第122話 足りるかな……
「えっ! それじゃ、ボクがいない間に香辛料のことを調べてくれたんだ」
「うん、成り行きでね」
「さすがティナ様です。お話を聞いて感銘を受けてしまいました」
「感銘を受けるほどのことはしてないけど……ねえ、エリス。メイド服着ているからって、呼び方まで戻さなくてもいいと思うんだ」
「そういうわけには参りません。他の者に対して示しがつきませんから」
あれから半月後、王都での手続きを終えて、カペル家の養子となったアレンを乗せた馬車がメルギルに到着した。カペル家総出で新しい家族を出迎えたんだけど、驚いたことにその馬車には王都でお妃の勉強をしているはずのエリスが乗っていたのだ。
『エリス、なんで?』
『ティナ様とアレンさまがご結婚されるまでは、私をティナ様のメイドとしてお側にいさせてください』
『アレン、大丈夫なの?』
『なんだか、ボクたちが王都を出たあとお母様たちと話し合って決めたらしい』
なんでも、エリスはお妃の勉強が終わった後クライブと結婚するまでの間にある自由時間を前倒しにしてもらったみたい。それで、その時間を使ってメルギルまで来てくれたんだけど、お客様としてではなくてメイドとして来るのがエリスらしい。どうしようかと思ったけど、エリスはクライブと結婚してしまったらきっとこれから自分の時間がとれなくなるはずだから、今は好きにやらせてあげようと思っているんだ。
それにお屋敷にはメイドが足りてなかったから、エリスが来てくれてほんと助かった。最初は、ギーセン家の養女で将来の王妃様であるエリスに仕事を頼めるのかっていう心配もあったんだけど、元々カペル家のメイドだったエリスには無用の心配ですぐに馴染んでしまった。たった一人を除いて……
「え、エリス様、お茶をお持ちしました」
「ユッテ、様はいらないよ。私はいいから、アレン様とティナ様にお願い」
ユッテの場合は、エリスに最初に会った時にはもうクライブの婚約者だったから、いきなり呼び捨てにするとか無理なんじゃないかな。
「ところでエリス。しばらくクライブと会えなくなるけどよかったの?」
エリスはいいとして、クライブは休みの時にエリスと会えないのなら、さぞ残念がるだろう。
「ええ、クライブ様は海軍の演習があって半年ほど王都に戻られないので、ちょうどよかったんです」
なるほど、そういう理由もあったんだ。
「それでねティナ。コンラートさんから教えてもらったんだけど、クライブを乗せた演習船団が冬にこのメルギルの沖を通るらしいんだ」
「そうなんだ。ここに寄ってくれるかな?」
メルギルは港らしい港が整備されてないから軍艦が直接接岸することはできないけど、沖合に停泊して小舟で上陸はできるはずだ。カチヤでもそうしたしね。
「船長さん次第かな。ちなみに船長さんはハンスさんだって」
おー、それなら期待できそうだ。
「冬に会えるかもよ、エリス」
「は、はい……あ、私はそろそろ失礼します」
「うん、よろしくね」
エリスは食堂を出て、アンネさんの元へと向かった。私の世話はメイドが一人いたら十分なので、ユッテと交代で家の手伝いをしてもらうことにしたのだ。ユッテには悪いけどしばらくの間付き合ってもらおう。
それにしても、エリスが近くにいるだけで昔に戻ったみたいで懐かしいな……
「ティナ。それで、香辛料はどうなったの?」
おっと、感慨深くエリスが出て行ったドアを見つめていたらアレンが尋ねてきた。そういえば、香辛料の話の途中だった。
「そうそう、アレンがお母さんにクルの作り方を教えてくれたでしょう。それにギーセンさんのところでもらった香辛料も少し置いていってくれたから、こっちで作ってみんなに食べてもらったんだ」
ギーセン領から持ってきた香辛料とメルギルで手に入る香辛料を使って、アレンは王都に行く前にクルをみんなに振舞ってくれた。その時に作り方を習っていたお母さんにお願いして、ルカたちを招いてクルパーティを開いたんだよね。
「け、結果は??」
「もちろん、みんなびっくりだよ。最初は香りに戸惑っていたけどね」
こちらの食べ物は香辛料をほんのわずかしか入れないから、クルのように嗅いだだけでそれとわかる物は珍しい。
だから最初、みんなこれ大丈夫? という顔をしたのだ。
「それで……食べてくれたの?」
「あ、食べた食べた。ほとんどの子がおかわりするくらい食べてくれたよ」
お母さんにお願いしてご飯とパンをたくさん用意してて助かった。
「そっかー、よかった。それじゃ、メルギルでも香辛料の需要が増えそうだね」
「うん、みんなも家で作るって言ってくれたし、食堂の子はお店で出してみるって」
「足りるかな……」
「ヒルデも……あ、ヒルデの家は香辛料農家なんだ。そのヒルデの家では栽培面積増やすみたいだし、他の農家さんにも伝えるって言ってくれたから、量は増えると思うよ」
「それなら、ギーセンさんのところにも伝えないといけないね。あっちでも作り方教えたら大喜びだったんだ」
アレンは王都へ帰る途中、ギーセンさんの所でクルを食べてもらったらしい。もちろんレシピも教えてきているので、少しずつでも普及していくんじゃないかと思う。
ギーセン領とカペル領、この二箇所だけでもクルが人気になったら香辛料の需要は高まる。香辛料の栽培面積が増えれば雇用も生まれて、領主が貸す土地や家も増えてくる。そうしたら安定した収入が入ってくることになるので、道路の建設もやりやすくなる。道路が整備されたら王都との交易が進み、さらにメルギルの産品の需要が増えていくという好循環が生まれるはずだとアレンは言っていた。うまくいくかどうかはやってみないとわからないけど、せっかくアレンと一緒にここで生きていくって決めたんだから前に進んでいくしかないよね。
「それじゃ、香辛料についてはもう安心かな」
「うーん、確かにそれはよかったんだけど、新たな問題が出て来ちゃって……」
私はアレンにルカから言われたことを話した。