第5話 AIで動くNPC?
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「おお、これは霊珠で間違いありません。それにこちらは霊刀ですな。しかもかなりの力を感じます。大精霊ヒトミ様」
ツカハラ家に帰って来ると、宴の準備が終わるまでまだ少し時間がかかるとのことだったので、先に当主のヨシヒデさんに先程のことを報告した。
「ではこれで、今よりもっと多くの民を守ることができるのですね。ありがとうございます、ヒトミさま!」
「もはや何と言って感謝すれば良いか分からぬほどです、ヒトミどの!」
「これで魔物に襲われる人の数を減らすことができます!」
「ありがとうございます、精霊様!」
「明日から早速周囲の警らを増やします!」
皆喜んでくれているみたい。このままこの辺りの人の生存率が上がれば「ここ」に来た甲斐もあったと思う。
今の状況がゲーム? の中に取り入れられる必要があるけど、そこはリアルに帰ってから頑張るしかないよね。何とか埋め込めないか試してみないと。
「⋯⋯あまり大したことはしていませんので、お気になさらず」
実際にやったことといえば、普段のデバッグ作業でやっていることよりも簡単なことしかしていない。
問題なのはこの状況の「固定化」だ。大変なのはリアルに帰ってからだと思う。まだゲームだと「確定」はしていない。やってみれば案外簡単にできるかも?
最悪なのは大企業などセキュリティが厳しいところが運営している場合だ。でも費用対効果の点で考えても多分それはない。
個人やサークルがたまたま作れてしまった可能性もある。変なノイズやログインを繰り返したことから、この線が濃厚だと思う。
マシンパワーが足りず自分達では動かせなかったので、デバッグを依頼してきた可能性もある。
私の場合演算処理のやり方が少し特殊なので、個人や小さな会社では動かせないものでも動かせる。
その場合であれば、交渉次第でどうにかなるかも。
⋯⋯うん。妥当性の高い場合を想定すると、何とかできる可能性が大きい。
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「⋯⋯それでは、他の武器にも同じことをしていってもよろしいでしょうか?」
「⋯⋯それに関してですが大精霊様。⋯⋯ここから先はわが家を含めた多くの家や、⋯⋯他の複雑な事情もあるので、⋯⋯後程お話しさせていただきたく存じます」
⋯⋯何か奥歯に物が挟まったような言い方はヨシヒデさんらしくない。
「⋯⋯もちろん構いませんよ。では今夜にでも」
「ありがとうございます、大精霊様」
ヨシヒデさんは深々と頭を下げる。
「お前たち。今回のことは口外無用とする」
⋯⋯今度は三兄弟の口止めだ。
「は、はい⋯⋯」
「ご命令なれば⋯⋯」
「分かりました⋯⋯」
三兄弟も意外といった感じだけど、主家筋に逆らうという気はないようだ。
「⋯⋯どうしてなのでしょうか、父上? ヒトミさまのご助力で、より多くの民が助かるのではありませんか!」
「おい、フタバ!」
フタバは不満気だったけど、ヨシノリさんがたしなめる。
「⋯⋯フタバ。後でお話しの機会を作って下さるのですから、そのときのこととしましょう、ね?」
なるべく柔らかい口調と表情を心がけて、やんわりと助言してみる。
⋯⋯なぜかフタバが一瞬悲しそうな顔をする。
私の言い回しが、何かを思い出させてしまったのだろうか。
「⋯⋯⋯⋯ヒトミさまがそれで良いのであれば、私もこれ以上は申しません。⋯⋯父上、先刻の失礼な物言い申し訳ありませんでした」
フタバが丁寧に謝罪する。ヨシノリさんは内心ではどちらの味方をすべきか少し悩んでいるようだ。
「⋯⋯いや、私の話し方も性急過ぎたようだ。大精霊様、お目汚し失礼いたしました」
ヨシヒデさんは、もう一度私に深々と頭を下げる。
「宴の準備も調った模様。あちらまでご足労いただけますか」
まだ少しギクシャクしているところはあるけれど、フタバもとりあえずは収まったようだ。
肉親と呼べる相手を全て失ってしまった私としては、時々はぶつかっても良いので、お互いを大切にできる時間を少しでも多く過ごして欲しい。
⋯⋯フタバの家族は兄と父親だけなのかな?
そんなことを思いながら、宴が開催される広間の方に向かった。
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宴の方は何というか、人に捕らえられた珍獣の気分を味わえた。そういうアプリじゃなかったよね?
まるで新郎と新婦になって結婚式を乗り切った感じだった。いやこの場合は新婦と新婦か? 唯一の救いはフタバが一緒にいてくれたことだよ。
秘かに楽しみにしていた料理も味が分からなかった。いやちゃんと味覚と嗅覚はオンにしていたよ?
ゲームで結婚式や披露宴のシーンが短い理由が良く分かった。あれは一から十までやるもんじゃない。
一生に一度ぐらいなら良いけど、ゲーマーだと一生に何百回もするしね。
マナー練習用アプリで招待客の立場なら良いけど、新郎新婦や主賓の方は掴まないように気を付けよう。
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「父上、我々も同席して構わないでしょうか?」
ヨシノリさんがヨシヒデさんに声をかける。そばにはフタバが控えている。多分ヨシノリさんが気を回したのだと思う。
「⋯⋯私の方は構いませんよ。ツカハラ家のことでもあるというのでしたら、お二人も当事者でしょうし」
フタバの気持ちを汲んで、私から了承する言葉を伝える。
「⋯⋯そうですな。⋯⋯もう二人も子供ではないので、大精霊様の御許可がいただけたのであれば、⋯⋯構わないでしょう」
やや渋々といった感じでヨシヒデさんからの許可も出る。
私たちは先程話した部屋よりも奥にある、普段はあまり使われていないような部屋に入っていく。
その部屋は他のところよりも清浄な感じがした。真ん中近くにある机の周りにそれぞれが腰掛ける。
「⋯⋯さて何からお話ししたものか⋯⋯ まず大精霊様におうかがいしても宜しいでしょうか?」
「⋯⋯えぇ、もちろん構いませんよ」
「ではお言葉に甘えて、最初に聞いておかねばならないことをお聞きします。⋯⋯大精霊ヒトミ様の『残り時間』は、いかほどあるのでしょうか?」
⋯⋯っ! 「その言葉」を何で知っている!?
「⋯⋯驚かせてしまいましたか ⋯⋯ヒトミ様はおそらく初めての『ろぐいん』ではないでしょうか?」
⋯⋯そっちか!
都合の良い予測は外れてしまった。
はじめはその可能性も考えた。初めてフタバと「重なった」ときフタバは最初に「精霊」という言葉を使っていた。
私はそれを最初ゲームの「設定」だとばかり思っていた。設定だけなら個人が作ったものでも付け足せる。
だが個人が作ったものであれば、とても動かせないレベルの再現度だ。
大企業なら動かせる可能性はある。ただし採算的に「あり得ない」と勝手に結論付けていた。
⋯⋯私の認識が甘かったということか。
「残り時間」と「初めてのログイン」という言葉から考えると、少数のテストプレイヤーが、何度かログインしているということ?
⋯⋯悪い方の予感が当たってしまった。
いや、今はもっと気になることもできてしまった。
「⋯⋯あなた達は、自分自身をどういった存在だと思っているの?」
「ヒトミさま?」
「ヒトミどの?」
「私は私です。それ以上でもそれ以下でもありません。そちらの言葉で言うと『えぬ・ぴー・しー』に少し上等な『えー・あい』が組み込まれているといったところでしょうか」
「⋯⋯そう⋯⋯なの⋯⋯ね」
皮を被る余裕もなくなった。
「⋯⋯それは、フタバやヨシノリさんも?」
「いえ、この二人や他の大部分は違います。それぞれが己の人生を歩んでおります。もっともそれにどれ程の意味があるのか分かりませんが」
⋯⋯フタバ達は違う?
ひょっとしてヨシヒデさんだけ?
「⋯⋯ツカハラ家や複雑な事情というのは?」
「はい。その前にこの世界についての説明が必要かと存じます」
「我々の中のある程度の者は昔のことや外の世界のことを少し『思い出す』ことがございます」
「殆どがふとした景色であったり知識の断片を思い出すだけなので、大きな影響はございません」
「中にはまとまった知識を思い出す者もたまに出てまいります。そのような者達は『覚えている者』や『覚者』と呼ばれます」
「そのもの達の知識のおかげで農業や冶金の技術が進みました。それより先の『なのましーん技術』などは覚えている者が出ても、今の我々では再現できません」
「またごく希に『精霊様』の『依り代』になる者もおります。そのもの達は『覚醒者』と呼ばれます」
「とりわけ覚者や覚醒者の出やすい家系がございます。ツカハラ家もその内の一つになります。我々はそれらの家系を『憑き筋』などと呼んでおります」
「依り代は女性の方が多いので、覚者や覚醒者を出しやすい家の女性は『巫女』と呼ばれます」
「来ていただける精霊様は、その家のご先祖様の場合もございます。それらの精霊様は一世代に一人か二人に憑いて下さります」
⋯⋯そこで一瞬、フタバが悲しそうにする。
「その精霊様方は幼少の頃から十を幾つか上回る頃までいて下さり、その家の歴史や我らのような家であればツカハラ流の技を教えていただけます」
⋯⋯昔、何かあったのだろうか?
「それらと違い『外の世界』の知識や技術をお持ちの精霊様方を、我々は特に『大精霊様』と呼んでおります」
⋯⋯っ! 「外の世界」
今はヨシヒデさんの話しに集中しなくちゃ。
「ツカハラ家には数世代ごとに大精霊様が来て下さいます。ただ大精霊様が依り代と過ごされる時間はそれほど長くはございません」
「文献などを読むと毎回同じ大精霊様なのですが、ヒトミ様は明らかに異なっておられました」
「今回フタバに憑いて下さったのは恐らく何らかの『あくしでんと』ではないでしょうか?」
「⋯⋯ええ、多分、そうよ」
「ならば是非お願いしたきことがございます」
「⋯⋯『お願い』ですって!? それはあなたの『意思』なの?」
「はい、さようでございます」
「時間があれば霊刀などの作成もお願いしたいところではあります」
「残りの時間が少ないのであれば、フタバと過ごすことを優先しいただきたいのです」
「少しでもツカハラ家やこの世界に情報や技術を伝えることに費やしてはいただけないでしょうか」
「長い目で見るとその方がより多くの民を助けられるかと存じます」
「ツカハラ家のひいてはこの世界のために、どうかご一考のほど宜しくお願い申し上げます」
そういうとヨシヒデさんは、いつものように、深々と頭を下げた。
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⋯⋯驚いたとか、そういったレベルではなかった。
自分のおかれた状況をここまで理解しているNPCなんているの? しかも自分の意思? で頼み事をするなんて。
いつのまにかイベントシーンにでも入った? いや、そんな感じはしなかった。
フタバとヨシノリさんも情報が整理できていないようだ。いや話の「内容」を「理解」できていないのかも知れない。
⋯⋯幾つか確かめておかないと。
「⋯⋯なぜフタバなの?」
「大精霊様が最初に憑いて下さったのがフタバです」
「おそらく『えもーしょなる・しんぱしー率』なるものが一定値を超えたのかと存じます」
エモーショナル・シンパシー率!
システム関係のことも知っている?
「今からでは他の者との間で、そこまではいかぬと存じます」
⋯⋯確かに、そうかも。ヨシノリさんとならひょっとしたらいけるかも知れないけど。
ただ私は無意識下でヨシノリさんを「お兄ちゃん」フタバを「もう一人の自分」ぐらいに認識しているのだと思う。「重なり」やすいのはどう考えてもフタバの方だ。
「それは親愛の情や共感の割合とでも解釈させていただいてよろしいのでしょうか?」
「⋯⋯ええ、そう。それに近いと思うわ」
「その親愛の情などが一定値を超えると、様々なことが可能になると聞き及んでおります。知識や技術の伝達効率や上限が上がるそうです」
「ヒトミ様のようにその場で『あばたー』を作り出せた大精霊様は初めてかと存じますが。力のあるご先祖の精霊様でも、何年かかかります」
「⋯⋯⋯⋯ヨシヒデさん。⋯⋯あなたにもご先祖様の精霊が憑いていたの?」
「おお、そこまで分かりますか。実は私に憑いて下さったご先祖様の妹君が大精霊様の『依り代』でございました。そこで色々な話を聞き及んだのでございます」
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⋯⋯ヨシヒデさんが「詳し過ぎる」理由はこれである程度辻褄が合う。
問題は他のプレイヤーの存在だ。もっといえば開発企業の存在が「確定」してしまったことだ。
ここで私がいくら改編したところで、メーカーの判断次第でどうにでもなってしまう。
ゲームデータのオール・リセットなんてこともあるかも知れない。これまでの開発費用を考えると、やれないかも知れないけど。
リアルの私は治療中の十代の小娘にすぎない。開発企業への影響力など皆無だ。多少の資金はあったけど、企業からみれば端金にもならないだろう。
「代替手段は必ず存在する。諦めず冷静に情報を集めることからやってみなさい」
今の私の保護者であり、命の恩人でもある教授の言葉が頭をよぎる。
⋯⋯悩んでいても仕方ない。もう少し情報を集めてみよう。
相手の弱味でも掴むことができれば、何とかなるかも知れないし。
開発に関わっている職員やプログラマーにハニートラップでもかけてもらうように、黒っぽい掲示板で依頼するとか。
開発企業の経理サーバーのデータを書き換え巨額の脱税をでっち上げ、それを盾に誠意を見せてもらうとか。
テロ支援国家と取り引きを行った帳簿をでっち上げるとか。
⋯⋯駄目だ! あと20個ぐらいしか思い付かない! もっと真剣に考えなきゃ!
保護者の影響か、思考がやや物騒な方に向かう。