Prologue【Splendours Season1】
オーウェンはほんの少しだけ苛立ちながら廊下を歩んでいた。
今日は金曜日。いつもならブレイクとヴァイオリンを弾いている頃。大好きなお兄様との時間を邪魔されたのだから、幼い彼にとっては苛立つに十分すぎる要因だ。
「早く戻んないと、お兄様との時間がなくなっちゃう」
愚痴をこぼしながら広い宮殿を数分歩き続けて、ようやく目的の場所に辿り着いた。看板こそないものの、そこには巨大な扉がそびえ立っていた。
胸に手を置き、軽く息を整えてからドアをノックして
「リューク伯父さん、来たよ」
と呼ぶと、中から小さく返事が聞こえた。いつもなら開けてくれるのにと思いながらゆっくりとドアを押し開くと、とたちまちドアの隙間から怪しげな甘い煙が漏れ出した。
「やぁオーウェン、やっと来たか」
口を手で塞ぎながら中に入りやっとの思いでドアを閉めたが、それ以上の力は出なかった。その場に座り込み胸に手を当て、目も虚に肩を使いながら大きく息をするので精一杯だ。
「ひどいじゃないか。目の前にいるのは国王だぞ?」
そうは言いつつも、リュークはこの上なく嬉しそうだ。机の上に準備していたピンクの小瓶を手に取り、オーウェンのもとに近づいた。
「悪い子だ。俺が治してやろう」
オーウェンの目の前にしゃがみ込み、震えている小さな顎を持ち上げた。小瓶の蓋を開け、虚に開いた口の中に無理矢理液体を流し込む。何をされているかわからず、オーウェンは苦しそうに目を閉じることしかできなかった。
何度も叫び、何度も抵抗し、何度も訴えた。それでも体は揺さぶられ、いや、むしろ酷くなっていった。
「いい子だオーウェン——」
汗だくの体が目に入った。不敵な笑みを浮かべ腰を振っている。腰と首に手が回され、逃げることも叶わない。もはやオーウェンには声を出すほどの大きな力なんて残ってはいなかった。
オーウェンの目から、いつしか光は消えていた。
数年が経ったと思われる頃、ようやくリュークがオーウェンから手を離した。リュークは何かを言いながらオーウェンの頭を撫で、舞台からはける役者の如くすぐにその場を離れてしまった。
「——どうして……」
オーウェンは、もはや身動きが取れなくなりそうだった。