過去
「なぁなぁさーちゃん、夏休みって何する?」
「そんなこと決まってるでしょゆっ君!もちろん宿題と、毎日日記と…」
「げ、でた真面目!」
「あたり前だし!」
夏空の下、2人の小学4年生が楽しそうに会話をしている。
2050年7月26日11時47分。
この日、世界の形を大きく変える出来事が起こる。
そして、今日がその日だった。
「え…!なんだ…あれ…」
「うそ…どうなってるの…?」
2人の視線の先にあるのは、ビルや家が消え、草原や森、山などが出現する光景だった。
周囲にいた人々も、驚愕の表情を浮かべている。
無理もない。何せ、このような光景はゲームやアニメでしか見ることがないからだ。
草原化、とでも言えばよいのだろうか。
それは呆然としている2人の小学生の足元でぴたりと止まった。
パシャ、とどこかでシャッター音が鳴った。
「夢…なのか…?」
ゆっ君と呼ばれていた少年、『星野友樹』はそう呟いた。
しかし、頬を叩き、これが現実だということを悟った。
「さーちゃん…これ、なんかマズいんじゃ…」
「私もそんな気がするよ…」
訳もわからず立ち尽くしていると、ふと、何かの鳴き声がした。
周りを見渡すと、恋人や友人と不思議そうな顔をして話している人々がいる。
どうやら自分だけでなく、周囲にいた人にも聞こえたようだ。
次第に声が近づいてくる。
「グオアアァァアァッッ!」
突如、巨大な影と大きな鳴き声が上空から聞こえてきた。
「あ、あれは…!さーちゃん!あれ!」
友樹が指で示した空を、さーちゃんと呼ばれている少女、『本村佐奈』が
見上げる。
彼女が目にしたのは――
「ど、ドラ…ゴン!?」
そう、ゲームやアニメ、小説等の物語に登場する赤い鱗、鋭い爪、巨大な体には立派な羽がついている生物、『ドラゴン』だった。
「こっちに来てる!早く逃げないと!」
何かのイベントかもしれないという考えが頭をよぎったが、もしそうではなかったらという不安の方が圧倒的に大きかった。
友樹はスマホを手にしてドラゴンを撮影している若者の間をすり抜けるようにして一目散に逃げた。
しかし、途中で後ろを振り向くと、佐奈がついてきていないことに気付く。
「さーちゃん!?」
再び、人をかき分けて佐奈の元へと向かう。
ドラゴンはあと10秒もすれば地上に降り立つだろう。
だが、友樹はそれを理解しつつも友人を助けに行った。
佐奈の姿が見えた時、すでにドラゴンは地上に降り立っていた。
ドラゴンから1メートルも離れていない場所に、佐奈がいる。
「ゆっ君…私、腰が抜けて立てないや…もう、ダメかもしれない…せめてゆっ君だけでも逃げて…!」
「なに…何言ってるんだよ!今…今すぐ行く!」
わずか15メートルほどの距離を、全力で駆けた。
風を切る音がビュンビュンと鳴る。
友樹が行ける、と確信したそのとき。
ドラゴンが口を開け、佐奈の足を咥えた。
「あっ…!あああぁぁぁぁッッ!いやああぁぁぁぁッッ!!」
「さーちゃんっ!!」
激痛に顔を歪めて悲鳴を上げる少女を見た人々は、これがイベントではないことを悟り、我先にと逃げ出した。
「今…今、俺が助けるから…!!」
とても子供とは思えない勇敢さで立ち向かおうとしたが、佐奈の一言で少年は無謀な突撃を中止した。
「ダメっ…!私みたいになっちゃう!!ゆっ君は逃げて…!」
「できるかよッ…!友達を見捨てて逃げるなんて!」
2人は幼い頃から近所に住んでいて、よく遊ぶ仲だった。
だからこそ、見捨てることができなかったのだ。
突然、バキッ、という音が響いた。
「――――!!」
言葉にならない金切り声を上げる佐奈を見て、居ても立ってもいられなくなった友樹は再び佐奈を助けようと駆け出そうとするが、足の感覚が無くなっていて、全く動かなかった。
「お願い…!逃げて…!もう、私は…私は…!」
「…」
俯いた友樹の前方から、メキメキと骨の軋む音が聞こえる。
「…早くっ!!」
「!!」
その言葉で足の感覚が徐々に戻った。
「…わかった。逃げる…逃げて…俺はそいつらを倒せるくらい強く…強くなるからっ!!」
「うん…頑張って…!」
かすれた声で発せられたその一言が、友樹の背中を強く押した。
その後の事は、よく覚えていなかった。
1つだけはっきりと覚えていたのは、背後から聞こえる甲高い声の断末魔だった。
「――い。――お~い、―起きなさい!!」
「ん…?」
少し眼を擦ってから周囲を見渡すと、そこは自室だった。
そうか、俺は夢を見ていたのか…
…この声は母さんか。
「友樹!今日はギルドに入る為の最終試験日でしょ!」
「あっ…!忘れてた!今何時!?」
ギルド――それは、あの日起きた現象を『ゲームトリップ』と呼んだゲーム好き達が作り上げた、警察とは違う別の組織だ。
警察はコロニーの『中』で起きる問題を解決するが、ギルドはその外――『フィールド』での仕事…主にモンスター討伐、薬草採取等、便利屋のような仕事をしている。
ちなみに、政府にも認められた組織でもある。
支度を終え、慌てて家を出ようとしたところを母が止めた。
「ほら、一枚だけでもパン、食べていきなさい!」
「ん、ありがと!」
バターが塗ってあるパンを手に取り、行ってきます!と元気よく家を飛び出した。
ゲームトリップが起きた後、人々はまだゲームトリップが発生していない所に逃げ込んだ。
一部の人はそこを『コロニー』と呼んでいる。
コロニー内では、水力発電や風力発電でなんとか補っている電気を利用した電気自動車が走っているが、自動車を使えるのは一部の金持ちだけで、俺のような一般人はバスを利用するしかない。
バス停に着く前にパンを食べ終えてバスを待っていると、同じく最終試験に向かう人が5人集まった。話したことがない人もいるが、前回の試験のときに見たので何となく顔は覚えている。
「よっ、おはよう友樹!」
「おはよう、翔。今日も元気そうだな」
彼は桜庭翔
気さくなやつで、俺が中学校に入った頃からの友達だ。
中学校は今や義務教育ではなくなり、通わなくても良くなったため、こうして中学でギルドに入る人も少なくはない。
ちなみに、小学校は義務教育のままだ。
「今日の最終試験、確かモンスター相手の実戦だっけか?」
「ああ、確かそんな感じだったような。先生がいるとはいえ、さすがに剣での戦闘はなぁ…」
海にもモンスターが湧き、銃弾を作る材料の入手が困難になった今では重要人物や重要施設の防衛以外で銃を使うことは滅多にない。そのため、ギルドでは剣が支給される。
もちろん、空手や剣道など、武道を習っている人や、剣が扱えない人もいるので、ナックルや刀などはコロニーの武器屋で購入できるようになっている。
「お、バス来たぞ~!俺、先に乗ちゃおっと!」
「お前なぁ…なんでそんなテンション高いんだよ…こういう時のお前のテンション、分けてもらいたいわ…」
翔のテンションに、少しばかり呆れる友樹であった。