私とツグミ様で右側と左側を受け持っている。


 やがて魔物を倒すことができた。

 一人では無理だったと思う。


「ツグミ様、ありがとうござ  ぇ!?」


 急にツグミ様が私を突き飛ばす!

 直前まで私が立っていたところを、ものすごい勢いで何かが通り過ぎる。


「い、いったい? ⋯⋯ツ、ツグミ様!?」


 ツグミ様は初めて見る魔物と対峙していた。

 魔物? でもあれは⋯⋯


『フタバ! 動けますか?』


「は、はい」


『ならば、すぐヨシヒデさんに報告を!』


「え、私も一緒に⋯⋯」


『なりません! すぐに下がりなさい!』


 今まで聞いたことがない厳しい口調だ。


 魔物は「刀」でツグミ様に斬りかかる。

 ツグミ様も(さば)いているが、反撃まではできない。


 っ! 強い! ツグミ様よりも?


 私は立ち上がると、ツグミ様の助勢に向かった。


『っ! フタバ!!』


 私の技量では、却って邪魔になってしまうかも知れない。

 でもここでツグミ様から離れることなど、できはしない。


『⋯⋯くっ!⋯⋯ 万物に宿る ()けまくも(かしこ)き者たちに 願い(たてまつ)る』


 祝詞(のりと)? でもあれはかなりの「霊気」を消耗するはず。


『我の声を聞き(たま)い 側に集い給え』

『我の願いに応え給い 光で満たし給え』

『我の思いに応え給い 力で満たし給えり』


 ツグミ様の周りに薄い緑の光が集まってくる。

 今までみたことがない大きさだ。


「魔物」はさすがに驚いたのか、少し後ずさる。


『その光と力にて 禍事(まがごと)(けがれ)を (はら)え給い清め給えと 畏み畏み申す!』


 そう言うとツグミ様は、魔物に向かって手をかざす。


 光の集まりが魔物の方に飛んで行く。

 魔物はそれを避けようとしたが、光はそれを追いかける。

 魔物が避けきれずに光が当たる。


 一瞬魔物が膨らんだが、弾けることはなく、後ろに飛んで行った。


 ツグミ様がその場で膝をついていた!

 お姿も薄く見える。


「ツグミ様!!」


 私はすぐにツグミ様にかけよる。

 私は自分の霊気をツグミ様に送る。

 私の力は小さいけれど、少しはマシになるかも知れない。


 やがて少しだけ色合いが安定してきた。

 まだ完全には治っていない。


『もう! 「姉」の言うことを聞けない「妹」に育てたおぼえはありませんよ、フタバ』


 ツグミ様が答えて下さるが、まだ安定しない。


「⋯⋯ツグミ様、あの『魔物』は一体何なのでしょう?」


『⋯⋯あれは「魔物」ではなく「魔人」と呼ばれています』


「ま、魔人ですか?」


『ええ、虫などに瘴気がついたものが魔物。動物なら魔獣と言いますよね』


「は、はい」


『⋯⋯魔人は元々、人や精霊なのです』


「ひ、人に、精霊ですか?」


『ええ、そのため魔人は、人や精霊であった頃の力を使えるものもいます』


「そういえば、剣術を⋯⋯」


『魔人になるものは、元々強いものが多いと聞きます』


『故にツカハラ流では魔人と戦うものは「奥伝(おくでん)」の上位以上のものに任せるよう言われます』


 私が知らなかったのはまだ(ちゅう)(でん)だったからだ。

 兄上や父上なら戦いになったのだろう。


 ⋯⋯私は助太刀どころか足手まといだ。



 □□■□


『⋯⋯フタバ、まだ終っていません』

「!」


 先ほどの魔人が再び近付いて来る。

 赤味ががった瘴気をまとっている。

 背が高い男の人のようにも見える。


『さぁ、フタバ。今からヨシヒデさんかヨシノリさんを呼んで来てもらえませんか?』


「ツ、ツグミ様はどうされるのです!?」


 ツグミ様の霊気はまだ戻っていない。十分な力を出せるようには見えない。


 ⋯⋯私がいたからだ。ツグミ様に無理をさせてしまった。


『私もツカハラ家のもの。果たすべきつとめがあれば、それを果たします』


「で、でも、今のお体では⋯⋯」


『⋯⋯そうですね。いずれツカハラ家にもこういった「色々な状況」を乗り越える力が備わるでしょう』


『今は完全に乗り越えられなくても、いずれは、ね?』


 まるで遺言のようだ。


「ツ、ツグミ様! 私もお供させて下さい!」


『っ! 絶対に! なりません!!』


 こんなに厳しいお声のツグミ様は初めてだ。


『⋯⋯フタバ、私はあなたの母であり姉でもありました。でも本当は「ただの精霊」なのです』


 っ!!!


『⋯⋯それにあなたの子孫の精霊になれるかも知れませんよ。ふふっ』


『今は生き延び子をなすことも考えて下さい、ね?』


 そう言うとツグミ様は魔人と対峙する。

 後ろには絶対通すまいとの強い決意が伝わってくる。


 ⋯⋯冷たいかたまりが体の奥から這い出してくる。


 イヤッ! イヤだ! またあの気持ちになるのはイヤだ!


『フ、フタバ!!』


 気が付くと駆け出していた。


 分かっている。

 ツグミ様のお手伝いにはならない。

 それでもツグミ様を置いていくことなどできない。


 せめて一太刀!


 少しでもツグミ様の負担を軽くするんだ!

 太刀を届かせることだけに集中する!

 守りや後のことは考えない!


 私は今までで一番鋭い打ち込みを行った!



 □□■□


 気が付くと魔人はいなくなっていた。

 ツグミ様が勝ったのだろう。

 身体中がきしむ。

 私はもう駄目かも知れない。

 でもツグミ様が無事ならそれで。


『⋯⋯フタバ、聞こえますか?』


 ツグミ様の声がする!


「は、はい! 聞こえています!」


 初めてのやり取りを思い出す。


『⋯⋯そう、良かったわ。うふふ⋯⋯』


 ツグミ様の話し方はいつもと同じだ。

 ただ何か違和感を感じる。


「⋯⋯ツグミ様、魔人はどうなったのです?」


『えぇ、何とか追い払えたわ。「妹」が助けてくれたおかげね。ふふっ』


 どうやら勝てたようだ。

 ツグミ様も無事だ。

 体の痛みも引いてきた。


 そこでふと気が付く。


 ⋯⋯ツグミ様のお姿が見えない。




 ドクン





『⋯⋯フタバ、体の具合はどう?』


「は、はい、もう少しすれば動けそうです」


 声は聞こえる。

 でもお姿が見えない。


『⋯⋯そう、良かった⋯⋯』


 声は「頭の中」から聞こえていた!


「ツ、ツグミ様?」


『⋯⋯⋯⋯巫女の力が強い精霊はね、大きな力を使い過ぎると、還る時期が早くなることがあるの』


『⋯⋯今回の相手は手強かったから、ね』


 っ!

 わたしのせいだ!

 わたしがあしを ひっぱったから!


 きがつくと からだのけがの まわりにも ひかりが あつまっていた。

 まだ わたしのために れいきを!


「ツ、ツグミさま! ちりょうはいいので、すこしでもはやく」

 

 なんだろう?

 ことばがうまくでてこない。


『うふふ。だーめ。これはかわいい妹のためにできる最後のことだから、ね?』


 さいごって なに?

 おかあさんも さいごに なにか


『フタバちゃんの精霊になれて良かった』

『フタバちゃんのお母さんになれて良かった』

『フタバちゃんのお姉さんになれて良かった』


『フタバちゃんと出会えたことが、私にとって一番の幸せなのよ。うふふっ』


『フタバちゃんのいい人を見ることはできなかったけど、もう一度精霊になれるんだったら、フタバちゃんの子孫がいいなぁ』


 こえが だんだん ちいさくなる


 やがて わたしも いしきを うしなった



 □□□□


 ⋯⋯これは?


 ⋯⋯フタバの「記憶」?



 このままじゃ「私と同じ」だ。

 何か方法はないの?


「ここ」がどこかも良く分からない。

「今の私」にできることを探すんだ。


 私はデバッグ・モードに入る。


 どうやら先ほどまでいた「世界」の一部みたい。

 ただ普通の状態ではない。

 どうやらフタバの「内側」に入ってしまったみたい。


 試してみたが、見ることはできても触ることはできない。

 記録された映画やドラマをただ見ているだけのよう。


 手は出せないが見ることはできる。

 データのコピーもできる。

 見る時も選べる。


 私はフタバのために使えそうなものがないか探してみる。

 やがて一つの光の玉のようなものが見つかった。


 これが使えるかどうかは分からない。

 それでも私は「それ」を大事にしまい込んだ。




 □□■□


 わたしの なかには つめたい かたまりがある



 □□■□


「あの時」から何年か経った。


「フタバ集中しろ!」

「は、はい、兄上!」


 冷たいかたまりはまだあるけれど、言葉は戻ってきた。

 稽古もできる。

 私は何かを振り払うかのように、稽古に打ち込む。


 もう足手まといはごめんだ!

 少しでも強くなるんだ!


 最初のうちは力み過ぎてうまく動けなかった。

 何度も繰り返すうちに「あの頃」ぐらいには戻れたと思う。


 ⋯⋯まだ足りない!


 あの時と同じなら意味がない!

 もっと強くなるんだ!


 更に稽古に打ち込んで、ようやく昔の自分を越えることができたと思う。

 稽古に打ち込んでいると考えごとが減る。


 私は何かの飢えを満たすかのように、ひたすら稽古に打ち込んだ。




 □□■□


 ある日不思議なことが起こった。


 私が兄上と稽古をしていると、うっすらとした人影のようなものが近付いてきた。


 ツグミ様!?


 その影は少し私達の稽古をみたあと、兄上と対峙した。

 兄上も驚いていたけど、一度稽古が始まると完全に集中なされる。


 手近にあった木刀を持った影はフワリと動き、ヨシノリ兄上から一本を取った!


 まるで呼吸や散歩でもしているかのような、ゆっくりとした自然な動きだった。


 少し前、ヨシノリ兄上はツカハラ流の皆伝(かいでん)になられた。ツカハラ流最高段位極伝(ごくでん)である父上の稽古相手がつとまるほどの腕前だ。


 ⋯⋯ツグミ様ではない? ツグミ様の剣は奥伝(おくでん)だった。


 何度かに一度ぐらいならともかく、あんなにアッサリ一本は取れないと思う。


 兄上も驚いている。


 私がその影から目を離せずにいると、今度は交代するよう身振りで伝えられた。


 見せていただいた動きに近くなるように意識して打ち込んでみる。


 っ! 普段よりずっと軽く動いたのに、ヨシノリ兄上に届きそうになった!


 影は、体捌きや足捌き、打ち込みかたなどを直して下さる。

 まるで優しい風に包まれているかのようだ。


「ツ、ツグミ様でしょうか?」


 違うことは分かっていたけど、聞かずにはおられなかった。


 何度か話しかけてみるけど、会話は通じない。


 ただ優しくて暖かい風で私を包んで下さるので、とても安心できる。

 うっすらと見える優しい眼差しで、私の中にある冷たい部分をとかして下さる。


 何度か繰り返すと、兄上から一本取ることができた!

 初めてだ。

 兄上もとても驚いている。


「⋯⋯我が家の流派だけではない?」


 どうやらツカハラ流に加えて他流の技も使っておられる。


 それからしばらくすると、その影は去っていかれた。



□□■□


「精霊様だと思うが、特別な存在であるかも知れん」


「話に聞く『大精霊様』でしょうか? 父上」


「うーむ、おそらくは違う。文献によると我が家に来て下さる大精霊様は、知識は卓越されておられるが、剣術はあまりご存知ない」


「⋯⋯あ、あの。過去に来られた精霊様が、もう一度来られた可能性は?」


「⋯⋯絶対にない、とは言えないが」


「⋯⋯再び来ていただける精霊様であっても、それなりの時間はかかると文献にはある」


「そ、そうですか。⋯⋯お話しの途中失礼しました」


 ⋯⋯やはりツグミ様ではない


 でもあの暖かく気遣って下さる様子は⋯⋯



「うむ、ともかく、また来ていただけた場合、失礼のないようにせねばならぬ」

「は、心得ました。父上」



 それから何度か精霊様はやってこられた。

 稽古のときばかりだったけれど。

 私を含め、兄上や他の門下生も、驚くほど上達していった。



 □□■□


 あるとき警ら中に大きなカマキリ型の魔物に襲われた。


 最初は一匹だったので、兄上と私で倒すことができた。

 私を守りながら戦っていた兄上が、大きな怪我をしてしまう。


 ツグミ様のお力なら一日もかけずに治せるけど、私の力では無理だ。

 せめてものことをしたくて、傷を布で押さえている。


 同じ大型の魔物が三匹も現れた!


 ヨシノリ兄上の怪我がなく、私が手伝ったとしても、一匹か二匹しか倒せない。


「フタバ、このことを父上に!」

「あ、兄上!」


 ⋯⋯冷たいかたまりが大きくなる


「フタバ、我らツカハラ家は民を守るためにある。この出来事を伝え人を集めてもらう必要がある」


「で、ですが、兄上!」


「あとは頼んだぞ、フタバ!」


 お兄ちゃ⋯⋯ヨシノリ兄上は、私を強目に押した。


 ⋯⋯冷たいかたまりが、ぐっと大きくなる。




 ── あらあら、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、フタバ ──


 ── ふふ、すぐに助けが来ますよ ──


 っ! ツグミ様!?


 以前と違いハッキリとは聞こえない。

 幻聴なのかもしれない。

 でも構わない、これはツグミ様の声だ。



 次に何が起こったのか分からなかった。

 それだけ速い動きだったのだと思う。

 最近ときどき来て下さる精霊様が、魔物に突っ込んでいった。


 っ速い!


 しかし精霊様の攻撃は素通りしてしまう。

 即座に精霊様は法術に切り替える。


 法術まで!


 しかし見たことのない法術も、魔物を素通りしてまう。

 次の瞬間、精霊様は私達の目の前におられた。


 私達が驚いている間に、精霊様は私をつかんで下さった。

 兄の方はつかむことができなかった。


 それを見ていたヨシノリお兄ちゃ⋯⋯兄上は、精霊様に私を託し魔物と対峙した。


 ⋯⋯冷たいかたまりが更に大きくなる。


 お願い!

 これ以上私から奪っていかないで!

 お母さん!

 ツグミ様!!


【「お兄ちゃん!!!」】


 初めて精霊様の声が聞こえた。



 いつの間にか叫んでいた言葉と一緒だったので、気のせいかも知れない。

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