Scene Bravo-2【Splendours Season1】
中に入って早々、マルクはフィルマンに壁際へ押さえつけらた。
「一体何があったんだよ!」
「俺が聞きたい!」
マルクは窓越しに視線をオーウェンの方に一瞬目を逸らし、ついでとばかりにフィルマンの足を踵で踏んづけた。するとフィルマンは頭をかきながら舌打ちをし、皮肉を込め少し強めに指を鳴らした。
「これでいいんだろ。説明しろよ」
移動した先はフィルマンの私室だった。しかもついでとばかりに紅茶まで用意されている。
彼の紅茶にはいい思い出がない。幼い時から、何一つ変わらない。だが出された以上、口を付けないわけにはいかない。紅茶を手に取り一口だけ口に含んだ。そして香りを確かめてから、過去より変わらない普遍性のある真実をさらに確固たるものにした。
見せしめに中身を全て床に注いでやると、鼻で笑われた。
「流石です。とても飲めたものじゃない。昔から何一つとして変わりませんね」
「黙れ。お前のその態度も大概だろうが」
「えぇ。ノーブルですから」
さらりと笑顔で返した。
「詳細は省きますが、十中八九オーウェン殿下は魔力増強材を服用されました。それも大量に」
「大量にって——どのぐらいだよ」
「約百滴分、四ミリリットル程度です」
フィルマンの顔がみるみるうちに青白く変わっていった。
「……じゃあ今のオーウェン殿下は——」
察したくないとばかりに口は半開きだ。
「それだけならどれだけ良かったことか。問題なのは負荷です。知っての通り副作用として物事の理解能力・記憶能力が跳ね上がりますが、その度合いは使用量に比例してしまう。この場合だと性格が急変するどころか、脳が耐えられなくなり死に至ってもおかしくはない」
やるせないとばかりにマルクは目を背けた。
「——解毒剤ならあるだろう」
「遅すぎた」
マルクがピシャリと言い放った。
「殿下が私を訪ねてきたのは服用後六時間が経とうとする時。もう、打つ手なんて残されてはいなかったのです」
消え入るような声でボソボソと言葉を紡いだ。尻尾は垂れ下がり、ピンク色の瞳もまさに消えようとしている。
親友を前に、フィルマンは口を開くことができなかった。
全て一人でこなすような彼がこうも落ち込むのは、自分一人では決して抗えない力がある時。それに当てはまるのは、この世に一人しかいなかった。
「把握した。王室付近衛師団長フィルマン・ド・アン=テール、最善を尽くそう」
艶めく一本の黒い尾が宙を舞った。