第6話 『いちゃいちゃ』でございますか?
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「いかがでしょうか? 大精霊ヒトミ様」
ヨシヒデさんが、こちらの様子を気にしながら聞いてくる。
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⋯⋯先ずは、落ち着け!
意味があるのかは分からないけれど、私は初めて「ここ」に来たときのように、大きく深呼吸をして、強引に心を静める。
⋯⋯ヨシヒデさんの提案自体は、受けて構わない。
でも、それだけでは足りない。
一つは、プレイヤーの情報。
できればツカハラ家の強化も。
とりあえずの方針は、プレイヤーの情報を得ることとツカハラ家の強化だ。
やることが決まると、雑念が減る。
その間にメーカー対策も考えれば良い。
フタバのことも気になるが、同時進行で対処しきれるか?
いや、出来るかどうかじゃない! ヤルんだ!
いや、ヤルのは色々な対策と親密度の上昇ダヨ? その際「ほんの少し」イチャイチャしても、それは必要なコトデスワヨ?
私は改めて、心を強く持とうとする。
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「良いわよ」
私はヨシヒデさんに答える。
「ツカハラ家やこの世界全体の人々を強くして、ここの人々を守りたいということでしょ?」
「正しく、その通りでございます」
「ただしいくつか、条件があるわ」
「条件でございますか?」
「ええ、この家や他の家に来る『大精霊様』の情報を集めて欲しいの」
「当家のものであれば、過去の分も含めて調べることは可能でございます」
「⋯⋯ただ他家のものとなりますと、噂程度のものしか集まらない場合も出てくるかと存じますが」
「ええ、それで構わないわ。それと霊刀は最初の予定通り増やしたいの」
「それは、こちらとしても有り難いのですが、ヒトミ様の『残り時間』は大丈夫でございましょうか?」
「もし時間が足りないのであれば、フタバとの親密度を上げる方を優先していただきたいのですが⋯⋯」
「残り時間は2日から20日ぐらいの間かしら? 多分一週間ぐらいだと思う」
「⋯⋯一週間でございますか、それならば何とかなるやも知れません」
「こちらとしてもお願い申し上げる立場でございますので、ヒトミ様のご希望はなるべく優先したいと存じます」
「うん、じゃあ。この一週間はフタバとイチャイチャしながら、他にできることをやっていくわ。『大精霊様』の情報も忘れないでね」
「⋯⋯『いちゃいちゃ』でございますか?」
「えっ! 駄目なの!?」
「いえ⋯⋯駄目という訳ではございませぬが、その⋯⋯何分にも、嫁入り前の娘でございますので、⋯⋯その辺りの事情を斟酌していただければと⋯⋯」
「⋯⋯あのー⋯⋯、 ⋯⋯私なら別に⋯⋯」
「これフタバ! 軽々にものを言うのではない!」
⋯⋯すっかり、忘れていたよ!
ヨシヒデさんの話が私にとって衝撃的すぎて、化けの皮が完全にはがれていたよ!
いや二人のことは覚えていたんだけどね?
今まで積み重ねてきた好感度を手放すのももったいないしね?
「⋯⋯すみません。あまりにも驚いたもので、『外の世界』の一部で使われている言葉を使ってしまったようです」
大急ぎで何枚も皮を被る。
間に合った? セーフ? いや流石に無理かな?
「外の世界の言葉ですか⋯⋯」
「確かに良く分からぬ言葉が混じってはおりましたが⋯⋯」
ヤメテ! そんな目で見ないで! これはバッドエンド確定コース?
いや、諦めたらそこで終了だ! と昔の偉い人も言っていた!
「⋯⋯そうなのです。私も普段はあまり使わない言葉ですが、先程のような話をするときには、ときどき使われるのです」
「⋯⋯ヒトミさまが、そう仰るのでしたら」
「これまで受けた恩義、少々話し方が変わったぐらいでは、微塵も揺るぎません。ヒトミどの!」
「あ、兄上⋯⋯ その通りです、ヒトミさま!」
おっ! 何とかなりそう?
「くれぐれも、節度を守った『いちゃいちゃ』でお願い申し上げます、大精霊ヒトミ様!」
あー! ここにきて、後ろから弾が!
「⋯⋯オホホッ。『いちゃいちゃ』は単なるあちらの言い回しですよ。こちらの言葉では『程よい仲良し』という意味に近いと思います」
良し! 完全な嘘ではない! これで乗り切れたか?
三人を見るとフタバは少し赤くなってうつむき、ヨシヒデさんとヨシノリさんは少々気不味いようす。
あー、あれだ。家族みんなでお茶の間のTVを見ていたら、急に大人っぽいシーンが流れ出したときの雰囲気だ。
お茶の間やTVは良く分からなかったので後で調べた。
「うむ、と、ともかく、宜しくお願いします。ヒトミ様」
「え、えぇ、これからの警備の配置も考えておきます、ヒトミどの」
「ふっ、ふつつかものですが、よ、よろしくお願いいたします、ヒトミさま!」
⋯⋯フタバの変なスイッチが入ったようだけど、とりあえず乗り越えられたよね?
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「ところで先ほどは何やら悩んでいるご様子でしたが」
気を取り直したヨシヒデさんが聞いてくる。
「⋯⋯ええ、この世界のことは目処が立ったのですが、外の世界で『ここ』を守ることを考えておりました」
「何と『外の世界』でまで守って下さると!」
「⋯⋯ええ、ここが上手くいっても、この世界自体が無くなっては意味がありませんから」
「そ、その様なことが可能なのでしょうか?」
うーん、相手次第なんだよね。これだけのシステムを作って動かしているのだから、大手メーカーか国際的大企業、下手をすればどこかの国の国家プロジェクトという線もある。
一応さっきから何通りかの方法を考えてみたけど、法に触れそうな手はなるべくなら使いたくない。
私はどこかの似非「遵法精神のかたまり」ではなく、明文化されていない社会的一般通念まで守る本物の模範的人物だ。本当ダヨ?
とりあえず思い付いた約200通りの方法のうち、「足が付く可能性が高い」ものと「大したダメージにならない」ものが合わせて100通りぐらいあったので、それらを片付ける。
「⋯⋯時間があまりなかったので、100通りほどですが」
「ひゃ、100通りですかな?」
「⋯⋯ええ、ただそのうちの20通りほどは、すぐには使えないと思います」
「そ、それはどのような理由ででしょうか?」
「⋯⋯効果が大き過ぎるのです」
「⋯⋯それで何か問題でも?」
「⋯⋯『この世界』を運営している相手は、多分大きな企業と呼ばれるものだと思います。⋯⋯そうですね、ここで言うとツカハラ家に近いと思います。あくまで立ち位置の話しですが」
「ツカハラ家ですか⋯⋯」
「⋯⋯ええ、そしてこの世界にいる人々は、この地方の民だと思って下さい」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯あくまで例え話ですが、ある日急にツカハラ家が消滅してしまうと、この地方の民達が困ることになるかと思います」
「ま、まぁ、そうでしょうなぁ⋯⋯」
「⋯⋯ですので、先に申し上げた手段は、最後の最後ぐらいでしか使い道が無いのです」
「⋯⋯さ、最後は使われるのですか?」
「⋯⋯まあ最後は ⋯⋯その前にできるだけのことは行います。⋯⋯この世界の方法に例えると、河川の氾濫を促すことや、害虫を増やし収穫量を減らすようなことが手始めになると思います」
「⋯⋯て、手始めで、か、河川の氾濫ですか?」
話している間になぜかヨシヒデさんの顔色が悪くなってきた。フタバやヨシノリさんもだ。
あれ? おかしいな? まだ暴力などを伴わない比較的穏便な話しかしていないハズなのに。
「⋯⋯もちろん、川の上流から毒を流したり、田畑を焼いたり、病を流行らせるのは、もう少し後ですよ」
「ど、毒に、や、病ですか?」
「⋯⋯ええ、民達を苦しめるのが目的ではありませんから、最初は本家を狙うと思います」
「ひ、ひぃっ! そ、そんな、大精霊様!」
「そ、そんな悪鬼のごとき所業ができる者など⋯⋯」
「た、例え話、で、ですよね、ヒトミさま?」
ん? 何か変なこと言った? 分かりやすいように、昔の城攻めの方法をいくつか並べたのだけど?
「⋯⋯まあ、そのようにしていくと大きな家や城でも、やがてそこの人々の動きが鈍くなります」
「⋯⋯そのとき、民達を治める権利を奪うのです。これが今回やろうとしていることの大まかな流れです」
良く見ると三人とも顔色が悪くなっている。日が落ちたのかいつの間にか辺りは暗くなって気温が下がってきた。
⋯⋯体が急に冷えて体調でも崩したのだろうか?
「⋯⋯あの⋯⋯」
「は、はい! 大精霊様!」
「ど、どうかフタバだけは!」
「ひっ、ヒ、ヒトミさま⋯⋯」
「⋯⋯体でも冷やしましたか? こちらの湯殿はどのようになっているのでしょうか?」
「ゆ、湯殿ですね! 直ちに!」
「おい! 直ぐに支度を!」
「わ、私も手伝います!」
⋯⋯いや私じゃなくてフタバ達に暖まってもらいたいのだけど? まあ、良いか?
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⋯⋯あっ、まただ。
ヒトミさまが、またあの目で私を見てくれる。
気遣うような、優しいような、とても暖かな眼差しだ。
「あの時」以来、心に残った冷たさが、優しくとかされていくのを感じる。
ヒトミさまは色んな意味で他の精霊様と違う。話でしか聞いたことがない他の大精霊様とも違っているみたい。
もちろん「あの人」とも違うのだけど、なぜか「二人」が重なって見える⋯⋯
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私はフタバ。ツカハラ家の当主を父に持つ。
私は幼い頃に母を亡くした。幼すぎてあまり覚えていないけど。その後一人でいるのが嫌だったのか、お兄ちゃ⋯⋯ヨシノリ兄上にべったりだった。
剣術の稽古も一緒にやった。まだ体が小さかったので、どちらかというと邪魔になっていたかも知れない。そんな私のことを兄上は邪険にせず、稽古の相手までしてくれた。
稽古中の父上はちょっと怖かったけれど、稽古が終ると兄上と一緒に過ごしてくれた。三人で居ると少し心が暖かくなった。それを告げると、二人は何故か困ったような顔をした。
二人を困らせたくなかったので、それ以来そのことには触れていない。
でもいつも兄上や父上が側に居てくれる訳でもない。魔物が出たりすると、私は家で二人の帰りを待つ。一人でいると体の奥の方が冷えてくる。
⋯⋯これが「寂しい」という気持ち? そういうときに限って、母のことを思い浮かべてしまう。おぼろげにしか思い出せないのが少し悲しい。
その日も体の奥から冷たい気配がしてきた。
ふと気が付くつと、冷たさ以外の感覚があった。何か今まで感じたことのないような暖かさだ。三人で過ごす時と同じぐらい? もう少し暖かい?
『こんにちは』
頭の中で声がした!?
『えーと、聞こえていないのかな? どうしようか』
「は、はい! 聞こえます!」
私は暖かさを失いたくなくて、慌てて返事をする。理由は良く分からなかったけれど、この『人』は私にとってとても大切だと思えた。
『あぁ、良かった。お話はできそうね。私はツグミと言います。多分あなたのご先祖様よ』
「フタバです! 父はツカハラ家の当主をしています」
『そう、フタバちゃんね。やっぱりツカハラ家なのね。ふふっ、良かったわ。良い子に出会えたみたい』
そう言うとツグミ⋯⋯様は、楽しそうに笑った。
⋯⋯何だろう? この暖かさは? お母さんみたい⋯⋯?
ぼんやりとしか思い出せないけれど、ずいぶん昔に同じような気持ちになったことがある⋯⋯
「あ、あなたは私のお母さんですか?」
思い切って聞いてみる。
『えっ⋯⋯ そっかフタバちゃんのお母さんは、もう⋯⋯』
分かっていたけれど、違ったみたいだ。冷たさが体の奥から上がって来そうだ⋯⋯
『⋯⋯うーん、分かった。今日から私がフタバちゃんのお母さんの代わりになるね? 構わないかな?』
「えっ? 本当に良いの⋯⋯ですか? ツグミ⋯⋯様?」
『ええ、もちろんよ。ふふっ。どちらかというと、お姉さんの方が良かったけれど、ね?』
ツグミ様は柔らかく微笑むように話しかけてくれる。いつの間にか冷たさは消えていた。
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「⋯⋯それは精霊様だな」
「精霊様ですか?」
魔物退治から帰ってきた父上にツグミ様のことを話すと、そう答えてくれた。
『ふふっ、私の言った通りでしょ? フタバちゃん。⋯⋯この部屋はあまり変わっていないのね。知っている場所が残っているのはやっぱり嬉しいわ、うふふ』
ツグミ様は少し楽しそうに笑った。父上や兄上にはツグミ様が薄い影のように見えるそうだ。ツグミ様が強い気持ちを込めて言うと、言葉もある程度伝わるらしい。
「ヨシノリ、我が家の家系図を並べてくれぬか」
「は! 父上、これでよろしいでしょうか?」
私がツグミ様と話している間に、家系図が並べられいく。兄上が既に準備していた。私が手伝おうとする前に、資料が並べられてしまった。
⋯⋯兄上はいつも手際が良すぎです。少しは私にも手伝わせて下さい。
『あらあら、フタバちゃんのお兄さんは優秀なのね、うふふっ』
ツグミ様はいつも楽しそうだ。
「ツグミ様は⋯⋯こ、これは!?」
「おぉ、これは素晴らしいお方だ!」
『あら、もうバレてしまったの?』
話がどんどん進んでいく。
「父上、兄上、どういった方なのでしょうか?」
「うむ、おそらく我が一族の中で最も巫女の才能に恵まれている」
「巫女でしょうか? それなら私も入るのですか?」
「確かに我が一族のような『憑き筋』の家系の女子はそう呼ばれる。だがツグミ様はそれにとどまらず、法術の才もお持ちだ。それに剣も奥伝までお持ちだ」
「法術に奥伝ですか。とても優秀な方なのですね」
『あらあら、そんなに大層なものではありませんよ』
そうツグミ様は仰られるが、私の剣術はまだ初伝で、法術の方はさっぱりだ。
「フタバ、しばらくツグミ様のご指導を受けなさい。ツグミ様、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい!」
『えぇ、分かりました。フタバちゃん、よろしくね』
「こちらこそ、宜しくお願いします!」
こうして私とツグミ様の生活が始まった。