第124話 い、いや。やったことない
「エリスは馬に乗れたんだね」
ファビアンさんが王都に帰ってから数日後、私とアレンはエリスとユッテを連れて海岸まで向かっている。エリスも馬に乗れるというので、馬車を使わずにみんながそれぞれ馬に乗って行くことになったのだ。
「はい、子供の頃、父さんに教えてもらいました」
エリスの家は食堂だけど、本当は情報屋だからそれに関する技術はちゃんと引き継いでいるみたい。馬に乗れるのもその一環だろう。
そういう技術を教えられているエリスは腕っぷしは強いし、足音なんて聞いたことが無い。情報を得たり運んだりするために必要な事なんだろうけど、それって私が想像している忍者そのものなんだよねー。まあ、あまり忍んでいないけどね。
おっと、話がズレちゃった。なぜ海岸まで行くのか説明しないとみんなわからないよね。実は昨日クリスタから、今日は天気がいいみたいだから寒くならないうちに漁を見に来ないかって連絡が来た。急なことだったけど、急ぎの用事もなかったし、アレンが常々領民の生活を知りたいって言っているから行くことにしたんだ。
「ティナ、今日は船に乗るの?」
「たぶんね」
クリスタから、念のために着替えを持ってくるように言われている。どんな漁をするのかわからないけど、濡れたり汚れたりするのかもしれない。
「船か……エリスちゃんは大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ」
エリスはアレンがまだデュークだった時に、私と一緒にハンス船長の船に乗って苦手だった船を克服している。クリスタのところの船はたぶん小さいから揺れると思うけど、あの時は大きな嵐の揺れにも堪え切れたんだから、きっと平気だろう。
「ユッテちゃんはどう?」
「私は船に乗ったことが無いのでわかりません。どうなるのですか?」
そうか、ユッテの実家は内陸で農家をしているから船に乗ること自体なかったんだ。大丈夫かな……
「たぶん波があるはずだから、揺れると思うけど……」
「揺れるって、ここに来るときの馬車よりも揺れますか?」
「そっか、あんな感じだと思ったらいいのかな」
そうだ、あの時の馬車はものすごく揺れたんだった。あれが大丈夫なら、船でも問題ないかもしれない。
「あ、ティナ様、少し急いだほうが……」
「そうだね。クリスタが待っているかも」
私は足で馬に指令を出し、駆け足で海岸まで向かった。
「ほら、結構いるよ」
クリスタとの待ち合わせ場所の海岸近くの小屋の周りには、30人くらいの男女が集まっていた。
私たちは乗って来た馬を近くの林に繋ぎ、小屋へと急ぐ。
「あ、ティナー。こっちだよー」
今日のクリスタは長袖のシャツに短パンという格好で両手を上げて手を振っている。
「お待たせ。みんなで来たけどよかったのかな」
クリスタからは人数制限は言われてないけど、もしかしたら船に乗れないかもしれない。
「うーん、そっちの男性は体使うの平気かな?」
「えっ! ボク? が、頑張ります」
「なら、大丈夫だよ。みんな私と一緒の船に乗ってね」
寝たきりだったアレンが肉体労働……ずっと筋トレを続けているみたいだから、最近はたくましくなっているんだよね。何をするのかわからないけど、頑張ってもらおう。
「もう乗るの?」
「さっき見張りから合図があったからもうすぐ出航だよ。荷物はそこの小屋の中に置いてて。あ、貴重品は持っててね」
「わかった。そうだ、そこの林に馬を繋いできたけど、大丈夫かな」
「馬ね、了解。お母さんたちに言ってくる。ティナたちは準備してて」
クリスタは女性が集まっているところに向かって行った。
「それじゃ、荷物を置いて待ってようか」
しばらくしてクリスタに連れられていった海岸には、小船が一艘とそれよりも少し大きな船が三艘あった。
「私たちはこの船に乗るよ」
クリスタが指示した船は小船で、五人乗ったらいっぱいになりそうな感じだ。
「私たちだけしか乗れないね」
最初に乗り込んだクリスタに手を引かれ、船に乗り移る。
船には帆がついてなく、一本の先が平べったくなっている長い棒が積んであった。
この世界にはエンジンが無いから船を動かすには人力か風の力が必要だけど、帆が無いってことはこの長い棒を使って船を動かすということだ。私たち以外船に乗れないということは、船を動かすのも自分たちでやらないといけないということになる。
「ところでそこのお兄さん、艪は漕いだことある?」
アレンは船の漕ぎ手として期待されているようだ。
「い、いや。やったことない」
「そっかー、いいところのお坊ちゃんって感じだもんね。まあ、いいわ。まずは私がやってみるからあとからやってみて」
もしかしてクリスタはアレンを私の付き人と思っているのかな。服装もいつもの動きやすい格好だし……ん、待てよ。このまま黙っていたら面白いんじゃないの。
よし、そうと決まったら……
私はエリスとユッテにも目配せした。