第126話 今日は大漁だよ!
船の操船を習ったアレンは、前の三艘の船のあとを追いかけている。
「アレン様、そのあたりで止まってください」
クリスタの言葉に従い、アレンは櫓を漕ぐのを止める。
前の船までもう少しあるけど、この船は漁に参加しないのかな?
「どうして近づかないの?」
「ほら、あそこ……見えるかな」
クリスタが海を指さしているけど……??
「エリス、わかる?」
隣で海の中を透視しそうな勢いで見つめているエリスに声をかける。
「ティナ様、あの辺り……光ってませんか?」
「あれかな……」
もう一度目を凝らしてみてみると、確かに海の中がひらりと光っている。
「わかったみたいだね。あの辺りに魚の群れが集まっているんだ。今左右に分かれている船があるでしょう。さっき網を入れているから……ほら、見てて」
さっきは分かれていた三艘の船が集まり出した。正面にはこちら側に横を向けた船が停船していて、それに向かって左右の船が近づいている状態だ。
そして先頭の船から揚げられた旗を合図に、左右の船に乗った屈強な男たちが力を合わせ手に持った網を引き始めた。
「私たちは手伝わなくていいの?」
「うん、今日は見学してて、私たちの仕事を見てほしいんだ。アレン様、ちょっと変わってください」
アレンから艪を受け取ったクリスタは、少しだけ船を動かした。見えやすい位置まで船を移動してくれたみたい。
左右の船は網を引きながら徐々にその距離を縮め、先頭の船に近づいていく。
そして、その距離がさっきの半分くらいになった時、三隻の船の中心では水面が波打ち始めた。
「あ、ティナ様、見てください。魚が!」
三艘の船の中心では魚が飛び、波しぶきが上がり出した。
初めて見る状況にユッテも興奮している。私も地球にいた頃、テレビで漁の光景とか見たことあるけど、実際に見るのは初めてだからワクワクしているんだよね。
「ねえ、クリスタ。何の魚を獲っているの?」
「今日はマクレーだよ」
確かマクレーは地球のサバのような魚だった。塩を振って焼いたものは冷めてもおいしいんだよね。
それから間もなく三艘の船の距離がほぼ無くなり、飛び跳ねる魚が数えきれないくらいになった時、先頭の船から大きなタモのような網が中心に向かって差し入れられた。
「すごい! どんどん魚が獲れてるよ」
海の中にタモを入れるたびにたくさんのマクレーが掬われる。それを先頭の船に積み込んでいっているんだけど、こんなにたくさんいたらすぐにいっぱいになるんじゃないのかな。
「左右の船では獲らないの?」
「マクレーを囲っている網が結構大きくて、船に積んだらそれだけでいっぱいになるんだ。それにたくさん獲ってもマクレーはすぐに悪くなるからね」
そうだった。マクレーは足が速いから、すぐに調理して食べないといけないのよってお母さんが言っていた。
「それにしても、こんなにたくさんの魚がいっぺんに獲れるんだ」
話している間にも、先頭の船には次々に魚が投げ込まれている。
「でもティナ、簡単ではないはずだよ、ねえ、クリスタちゃん」
「はい、アレン様。まずは魚群を探すところから始め、見つけた後、それがどこに向かうかを考えてから漁に出ます。外れることもあってなかなか大変なんですよ」
なるほど、闇雲に魚を獲っているわけではないんだね。経験がものをいうのかな。でも外れることもあるって言っていたから、今日はうまくいったってことだね。運がよかったのかも。
「どうやって魚の群れを探したの?」
「ティナ、あそこに岬が見えるでしょう」
メルギルの町は海に向かって南東方向に平野が広がっているんだけど、所々山や丘がある。クリスタが言っているのは、海に面してたそういう丘の一つだ。
「うん」
「あそこに見張りがいて、この湾に魚の群れが入ったら報せが来るようになっているんだ」
そっか、こちらには魚群探知機みたいなものが無いから人の目が頼りなんだ。
でも、クリスタは今日って指定してきたよね。魚が来ることがわかっていたのかな。
「ねえ、クリスタ。もし、魚がいなかったらどうするつもりだったの?」
「その時はその時で、魚が獲れない時のことを見てもらいたかったからね」
ありのままの姿を見てもらいたかったのかな。でも、そういうのは助かる。普段の生活の中にみんなが求めている物があるはずだからね。
「あれ、クリスタちゃん。まだ魚がいるのに網を緩めはじめたよ」
ほんとだ、中央の網の中ではまだ魚が飛び跳ねているのに、先頭の船は他の船から離れだした。そして左右の船は船の上に引き上げていた網を海の中に戻している。そうすると、絞られている網が緩んで魚が逃げちゃうと思うんだけど大丈夫なのかな。
「もう、必要な分は魚を積んだみたいね。もう十分獲れたってこと。今日は大漁だよ!」
クリスタによると魚は海の神様からの授かりものだから、必要以上に獲らないようにしているらしい。
ルカのところで聞いた海に沈めるお酒の時も思ったけど、メルギルにはいろんなところに神様がいるみたい。こっちに来た時に10年ほど王家が支配していたのに教会が無いから不思議に思っていたけど、たぶん考え方が受け入れられなかったんじゃないのかな。
「さあ、私たちも帰ろうか。それじゃアレン様、帰りはお願いしますね」
そういうとクリスタはアレンに艪を渡し、私たちの前に座ってしまった。