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彼のいたとき

作者: ミー子

ぱっとしません。グダグダ。

クレヨンで塗ったかのような、どこまでも続きそうな真っ青な空に、目を細めてしまうほどの

まぶしい太陽が浮かんでいた。

初夏を通り過ぎ、盛夏の入り口に立っている7月25日。

終業式も終わり、浮足立った高等学舎の学生が、レンガ造りの校舎から

ぞろぞろと足を進めて、出てくる。

皆、楽しげに、長い夏休みの予定を友達と話していた。


「私、家族で旅行に行くんだ」


「俺は塾に行かされるよ」


「今年は高等学舎で、最後の夏休みだから、一緒に、星月夜(ほしづくよ)の祭りに行こうよ」


そんな声が、夏の高い空に昇っては、ぬるい風に流されてゆく。

受験を前に控えた最上級の3年生は、学舎の友達との、最後の思い出を作りたい一心で

勉強の一休みの中の、ひと時の楽しみを得ようと必死だった。


「ねえねえ、ジェミニ」


高く、澄んだ声の女子学生が、1人の男子学生に声をかける。

ジェミニと呼ばれた男子学生は、刈り揃えられた赤みがかかった黒髪を、ぬるい風に揺らして

振り返る。


「ああ! リリィ!」


リリィと呼ばれた女子学生は、ヒマワリのような笑顔を浮かべて、一緒に帰ろうよ。と、続けた。


「ああ、いいぜ」


白い石を敷き詰められて作られた、石畳の道を、2人はのんびりと歩いてゆく。


「ジェミニ、今年は、7月の最後の日の、星月夜の祭りは行くつもり?」


リリィは、栗色の髪の毛を揺らして、ジェミニに言った。

その言葉に、彼は少し困った顔をした。


「星月夜の祭り? もちろん行きたいけど……」


けど? と、彼女は、首をかしげて、言葉を返した。


「イステラが、帰ってきてないだろ? だから、行きたいけれど、あいつに悪くて……」


その名前を聞いて、リリィは顔を曇らせた。

イステラは、1年前の夏に重い病気になり、都会の大病院に、入院している。


『来年の星月夜の祭りには、帰ってくるよ』


そういって、銀色の瞳に泣きそうな笑顔を浮かべて、都会の大病院に向かっていった

イステラの後ろ姿を、リリィとジェミニは見送った。

それから、彼からは連絡もなく、時間だけが過ぎていった。

もちろん、彼の家族からも、連絡はない。


「イステラ、戻ってくると言っていたのにな」


ジェミニは空を見上げて、ふうっとため息交じりにこぼした。

どこか不安げなジェミニに、リリィは、彼を元気づけるように、明るい声で励ました。


「きっと帰ってくるよ。イステラが約束破ったことはないもん」


そう。彼は、必ず約束を守ってくれた。

友達と会うのが好きだったイステラは、休みの日に、リリィとジェミニで映画に行こうという話になり

待ち合わせ場所の、モールの前でリリィとともに、ジェミニが来るのを待っていたが

映画の始まる30分前に、ジェミニから、イステラに電話が来た。


『ジェミニか。どうした?』


『日直と、進路の面談が重なって、おれは、映画はダメだ』


悲壮感溢れる彼の声が、イステラのケータイから聞こえてきた。


『それは、大変だな』


『待っていてくれている中悪いが、すまない。2人で見てきてくれ』


本当にすまない、と残念そうで、申し訳なさそうな、ジェミニの残念そうな声に、

イステラは、気にしないで。と明るい声で告げて、今日は別のことをしようと提案もした。


『映画は別の日に振り替えて、今日はモールで遊ぶ事にしよう。

急がなくていいから、ゆっくりおいで』


と、ジェミニにそう告げた。

ジェミニは泣きそうな声で何度も礼を言って、1時間後に急ぎ足でモールまで来た。

その日は、ゲームセンターで遊び、次の日が休みなことをいいことに

夜の7時過ぎまで用もなく、モールの中を遊びまわった。

夕立に合い、びしょぬれになりながらバスから降りて、駅まで笑いながら走った。

その月に、イステラが重い病気にかかっていることを、リリィとジェミニは知った。

入院する前の日に、会いたいといったイステラと、夜中に、こっそりと会った。

顔色が悪く、体調も悪そうだったが、銀色の瞳にはいつもの、やさしい光が宿っていた。

彼は、本当は入院したくない、入院が怖いと嘆き、ついには泣き出した。


『入院したら、二度とお前らに会えない気がする……行きたくない。

入院したくない……何よりも、怖い』


何事にも、弱音を吐かなかった彼が、初めて弱音を吐いた日だった。

何とか、気持ちを切り替えてもらおうと、ジェミニは励まし、これからのことを話した。


『元気になれば、また遊べるし、どこにでも行けるぞ。

俺たちはここにずっといるから、元気になったらたくさん遊ぼう』


リリィも、イステラの背中をさすって、励ました。


『そうだよ。ゆっくり病気を治して、それから、映画も観て、お祭りにも行って

楽しいことをたくさんしよう』


急がなくていいからゆっくり病気を治そう。

そういいながら、何度も背中をさする。

やがて、イステラは泣き止み、そうだな……と、そっと口を開いた。


『来年の、星月夜の祭りには、帰ってくる』


ふわっと、悲しそうな銀色の瞳をやさしく細め、柔らかく笑い、2人にそう告げた。

驚いた2人に、イステラはゆっくりと告げる。


『俺が約束を破ったことなんて、あるか?』


いたずらっぽい笑みを浮かべて、そういったイステラのことを思い出す。

家が隣で、3人でいつも学校に行き、遊んでいた。

頭がよく、穏やかで、だれからも好かれた、少し寂しがりやなイステラ。

歌うことが好きだったイステラ。


「ああ、そうだよな。あいつは寂しがりやだから、きっと戻ってくるよな」


ジェミニは、モヤモヤを振り払うように、明るく言って、石畳の道を大股で歩く。

小高い丘に高等学舎はあったので、緩やかな下り坂になっていた。

むせかえるほどの緑のにおいを、ぬるい風が運んできて、2人の鼻をくすぐった。

まぶしい、白色の石畳みを見たジェミニは、ふと思いつく。


「よし! この道を下ったところまで競争だ!」


リリィに呼び掛けて、ジェミニは駆け出す。


「えぇ? 待ってよ!」


リリィも、前を歩くジェミニの後を追ってゆく。

タタタッと、2人は軽やかな足音を石畳に残し、しゃわしゃわ……と、白樺の木の葉擦れの音が

2人の頭を撫でて、青い空に駆け上がる。

彼女たちは、葉擦れの音が頭を撫でた事もつゆ知らず、道をかけていった。

あははははっと、2人の笑い声が木霊した。



 夏休み中の受験勉強に飽きてきた、3日後の昼前にリリィは、お気に入りの

星が刺繍された青いスカーフを首に巻き、白い麦わら帽子をかぶって

隣の、ジェミニの家の玄関をたたいた。

足には、ユリの花がデザインされた、白いサンダルを履いている。


「ジェミニ! 用事があるの! 出てきて」


トン、トン。と軽やかな音が響く。

しばらくして、中から眠そうなジェミニが出てきた。


「あれ? リリィじゃん。こんなに早くどうしたの?」


赤みがかかる黒髪は、寝ぐせで、あちこちに跳ねている。

寝ぼけた様子のジェミニを見て、リリィはクスクスと笑った。


「早くといっても、もう10時よ」


そういわれて、ジェミニは下駄箱の上に置かれた、ガラス製の時計を見る。


「えぇ? ああ、本当だ」


少し驚いて、リリィ向き直り、ジェミニは不思議そうに尋ねる。


「それで、何の用?」


寝ぼけ眼でリリィに問う。

リリィは、ジェミニに微笑みかけると、手に持っていた小さなカバンから青色に

星の柄の封筒を取り出した。


「イステラに手紙を書いたから、一緒に郵便局に行ってくれたらなって。

入院先の病院の住所は、知っているもの」


いたずらっ子のように笑うと、早く着替えてきてよ。と、促した。

ジェミニは慌てて着替えに、家に入り、着替えている間

玄関に入って待っててよと、ジェミニはリリィを家の中に入れ、自分は部屋に引っ込んだ。

お父さんとお母さんは、仕事に出かけていて、家にいるのは、寝坊をしたジェミニだけだった。

少しの時間がたち、簡単なシャツと、ジーンズを穿いてジェミニが出てくる。

2人で、玄関の外に出て、夏の空に目を細めながら、玄関に鍵をかけた。


「お待たせ。郵便局だっけか」


寝ぐせを適当になでつけた彼は、リリィに訊く。


「うん。郵便局だよ。ついてきてよ」


ジェミニの手を引いて、リリィは郵便局へと足を進めた。

白い石畳が、夏の鋭い日差しをはじき、輝いた。

草木の緑は、太陽の光をまんべんなく浴び、緑色の宝石のようだ。

セミが命の限りの声を上げている。

そんな、輝かしい命に溢れた道を、2人はのんびりと歩いてゆく。

レンガ造りの、小さな郵便局が見えてきたので、リリィは足早に歩みを進める。

この町の郵便局は小さいものの、レンガを積んで造られていて、ちょっとした教会のようだ。

ガラス製の、手押し式の扉を押して中に入ると、郵便局員の手作りのステンドグラスが飾られていた。


「じゃあ、手紙出してくるから待っててよ」


リリィは、ジェミニにそう言いおいて、カバンから封筒を出すと、窓口へと向かった。

彼は、待っている間は、置いてあるチラシを眺めたり、飾られているステンドグラスを

ぼんやりと眺めていた。

去年の夏は、イステラが隣にいたが、今年はいないのが不思議で仕方がなかった。

頭の奥の、そのまた奥では、イステラは入院しているのだ、ということを理解していたのだが

学校でも、いつも3人でいて、勉強が苦手なジェミニの宿題を

リリィとともに、笑いながら手伝ってくれた。


「おまたせ」


後ろから声をかけられ、肩をびくっと震わせた。


「ああ、リリィ。手紙、出せたのか?」


「うん。出せたよ。ちゃんと届くといいのだけれど」


麦色の瞳を細めて笑い、何か食べようよ。と、ジェミニを誘って

外に出て、白い道を歩き始めた。

横を車が通り過ぎていき、熱い風を2人に容赦なく浴びせる。

太陽がじりじりと地面を焼き、蜃気楼すら見えそうで、ジェミニは

あまりにものまぶしさに、目を細めた。

リリィは、帽子を傾け、まぶしい。と、ぼやいた。

2人で外を歩いているこの瞬間も、イステラは病室にいるのだろうか。

ジェミニの目の奥に、病室の窓から外を眺めるイステラの姿が浮かんで、消えた。

彼は夏の暑さと、やるせなさに、ため息をついて、空を仰いだ。


「リリィの手紙が、届くといいな」


そう、隣にいるリリィに話しかけた。

彼女は、ジェミニを見ると、微笑んで頷いた。


「そうだね。届くといいなって」


そう言って、ジェミニの手をつかんで走り出した。

突然のことに、ジェミニは目を丸くして、たたらを踏みながらもリリィの後に続いた。


「あのカフェまで、競争だよ!」


彼女は、はじけるような笑みで、ジェミニの手首をつかんで駆け出した。


「競争なら、離してくれ!」


眉を下げて、困ったように笑いながら、彼は応えた。


「前に突然走り出したから、その仕返しだよ」


高い声で笑いながら、リリィはジェミニの手首を離すと、白いサンダルで駆け出した。

その後ろから、ジェミニは続く。

彼女はたまに、ジェミニにだけ、予測のできない行動をとる。

突然走り出したり、手を引いたり。

イステラにもこんな行動とったりしなかったので、目を白黒させつつも、ついていった。

空気が暑く、少し走るだけで汗が噴き出した。

ようやくついた、隠れ家のようなカフェのドアの前に立ち、ドアノブに手をかけて手前に引くと

涼しく、凛とした空気が頬を撫でる。


「すずしいね」


リリィは1言そういうと、軽い足取りで、2人掛けのテーブル席へと進んでいった。

ジェミニは後ろからついてゆく。

カフェは、小さく、民家のようだったが、手入れの行き届いた

清潔感のあふれる、居心地の良い空間だった。

オレンジ色のシャンデリアが、やわらかな明かりを灯し、穏やかな空間を作り出す。

店内には、心地よく、可愛らしいジャズが流れていた。


「夏にはぴったりだな」


ジェミニは、ふうっと息をつくと、木製の椅子に座った。

リリィが、ミルクのシャーベットをおごってくれたので、ジェミニは少し

申し訳なく思いつつも、ありがたく受け取った。

真夏の暑い日に、リリィとジェミニは、隠れ家のようなカフェで

自分たちのほかに、お客さんの影がない、静かな空気に包まれている時間を過ごした。

リリィは、ミルクティ味のシャーベットを頼む。


「この場所ね、イステラが教えてくれたの」


「そうか」


あいつらしいなと思った。

自分が見つけた、お気に入りの場所は、必ず誰かに教えたくなってしまうのだろう。

スプーンですくい、口に入れたミルクのシャーベットはふわりと溶けた。

舌の上に、甘く、やさしい味が広がる。


「これ、おいしいな」


ジェミニは、フフッとほほ笑んで、リリィに感想を告げる。

それを聞いたリリィは、スプーンを口にくわえたまま、ぽかんとした。

それから、ふっと微笑んで、シャーベットを掬った。


「そうでしょ? 私もおいしくてびっくりしたの」


「また連れてきてくれよ」


「次は、ジェミニのおごりね!」


いたずらっぽく、リリィは歯を見せて笑い、ジェミニに告げる。

ジェミニは、ええ? と驚いた顔をしたが、そうだな。と、笑う。

穏やかな、夏の午後は、こうして過ぎていった。


 7月の最後の日。

星月夜の祭りの日になった。

暗い藍色の空には、ぼんやりとした星や月が、柔らかく光っている。

一緒に行こうと約束をしていたイステラは、姿を現さず、リリィとジェミニは

肩を落とした。

けれど、毎年行っていたので、2人でも行こうということになった。

会場は、子供を連れた親子が集まる、広い公園だった。


「相変わらずにぎわっているな」


人ごみを避けながら、はぐれないようにと、リリィの手を握り、ゆっくり慎重に歩いていく。

リリィも、ついていこうと必死だった。


「そうだね」


人をよけつつ、出店でにぎわう街を練り歩く。

広い場所を目指して、2人で歩いていく。お祭りの会場は、丘のある広い公園だった。

少しだけ高い丘を目指して歩き、ようやく、あまり人のいない広い場所に出ることができた。

お祭りの様子を、見下ろすことができるにも関わらず、人の影は疎らだった。

2人して見下ろしてみると、露店が連なっており、火の灯ったランタンが

やさしい(あか)りを放ち、幾筋もの光の筋を描いていた。

時折吹き抜ける、ぬるい風に、ランタンがゆらゆら。と揺られているのが見えた。


「ランタンがきれい」


リリィが、息をついて、芝生に座る。


「まるで、太陽の道みたい」


光の筋が、風に吹かれて、沈んでいった太陽への道を示しているようだった。

座った芝生は、昼間の太陽の光を浴び続けたせいで、少しだけぬるかった。


「芝生がぬるい」


リリィにつられて、ジェミニも芝生に座り、芝生がぬるいことに驚いた。


「けど、なんだか、夏だって思うよね」


ふふふ。と笑うリリィの髪を、風が優しく撫でる。

さやさや、と、風が木々や、草花を揺らす。


「本当だね。この空気も、空も、全部夏だね」


背中の方から、聞き覚えのある声が聞こえた。


「?!」


振り向くと、イステラが立っていた。

隣町に行ってしまった、イステラだ。

いつもの、銀色の優しい目をしていた。


「イステラ……?」


ジェミニは、本当にイステラなのか確かめたくて、イステラの名を呼んだ。


「そう。俺だよ。イステラ」


そういって、彼は微笑んで、頷いた。


「帰ってきたの? 体は大丈夫なの?」


リリィは、彼が重い病気だったということに不安になり、訊いた。

そして、次には、いつ帰ってきたのだろうか? と少し気になった。


「うん、もう大丈夫だよ。ありがとう」


彼は、銀色の目を細めて、お礼を言う。

いつもの彼で、2人は安心した。


「よっし! 露店に行こうぜ!」


ジェミニが駆け出そうと、足を踏み出した瞬間、に、芝生を囲んでいる、低く細い縁石に躓き

転びそうになった。何とか堪えて、立ち直したが、自分でも信じられないような

間抜けな声が出てしまい、恥ずかしいと思いながら、振り返ると

リリィがお腹を抱えて笑っていた。


「転ばないように、3人で手をつなぎながら行くか? ジェミニを真ん中にして」


イステラが、笑いをこらえたような、震えた声で、少しふざけたように言った。


「は、恥ずかしいだろっ!」


耳まで真っ赤にして、目を白黒させながら、ジェミニが苦笑いをしながら反論をする。


「まあまあ、今日だけいいじゃない」


リリィがジェミニをなだめて、手をつないでいこう。と言い出す。

イステラを真ん中にして、会場まで、自分たちの学校生活を話していく。

そして、夏休みの初めに、ジェミニと手紙を出したことを、イステラに話した。


「ああ、その手紙なら、受け取ったよ。ありがとう」


嬉しそうにお礼を言ったイステラに、リリィは顔をそむけた。

面と向かってお礼を言われたら、照れてしまう。

会場に着いたとき、立ち並ぶ露店が人で、にぎわっていた。

メープルシロップにつけこんだ、柔らかい果物を焼くにおい。

甘い焼き菓子のにおい。

肉を焼く香ばしいにおい。

子供のはしゃぐ声。

射的で景品を落とす音、お客さんを呼び込む売り子の声。


「あ! おれ、あれ買ってくる!」


ジェミニが、焼いた果物を売っている露店に駆け出して行ってしまった。

残された2人は、顔を見合わせて笑う。

手を焼かせる弟を見ている気分だった。


「ジェミニ、今日の日を楽しみにしてたんだよ。

イステラが帰ってきてよかった」


「そうだったのか。待たせてごめんな」


負けてくれー! と、強請るジェミニの声が聞こえてきて

目を丸くしたイステラを、リリィは、笑顔で眺めた。

やがて、果物が詰め込まれたビニール袋を抱えてジェミニが戻ってきた。


「やっと買えたよ~! 3つで1000円なんて高すぎるからさ、負けてもらった!

おまけももらった!」


誇らしげに言うジェミニは、なんだか幼い子供のようだった。

そんな彼を、イステラは頭をわしゃわしゃっと撫でて、褒める。


「えらいなぁ。ジェミニは、友達のことも考えられるのか」


「子ども扱いするな!」


ムキになるジェミニに、リリィが話しかける。


「次は私が、ジュース買ってくるからさ、そこにあるベンチに座って、2人で

待っててよ。ジェミニ。イステラをお願いね。病み上がりなんだから」


2人をベンチに連れて行って、リリィはジュースを買いに行ってしまった。

残された2人は、あまりにもの彼女の行動力に、顔を見合わせて、それから

人ごみに紛れてゆく後ろ姿を見送った。

果物をかじりながら、イステラは、入院生活のことを、ぽつ、ぽつと話す。

口には、甘酸っぱい柔らかな味が広がった。


「おれ、入院中さ、治療が結構、キツくてさ。何度も逃げ出しそうになったよ」


「え?」


「点滴をすんの。薬が入っている袋が空っぽになるまで。それを毎日やって。

ベッドの上で動けなくて、白い天井を見ているだけ」


暗闇で見えなかったが、彼の腕には、点滴の跡がいくつも残っていた。


「痛かったろ」


暗闇に紛れているであろう、腕を見ないようにしながら、そっとねぎらう。


「手術したら、次は手術した後がいたくて起き上がれない」


自分だけ時間の中に置いて行かれる感覚に、寂しさに、打ちひしがれる夜もあった。


「苦しくて、苦しくて、ずっと泣いてた」


「でもさ、ちゃんと帰ってきたじゃん。おれはそれだけでいいよ」


背中をさすりながら、ジェミニが言う。

イステラの背中は、冷え切っていた。汗でもかいていたのだろうか。

空では星が、柔らかく、歌っていた。

何の歌を歌っているのだろう。誰かを励ます歌だろうか。

誰かを応援する歌だろうか。寄り添う歌だろうか。


「ありがとうな」


ジェミニを見て、イステラが、お礼を言った。

ぽつっとこぼした言葉が、空気に溶けた。


「おまたせー! 3人分の野菜ジュースだよ!」


楽しそうに、リリィが戻ってくる。

息を弾ませて、野菜ジュースを渡していく。


「ハイ、ジェミニの分。あんたの好きな人参のジュース」


ジェミニは人参が嫌いで、いつも残していた。


「おれは人参が嫌いって、いつも言ってるだろー!」


「でも、味はしないよ」


平然とした様子で、リリィはイステラにも渡していた。

3人で、道行く人を眺めながら、果物を食べて、ジュースを飲んで

おしゃべりに花を咲かせた。

沢山あった果物も、ジュースもなくなり、イステラが先ほどまでいた丘に

行きたいと言い、リリィとジェミニは、それに頷き、ベンチから立って歩き出す。

到着して、お祭りの会場を見下ろす。

賑やかな声が聞こえた。

イステラが、2人を振り返り、口を開いた。


「あのな。2人にまだ言っていなかったんだけど、実は……」


1度口を閉じ、意を決したように、リリィたちを見据えて、


「おれ、もう、ここにはいないんだ」


呆然と、突然言われたことを頭の中で反芻する。


「どういうこと?」


リリィは、イステラの銀色の目を見据えて、訊いた。


「本当は、死んでいる」


言いにくそうに言って、彼はうつむいた。


「でも、どうしても2人に会いたくて、来たんだ」


青白い顔が、月明かりに照らされた。

とたん、彼の顔が透けて、丘の向こうに広がる、家々の灯りが見えた。

その姿に、本当のことなのだと知る。

そうだ。風が吹いたときに、突然現れたじゃないか。


「1人で逝きたくなくて、けど、もういられないから、最期にもう1度だけ

思い出作りに、来た」


そういって、イステラが泣き出した。


「そうだったんだね」


リリィは、イステラに抱き着く。

ひんやりとした体に、もう、血も、何も通っていないのだと気づいた。


「本当に、もう、いないんだね」


身体はここにあるのにね。

そう続けた。


「身体ももうないよ」


そっと、リリィはイステラから離れる。

ジェミニが、鼻を思い切りすすって、声を上げて泣き出して、抱き着く。


「何言ってんだよ? ここにいるだろう?! お前は! ここに!」


認めたくない! と胸の内をぶちまけた。


「生きてるんだよ! 死んでない! イステラは! いるんだよ!」


冷たい体を必死にさすってやる。

温めようと必死だった。

その様子に、リリィが大粒の涙を流しながら、しゃくりを上げながら見ている。


「もういいよ。ジェミニ。ありがとう」


イステラが、ジェミニを身体から引き離す。


「だって、こんな親友に見送られるなんて、贅沢じゃないか」


昔から、この男は達観しているところがあった。

寂しがりやなくせに、怖がりなくせに。


「見送んねぇよ! 誰が見送ってやるもんか!」


イステラを引き留めようと、必死なジェミニは、肩を正面からつかんだ。


「お前なんか! お前なんか! 見送んねぇぞ!」


涙声で、涙まみれな顔に、イステラがつられて泣く。


「ああ! 逝きたくないよ! 生きていたいよ! ずっとさ……」


崩れ落ちて、涙を芝生にこぼした。

透ける身体の向こうに、白い花が揺れていた。


「けど、命はもう切れたんだから、仕方ないだろ……」


俯いたイステラ


「ごめん」


ジェミニが、イステラから手を離した。

泣いてわめいても仕方のないことだった。

不意に、リリィがイステラの手を取る。


「ずっと、手をつないでてあげる」


向こうに行けるまで。

泣きはらした目で、彼女は微笑んだ。


「ありがとう」


「いつも、こうしててくれたじゃない」


リリィが、ぎゅっと手を握る。

握った手は冷たかったが、ほんのりと温かい気がした。


「おれも」


もう片方の手を、ジェミニがとる。


「向こう側で、よろしくやっててよ。ずっと、待っててよ」


ふざけたように言う、リリィに、ふっと噴き出した。

彼の身体が、ゆっくりと消えていく。

キラキラとした光の粉になり、風に舞う。


「たのしかった」


彼の言葉が、つたなくなってゆく


「うん」


相槌を打つ。


「いっしょにこれてよかった」


「うん」


ジェミニが涙目で頷く。


「おれは、ずっと、ともだちだから」


「そうだな」


「ふたりも、ともだちでいて」


顔を上げて。イステラが懇願する。


「もちろんだよ」


「ずっと、なかよくしていて」


もう、ほとんどが光の粉になり、2人に降り注いでいた。


「ああ、おれたちも、親友だから」


「またあした、ね」


そういって、イステラは、光の粉になって、空に舞い上がっていく。

星に紛れて、いつしか見えなくなった。

残ったのは、白い花だけ。

彼のいた後には、何も残らなかった。


「また明日って、もう、来ないじゃない……」


「本当だよ」


誰もいない丘の上で、リリィとジェミニが、抱き合って泣いた。

涙でおぼれてしまうほどに泣いた。

自分たちの涙で、水車が回せる気さえした。

涙で水車が回せる。昔、そんな歌があった気がした。

勢いで書き上げました。

テーマは、幽霊になっても、約束は守る。

でした。

グダグダになってしまい申し訳ないです。

ファンタジーなのかな? これ……?

お気に入りのキャラは、ジェミニです。

私が高校時代に経験したことが、モチーフになってる場面があります。

(ショッピングモールの下り)

雨に濡れて、雷が光って、怖いのに楽しかった。

そんな思いを混ぜ込みました。

約束って、することは簡単だけれど、守ることは意外と難しいのではないのかと思います。

けれど、守るからこそ、友達でいられる。

そう思います。

夏の話なのに9月だ! ごめんなさい。


注:病気の表現は、架空のものです。

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