第2話 別のゲームに入った?
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≡≡ ろグイン し£%シ# ≡≡
パリィィーン
ん? 文字化けしている?
いったい、何度目のログインなの?
ノイズも混じっている?
いや、今は目の前のことに集中だ。
熱くなった頭を冷やせ!
ここでしくじれば二人を助けられない!
別のゲームに入ってしまった可能性もある。その場合セーフティに強制ログアウトさせられてしまうかも知れない。
意味があるかどうかは分からないけど、一度大きく深呼吸して、強引に心を落ち着かせる。
『⋯⋯精霊⋯⋯様、ですか?』
頭の中で声が聞こえる。【妹】かな?
「精霊? ⋯⋯ああ、そういう『設定』なのかな? えーと、まあ、そんな感じ?」
『精霊様! どうか、お兄ちゃ⋯⋯兄を助けて下さい!』
「うん、そのつもりだよ! 細かい話しは後回し!」
『は、はい! お願いします!』
やっぱり【兄妹】だった!
もうペナルティーは気にしない!
会話の合間に確認してみたところ、どうやらこのアバター? は動かせる。
足からは地面を踏んでいる感覚が伝わり、手が握っている太刀の感触もある。
前を見ると【兄】のすぐ近くまで1匹の巨大カマキリが来ていた。今のところ【兄】は太刀で上手く巨大カマキリの攻撃を捌いている。
ただ怪我の影響なのか、段々動きが鈍ってきている。
『ヨシノリお兄ちゃ⋯⋯兄上!』
「フタバ! すぐに下がれ! この事を父上に!」
二人の名前はフタバとヨシノリだったんだね。そう考えながらも一気に前に飛び出す。
「フタバ!?」
「今は『中の人』が違うよ!」
巨大カマキリがヨシノリさんに覆い被さろうとしている。
残りの距離を一瞬で詰める。その勢いも利用し巨大カマキリの胴体を真っ二つに斬り裂く。
ちゃんと斬れる!
これなら!
「な!? その太刀筋は⋯⋯」
ヨシノリさんは驚いている。
私もビックリしたよ。
普段のVR環境より遥かに動きやすい!
どんな物理演算しているの!
残りの2匹は、まだ少し離れたところにいる。このまま一気に倒したいところだ。
私は前へ進み近い方の巨大カマキリを攻撃しようとする。巨大カマキリも鎌で攻撃してくる。私は衝突の直前で斜め前に踏み込み、巨大カマキリの鎌の関節に打ち込んだ。
ガキィィン!
金属同士がぶつかるような音がして、巨大カマキリの鎌が飛んで行った。同時に私の持っている太刀が途中で折れてしまった!
太刀の物打で斬り付けた。間接を斬り飛ばしている最中に横から別の鎌が当たった。
やや斜めに折れていた。
これなら切先の代わりに使える。
『精霊様!』
「フタバ!」
二人が心配してくれている。でも大丈夫。いくつもの武術アプリをこなしてきたのはダテではない!
私はその場で握りと踏み込み具合を少し変えると、そのまま小太刀で使う技を繰り出した。
技名はエンヒだったかな?
私が復元に協力した技の一つだ。
巨大カマキリの振り下ろす鎌を往なす。横に流しながら下がった鎌を上から刀で押さえ付ける。
その動きと連動させ切先の向きをスゥーと変える。そのまま巨大カマキリの勢いも利用して胴体の柔らかそうなところに突き刺してねじる。
古武術って怖ーい!
相手にしてみれば攻撃を往なされると同時に刃を突き刺される。復元に協力したのは私だけど、元々そういう技なんです。私は無実です。
あまり関係のない考えが頭をよぎっている間に、3匹目の間合いに入った!
大きいといっても所詮は節足動物。
行動パターンをすぐに切り替えられる訳じゃない。
今夜は3度も相手の動きを見ている。
そのうち2匹とは刃を交えた。
ついでに言うと、下のフロアのアプリでは散々食べられた! 食べ物の恨みは怖いって言うけど、食べられた恨みも怖いんだよ!
自然体で近付いて行く私に向かって、鎌が振り下ろされる。
『精霊様!』
「フタバ!」
またもや二人に心配されてしまった。
私にとっては既に敵じゃない。
振り下ろされる鎌を相手の体の内側に向かうように受け流す。流した鎌を利用しもう一方の鎌の動きを邪魔する。
途中で折れてしまった太刀を届かせるため間合いを詰める必要がある。
刀で鎌を往なしながら足捌きと体捌きだけで他の攻撃を避け相手に近付く。
そのまま鋭く踏み込み、巨大カマキリの首の関節部分を一気に斬り飛ばす。
「おお、何と見事な! フタバではないのか?」
まだ生きていた2匹目にトドメを刺した。しばらくしてから残心を解く。
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戦いながらもいつもの癖で周りのデータを解析する。不思議なことに気が付いた。
ここには「ない」はずのものが「ある」
データ上で再現?
意味あるの?
周りには良く知っているタイプの有機ナノマシーンが大量に再現されていた。
元の有機ナノマシーンは、普通の細胞と同じように化学エネルギーを主な動力源にしている。
具体的にはブドウ糖があれば動く。他にも葉緑体モドキや光電素子、ペルティエ素子などの代わりをする有機半導体も組み込まれている。
電気エネルギーでも動かせる。化学エネルギーや電気エネルギーを蓄えることもできる。
有機半導体の部分からわずかにエネルギーがもれ、発光ダイオードのように光ることもある。
単体ではそれほど移動できない。移動させたいときはいくつかのナノマシーンを組み合わせて小さなドローンを作る。
こっちは何を使っているのかな? そこまでは「設定」していないかも知れない。
⋯⋯まあ、いいかぁ?
これをちゃんと動かすことができれば、ヨシノリさんの怪我も治せると思う。私は周りのナノマシーンに対して普段使っているプログラムを試してみる。
プログラムは主に電気信号で伝える。化学物質でも可能だ。時間はかかるけど。
ちゃんと動く! よし、早速使おう!
「⋯⋯霊気!? もしや精霊様?」
「ああ、うん、そんな感じかな?」
私は集めたナノマシーンを使い、ヨシノリさんの怪我を治していく。ナノマシーンのことは「霊気」と呼ばれているみたい。
内臓だけではなく血管やリンパ管や神経まで再現されていることに違和感を感じる。巨大カマキリも大きさや固さ以外は普通のカマキリと同じだった。
⋯⋯ここまで凝った作りにする必要ある?
後で調べてみよう。巨大カマキリも詳しく調べたい。今はヨシノリさんの治療が先だけど。
「こ、これは、かたじけない」
『ありがとうございます! 精霊様!』
⋯⋯「精霊様」呼びは、ちょっと恥ずかしい。
いや私が腐っているからじゃないよ?
一般的な感覚のハズ⋯⋯だ!
私は意識の端に少し集中してプレイヤーネームを見てみる。文字化けはしていなかったけど長い名前だ。これはボツかな?
「私はヒトミと申します。『精霊様』は少々面映ゆいゆえ『ヒトミ』と呼んでいただければ⋯⋯」
本名を名乗った。
もうデバッグはグダグダだ。
これでも良いよね?
ついでに言うとかなり多目に猫の皮を被った。別のゲームであった場合、ジャンルもまだ不明なので「念のため」だ。
普段から被っている訳じゃないよ?
本当ダヨ?
一度受けた仕事だから依頼された分はやる。
ただしばらくは、この世界を体験してみるだけでも良いと思った。久しぶりに純粋なプレイヤーとしてプレイしたい心境だ。
⋯⋯お兄ちゃん、か。
記憶は曖昧だけど、私にも「お兄ちゃん」がいた。
⋯⋯過去形だけど。
しばらく二人を見ていたら何か思い出すかも。
こうして私は二人と行動を共にすることにした。
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「この度は、愚息どもを救っていただいたこと、感謝の念に堪えません」
少し堅い表現を使う厳格そうな壮年の方に、深々と頭を下げられてしまった。ここはフタバ達の家。ツカハラ家という地方郷士の本家だ。
今回のことを報告するためと送り届けるため、二人の家を聞いた。フタバ達の家はこの地方の守護を担当していた。二人は周囲の警ら中に巨大カマキリに出くわした。
「ほんの少し手助けしたに過ぎません。あまり気にしないでいただければと⋯⋯」
『ヒトミ⋯⋯様、が居なければ、今頃二人ともどうなっていたことか⋯⋯』
「ヒトミですよ、様付けもない方が嬉しく思います」
『それは⋯⋯努力いたします⋯⋯』
「ヒトミ殿、この度のご助力、誠に感謝しております」
「殿もない方が⋯⋯」
「そ、それは⋯⋯はい、努力します⋯⋯」
やっぱり兄妹だね。言い方がそっくり!
「いや、ここはしっかりと筋を通しておかねばなりません。ツカハラ家当主ヨシヒデの名にかけて、ご恩には必ずや報いたいと思います。大精霊ヒトミ様!」
⋯⋯お父さんは頑固そうだ。
「⋯⋯分かりました。好きに呼んでいただいて構いません。ただあまり仰々しい呼び方は面映ゆいゆえ、できれば『ヒトミ』と呼んでいただけたらと存じます」
『ど、努力します⋯⋯ヒトミ⋯⋯さま』
「もちろん、努力いたします⋯⋯ヒトミ⋯⋯どの」
「いや、やはりケジメは大切です。大精霊ヒトミ様!」
約一名は手強そうだけれど、時間をかけて馴染んで行けば⋯⋯
そういえばどのくらい「残り時間」があるのだろう?
私がデバッグするときは、一度アプリ本体をダウンロードする。ローカル環境で集中してデバッグする。
今夜最初に手で吸収していたのがそれにあたる。その方がノイズも入りにくい。
アプリ本体と私の処理速度を上げれば、何倍もの速度でテストプレイできる。バグを見付け次第デバッグしていけば効率が良い。
デバッグ作業に入るときは、一旦アプリのセーフティを外す。
自前のセーフティも一番低いレベルにする。アンチウィルスと翌朝自動的にログアウトする程度にしか設定していない。他のトラブルはほとんど対応できる。
処理速度は何倍にしていたかな?
意識の端の方に集中してみる。
普段はログが残っているところだ。
【$¢#】
ここも文字化け?
うーん、何か「ズレ」ているのかな?
別のゲームに入ってしまった可能性もある。
私が普段VR環境で見ている世界は数字の羅列でできている。そのままでは味気ない。自作のブラウザを使い生体部分の脳でも認識しやすいようにしている。
フルダイブ完全没入型VR環境はまだ黎明期だ。サイトやメーカーごとにタグやコードセットが違うこともある。
今夜私が最初に入ったサイトもそうだ。
フロアや光球は自分で見やすいようにした。
アプリの中は更にバラバラだ。大手メーカーが開発中のものは、情報が流出しても大丈夫なように対策している。
私のようなデバッグをする人には、サイトにあずけている、時間制限付きのキーコードを渡す。一時的に一部のコンポーネントなどを読めるようにしている。
実のところキーコードがなくても、私の「脳」は何万通りものコードパターンを一瞬で試して、より深い階層の情報を読み取ることもできる。
普段はあまり使わない。たまに壊れたファイルの修復をするときなどに使っている。アプリの不具合が多すぎてろくに触れないときも。
あまり意識していなかったけど、何度か文字化けや変なノイズがあったと思う。
普段ならこうやって考えている間に、脳の他の部分が自動的に解析してくれる。この段階でデータを読み込めなかったことはほとんどない。
⋯⋯まあ、悩んでも仕方ない。
自動ログアウトの時間までは「ここ」に居よう。このゲーム内の時間だと一週間ぐらいかな? となると、先に片付けておきたいことがある。
『⋯⋯ヒトミ⋯⋯さま?』
この体はフタバのものだ。
早く返さなきゃ。
「フタバ。少々霊気を使っても良いでしょうか?」
『あ、はい。もちろんです⋯⋯』
今の私が自由にできるのは有機ナノマシーンもどきだ。それを使えば何とかなるかな?
『え!?』
「おお!」
「これは!?」
私の、正確にはフタバの、近くに周囲のナノマシーンを集める。
⋯⋯思っていたより、ずっと多い? 足りないよりは良いか。
多少の引っかかりを感じた。
集めたものから順に凝縮させていく。フタバの周りには薄い緑色をおびた小さな光が無数に集まりだした。それらが集まって大きな光になっていく。
その間にも小さな光が集まり大きな光に加わっていく。やがて光の密度が大きくなり人のような形をとる。
ここまでできたら、向こうに移っても大丈夫かな? 私は自分の意識を、人の形を整えてきた光のかたまりの方に移動させる。
「ヒトミさま? えっ?」
フタバが自分の声に驚いている。
私はコチラの仕上げに入る。体の各部分を再現しながら、服なども作りだす。光が固まっていくようなエフェクトが入る。
自分のアバターが完成した。
薄い緑の光が少し残っている。
「おぉ⋯⋯」
「何と神々しい⋯⋯」
ヨシノリさんとヨシヒデさんも驚いている。
完成したのは、使い慣れたアバターの一つだ。
私のリアルでの姿に近い。
少しは美化していますが、何か問題でも?
「⋯⋯この姿では、初めましてですね。ヒトミと申します。よろしければ、しばらくここに滞在させていただきたいのですが」
ゲームのジャンルもまだ確定していない。
何枚も皮を被った話し方だ。
ついでに神秘的に見えそうな仕草や表情を添える。
フフッ、数々の腐った乙女ゲーやギャルゲーをデバッグしたとき身に付けた立ち居振る舞いだ。いや、乙女ゲーやギャルゲーは腐っていないよ?
腐っていたのはもっと違うゲームダヨ?
耽美で高貴で雅な素晴らしい腐臭あふれるゲームですワヨ。
今の時代の腐るは平等でしテヨ。
ああ! BLもGLも極めたい!
⋯⋯いや、落ち着け。
ともかくだ!
コアな腐女子をなめんなよ!
「も、もちろんですとも、大精霊ヒトミ様!」
「むしろ我が家の誉です、ヒトミどの!」
「精一杯おもてなしさせていただきます。ヒトミさま!」
⋯⋯どうやら、最初の宿屋をゲットできたみたい。