~二代目風祭一家~枝垂れ桜弁財天洋子の生涯
あたしは、風祭一家初代、風祭源治の一人娘としてこの世に性をうけた。
それが故に、あたしは幼少期より女では無く一人の漢として育てられた。
だが不思議な事に、あたしも父も互いを恨めしく思った事はただの一度だってなかった。
ただ、女でありながら漢として成長していくあたしを見て、湯呑みの冷や酒をキュッと煽り両切りのショートピースを吸う父はさぞかし複雑な胸の内だっただろう。
その気丈に振る舞っていた父も、あたしが十八の時若い頃の喧嘩の古傷が元で十八になったばかりのあたしと数人の組員を残して突然他界した。
「お嬢…今日からは二代目とお呼びします……」
あたしの父親の代からの腹心の幹部里中裕司がそう言ってあたしの前に傅いた。
「……あたしなんかに二代目が務まるんだろうか?まだ十八になったばかりの小娘のあたしに父さんが残したこの一家を維持できるんだろうか?」
「そんな弱気な言葉…お嬢らしくないですよ……先代が存命なら間違い無く叱られますよ二代目……」
父が存命だった頃から今日まで、あたしを見続けていた彼らしい意見だった。
「……だよな…こんな事で悩むなんてあたしらしくないよな……」
あたしと彼が、そんなやりとりの会話を交わしたのはあたしの父風祭源治の葬儀と初七日法要を済ませての帰り道だった。
「お嬢…俺の傍を離れねぇでくださいよ……オヤジの遺言快く思ってねぇ連中だ」
彼はそう言って、後ろ手にあたしを庇うとスーツの上着の下に巻いたショルダーホルスターの拳銃に手を掛けた。
「裕司ぃここは葬儀場だ…そいつを抜いちゃならねぇ……」
「しかしお嬢…奴等ぁ完全に俺等を狙って来てるんですぜ……」
彼が自分の行動を諌めたあたしを怪訝そうに見つめて言った
「てめぇ等!こそこそ隠れてねぇで出て来たらどうよ?一家の代紋が欲しけりゃくれてやるって言いてぇとこだけどよぅてめぇ等みてぇなオヤジの言い付けも守らねぇで御法度の麻薬ビジネスに手ぇ出したような輩にゃあ一家の代紋渡す訳いかないねぇ!裕司ぃさっきは止めて悪かったねぇ!ここなら何の問題もねぇや!存分に暴れてやろうや!」
あたしがそう、啖呵を切るように言ったのは、あの葬儀場を出てしばらく歩いた市街地につながる山中だった。
しかしこの山中での一戦は、あたし達の上部組織でもある
[関東炎龍会]の知る所となり、事は終わり無き内部抗争の無限ループへと動き始めるはずだった。けれど、上部組織の待遇は冷ややかな物で、あたし達[風祭一家]は事実上[関東炎龍会]からの絶縁処分を受ける結果になるのだった。
「なんてこった…何で俺等が絶縁されなきゃなんねぇんだよぅ……俺等何一つ間違った事してねぇはずなのに……」
[関東炎龍会]本部事務所に呼び出されたあたしと裕司、あまりに無慈悲な本部の決断に、里中裕司は怒りの様相で唇をかみしめた。
「……すまない…裕司ぃあたしに力が無いばっかりに……」
怒りを必死に押し殺して、悔し涙を滲ます裕司を見ていると、あたしの怒りの方が爆発した。
「会長!あたし共は何一つ間違った事はしておりません!絶縁たぁあまりにも無慈悲なお言葉ぁどう言った了見でそのようなご決断をなさいますか?事と次第によっちゃあこの場にて刃傷に及ぶ所存!如何にご返答なさいますか?」
あたしはそう言うと、左横に携え直した白鞘の小太刀の柄に手をかけるのだった。
「よさねぇか風祭のぉ……おめぇさんがそいつを抜きゃあわし等ぁおめぇさんを討たなきゃならねぇ……そんな事おめぇさんの父親、風祭源治が喜ぶと思うか?」
そう言ってあたしの暴挙を止めたのは、[平木一家]初代総長であり、[関東炎龍会]最高顧問の平木宗次郎だった。
「……オヤジはオヤジ…あたしはあたしだぁ!この無慈悲な決断が変わらないのならせめて、内の裏切り者だけでも討ち果たしたいと存じます!」
あたしはそういうと、着流しをもろ肌脱いで小太刀を抜くと、一家の裏切り者、坂田浩樹を始めとする八人ほどの集団に斬りかかって行った。
「待て待てぇ!そこの八人はもう[風祭一家]の組員ではない…勝手に討つことはまかりならん!ったく当代が娘に変わりゃあちっとはくだらねぇ義侠心なんてものにしがみつかねぇだろうと思ったがよぉ…親父がバカなら…娘も同じかぁ……義侠心バカがぁ!!」
あたしの行動に半数近くの組員達が黙り込む中、そう声を荒げたのはなんと、昔からあたしの父親の性分を知り尽くしていたはずの平木宗次郎だったのである。
「……叔父貴ぃ…いくらあんたが最高顧問だからって言って良い事と悪い事があるでしょうよぉ!対の枝垂れ桜弁財天なめんじゃないよぉ!!」
彼のその言葉に、怒り心頭のあたしは、そう啖呵を切ると一直線に平木宗次郎目掛けて斬りかかって行った。
「お嬢ぉ!俺も墓場までお供致しやす!」
彼はそういうと、平木宗次郎の発砲した拳銃に倒れたあたしに寄り添うように自分の拳銃で自身の側頭部を撃ち抜き自決して果てるのだった。
完