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もう飯の味は分かりません


★第83話目


「ハァァ……エライ目に遭うたわ」

晩餐の席。

俺のすぐ近くのテーブルの上に腰を下ろした黒兵衛が、真咲姐さんを少しだけ睨む様にしながら溜息を吐いた。

「なんや、いきなり星座になってしまうかと思うたわ」


「まぁ、そう言うな」

俺は彼奴の頭をデロリンと撫でがら慰めた。

「俺だって、自分の膝の上の猫がいきなり喋った日には、思わずその首をへし折っちまうぜ」


「す、すまん。てっきりただの猫だと思って……」

俺の横に腰掛けている真咲が、申し訳なさそうに謝る。


「まぁ……エエけどな。今度からはもうちっと、気ぃつけてや」


「す、すまん」

「でもこの猫って、確か喜連川先輩の……」

優ちゃんが目の前に座っている黒兵衛を、少しだけおっかなびっくりと言った表情で見つめながら、そう口を開いた。

「な、なんか……すごく汚いと言うか……」


「えらいストレートに言うてくれるやないけ、姉ちゃん」


「すすす、すいませんッ」


「まぁまぁ、お前の小汚いのは、今に始まった事じゃねぇーだろ?」


「な、何やと洸一ッ!?ワテはなぁ……こう見えても、猫界では名の知れた紳士なんやどッ!!」


「そ、そうか」

何だよ猫界って……ちょっとおっかねぇよ。

「それにしても、グライアイの奴はまだか?腹が減って堪らんですぞ」

と、俺が眉間に皺を寄せて唸っていると

「……すまぬ。待たせたようじゃな」

静かに扉が開き、ゆっくりと優雅な動作でグライアイが入って来た。


「遅いぜよ」(土佐の人)


「ふふ、妾にもやらねばならぬ事があるのじゃ」

漆黒の長い髪を掻き分け、赤い瞳に笑みを湛えながら、グライアイが正面の席に座った。


その仕草、身のこなし、そして人の身では到底及ばないほどの気高き美しさ。

普通の男だったら、一目見ただけでメロメロ(死語)になってしまうところだが、腹が減って戦どころか泣きが入っている俺様には、てんで通用しない。

「あぅぅぅ……腹が減ったよぅぅぅ、ひもじいよぅぅぅ」


「何も泣く事もあるまいて。それに今日はそなたの望み通り、人界に沿った料理を用意してあるぞえ」

微苦笑を湛えながら、グライアイがそう言った。


「そうか!!そいつは楽しみじゃわい」


「ふふ、その前に何か飲むかえ?そちの帰還を祝って、乾杯をしようと思っているのじゃが……」


「さささ、酒だ。酒、持ってこんかーーーい!!」


「……良かろう。他の者は何にするかえ?」

彼女がチラリと流し目で皆を伺うと、

「わ、私は別に……ジュースか何かで」

「私も…」

「ワテは、そうやなぁ……ミルクがエエのぅ。無殺菌のな」

と答えた。


「良かろう」

軽く頷き、給士を努めるルサールカに軽く目で合図する。

「それにしても人の子よ。まさかこれほど短期間に無事生還出来るとは……さすがの妾も、予想できなかったぞえ」


「ふふん、17年間隠していた爪を出してみたのよぅ。あ、大きいグラスでくれますか?」

俺はお猪口サイズのグラスを持ってきたルサールカにそう頼みつつ、胸を張って答えた。

「しっかし、まだ八人もいるかと思うと……ちょっぴりブルーな気分になっちまうなぁ」


「ふ……案ずるな人の子よ。今、ク・ホリンに命じて、これからの冒険に役立つアイテムを幾つか造らせておる所じゃ。それが完成すれば、少しは楽に進める事が出来る筈だぞえ」


「そ、そうか。そいつは有り難いぜ」


「ふふ…」

彼女は目を細め、まるで出来の悪い子供が可愛くてしょうがない、と言う笑みを溢した。

何だか分からんが、ちと不満だぞ。

いつか俺様が、いかに偉大で素晴らしいガイであるかを教えてやらねばなッ!!

なんちゅうか、餓鬼扱いされるのは、俺様の矜持が許さんからのぅ……


そんな事を考えながら、ムフゥと鼻息を荒くしていると、

(ちょっと洸一)

真咲さんが肘で、俺の脇腹を突っ突いてきた。


「な、何だよぅ」


(お前、あの魔神さんと凄く親しそうじゃないか)

小声だけど、やけに嫉妬と怨嗟がマイルドにブレンドされた素晴らしい声色を武器に、真咲は俺を睨みつけた。

(まったく、美人を見ると、すぐにデレデレと……みっともないぞ)


「あ、あのなぁ…」


(なんだ?私には色気とか魅力が無いとでも言うのか?)


「な、なに言ってるんですか?」


「……フンッ」

唇を尖らせ、ソッポを向いてしまう。


相も変わらず理不尽なヤキモチと言うか……

まぁ、真咲しゃんらしいと言えば、らしいんだけど……

「あのなぁ真咲。俺とグライアイは、ただの協力関係にあるだけなんだぜ?グライアイにはやることがあり、俺にもある。その利害が一致しているだけ。それ以上の関係ではないですよ?」


「ん、妾がどうかしたのかえ?」

ルサールカさんが注ぐ鮮血のような赤ワインを見つめていたそのグライアイが、チラリと俺を覗った。


「あ、いや……別に。ただ、ちょいと真咲に、俺とグライアイの最初のコンタクトについての話をば……」


「妾との?」


「ま、まぁな。なんちゅうか……真咲さんは、俺が見知らぬ女性と喋っているだけで殺意が芽生えちゃう可憐な女の子だから……」

ま、それは真咲だけに限らないがね。ハッハッハ……


「そ、そんな事ないぞ」

真咲がキッと俺を睨みつけた。

「そ、それに私は、洸一が誰と親しくしようが……か、関係ないんだからな」


「ふふ……安心するが良い、娘よ。妾とそこな人の子は、番人と呼ばれる者達との縁によって出会うただけの間柄じゃ。ま、それもまた何かしらの因果の流れではあろうが……今は単に、互いの目的が一致しておるので協力しているだけの関係じゃ。気を揉む事は何もないぞえ」


「そ、そうだぜ真咲」


「……目的って、何さ」


「知らん。目的って何だ、グライアイ?」


「ふふ……今は秘密じゃ」


「だ、そーだ。さ、それより、早く乾杯して飯を食おうぜ」

俺は何だか修羅場になりそうな雰囲気を打ち消すように、グラスを掲げた。

しかし、目的ねぇ……

グライアイの奴、何を企んでいるのか……

チラリと俺は、黒兵衛に目配せした。

まぁ……こちらも、それなりに対処できる様に心構えはしておかないとな。



「う~む、何だか美味そうではあるが、とってもヤバそうな料理じゃのぅ」

俺はテーブルの上に、所狭しと並べられた晩餐を前に、思わず唸ってしまった。

香りからして、俺の注文通りに人間様の鋭敏な舌にあった味付けが施されていると推測出来るが……案の定、食材は全て魔界産だ。

危険度から言えば、大陸の方で採れた毒野菜よりかなり危険な食材だ。

まぁ、腹が減っているからある程度は喰えると思うけどな。


「さて、頂きますかぁ」

俺はおもむろに、目の前に置かれている、取り敢えず「肉」としか断定できない茶色の塊をナイフで切り付けた。

真咲も優ちゃんも、和気藹々と何やら話をしながら料理を口に運んでいる。

黒兵衛に至っては、丸齧りだ。


「ふふ、どうじゃ人の子よ?」


「んにゃ?うぅ~ん……美味いけど……頭の中で想像した味と、まったく違うところが謎じゃのぅ」


「ほぅ……例えば?」


「ん?例えば……今食ってるこの茶色の物体なんだけど、肉かと思ったら何故か鮪の味がするんだよ」

ちなみに、添え付けてあるレタスのような葉っぱは、何故か海苔の味だ。


「気に召さないかえ?」


「そんな事はないぞ。鮪は大好物じゃけん。なんちゅうか、GHQがたっぷり詰っているからのぅ」


「進駐軍が詰っているか、ボケ。DHAの間違いだろーが……」

黒兵衛が、馬鹿を見るような目つきでそう言った。

何ともまぁ、無礼な畜生である。

ってゆーか、栄養方面に気を使う猫と言う存在が、どことなく恐ろしい。


「そう言えば神代先輩」


「ん?何だい、優ちゃん?」

俺は焼売の形をしている納豆味の謎な食材を口に運びつつ、真咲の隣に座る優ちゃんを見やった。


「あ、あのですねぇ……色々と、聞きたい事があるんですが……」


「聞きたい事?」

俺様の趣味とか、そーゆー事か?

ちなみに趣味は寝る事だぞ。


「はい。私も二荒先輩も、他の世界に居て、それを神代先輩が助けてくれたって聞いたんですけど……その辺の所を殆ど憶えてなくて……私達、どんな世界に居たんですか?どう言う風に助けてくれたのですか?」


あぅ……

「ど、どーゆー世界と言われてもなぁ……」

俺はポリポリと頭を掻きながら視線をさ迷わす。

グライアイは可笑しそうに俺を見つめ、黒兵衛は食べるのに夢中と言う演技を装っている。

優ちゃんは優ちゃんで興味津々、瞳がキラッキラッとしているし、真咲姐さんは何故か俯き加減で、ジッと耳を欹てていた。

「ま、まぁ……一言で言って、ふぁんたじぃな世界、かな?」


「ファンタジィ……ですか?あの花が喋ったり妖精が舞っているような……」


「そんな鉄格子の付いた病院にいる人が見るようなメルヘンな世界じゃなかったなぁ。どちらかと言うと、もっと骨太な世界と言うか……血と汗と勇気が溢るる、サム・ライミもビックリな世界だったぜ」


「ヘェ~……あ、それじゃあ、私はどんな感じでした?」


「……優ちゃんは、ホリーホックと言う名の、ちょっぴり薄幸な王女様だったんだぜ」

ちなみに、頭方面も薄幸だったが……


「えッ!?私って、王女様だったんですか?」

胸に手を当て、優ちゃんはニコニコと嬉しそうだ。


まぁ……年頃な女の子だもんなぁ……

自分の前世みたいなモンが王女様とかだったら、そりゃ嬉しいわな。

もしも自分の前世がバッタだのカメムシだのだったりしたら、なんちゅうか悲しいを通り越して神に対して怒りすら覚えちゃうモンなぁ……


「王女様かぁ。なんか、想像できないなぁ」


「そ、そうかなぁ。結構、良い感じだったんだけど……」

性格も、それなりにぶっ飛んでいたしね。


「それで神代先輩は、最初からそのお姫様が、私って分かったんですか?」


「あ、いや……姿も全然違っていたし……ホリーホックが優ちゃんだなんて、申し訳ないけど全く気付かなかったんだよ」


「そ、そうなんですか。あ、だとすると、どうして私と……」


「え、え~と、それはだなぁ……真咲しゃんにホリーホックが優ちゃんじゃないかとか言われて……」


「わ、私?」

俯き加減で話を聞いていた真咲は、驚いたように顔を上げた。

何故だか分からんが、少しだけ頬が赤い。


「お、おうよ。真咲も、チェイムって言う名の王女様だったんだぜ」

ただし《武闘派》ではあるがね。


「んで、まぁ……紆余曲折を経て、真咲しゃんを仲間にしてから優ちゃんを助けたと言うか……色々とさ、あったワケなんですよ」


「色々ってなんですか?もう少し詳しく教えて下さいよぅ。私、全然憶えてないんですから……」


「い、いや……詳しく教えたいのは山々だけど、物凄く長いと言うか話が複雑過ぎて……おおお俺も半分程忘れているし……」

優ちゃん、世の中には知ってはならない事があるんだよ?

僕をこれ以上、追い詰めないで下ちぃ。


「う~ん……でも、もっと知りたいなぁ」

優チャンは、唇に指を当てながら、おねだりするような目で俺を見た。

するとグライアイが、

「ふふ、案ずるな小さき娘よ」

瞳に何か妙な色を宿し、そんな彼女に静かに声を掛けた。

何だか分からんが僕チン、非常に胸騒ぎがするんだが……


「こんな事もあろうかと、この人の子があの世界で何をやってきたのか……既に報告書を作成してある。妾もまだ全てに目を通しておらんが……読んでみるかえ?」


「ブーーーッ!!」

思わず口に含んでいた酒を吐き出してしまった。

「ななな、なんでそんな危険物が存在するんだッ!?」


「おや?言うてなかったかえ?かの武者殿より預かった羅洸剣を通して、そなたの行動が逐一分かるようにしといたのじゃが……」


「きき、聞いてねぇーよッ!?って言うか、プライバシーの侵害、個人情報保護法違反だーーーッ!!」


「ふふ……そういきり立つな、人の子よ。おかげで、旅には何が足らぬとかがよう分かったゆえな。何事も、最初は入念な調査が肝心なのじゃ。もちろん、次からの冒険はもう少し楽になると思うがの」


「ちち、ちくしょぅぅぅ……俺の顧問弁護士を呼べぇーーーッ!!」


「神代先輩……何でそんなに嫌がるんですか?」


「ぅえ゛ッ!?い、いや……別に嫌がってるワケじゃ……男のプライバシー的にちょっと……」


「そうですか?もしかして……何か知られてはマズイ秘密があるとか……」


――ドッキンコッ!!

「んんんんなワケないじゃんッ!!俺は常にオープンな男よ。分かる?疚しい事などありゃせん」


「だったら見せてもらっても良いですよね?ね、二荒先輩も見たいでしょう?ね?ね?」


「わ、私は……別に良い」

真咲は小さく首を横に振った。


へ?珍しいなぁ……

俺をブン殴ってでも、見たいと思ったんじゃが……


「そ、その……何て言うか……全部、じゃないけれど……実は少しだけ憶えているんだ」(ポッ)


「……」

時が止まった。

ってか、心臓が止まった。


「ほほぅ……前世の記憶が残っていると。しかも別の次元世界の。ふむ……よほど心に残る経験をしたのじゃな」

グライアイが、少しだけ驚いた様に呟いた。

「ごく稀に、何かの拍子で思い出す事はあると聞くが……」


「ほ、本当に……ちょこっとだけなんだ。お城の中で洸一に助けられたのと……そ、それから……その……」


「……」

時が再び動き出した。

「そ、そうか……少しだけ……憶えているんだ」

しかも一番厄介な所を。

さて、僕はどうしよう?

ここは……取り敢えず夜逃げの準備かな?







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