第4話 無駄にハイスッペク
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私は受け取った魔核に直接触らないようにしながら、意識を「集中」する。
⋯⋯これも、新しいバージョン。
魔核を構成しているものは、予想通りというべきか、やはりナノマシーンの再現データだった。
予想と違ったのは、普通のナノマシーンではなく、有機と無機のハイブリッド・ナノマシーンの再現データが使われていることだ。手に入れにくい知識が使われている。
まあ大学院生でもアクセスできるし、学術系の論文サイトなどに登録していれば誰でも読める。広く行き渡ってはいないというだけで、手に入れようと思えば手に入るデータではある。
さっき比べた複数の有機ナノマシーンの再現データの違いから、ハイブリッド・ナノマシーンの再現データで変更されたところを類推してみる。
これと、これと、あれと、それとここもか。指示語ばかりになってしまった。かといって割り振ったアドレス番号を並べても仕方ない。
「魔核が⋯⋯」
「おお、何と⋯⋯清らかな」
変更されたと思われるところを直していくと、何か禍々しかった見た目が清浄なものに変わっていく。
「兄上、これはひょっとして⋯⋯霊珠、でしょうか?」
「うむ、どうやらそのようだ⋯⋯ 目の前で起こっているというのに、にわかには信じ難いが⋯⋯」
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どうやら正常なものは「霊珠」と呼ばれるらしい。「霊気」や「精霊」と似た感じの言葉だ。
異常な状態のものは、「瘴気」「魔核」「魔物」「魔獣」ということかな?
ともかく、魔物の発生条件と対策が少し分かった。
この世界の生物は有機ナノマシーンの再現データでできている。正常なナノマシーンならそのままカマキリなどを忠実に構成する。
バグのあるナノマシーンなどに影響を受けてバグのあるものに置き換わると体が大きくなり固さや攻撃性が増す。体の構成自体はもとのカマキリを忠実に再現する。
私が最初使っていた古いバージョンのナノマシーンはバグのあるナノマシーンに影響されやすい。黒いところが広がっていったのがそれにあたる。
フタバ達を構成しているナノマシーンのデータはバージョンアップされている。バージョンが新しいとバグの影響を受けにくい。
ハイブリッド・ナノマシーンもバグのあるものに置き換わる。ハイブリッドは他のナノマシーンにバグを広げる力が強いと思う。
この世界の言葉で整理すると、瘴気が周りの霊気や霊珠を侵食して瘴気や魔核に変える。魔核が周りの霊気を瘴気に変えて行く力は強いと思う。
魔核は体内の深い場所にあるので、体表の瘴気から順に霊気に戻していくことが一番簡単そうだ。
それにしても凝った「設定」だ。普通はここまで細かいところまで作り込まない。
例えば華道の練習用アプリなら、花や葉、茎といったところの質感はほとんどリアルとの区別がつかないようにする。そうしないと練習の意味が薄れてしまう。
会話が主体のアプリなら、AIの会話能力が現実のものと区別が付かないレベルに、各開発会社や開発者は仕上げてくる。
いや、実際に区別は付くよ? あんな甘いことしか言わない人など、リアルには存在しない! いたら詐欺師だと思えという啓発公報もあったと思う。
気を付けよう 甘い言葉と オレオレに
オレオレが何か分からなかったけど、調べてみたら昔良くあった詐欺の手口だった。
でも一部の「濃い」先達なら、甘い言葉より罵声や罵倒の方が良いかも?
私はまだそこまでの「ステージ」に至っていない。本当ダヨ?
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それはさておき、この「世界」は色々なところが作り込まれすぎていると思う。
一部に力を入れて、その部分だけハイスペックにすることは、メーカーの基本的な姿勢とも言える。
アクションゲームなら操作性やエフェクト、スキル設定などに力を入れる分、他のところが雑だったりすることは良くある。
色々な分野のゲームやトレーニングアプリの良いところだけを集めたら、それなりのものはできるかも知れない。
莫大な開発費をかけて、演算処理もメーカー側の高速サーバーでほぼ全てを行うなら、作ろうと思えば作れる。採算が合うかどうかは別だけど。
それに再現度の高さも、やり過ぎだと思う。
今のアバターで感じる情報はリアルのものとほとんど違いはない。それだけでどれ程の処理能力や記憶領域が必要か見当もつかない。
プレイヤーが一人ぐらいならできないことはないと思うけど、百人や千人以上になると現存するシステムでは無理なのでは?
でもフタバの中に入ったときの情報量は文字通り桁違いだった。各社アプリの良いところだけを集めた上で、更にアップデートを重ねれば届くか? ぐらいの感じだ。
⋯⋯今は悩んでも仕方ない。「残り時間」を有効に使おう。
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「やはり、霊珠ですか!」
「おそらくは。父上にも確認してもらいたいところだ」
「⋯⋯これまでのことから、魔物や魔獣に対して有効な武器が作れるかもしれません」
「さすがは、ヒトミさま!」
「おお、それは何ともありがたい。幾重にも感謝しますぞ、ヒトミどの!」
「えっ? どうなったんだ?」
「さあ? 良く分からないけど」
「民を守りやすくなるということだ!」
三兄弟の中では一番経験がありそうなイチロウが、ジロウとサブロウに向かって簡単に説明している。
「⋯⋯では少し試してみましょう。イチロウさん、その槍を貸していただけませんか?」
「はっ、ここに!」
イチロウが貸してくれた槍の穂先を、即行で組み上げたプログラムでコーティングしていく。
⋯⋯こんなものかな?
「⋯⋯これであちらの死骸に軽く触れてみて下さい」
イチロウは返された槍を使って、ダンゴムシの死骸に穂先で軽く触れる。
「す、すごい!」
「おお、素晴らしい!」
「えっ?」
「何?」
「⋯⋯何が起こったんだ!?」
槍で触れた本人が一番驚いている。
槍が触れただけで、ダンゴムシの体の大部分が消滅したように見えた。
実際にはパッチデータを受信したナノマシーンが正常な動作にもどろうとして、ダンゴムシとしては大きすぎる体の大部分を周りに放出した。
私がやったのは穂先のナノマシーンがパッチデータを送るように修正したただけだ。
修復されたものは、異常のあるナノマシーンが近くにあれば、パッチデータを送るようにしている。
最初から正常なものには影響が出ないようにしている。健康な人のデータを変えたりはしない。
「あっ、霊気が!」
「うむ、まるで力のある神官か巫女にでも、清められたかのようだ」
「巫女ですか⋯⋯」
ん? フタバのテンションが急に下がった。
「⋯⋯では他にも刃先が付いているものを出していただけませんか?」
「えぇ、はい!」
「これでよろしいでしょうか、ヒトミどの?」
フタバやヨシノリさんが出した武器の刃先を同じようにコーティングしていく。刃先以外で正常に稼働中のナノマシーンには影響しない。
フタバのテンションはいつも通りだ。さっきのは気のせい?
⋯⋯後で、話でもしてみよう。
次に三兄弟が持つ武器の刃先もコーティングしていく。それぞれ槍以外にも小刀などを持っていた。
「す、すごい。ありがとうございます、ヒトミさま!」
「うむ、この威力ならかなりの数に囲まれても、何とかなるやもしれん。ありがとうございます、ヒトミどの!」
「うひょー!」
「スゲー!」
「こんな小さな刃物でも!」
皆がそれぞれ自分の武器の調子を確かめている。
やはり魔核が残っている死骸は効果が薄れる。巨大カマキリ程度の大きさであれば、二太刀は入れる必要があるみたい。
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魔核というかハイブリッド・ナノマシーンの方は無駄に性能が高い!
パッチデータなら有機と無機のナノマシーンに同時に受信させないと、受信しなかった方が直ぐに元に戻してしまう。
仮に受信が同時でも、正常な状態になる時間が少しでもズレたら同じことが起こる。私がやったように全体を制御しながらでないと難しい。
こんなモノを作れるのは、ロクな人物ではないと思うよ? いや私が助かったのは事実だけど、それはそれ、だよ!
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⋯⋯それでも断然戦いやすくなったと思う。
この後魔物の襲撃が相次いでも、フタバやヨシノリさんが生き延びられる確率は増えたと思う。
⋯⋯自己満足なのは分かっている。
でも私の目の前で二人を死なせるつもりはない。
「⋯⋯ではお屋敷の武器も同じように」
もう死骸は残っていない。残った魔核は丁寧に布で包みながらフタバとヨシノリさんが回収していた。
うーん、魔核は簡単にはいかないか。
本体が無ければ、大したことはできないので、これで良いかな?
「はい、ヒトミさま!」
「お願いします、ヒトミどの!」
「おお、他の武器まで!」
「ありがとうございます!」
「ありがたや~、ありがたや~」
こうして私たちは帰途についた。
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それにしても不思議だ。
私は帰る途中、考え込んでしまう。
いくつもの部分が相当高いレベルまで作り込まれている。まるで博士号を十個以上持っている人みたい。
⋯⋯そんなに取って意味あるの?
複数の国で司法試験に合格するような無駄にハイスペックな人を連想してしまう。
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「⋯⋯教授は何で博士号をそんなにたくさん取得したのですか?」
「多いか? 二個か三個持っている者なら結構いるだろう?」
「二つや三つなら、まあ居ます。ただ十五個も必要ないと思うんです」
「⋯⋯特に意識していた訳ではないよ。興味のあることを研究していたら、いつの間にかこうなっていただけだ」
⋯⋯これだから天才肌の人は!
「それに母国の一般的な大学は学士で4年、修士で2年、博士で3年もあるのだから、年に一つか二つずつぐらい取っていけば、誰でもそうなるだろう」
「なりません! 普通の人は9年で一つ取れるかどうかなんです!」
「うん? その人達は、単に他のことに興味が有ったり、別の用事が忙しくて時間がなかっただけなのでは?」
⋯⋯根本的に何かが違う生き物と話しているような気になってきた。
「司法試験も複数の国で合格していますよね」
「う、うむ、私は遵法精神のかたまりみたいなものだからね」
「そういえば二十年ほど前から、非常に優れた弁護用プログラムが登場し、それを使った被告人は全ての裁判で無罪を勝ち取ったそうですね」
「ほ、ほう、世の中にはそようなプログラムもあるのか。まあ判決が無罪ならば元々無実だったというだけの話だろう」
「教授が司法試験に合格したのは何年ぐらい前のことですか?」
「忙しい時期が続いたので、多少記憶は曖昧だが、十年か二十年前ぐらいだったと思う」
「公開されている経歴を見ると二十一年前に一気に取ったとなっているようですが?」
「そ、そうか? そのくらいだったかも知れんな」
「当時は各所から訴訟されていたことが記録に残っていますね」
「う、うむ、特に法的な問題はなかったのだが、何故か身に覚えのないことまで訴訟されて、ほとほと困っていたことが、そういえばあったな」
「その国の法律では、まだ取りしまれなかったということでは?」
「うん? それの何が問題なんだ?」
「国際条約や他国では禁止されている実験を次々にやったこととか」
「批准前の国際条約など、どうということはないぞ?」
「いやそんな『当たらなければ、どうということはない』って風に言っても⋯⋯世間の風はさぞ厳しかったかと思いますが」
「うむ、どこの国にも法律を軽んじる人はいるからな。私は一切の違法行為をしていないというのに」
「法の隙間をくぐって悪用するよりマシではないでしょうか?」
「何を言う。私は遵法精神のかたまりのような存在だぞ。繰り返すが当時のその国の法律は全て遵守した」
「当時の判決文では『甚だ遺憾であり非常に残念ではあるが、現行法の範囲内では無罪と言わざるを得ない』と残っていますが」
「随分と感情的だな。司法の一角を司る者の言葉とは思えん」
「高裁や最高裁も含め、全ての裁判官が同様の言葉を残していますね」
「う、うむ、そうか。だか結局無罪だったのであれば何の問題もあるまい」
⋯⋯駄目だ、全く反省していない。そもそも自分が今なら違法に当たる行為をしていたことを全く気にかけていない。まあ実際無罪判決が出たのだからこれは仕方ない? ⋯⋯かぁ?
「ところでその小国は数年後にはなくなってしまったとか」
「一国が丸々なくなるなど、環境問題もそこまできたか!」
「違います! 危機を感じた隣の国に吸収されてしまったんです! 今では法整備もちゃんと進んでいます。でも元小国の人々がひどい差別に悩まされているようですよ!」
「いや、それはおかしい! 隣国の一部になるとき迫害など受けぬように、真っ先に保護法や優遇法を立法させたぞ! い、いや、立法したというような話を聞いたことがある」
「その優遇法が問題だったんです! 大国の人達より遥かに生活水準が高かったことで、周りから白眼視されてしまうようになったんです!」
「生活水準が上がったのだから、特に問題ではなかろう。人の目など気にするだけ無駄だ」
⋯⋯うっわ、立法までさせたのか。ひょっとして人類全体にとっての敵では?
「⋯⋯ところで教授。私は先ほどからのやりとりを全て記録しています」
「⋯⋯⋯⋯え"!? ⋯⋯ど、どのレベルでかね!?」
「最高解像度のVR環境のレベルです」
「そ、それは、ひょっとして法廷でも証拠として使えるものかね?」
「最近の表情認識プログラムは人の嘘まで見抜けるそうですね。一部の国では既に物証として扱っているとか」
「一美君! 仮にも私は君の保護者だよ!?」
「一美です! 人の名前を勝手に犯罪者の仲間みたいに呼ばないで下さい!」
「いやー、世間的には既に手遅れじゃないか?」
「そんなことありません! 結芽 一美と、松戸 夏岳教授は、完全に他人です!」
「夏岳だ! 松戸夏岳博士などと言うのは、一部のおかしな連中だけだ。それに今は君の保護者でもある」
「世界各国の諜報機関や警察の関係者が『おかしな連中』ですか?」
「ぐっ ⋯⋯⋯⋯今度は何が望み何だ?」
「完全閲覧記入権限です」
「そ、それは、君の年齢的に無理なんじゃ⋯⋯」
「急にメディアにメールを出したくなりました」
「⋯⋯分かった。できるだけのことはやってみよう。グレーゾーンを経由させれば何とか⋯⋯」
⋯⋯何やら犯罪臭がしてきたので、その先は聞かなかったことにしよう。