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洸一的にはカレーが食べたい

★第82話目


「やれやれ……」

疲れた吐息を漏らしながら、俺は自室のベッドにダイブするかのように転がった。

フカフカの布団に冷たいシーツが、実に心地よい。


「で、何やったんや、あの騒ぎは?」

隅っこで呑気に転寝うたたねを満喫していた黒兵衛が、目を半開きにして尋ねてきた。


「なんちゅうかなぁ……上手く説明は出来ないけど、取り敢えずパニック状態なんだよねぇ」

俺は頭の下で手を組みながら、軽く溜息を吐き、答える。

「グライアイの言うには、今の真咲さん達は、パインフィールドの事を何も憶えていないんだってよ」


「……そか。まぁ……そら、そうやろうな」


「なんだ、分かってたのかよ?」


「まぁな」

黒兵衛は猫らしく前足を突っ張りながら背筋を伸ばし、大きな欠伸を一回すると、今度は尻尾の毛繕いを始めた。

「ワテはオドレとは違い、頭の回転がごっつ早いからな」


「……三味線屋に売り飛ばしてやろうか?」

多分、買ってはくれないと思うけどな。


「まぁ、人間ってのは元々が時の干渉を受け易い存在やからな。次元世界の移動も含め、転移とか転生とか……その都度、記憶はリセットされるんや。前世の記憶なんて憶えてないのが普通やろ?姉ちゃん達にとって、パインフィールドの世界が前世みたいなモンなんや。せやけど特殊なのは、パインフィールドの世界は忘れても、その前の前世に当たる、お前と過ごしていた普通の世界は憶えとる。お前と言う因果がある所為なのか、その辺は分からへんけど……ともかく姉ちゃん達にしてみれば、普通に生活していたのに、目が覚めたらいきなり魔界や。そらパニックにもなるわな」


「……そうだな。グライアイも大体そんな事を言ってた」

がしかし……猫如きに知識で遅れをとるとは……

何か人間様として、致命的に情け無いのではないか?

「でもなぁ……」


「なんや?何かまだあるんか?」


「まぁ……少しはな」

俺は少しだけ唇を尖らせた。

「なんちゅうかよぅ、苦労に苦労を重ねた大冒険だったんだぜ?褒め称えよ、とまでは言わないけど……少しは感謝して欲しいと言うかよぅ……」

せめて「ありがとうございますぅ洸一様」ぐらいは言って欲しいのだ。


「でも自分、勇者の姉ちゃんとエッチまでしてもうたんやろ?それも真咲の姉ちゃんとは気付かず。それこそ、憶えてなくて良かったやないけ」


「そ、そこなんだよ黒兵衛クン」

俺はガバッと起きるや、グルーミングに真っ最中の黒猫の顔を掴んだ。

「俺も最初は『ああ、他の皆に刺されなくて良かったにゃあ。特に穂波』とか思ったワケだけどよぅ。その……上手いこと言えないけど、自分なりに関係が進展したと言うか……その……なぁ?男として、少しはケジメを付けるべきではないかと思う今日この頃な気分、皆様、如何がお過ごしでしょうか」


「……何言うてるんや?」


「あ、いや……自分でもよく分からんけど、洸一的に、ヤリ逃げはダメなんじゃなかろうかと……ね」


「自分、変な所で真面目なんやなぁ」


「な、何を言うか。俺は昔から、真面目が服を着ているとまで言われた、良い子ちゃんなんだぞ」


「でもな、洸一。結論を出すのは、ちと早過ぎるんやないか?何せまだ8人もおるさかい……全員を見つけてからの方がエエんでないか?」


「……そうなんだよなぁ」

俺はもう一度、深い、深い溜息を吐いた。

そう、冒険はまだ始まったばかりなのだ。

ゲームに例えて言うなら、オープニングが終って王様にお金と初期装備を貰ったぐらいの段階だ。

全てはこれから始まるのだ。

「しっかし、考えれば考えるほど、前途多難だよねぇ」


「なんや、洸一にしてみては珍しく弱気やないけ」


「だってよぅ……二人を見つけるだけで、あんなに苦労したんだぜ?」

実際、死に掛けたし……と言うか3回ぐらい死んだし。


「あ~……もう少しポジティブに考えた方がエエんやないか?例えばや、次の世界では一気に5人も見つかるとか……そーゆー可能性だって、あるわけやろ?」


「……ポジティブな思考の猫って、なんかおっかねぇよぅ」


「あ?どーゆー意味や、それ」


「気にすんな。それよりも、もっと気に掛ることがあるんだよぅ」


「ほぅ……何や、言うてみぃや。言っとくが、真性の場合は保険が適用されるから安心やで」


「……この冒険が終り次第、貴様を剥製にしてオカルト研究会の部室に飾ってやるからな」

ちなみに己の名誉の為に言っておくが、僕チンの将軍は完璧超人だ。

「まぁ、なんちゅうか……色々とさ、謎が多いって事さ」


「謎?例えばなんや?」


「ほら、憶えているか?いつもの神社で魔族に襲われた時のこと。奴等は真咲達を探している。それは分かる。プルーデンスとリステインの生まれ変わりだからな。ただ……どうして居場所が分かったんだ?無数に存在する世界から、どうやって探し出した?それにそもそも、何故に狙う?朧気な記憶だけど、プルーデンス達は鍵がどうとか言っていたが……それが何なのか、何に使うのかは分からん。それにグライアイも、まだ何かを隠しているような気がする。ぶっちゃけ、善意だけで動いているとは到底思えん。俺は利用するのは大好きだが、利用されるのは真っ平ゴメンなワガママちゃんなんだよ」


「……せやな。確かに、ワケの分からん事が多過ぎるわな。せやかて……今はグライアイの姉ちゃんの力を借りんと、どーしようもあらへんやろ?」


「うむ。その事で一つ、お前に頼みたい事があるんだ」



「腹……減ったなぁ」

ベッドの上で転がりつつ、俺はこの世の終りのような情け無い溜息を吐いた。


「せやな」

同じようにベッドの上に蹲っている黒兵衛も、情け無い声を上げる。


よくよく考えたら、俺達はこの世界に帰ってきて以来、何も食していないのだ。

野良出身、公園に住んでいる新種の人類ばりに餓えに強い黒兵衛とは違い、温室育ちのボンボンな僕チンにとって、これはかなりの苦痛だ。


「だいたい……今何時なんだ?」

窓の外に目をやると、既に陽は山々の向うに半ば沈み、空にはうっすらと群青色のカーテンが降り始めていた。

どうやら、黄昏時に差し掛かっていると言った感じなのだが……


「……時計なら、そこのテーブルの上にあるやないけ」


「ふむ、針は……鳥と竜を指しているな」

だから一体、何時なのだ?

って言うか、魔界には数字と言う概念はないのか?


「まぁ……もう暫らくしたら、ルサールカの姉ちゃんが呼びに来るんやないか?」


「俺もそれを期待してるんだけどなぁ」

溜息を吐きながらチラリと扉へ目を向けると、

――コンコン…

ドンピシャだッ!!

「はいはいはーーーいッ!!」

俺はベッドから跳ね起き、尻からジェットを噴出させながら勢い良く扉を開けた。

「めめめめめ飯ですかッ!!」


「あ、神代先輩…」


「ギャフンッ!!」

扉の向うに立っていたのは、優チャンと真咲姐さんだった。


「……なんだ?ギャフンと言うのは?」

目を細めながら、真咲しゃんが俺を冷やかに見つめる。


「あ、いや……何でもないっス。こちらの勘違いスっよ……テヘヘヘ」

な、なんだかなぁ……

「それより、グライアイの話は済んだのか?」

俺は彼女達を部屋へ招き入れながら尋ねた。


「は、はいッ」

元気一杯に優ちゃん。

「あ、でも……まだ、色々と信じられなくて……」


「まぁ……普通はそうだろうな」

こんな話を信じるのは、重度の中二病患者か、我がオカルト研究会の某先輩ぐらいだ。

「それよりも、その珍奇な衣裳は……何の真似だい?喜ばせ組かい?」


彼女達は一言で言って、コスプレ喫茶新規オープン記念、萌えアニメの設定画集から飛び出しました、と言う感じだった。

創作着物、と言うのだろうか?

何やら「和」の伝統を守りつつ、「萌え」要素のたっぷり詰った大和撫子未来編なデザイン。

俺の心を擽るには、充分過ぎるぐらいだ。


「あ、これか…」

真咲さんが服の端を摘み、少しだけはにかんだ。

そしておもむろに黒兵衛を膝の上に乗せ、照れ隠しなのか、その痩せた頭をワシャワシャと撫でながら、

「これ……あの女の人が用意してくれたんだ」


「グライアイがか?」


「うん。だって……私も優貴も、制服のままだったから……」


「そう言えば……そうだったな」

この世界に戻った時、真咲も優ちゃんも、元の姿に戻っていた。

もう二度と、チェイムやホリーホックの姿を見る事が出来ないとなると……ちょいと悲しい。


「し、しかし……驚いたぞ。だって……終業式が終わって、その帰りに皆で遊びに行ってた筈なのに……気付いたらこんな所にいるんだからな」


「まぁ……そりゃ驚くわな」

やはり彼女達の記憶は、夏休み直前で途切れているのか……


「は、はい。でも……神代先輩が居てくれますから……平気です」

優ちゃんは「テヘヘヘ」と照れリンとした笑みを浮かべる。


ふむ……なんちゅうか、やっぱ本物は一味違うよなぁ……

あのファンタジィなパインフィールドの世界で、俺はまどかのそっくりさんとか真咲のそっくりさんに出会ったのだが……

こうして本物の真咲さんや優ちゃんを目の前にすると、匂いが違うと言うか雰囲気が違うと言うか……何かこう、魂に響いてくる物があるんだよね。


「ところで……その……グライアイからは、どんな説明を受けたんだ?」

俺は気になっている事を尋ねてみた。

よもや、いづみチャンとの事をバラされたりでもしたら……

いくら真咲達が居ない世界の出来事だと言っても、俺は多分……今すぐこの場でバラされてしまうだろう。


「う、うん。それが……まだちょっと分からなくて……」

真咲さんは優チャンと目を合わせ、少し太めの眉を顰めながら

「何でも、巨大な力を持った悪い悪魔が、私達と洸一の仲を裂こうとして……私達を他の時代へ飛ばしてしまい、それを洸一が……あのグライアイさんの力を借りて、行方不明の私達を救う為に冒険をしているって話なんだが……」


「……」

な、何だそのおとぎ話のような説明は?

しかも悪い悪魔って、悪魔は普通に悪いだろうが……

「そ、そっかぁ……実にまぁ、簡単明瞭、小学生が休み時間に脊髄反射で描いた漫画のようなシナリオじゃのぅ」


「ち、違うのか?」


「い、いや、まぁ……大まかに言えば、それでも良いかも知れないが……」

冥府の門を守る神族と魔族の代表から転生したとか、時の流れから異分子として排除されたとか……難しい事をいきなり言っても、分からんだろうしなぁ……

俺だって、未だに全然分からんのだし。

「ま、何にせよ、またこうして出会えたんだし……ノープロブレムじゃのぅ」


「う、うん……けど、何て言うか……そんな感覚が無いんだ」

真咲さんは困惑顔で俺を見つめた。

「だって……私も優貴も、洸一と会ったのなんて……ついさっきと言うか……私の中の記憶だと、カラオケ帰りに皆でファミレスでデザートを食べて……そして気が付いたら、いきなりこの世界だったんだぞ」


「……そうか。終業式の後で皆で遊びに行った時か。でも俺にしてみれば……ほぼ半年振りって感じなんだよ」

皆の居ない夏休みを過ごし、いづみちゃんと出会い、そして付き合いだし……そこから魔界に来て、今度はパインフィールドの世界へ旅立ち、そして戻って来たと……おふぅ、中々にハードな生活ですな。


「ふむ……そうなのか」

真咲さんはウンウンと頷くと、少しだけ悪戯っ気に微笑みながら、

「なぁ……私と会えなくて、寂しかったか?」

と尋ねてきた。


「お、おうよッ。ごっつ寂しかったのぅ……枕を涙で濡らしてしまったわい」


「……本当か?何故か物凄くいい加減に聞こえるんだけど……」


「そ、そんな事はないぞよ」

まぁ……正直に言うと、寂しかった、なんて考える間もなく旅立ったと言うか……

ともかく、慌しかったのですよ。

そもそもいづみちゃんと居る間は、真咲さん達の事は記憶から削除されていたからねぇ。


「ふ~ん……まぁ、良いんだけどさ」

と、真咲さんがジト目で俺を見やると同時に、コンコンと短くドアがノックされ、ルサールカさんが顔を覗かせた。

どうやら待望の飯の時間のようだ。


「はぁ……やっと飯か。いやもう、腹ペコで御座るよぅ」


「ん、そうだな」

「この世界の御飯……ちょっと楽しみです」

真咲さんと優ちゃんも、ニコニコと嬉しそうだ。

もちろん黒兵衛も

「ハァ~……やれやれ、やっと飯の時間かいな」

真咲さんの膝の上で、溜息混じりに呟いた。

その瞬間、

「い…いやぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?猫が喋ってるーーーッ!!」

真咲姐さんは顔を引き攣らせ、いきなり黒兵衛を鷲掴むと、

――ガッシャーーーーーーン!!

それを思いっきり窓に向けて、放り投げた。


「うぉい!?」

グッバイ……我が心の友よッ!!

いきなり星になっちまうなんて……

さすがに哀れ過ぎるわい。









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