2/9(きゅうぶんのに)の幸せ
週に二回通うスーパーに、私を虜にしている奴がいる。
もちもちとしたボディは豊かな香りをこれでもかと撒き散らし、口の中でさんざん鼻腔へ悪戯を仕掛けた挙句、舌の上でド派手にワルツを踏みまくり、26本しかない衰えつつある歯根にへばりついては弄んで、するりと喉の奥に消えてゆく、仰々しい集団…その名も「贅沢おこわ三昧」である!!!
正方形のペコペコのプラスチックパックが、奴らの住処だ。
透明な蓋の下の真紅の居室は実に律義に九つに間仕切りされており、各々の個室の中で一口大に丸まったおこわが鎮座している。
左上から、
山菜おこわ、赤飯、海老おこわ
鶏おこわ、梅おこわ、山菜おこわ
海老おこわ、赤飯、鶏おこわ
隣同士に同じ味が並ばぬよう配慮された、繊細な一品。
私はこの…総カロリー498kcalの、お弁当が大好きなのである!!!
1パック498円という、まさかのカロリーと同じ数字の並びという奇跡。
9回口を開けばあっという間に完食できてしまうという、限りなく簡素化された捕食活動推進システム。
もーさ、全部うまいの、ホント美味いの、とにかく旨いの!!
もともと私はもちもちした食べ物が大好きだ。
ちょっと水分多めの、べちゃっとした米粒が特に大好きだ。
咀嚼するほどに口の中で凝縮して餅化する集団が大好きだ。
そこに風味豊かなダシの香りと、ほんの少しのアクセント要因が加わったらアンタ!!
こんなん夢中になってまうがな!
次々に食ってまうがな!!
見つけたら買っちまうがな!!!
とりわけ…茶色く輝く、鶏おこわが…うますぎる。
9個入っているうちの、たった2個。
最初に食べる、正につかみはOKの、おこわ。
最後を締める、正にトリを飾る、鶏おこわ。
他の面々も確かに美味い。
……だがしかし。
本音を言えば…鶏おこわだけを、たらふく食べたい。
スーパーのお弁当コーナーには、大量に弁当が並んでいる。
和風弁当、日替わり弁当、玉子焼き弁当、天むす、ハンバーグ弁当にシュウマイ弁当、のり弁に幕の内、助六にから揚げ弁当にコロッケ三昧でしょ、チキンカツ弁当、みそカツ御膳に中華飯、カツ丼、牛丼、ロコモコ丼にカツカレー、でもってチキン南蛮弁当に焼うどん、さらにはナポリタンに焼きそばオムそばそれからそれから―――!!!
大量に美味そうなもんがあるのに、弁当売り場に…鶏おこわはおおよそ8口分しか存在していないのだ!!
贅沢おこわ三昧はいつも4個しか入荷していない。
つまり、一つの弁当の中に二つしか存在していない鶏おこわは、どれだけ買い占めたとしても、わずか8口…およそ咀嚼回数160回で…胃袋の中に消えてしまうのである!!!
くそう、こんな事では…鶏おこわで胃袋を満たすことなど…到底不可能だ……。
一度でいい、一度でいいから、鶏おこわをたらふく食べて…至福の昼食タイムを過ごしたい。
一度でいい、一度でいいから、鶏おこわで貪欲な胃袋を満たして…もう入りませんマジ勘弁してくださいと言わしめたい。
ふつうお弁当ってさあ、構築パーツの使いまわしとかするじゃない?
例えば日替わり弁当に入ってるから揚げは、から揚げ弁当にも幕の内弁当にも玉子焼き弁当にものり弁にも入っている。
切り干し大根の小さいカップなんかほぼほぼのお弁当に顔を出してるし、梅干しはおそらく同じ壺に暮らしていたファミリーが出向しているはずで、白いご飯に至っては同じ地球違った釜で炊かれた米粒に違いないのだ。
どこかに…鶏おこわ連合がいても、いいはずなのに!!!
何故だ、なぜこのフィールドに、鶏おこわは茶碗一杯分しか存在していないのだ!
何故だ、なぜこのフィールドに、鶏おこわという至高の逸品が重箱に入って祀られていないのだ!
もうさあ、スーパーに行くたびにいつも落胆するんだよね……。
ああ、今日も鶏おこわオンリー弁当はないのかってさあ…。
ああ、今日も鶏おこわは二口しか食べられないのかってさあ…。
思い切って4つとも買い占めちゃおうかなって思う時もあるけど、そうまでするほどじゃないよねって、冷静にとらえている自分もおりましてですね。
まあ…大量に食べたら、おいしさも半減しちゃうかもしれないかあ。
そうだな…二口しか食べられないから、切望感が増してうま味を増量させているのかもしれないぞ。
そんな事を考えながら、本日もお弁当売り場に、向かったわけですが。
……げえ!!!
いつもの…おこわ三昧のいる定位置に…ちょ!!!
「豆ごはんパラダイス」だとぅ……?!
左上から、
豆ごはん、赤飯、枝豆ご飯
ひじき入り十六穀米、空豆ご飯、豆ごはん
枝豆ご飯、赤飯、ひじき入り十六穀米
隣同士に同じ味が並ばぬよう配慮されてるのは変わらずに、中身、中身が一新されとるがな!!!
グおお!!なんで赤飯はちゃっかり残ってるんだ!!
赤飯なんかおにぎりにもあるし何ならワンパックまるまるのやつもあるのにー!!!
残すなら、鶏おこわに豆入れたやつねじ込んでくれればよかったのにー!!!
なんという屈辱、なんという遺憾、なんという驚愕、なんという悪手、なんという失態、なんという現場の声に気付かない制作側の押し付け、なんという、なんというぅううう!!!
居た堪れない気持ちを胸に、豆ごはんパラダイスを買った私はですね。
空豆ご飯のうまさに心底驚きましてですね。
今度は1/9(きゅうぶんのいち)の幸せを求めて、毎日お弁当を買うようになったという、お話ですよ……。