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第6話 お任せください! カチヤの町は私の庭のような場所ですから!

『ボクが君を守るから。心配しないで……』


 あれ、またこの夢だ。この子はいったい誰だろう……顔がよく見えない……


(……ね……ねえ、ユキちゃん起きて、朝だよ)


(うーん、もう少し寝かせてよ)


(今日は、お出かけするんじゃなかったの?)


 そうだった!


「あ、ティナ様、おはようございます! いい天気のようですよ、よかったですね!」


 ベッドから起き上がり、すでにカーテンが開けられている窓の外を眺める。木々の向こうに見える空も、青く澄んでいるようだ。今日も暑くなりそうだな……。

 7の月も後半に入り、日に日に気温も上がっている気がする。8の月にはもっと暑くなると聞いているから、日本と同じようにこの季節が夏ということになるのだろう。


「おはようエリス。今日はよろしくね」


 あれから毎日のようにリハビリを続け、杖を突きながらだけど何とか一人で歩けるようになった。

 そして、ようやくお医者様から町まで行ってもいいというお許しが出て、今日はエリスと二人でデートすることになっているのだ。


「お任せください! カチヤの町は私の庭のような場所ですから!」


 頼りにしてますエリスさん。





「おー、今日だったか町に行くのは」


「はい、朝の勉強が終わった後に行ってまいります」


 部屋を出ることができるようになってからの食事は、ハーゲンさんアメリーさんと一緒にとるようになっている。


「エリスと二人だけだろう、大丈夫なのか?」


「あなた、エリスがいたら大丈夫ですよ」


 アメリーさんはそういうけど、エリスがいたら何が大丈夫のなの?

 外出が決まった時も、最初からエリスと二人で行くということで話が進んでいた。私が想像していた貴族のお嬢様は、周りに護衛の人がいるような印象があったけど、この世界ではそういうことは無いのかな……




 食事の後、いつものようにエリス先生にこちらのことを教えてもらい、お昼前に屋敷を出た。


「これが馬車なんだね、初めて乗るよ」


「お屋敷の馬車は、普通の馬車より乗り心地がいいので期待していてくださいね」


 普通の馬車に乗ったことが無いからよくわからないけど、エリスがそういうのなら楽しみにしておこう。


(お馬さんだー! かわいい! 触っても大丈夫かな?)


(私の近くでおとなしくしてろ!)


 あいつが近づくと馬の耳がピクピク動いているんだよ。もしかしたら私と同じで気配を感じているのかもしれないから、驚いて暴れだしたら大変だよ。


(はーい。ユキちゃんの隣にいるね)


 馬車の広さは四人が向かい合わせで座れるくらいで、私が進行方向に向かって座り、その向かい側にエリスが腰かけた。そしてあいつは私の隣に座っているみたいだ。

 そうそう、そこでジッとしていたら私も安心するから。


 私たちが乗り込んだのを確認したあと、御者のおじさんが馬車を発進させた。


「ティナ様、座り心地はいかがですか?」


「うん、シートもふかふかで悪くないよ」


 馬の(ひづめ)の音と車輪の音、そして(わず)かに響いてくる振動も柔らかく感じる。これが貴族の乗り物ってやつかな。


「私も普段は使えないんですけど、奥様のお付き合いで乗せてもらうのが楽しみなんですよ」


 そう言われると、庶民の人たちが乗る馬車にも興味がわくな。どれくらい違うんだろう。

 ちなみにエリスは普段は私の近くに居てくれるんだけど、アメリーさんが町に行く時だけはそちらに付き合うことが多い。

 だいたい、月に一度かな。その時だけはアメリーさんが町で食材を買って来て、お屋敷みんなの分の料理を作るのだ。アメリーさんは料理するのが趣味だけど、貴族の奥方だと通常ならそれをやることすらできないらしい。そこで、月に一度だけ料理をさせてもらえる日を作って、日ごろの鬱憤(うっぷん)を晴らしているって言っていた。


「エリスはアメリーさんの食材の調達にも付き合っているんでしょう。美味しいお店とかも知っているの?」


「うふふ、どうでしょうか」


 むむ、これは期待できるかも。今日のお昼は外で食べることになっているんだよね。楽しみになって来たぞ。






 屋敷の門を抜けた馬車は、周りを木々で囲まれたなだらかな坂を小気味いい音を響かせながら下っていく。


「風が気持ちいいね」


 開け放たれた窓から馬の蹄の音ともに通り抜けていく風も、柔らかで心地いい。


「今日は、湿気もないので過ごしやすいですね」


 二、三日前の雨が嘘のようだよ。ほんと天気になってよかった。


「もうそろそろですよ、ティナ様。こちら側の窓を見ていてください」


 みんなから聞かされていたこの町の風景。今日はこれを見るのも楽しみにしていたんだよね。

 見逃すまいと窓の方に体を寄せる。どうも、あいつも私のすぐ近くで外を覗いているようだけど、この際気にしていられない。


 木立(こだち)がだんだんと薄くなり、そして目の前が急に(ひら)けた。


「海だ! 町もきれい!」


「どうですか。カチヤの自慢の風景なんですよ!」


 目の前に広がる青い海。そして眼下には弧を描いた丘の斜面に沿って美しい街並みが広がっていた。


(すごい! ユキちゃん、海きれいだよ。あの時を思い出すね!)


(あの時?)


(そう、あの時! ……あれ? いつだっけ?)


(私は覚えてないわよ。だって、ここで海を見るのなんて初めてなんだから)


(ボクには、ユキちゃんと一緒に海で遊んだような気がするんだけど……でも、いつだったかは忘れた!)


 この体で海を見るのは初めてのはずなんだけど、こいつは本物のティナと一緒に見たことでもあるのだろうか?

 でも、こいつ私のことをティナと呼ばずに、ユキちゃんって言うんだよな……


(ああ、見えなくなっちゃった)


「一瞬だった」


「このあたりで海が見えるのは、あの場所だけなんですよ」


 そうなんだ、王都に行く前に改めてゆっくりと見せてもらうことにしよう。

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