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第3話 侵食されました


 □□□□


「本当に、よろしかったのですかヒトミさま?」


「⋯⋯はい、少し気になることがあったので」


「些事は我らがやりますゆえ、ヒトミどのは本家で寛いでいただいていても構わなかったのですが」


「⋯⋯どちらかと言うとこれは私のワガママのようなものですので。それともご迷惑だったのでしょうか?」


「とんでもないです、ヒトミさま!」

「とんでもございませぬ、ヒトミどの!」


 やけに猫を被ったしゃべり方をしているのが私で、フタバやヨシノリさんには、もう呼びやすように呼んでもらうことにした。この場には後三人槍を持った人達もいる。


 ツカハラ家では歓迎の宴の準備がされていた。こういうイベントは参加しておかないと、フラグを立て損なってバッドエンドルートに入ることもある。


 時間までフタバ達と話でもしていようと思って二人を探すと、二人は武装を整えなおして出掛けるところだった。三人の槍を持った男の人達が付いていた。


 さっき気になったことを確かめたかったので、ヨシヒデさんに一言断りを入れて、五人に付いてきたという訳だ。


 二人は巨大カマキリの死骸の処理に向かうところだった。追加の三人は処理の手伝いや見張り、他の「魔物」が出たときの戦力だそうだ。


 巨大カマキリは魔物として扱われる。魔物を狩るのも大切なことだ。ただその死骸を放置しておくと、別の魔物を呼び寄せたり大きな獣に食べられてしまうことがある。


 今回は私の参戦というイレギュラーが有ったので、一旦家に報告する必要があった。その後すぐにヨシノリさんと他の人で死骸の処理に向かうつもりだったという。


 私がフタバから出てこなければフタバも家に残るつもりだったそうだ。



 □□□□


 この地方は東西に長い大きめの盆地になっている。ツカハラ家とその一族や腕に覚えがあるものは、盆地の北寄りのところに住んでいる。


 盆地の中には田畑や街があり、人々が平和に暮らしている。東から西に向かって緩かに流れる川もあり、農作物を育てやすい。更に西の方には別の地方郷士が治める土地があり、その向こうには海があるという。


 南東の方には大きな(みやこ)があり、そこはこのあたりの中で一番栄えている。南東の都と西の海岸付近の街との交易は、この盆地を流れる川を使って人や荷物が運ばれることが多い。


 盆地の中の街は交易の中継点としての役割もしている。比較的河口に近い緩かな流れなので、南東の都までなら船で遡上するのも、それほど重労働にはならない。


 この地方は色々な面で恵まれているけど、一つ大きな不安要素がある。


 それが「北の山脈」だ。


 北の山脈付近では「瘴気(しょうき)」というものが多いらしく、「魔物」や「魔獣」と呼ばれるものが生まれやすい。


 北の山脈は褶曲(しゅうきょく)山脈のように、いくつもの山脈があるので、それらを全て越えて来る魔物や魔獣は少ない。


 ただこの地方だけは、山脈の中に比較的通りやすい峠があり、そこを通って魔物や魔獣がやって来ることが多いそうだ。


 そこでこの地方を守護する者達は、盆地の北よりのところに住み、魔物や魔獣から人々を守り続けてきた。ツカハラ家は代々その役目を引き受けている。



 □□□□


 そういった話をフタバから聞いているうちに目的地が見えてきた。


「どうやら、少しばかり遅れてしまったようだな」


 巨大カマキリの死骸には数匹の小さめの魔物が群がっていた。大きさが1メートルぐらいのダンゴムシみたいな姿だ。


「まだ大した数ではありませぬ」

「さっさと片付けてしまいましょう」

「なーに、すぐに槍の錆びにしてやります」


 三人は兄弟で、上から順に、イチロウ、ジロウ、サブロウという名前だ。


 ⋯⋯やられ役のモブキャラじゃないよね?


 黒い槍を持った三兄弟はお団子の様に縦一列に並んで、ダンゴムシに駆け寄って行った。


 何で縦一列並び? 狭い場所じゃないので、横並びやV字型や斜めでも良いんじゃ?


「は!」

「とう!」

「そりゃ!」


 黒団子三兄弟は、前から順に一刺しずつダンゴムシに攻撃すると、そのまま横を駆け抜ける。


 ⋯⋯うーん、これもアリなのかな?


 ダンゴムシを一度に三回ずつ刺すので、それなりのダメージは与えているようだ。


「ふん!」


 弱ったダンゴムシにヨシノリさんが止めを刺していく。その間にも黒団子三兄弟は二匹目のダンゴムシに攻撃を加え終えて、三匹目の方に走って行く。


「やー!」


 今度はフタバが止めを刺した。その後残りも順調に片付けて、全てのダンゴムシを倒し切った。


 終ってみれば大丈夫だった。でもあの黒いヤツ(三連■)が縦に並んで走る戦い方は、どこかで見たか聞いたことがあるような、あ、頭が!?


 なぜか一瞬原因不明の頭痛にみまわれた。


 これ以上、考えるのはよそう。それよりも気になっていたことを確かめよう。



 □□□□


 私はダンゴムシの死骸に近付く。そういえば、この体で魔物に触るのは初めてだ。


 つ!


 さっきのものとは比べものにならない強さの痛みが私を襲う!


 ≡≡ 緊急 侵食されました ≡≡


 ようやく文字化けしていないログが流れたけれど、こっちはそれどころじゃない!


 見るとダンゴムシの体液に触れた指先の部分が黒ずんできた。その範囲が広がっている!


 急いで皮膚の下に固い部分を作り、黒ずんできた部分の周りにも、同じように固い部分を構築する。



 っ! 止まらない!



 ≡≡ 異常部分を強制排除(パージ)します ≡≡


 黒ずんできた指が、強引に体から切り離される! しばらく警戒していたが、それ以上の被害は出ない。


「ヒトミさま、どうされ⋯⋯指が!」

「大したことはありませんよ、フタバ」


 フタバに見られてしまった。私はすぐさま、無くなった部分を修復する。安心させるように元に戻ったところをフタバに見せる。


「⋯⋯本当に、大丈夫なのでしょうか?」

「どうされました、ヒトミどの?」


 フタバが心配そうにしてくれる。ヨシノリさんもこちらを案じてくれた。この二人にならそのまま話した方が良いかな?


「⋯⋯魔物の体液に触れたのです。その部分から黒ずんできました。問題となった部分を取り除き、修復しました」


 安心してもらえるように、あらためて修復した部分を見せる。


「魔物の体液ですか⋯⋯」

「でも、私と一緒のときは何ともなかったのに⋯⋯」


 そうなんだよね。巨大カマキリの返り血を浴びても何ともなかった。


「フタバ、もう一度あなたの体に入っても良いですか?」

「えぇ、それはもちろん」


 本人の許可も取れたので、今のアバターをすぐに元に戻せるように圧縮し、意識をフタバの方に移す。


『ど、どうですか、ヒトミさま?』


「ええ、問題は無いようです。このまま魔物の体液に触れても?」


『⋯⋯構いませんが、もし何か起こりそうなときには、私の体より必ずヒトミさまの安全を優先して下さい』


 本気で案じてくれているのが伝わってくる。


 ⋯⋯良い子だね、フタバ。


 私のように体の構成が変わった経験をしているのならまだしも、なかなかそういった台詞は言えないよ?


「ふふ、ではそのときは遠慮なく」


 冗談めかしながら答える。


 ⋯⋯逆だよ、フタバ。


 私があなた達を守りたかったから「ここ」に来たんだよ。何か有ったときにここから「退場」するのは私が先だよ。


 今度はフタバの指先にホンの少しダンゴムシの体液を慎重に付ける。特に変化はない。知らない間に息を止めていたようだ。ホッとすると同時に呼吸を再開する。


 予想通りとはいえ、かなり緊張していたことを自覚する。私の体なら別に構わないけど、今はフタバの体を使わせてもらっているからね。


 私はフタバの体から出ると、再びアバターを身にまとう。


「フタバ、今の状態を良く見せてくれませんか?」

「はい。くれぐれも直接触ろうとはしないで下さい。ヒトミさま」


 いつの間にか、周りに他の人達も集まって来ていた。


「今、少しの間精霊様が消えてなかったか?」

「そりゃ、そのくらいお出来になるのだろう」

「はー、我らとは違う神聖な存在なんだな」


「おい、お前達。くれぐれも魔物の体液がヒトミどのにかからぬよう注意するのだぞ」


 黒団子三兄弟に向かってヨシノリさんが注意をしてくれている。


 フタバの指先に、私は意識を「集中」した。


 □□□□


 デバッグしているときの見方で観察する。数字の羅列がやがてリバース・エンジニアリングされて、比較的理解しやすい風景に変わる。


 と言ってもまだプログラミング言語の段階だ。特に変な感じはしない。わりとキレイにまとめられている。文字化けもほぼ無くなりつつある。


 うーん、このレベルではない? ときどき文字化けやノイズが入るけれど、いたって一般的な構成に見える。


 ん? 何か見覚えがあるような。


 プログラムの癖というかプログラマーの個性かも知れないけど、なぜか馴染みを感じる。


 どっかで見たことがあるんだよねぇ。

 うーん、思い出せない。


 今の私が思い出せないということは、ハイブリッドや無機ナノマシーンでできているネットワークに現在繋がっている部分にはないってことだ。


 生体部分の脳かその近くの記憶領域にデータか記憶があるかも知れない。そちらの読み込みには時間がかかる。


 応急処置だけでもしておこう。体液に汚染されないフタバの指先を構成しているデータを読み込む。


 えっ! ここも?


 フタバの指先を構成しているのは、有機ナノマシーンの再現データだった。慌てて、他も見てみる。


 有機物全部? じゃ、無機物は?


 この「世界」にある有機物やそこから作られたものは、全て有機ナノマシーンの再現データでできていた。


 空気と水や地面の大部分は普通のVRデータだった。無機物の一部はデータ上で再現された無機ナノマシーンが作り出したものでできていた。


 ⋯⋯しかも私が知っているモノより新しいバージョン?


 そんなデータが存在するの? いや、でも、実際に目の前に存在している。今まで気が付かなかったのは、古いバージョンのモノしか認識していなかったから。


 魔物の体液に関しては、目の前にある新しいバージョンのデータをコピーして、それで体を構成すれば問題はなくなりそう。


 私は早速フタバの指先を作っている有機ナノマシーンの再現データを読み込んだ。そのデータで自分のアバターを作っている有機ナノマシーンの再現データを上書きしていく。



 □□□□


「ありがとう。もう良いですよ、フタバ」

「えっ、はい。もう終わりですか?」


 デバッグ・モードに入ったとき、いつもの癖で処理速度を最大にまで上げてしまった。主観的には長い時間がかかったけれど、フタバ達にとっては一秒もかかっていない。


 もう上書きも済んだので、これで大丈夫なはず。


「えっ、ヒトミさま!」


 私はフタバの指先にほんの少しだけ付いている、魔物の体液に触ってみた。


 ⋯⋯やはり大丈夫だった。


 結果は予想通りで新たな問題は解決したけど、更に大きな疑問を抱えるようになってしまった。



 □□□□


 ともかく、ここまで来た目的を果たそう。


 巨大カマキリの体の構成が、大きさや固さ以外、普通のカマキリと殆ど変わっていないことが最初の頃から気になっていた。


 私は再度巨大カマキリやダンゴムシの体組織に「意識」を向ける。やはりここも有機ナノマシーンの復元データだ。ただ何かバグがある。


 魔物の体組織にそっと手を触れる。


 ⋯⋯大丈夫だ特に変調はない。


「ヒ、ヒトミさま!」


 フタバを心配させてしまった。フタバは初めの頃からヤケに私のことを気にかけてくれる。


 ⋯⋯友達が居たら、こんな感じなのかな?


 いや私が腐っていたから友達がいなかったという訳じゃないよ? 記憶にヌケがあるだけだよ? 本当ダヨ?


「大丈夫です。問題はありませんよ、フタバ」


 フタバはヤキモキしているようだけど、今は止める理由が見当たらないので、仕方なく見ているという感じだ。


 ヨシノリさんも同じような心境みたいだけど、外からは分かりにくいようにしている。黒団子三兄弟は元々それほど事情に詳しくない。


 手早く作業を終らすため、デバッグ・モードに入り処理速度を上げる。今はフタバからもらった新しいデータがある。以前は分からなかった違いが分かってきた。


 やはり制御系に何らかのバグがある。大きさの指定が違っていたり、攻撃性が増したりしている。表面の固さも変えている。


 そこでふと気が付いた。残っている体の中心付近に何かがある。


「⋯⋯あのあたりに、何か変わったところはありませんか?」

「おそらく『魔核(まかく)』があるあたりだと思います、ヒトミどの」


 この中で一番魔物を倒し慣れているヨシノリさんが答えてくれた。


「⋯⋯魔核ですか」

「はい。お前達、取り出して差し上げろ」


 ヨシノリさんが黒団子三兄弟にそう言うと、三兄弟は黒い槍で体の真ん中あたりを切り裂き出した。やがて「魔核」が取り出される。


 巨大カマキリの魔核が2センチぐらい。ダンゴムシの方は1センチぐらいだ。三兄弟は取り出した魔核を布で丁寧に拭き、別の布に包んで渡してくれた。


「⋯⋯ありがとうございます」


 感謝しつつ一番神秘的に見える笑顔を送る。とたんに三兄弟は真っ赤になった。


 フフン。数々の乙女ゲーやギャルゲーをデバッグするついでに磨いてきた私の仕草や笑顔を甘く見ないでよね!


 少しでも自由度があれば、全てのタイトルでギャクハーエンドを迎えられる技量はダテじゃない!


 ああ、早く年齢制限のない(大人のゲームができる)年齢になりたい!


 腐ったことを、いや、若いのだから健全なんじゃ? を考えていると、なぜかフタバが急に不機嫌になってきた。


 ⋯⋯調子に乗りました。


 ともかく、魔核の分析だ!


 真実の愛なんて幻想(まぼろし)はゲームの中にしかないけど、瘴気や魔物の真実は、きっとここにある!

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