ヒーローインタビュー拒否
実際のこととは関係ありません。似ている場面を思いついたとしても気のせいです。似ている選手を思いついても気のせいです。これは私の妄想です。
「捕ってやる!」
俺は躊躇わずに突っ込み、グラブを伸ばした。
しかし、無情にも打球はグラブを僅かに掠めて、俺の後ろに転がっていく。
センターの深いところに転がるボールを見て、俺は頭が真っ白になった。
観客の歓声と悲鳴が遠くに聞こえる。
バッターランナーがダイヤモンドを一周する。同点に追いつかれた。
俺のミスが大記録に迫っていた先輩の勝ち星を消してしまった。
ベンチに帰った俺はタオルを頭に被せて、こみ上げている感情を抑え込むのに必死だった。
「おい、ネクスト、準備しろ」
打撃コーチの言葉で俺はやっと打順のことを思い出す。
そうだ、まだ先輩はマウンドを降りたわけじゃない。今、俺が打てば、先輩の勝ち星は復活するんだ!
カウントは…………ツーアウト二塁。センター前で一点だ! いや、一点じゃ追いつかれるかもしれない。
ホームランだ。
ここでホームランを打って、二点差を付けてやる!
俺は先輩の勝ち星の為にホームランを狙った。力が入り過ぎた。
俺の打った打球は平凡なセンターフライになってしまった。
試合はまだ続く。まだ同点だ。それなのに俺の中で何かがプッツリと切れてしまった。
先輩は六回のマウンドには上がらなかった。この試合、先輩の勝ち星は永遠に失われた。
俺のせいで…………
試合は同点のまま終盤戦。俺はどうしたらいいか分からない。取り返しのつかないことをしてしまった。
「おい、お前はいつまでそうしてんだ?」
声を掛けてきたのはマウンドを降りた先輩だった。
「先輩、すいません、俺のせいで…………」
「すいません、ってことはあれはわざとやったのか!?」
先輩は俺に迫る。その迫力に気圧された。
「ち、違います!」
俺は否定すると先輩は笑った。
「ならいい。全力でやった結果、あれならしゃーない。だが、その後の打席はどうだ? お前らしくもない。あの程度の球、お前ならセンター返しに出来ただろ? 無駄に力みおって…………若造が俺の記録のことまで考えるな。まずは自分のこと、それからファンとチームのことを考えろ。先輩の記録の為に勝とうとするな」
「先輩…………」
「早く準備しろ。今度は自分らしくやってこい!」
「ありがとうございます」
八回、ワンアウトランナー一塁。
相手のキャッチャーの肩を考えたら、盗塁は無理だ。ホームラン…………じゃない。俺の後には四番、五番とクリーンナップが続く。引っ張って、ライト前に打つことを考えろ。そうすれば、ワンアウト1・3塁を作れる。そうすれば、ヒットでも、タッチアップでも一点入る。そういう場面を作るんだ!
体から無駄な力が抜けた。俺は素直に来た球を打ち返した。打った瞬間、ボールは高く上がった。先ほどのセンターフライが頭を過る。
しかし、今度のボールは落ちてこない。それどころか、相手のライトは一歩も動いていなかった。打球はライトスタンドに吸い込まれた。
味方から歓声が上がった。
俺は下を向いてベースを回る。笑うことは出来なかった。
俺のツーランが決勝点になって試合は勝てた。
「おい、ヒーローインタビューが残っているぞ!」
「先輩、勘弁してください。今日の試合、俺はヒーローなんかじゃありませんよ。こんな自作自演みたいな勝ち方、納得できません。今度、改めて自分で納得できた時にヒーローインタビューは受けようと思います」
先輩は笑い、「まったく生意気な若造だ」と言った。