授与
「ただいま~」
疲れ切った俺は語尾を伸ばしながらそう言うと、母がリビングから顔を出した。
「お帰り。大丈夫?ケガとかしてない?」
「あ、うん。ちょっとしたやつくらいしかないから大丈夫」
「そう…ならいいんだけど…あ、そうだ友樹!今日の夕飯は友樹の好きなオムライスにしたから手洗って早く席に着いて~」
「え、マジ!?よっしゃあ!」
思わずガッツポーズをとり、母にクスクスと笑われてしまうが、オムライスは大好物なので本当に嬉しいのだ。
母がリビングに戻ると俺は洗面所へ向かい、手を洗った。
壁に掛けてあったタオルで手を拭き、ついでに風呂を沸かすボタンを押してから母の待つリビングへ向かう。
我が星野家は父、母、俺の三人家族だが、父は俺が幼い頃に事故死してしまったため食卓にはいつも俺と母の姿しかない。
「いっただっきまーす!」
「ライスだけおかわりできるから足りなかったらおかわりしてね~」
オムライスを頬張りながら、今は亡き父に思いをはせた。
決して今の生活に対して文句がある訳ではない。一人で俺を育ててくれている母には感謝しているし、
父がいる家庭をみてなんで俺だけ…と思ったこともない。
だが、俺はなぜか父の顔を思い出せないのだ。
父が事故に遭ったのが当時俺が二歳だった頃。一人で車を運転している時に事故に遭ったらしい。
だが、二歳の頃なら顔くらい覚えているはずだ。いや、それどころか言葉の一つや二つは覚えているはず。
…なぜ、俺は父のことを覚えていないのか。
そんな思考を巡らせていると、手元からかつん、という小さな音が聞こえた。
空になった皿をスプーンでつついていたのだ。
「ごちそうさまでした」
トイレにでも行っているのか、いつの間にか母はいなくなっていた。
疲れたし早く風呂に入って寝よう。そう思い、風呂へ向かった。
「ふぅ…」
風呂からあがり、歯を磨き、ようやく自分のベッドの上に寝転がった。
今日は本当に疲れた。
母によって悪夢から目覚めることに成功したものの遅刻しかけて走り、バス停で翔と会い、
慣れない自己紹介がようやく終わったと思ったら一時間もしないうちにゴブリン達と戦闘になり、
体操選手並みの動きをするゴブリンのリーダーを翔と楓の力を借りて倒し…
長い長い一日だった。
明日は午前十時にギルドに集合か…明日こそしっかりと起きないとな………
そこで体力が限界に達し、俺の意識は限界深い眠りへとついた。
翌朝、陽気な目覚ましの音楽により覚醒した俺はもう少し寝ていたい…と思うが、スマートフォンから流れてくる目覚ましの音楽はそれを許すはずもなく鳴りやむことはない。
面倒ではあるが手を伸ばし、音楽を止める。ついでに現在時刻をみたところで今日やるべきことを思い出し、ベッドから起き上がる。
午前八時十三分。
まだ十時まで時間はあるが、だからと言ってダラダラとしていたら昨日のようになってしまう。
今日はクエストも受けられたら受けるつもりだし、しっかりと準備せねば。
パジャマから着替え、朝食をとるため一階のリビングに降りる。
今日は母が仕事に行っているので、家の中には俺一人しかいない。
「いただきまーす」
昨日の残りのチキンライスをもそもそと食べる。
そういえば前にチキンライスってシンガポールじゃ日本のとは別物ってのテレビでみたなぁ…
確か茹で鳥とその茹で汁で炊いたお米…だったはず。
今度やってみようかな…でも味薄そうだな…などと考えているうちにあっというまに完食してしまった。
持ち物をチェックし、出発する時間になったのを時計で確認した俺は鍵をかけて家を出た。
昨日と同じように翔や他の仲間と合流し、バスの中で話しているとあっという間にギルドへ到着し、
ギルドの中へと入る。
中は一階がクエストカウンターになっていて二階が酒場など、ビルのように高くなっているので階ごとに様々な部屋がある。
しかし、今日の俺達の集合場所は入ってすぐのところに設置してある休憩用ソファがあるスペースだ。
既に紅谷さんが八人分のカードを持って座っている。
「お、来たな。それでは、これより≪ギルドカード≫を授与する。これはギルドに所属している者の証だ。無くさぬようにな。」
そう言った紅谷さんは一人ずつ≪ギルドカード≫を手渡していく。
最後に翔が受け取り、最後に彼女はこう言った。
「死なない程度に死ぬ気で頑張れよ!」
よくわからないが彼女なりに気合を入れてくれたのだろう。
とにかく、だ。≪ギルドカード≫を手に入れたワケだし、クエストを受けられるようになったってことだ。
「クエストの難易度はE,D,C,B,A,Sランクがあるけど、この≪ギルドカード≫にDランクって書いてあるし最初はE,Dランクのクエストが受注可能なんだよな?」
翔がそう訊ねてきたのに対し、俺は少々呆れ気味で言葉を返した。
「お前なぁ…試験でそういうの出ただろ?…もしかして、もう忘れたのか?」
「おう!バッチリ忘れてた!」
バッチリじゃねぇよ。バッチリじゃ。
本当にこんなやつが俺の隣にいて大丈夫なのだろうかと少し心配になった。
「はぁ…まぁいいや。とりあえず、簡単なクエスト受けに行こうぜ。」
「おう!」