第123話 わかっている? そのお酒はボクの分が無いんだよ
「やっぱり、レシピだけ渡しても難しいんだ」
「うん、ルカにレシピ渡すからみんなに広めてって頼んだんだけど、メルギルでは文字を読めない人も多いから、目の前でクルを作らないとわからないだろうって」
「報告書にも書いてあったけど、メルギルに私塾が無いのが辛いね」
王都やカチヤには教会や貴族が運営している塾があって、無料や安い月謝で庶民にも文字や計算を教えているから、それなりに読み書きができる人はいる。ところがメルギルには、教会が無いし、前の領主は当然やるはずはないしで塾自体がなかった。そこで王家の支配になってから作ろうとはしたらしいんだけど、結局メルギルまで来てくれる先生がいなくて作ることができなかったらしい。
「読み書きができたら、下働きの中にもメイドになれる子もいるんだけどね」
メイドと下働きではお給金が全然違う。例えば、下働きだと夫婦で働いて慎ましく生活できるくらいだけど、メイドだとちょっと贅沢な生活ができたり、貯金や親に仕送りができたりするって感じかな。
希望者には全員メイドになって欲しいけど、読み書きから教えるのはなかなか大変なんだよね。
「塾を開こうか」
「えっ!」
ま、まさかアレン自ら教えるの?
「王都にカペル家の家宰のアルバンさんがいるよね。こっち来るときに挨拶してきたら、一人紹介したい人がいるんだって。彼の仕事をどうしようかと思っていたけど、ちょうどいい、みんなの先生になってもらおう」
心当たりがあるのね。びっくりしたよ。
「えっ! ティナ様、私の分まで頂いてほんとによろしいのですか?」
アレンが到着してから三日後、休養を取っていた近衛兵のファビアンさんが王都に戻るというので、アレンと一緒に見送ることになった。
「はい、ファビアンさんとルーカスさんには学校帰りにお世話になったので、ほんの気持ちです」
「ルーカスから話に聞いて羨ましく思っていましたが、まさか手に入るとは……あ、ありがとうございます。ルーカスにも間違いなく渡します」
ルカの酒造所での女子会が終わった後、忘れずにファビアンさんとルーカスさんの分の限定酒を買ったんだ。
「ファビアン、わかっている? そのお酒はボクの分が無いんだよ……」
ただ限定酒はお一人様一本限りだったので、ユッテに頼んでなんとか二本買うことができた。もちろん領主権限とかは使わないよ。そういうことをしたらアレンが嫌がるの知っているからね。
「わかっております、アレン様。私一人ではなく、近衛兵の仲間や友人と一緒に飲みましょう。そして、ここでしか買えないと伝えます」
あはは、せっかく二人のために買ったのに、メルギルの宣伝になってしまいそう。
「あ、それと、この手紙をウェリス家にいるうちの家宰のアルバンに渡してほしいんだ」
アレンは懐から手紙を取り出し、ファビアンさんに託した。
「畏まりました。業務が終わってからになりますが、直接渡すようにいたします。それではアレン様、ティナ様、これから会う機会も少なくなるかと思います。どうかお身体に気を付けて」
ファビアンさんは、他の近衛兵の隊員さんと一緒に王都へ向けて帰っていった。
「ねえ、アレン。ここで働きたいという人はどんな人なの?」
ファビアンさんたちを乗せた近衛兵の馬車を見送りながらアレンに尋ねる。
アレンが託した手紙には、その人にメルギルまで来て欲しいと書いているはずだ。忙しくて聞く機会が無かったけど、やっぱりどんな人なのか気になるよ。
「アルバンさんの奥さんからの紹介なんだ。まだ直接会ったことないんだけど、商館で働いていたみたい」
アルバンさんの奥さんは王都でも有名な商館の娘さんだ。きっとその関係の人なんだろう。
「商館の人なら交易を任せた方がいいんじゃないの?」
「そう思って、王都でアルバンさんの手伝いをしてもらったらって言ったんだけど、その人はどうしてもメルギルで働きたいんだって。でも、こっちってまだ交易らしいことできてないでしょう。せっかく来てもらっても仕事が無いからどうしようかと思っていたんだ。手紙に、当面の間教師の仕事を引き受けてくれるならこっちに来てもらっていいよって書いたんだけど、どうなるかな」
アレンはしばらくは教師の仕事をしてもらうけど、将来メルギルで交易の仕事が必要になったら、その人に任せてもいいと考えているらしい。
「商館の人なら読み書きもそろばんも問題なさそうだね」
ファビアンさんが王都に戻るまで一週間くらいかかる。もし来てくれるなら、準備も必要なはずだから……到着は早くて一か月後くらいかな。どんな人が来てくれるんだろう。というか、そもそも畑違いの仕事をするためにこんなところまで来てくれるんだろうか……