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亡霊と不死者の時間-Things separating ATHANATOI from ghosts-  作者: すたりむ
第三章:天変地異⇒天変地異!?
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31.未来-future-

 数日後。

 わたしは杉山さんと関羽……否、加藤を見送りに、大さん橋まで来ていた。

 結局、彼は名前を継承することにしたのだ。だから横浜の戸籍にも、加藤弥生の名で登録されることになった。

 横浜市の失敗、ブラックボックスとして歴史の闇に封印されていた二人は、こうして陽の当たる場所へと戻ってくることができた。


「関帝結界は、無事に再起動したが」


 加藤は、自身の赤い髪を気にしながら、言った。


「正直、元の加藤と違って私は、魔術とやらについては素人だ。付け焼き刃に過ぎぬし、いつ消えるともわからん。専門家からアドバイスをもらう必要がある」

「だから幕張に行く、ってわけね」

「田中とやらには悪いことをしたがな。約束の報酬がもらえてない! とごねられてしまった」

「あー。あれは単に罪悪感にかこつけて報酬つり上げようとしてるだけだから気にしなくていいわよ。あいつはああいう奴だから」

「そういうものか」


 加藤は首をかしげた。赤い髪が、それに合わせてゆらりと揺れる。

 ……こんな風にこいつと穏やかに話すことになるとは、戦っているときには思ってもいなかった。

 わたしたちの作戦は、関帝を大きく損傷し行動不能にして耐性を下げた状態で、「人間に被せるもの」としての属性を帯びた「周倉」を無理やり被せることで、関帝を人間にしてしまうことだった。

 それがうまく行った……のかどうか。実を言うと自信がない。

 なにしろ、伝承通りの姿ではなく、それどころかかつて関帝を討ったはずの少年の姿を借りて、関帝自身が人間になることを「選んだ」のだ。作戦がうまく行ったというよりは、「説得されてくれた」というのが本当のところではないだろうか。

 まあ、どっちでもいいけど。結果オーライだ。


「しかし不安だ。幕張というのは、例の志津方山の元同僚の集まりなのだろう? 本当に信頼できるものなのか?」

「わたしも直接、彼らと面識があるわけじゃないけどね。たぶん大丈夫じゃない?」

「軽く言ってくれるな」

「いや、加藤だけだったら不安だけどね。杉山さんは目端も利くし、助けてくれるでしょ。だから大丈夫よ」

「……むしろ彼女が危険ではないか。私はついてくるべきではないと説得したのだがな」

「なりません」


 杉山さんはむくれた顔で言った。


「仮にも加藤弥生の名を継ぐのです。しっかり独り立ちできるまで、わたしがちゃんとサポートします」

「ほら、この調子だ。頑固なのは「関平」の影響か。はたまた「周倉」の影響が残っているのか」

「そんなのは関係ないでしょう。これは関帝と部下の話ではなく、加藤弥生と杉山羽菜の話なのです」


 杉山さんは平然としていた。

 そう。「周倉」を返却したはずの杉山さんは、なぜか「関平」の方を継承してしまっていた。

 加藤の意思によるものではないらしい。取りあげることもできないようなので、なにかの事故か、それとも。


(あるいは、「関平」自らの意思で、新たな主を選んだのかもしれない。関帝の補佐としてふさわしい者を)


 そんなことを考えてしまうのは、感傷だろうか。


「とはいえ、楽しみだ」


 加藤の声で、わたしは現実に引き戻された。


「結局私は、横浜しか知らないからな。外の世界、それがどうなっているのかを改めて見物するのは、それなりに楽しみだ」

「そういうことなら期待していいわよ。幕張、魔術の研究機関として、東京圏の中で半世紀は先を行っているって噂があるくらいの未来都市だからね。きっと楽しいものが待っているわ」

「期待しておこう」


 加藤はそう言って、笑った。



 その後いくつかとりとめのない会話をして、船が来たのでわたしたちは別れた。

 再び会える日を楽しみに。たぶんそれは、そう遠いことではないだろう。



--------------------



 山下公園にて。


「わーっはっはっは! マスカレード仮面ハイパー、満を持してただいま参上!」

「ああ……今日も素敵です、松山課長っ」

「ここは変わらないわねー……」

「あら高杉綾子、見送りはもう済んだの?」


 遠くからヒーローショーを眺めていた島田さんは、すぐ素に戻ってそう言った。


「今日は司会じゃないのね」

「あれもローテーション制になったのよ。今回の件でうちの課はめちゃくちゃ褒められて、予算と人員が少し増やされることになってね」

「それでもヒーローショーはやめないのね……」

「しょうがないでしょ。ノルマよ、ノルマ!」


 げんなりした顔で島田さんは言った。


「それより、志津の助手もまた勤めるんでしょ。大丈夫?」

「今度こそいきなり暗殺はされないでしょ。それに今回は助手というより、監視役だからね。『再生機構』と私をなめたツケ、十分味わわせてやるわよ」


 そう。志津方山はまた、中華街に研究室を構えることになった。

 もっとも、関帝なきいま、中華街に解明されるべき異常現象などない。陰楼もいないし、実質ただ干されてるだけとも言える。

 加えて、移動の自由も制限されるそうだし、島田さんが監視に付くし、予算も大幅減額だし、横峰さんからの信頼もなくなった。志津にとってはひどい仕打ちだろう。

 ……そこまでやってもなお、またなにかやらかしそうなのが、志津の油断ならないところなのだが。

 ほとぼりがさめたら、わたしも一度顔を出そうと思っている。なにしろ、わたしを二回も殺してくれた相手だ。恨み言はいっぱいある。


「でも今回は『新生の道』からも監視役付くけど、そっちとの折り合いは大丈夫?」

「……あなたに心配されると複雑なんだけれど、高杉綾子。ていうか、あの楢崎って奴は信用できるの? 打ち合わせでも調子いいことばっかり言ってへらへらしてたけど」

「あー。一切まったくカケラも信用されてないからいつ死んでも惜しくないところに放り込まれてる奴なので、心配しないで。いざとなったら後ろから撃てば死ぬから」

「いつも思うけど、あなたたち『新生の道』って味方の扱いが雑よね。だから内部抗争するのよ?」

「うん。わたしもそう思う」


 というか、この人選を考えたのはケイと片嶋さんなのだが。


(たぶんあのひとたち、『やっかい者を中華街に閉じ込めよう』的なノリで選んだわよね、人選……)


 これが今後の火種にならないことを、わたしとしては祈るばかりである。


「で、そういえば考えてるの?」

「え、なにが?」


 島田さんに言われ、わたしはきょとんとした。

 彼女は、はあ、とため息をついて、


「どさくさにまぎれて、ヒーローショーに出るって言っちゃったんでしょ、あなた。シナリオ担当の八木くんがかなりハッスルしてたわよ」

「……そうだった。なんとかごまかせないかな」

「諦めて出たほうがなにかと丸く収まるわよ。観念しなさい、悪の女帝ミストレス・セカンド」

「だからその名前まだゴーサイン出してないっての!」


 抗議しながらも、なんとなく予感しているわたしがいる。


(あー……たぶんこれ、なんか押し切られる流れだな……)


 人生は、ままならない。そういうものである。



--------------------



「あれ、こんなところでどうしたの、小辻くん」


 横浜支部に帰る途中で、小辻くんと風見、それからチカに出会った。

 珍しい取り合わせだな、と思っていると。


「すいません、高杉さん。明日には横浜、出ないといけなくなっちゃって」

「第七軍でなにかあったの?」

「そういうことみたいです。僕もちょっと、詳しくはわからないんですけど」


 小辻くんは首をかしげている。……なにか、きなくさい話なのだろうか。


「それで、俺も行くことになってな」

「え、風見が? 再契約ってこと?」

「ああ。横浜の仕事は終わったし、どうしようかと思っていたところに声がかかってな。「藤宮」の仲介とあらば正式な仕事だ。請け負うに不足はない」

「っていうわけで、あたしがここにいたのはそういう理由なんだよ。後で『セカンド・パーティ』の子たちにも声をかけるつもり」

「へえ……沙姫からの依頼ってこと?」

「うん。手紙でしかやりとりしてないけど、梶原さんってけっこうすごいひとだね」

「まあ、あの子の頭の回転は本当にどうかしてるからなぁ……」


 かつてライバルなんて言われていた身としては、肩身が狭いことこの上ない。結局わたしも志津と同じで、天才なれど大天才ではないのだ。

 志津と違うのは、『だから自分が無価値だ』とまでは思わなかったことだろうか。


(学生時代、まだ天際さんの背中を追っていた頃に作った銅の街の錬金術コペルニック・アルケミー。あれが、ちゃんと役に立つ日が来たんだから)


 横浜に来た頃、高杉綾子という名の人間は、自分の価値を見失っていた。

 憧れたる天際波白、遙かなる梶原沙姫が名声を集める一方、誰からも価値を認められず、望んだ方向に行くこともできなかったわたしは、半ばヤケになっていたと思う。

 けど、その高杉綾子の作った魔術は、結局巡り巡って、高杉綾子という名のわたしに引き継がれ、ちゃんと役に立ってくれた。

 無駄ではなかったのだ。彼女は。彼女の人生は。

 それはわたしにとって、小さな救いだった。


「……高杉さん?」

「小辻くん、あなたには世話になりっぱなしだったわね。最後まで一緒に戦ってくれて、ありがとう」

「はい。お役に立ててよかったです!」

「今度なにか、どうしようもなく困ったことがあったら、頼ってきなさい。暴力で解決できることなら、多少は役に立つわよ」

「あははは……はい。考えときます」

「風見も、元気でね。強いからって周りに信頼されすぎると危険な任務に当てられて早死にするから、用心するように」

「おまえが言えたことか? それはおまえの実体験みたいなものだろう」


 風見は苦笑しつつ、


「ともかく、今回はいい仕事だったよ、高杉綾子。いずれまた、どこかで」


 言って、わたしたちは握手をした。



 それでこの二人とはお別れ。

 だから、わたしは知らなかった。

 彼らがこれから向かう戦いが、横浜どころか東京圏、いや、世界そのものの存亡に関わるような、一大決戦のまっただ中だということを。

 わたしがそのことを知るのは、戦いが終わってからずっとずっと後のことになるのだが……それはまた、べつの話。



--------------------



 さて、最後に向かうのは『新生の道』、横浜支部である。

 といっても、建物自体は完全に倒壊しているので、いまはその横の借り事務所である。職員も最低限度以外は自宅で仕事、部屋が少ないので課ごとのパーティションも最低限という、前から比べてもひどい環境になったのだが。


「そのあたりはまあ、横浜との交渉でどうとでもなる。今回、一方的に襲われたことについての賠償請求は通りそうだからな。前より立派なビルが建つぞ」

「それはいいんですけどね」


 ケイの言葉に、ものすごい不満そうに言ったのは、谷津田くんだった。


「なんだよ、谷津田新支部長(・・・・)。ハッピーな出来事なのに浮かない顔だな」

「ハッピー要素どこすか。いや、ていうか根本的に、なんで俺が支部長なんですか?」


 という話に、気づいたらなっていた。

 いや、ごめん。実はわたしも一枚噛んでたりする。てへ。


「関内に突入する前の晩、高杉からこの構想を聞いた時には、冗談だとしか思わなかったのに……」

「そこで全力で止めなかったおまえが悪い。そもそも、おまえは理想的な立ち位置なんだよ。名目上は『主流派』側の人材で、しかし『主流派』側の裏工作をたくさん知ってるおかげで『非主流派』からも味方に引き込みたい人間。私とエルが「今回の事件最大の功労者」っつって本部に喧伝すれば、支部長の席なんざちょちょいのちょいだ」

「どうでもいいけど私をエルと呼ぶのはやめろ。私は芦屋郁枝だ」


 と、これは横にいたエル……じゃなくて芦屋さん。もう幻術で印象をごまかすのはやめたせいか、ケイと並ぶと姉妹にしか見えない。

 言わないけど。両方から罵倒されそうだし。


「佐伯あたりにやらせりゃよかったじゃないですか。あれは『主流派』も『非主流派』もない、クリーンな人間でしょう?」

「馬鹿、あれは裏方でしか能力を発揮できないタイプだよ。それにおまえ、わかってないようだから言っとくと、おまえが支部長になるのはおまえの暗殺を企むグループを牽制する狙いもあるんだからな。『主流派』の恥部をいろいろ知ってるおまえは、未だに危ない立場なのを忘れるな」

「暗殺されたくらいじゃ死にませんよ、いまの俺は」

「念のためだ、念のため」

「はあ……まあ、わかりました」


 谷津田くんは、不承不承といった感じでうなずいた。


「まあまあ、わたしも全力でサポートするからさ! 主に裏工作で!」

「おまえのできる裏工作って暴力だけだろう、高杉」

「え、そんなことないよ。交渉してるケイの横ににこにこしながら控えてるだけでなんとなく相手ビビるよ?」

「それが暴力だと言って……なにを言っても無駄か。くそ」


 谷津田くんは吐き捨てた。

 わたしはにやにやしてから、少し真剣な顔になって、言った。


「ま、いいじゃないの。前に言ったでしょ、わたしの目的」

「……横浜を聖域にする、だったか」

「そう。わたしも、ケイも、谷津田くんも――関わったひとみんなを不幸にしない、そういう場所にする。『新生の道』にも、『再生機構』にも、それどころか横浜市にも、手出しさせない。絶対にみんな守り切る、そういう場所を作りたい」

「だが、できるか?」

「さあ? けどまあ、少なくとも……」


 わたしはケイと芦屋さんを見ながら、言った。


「わたしもケイも、基本的に善人とはとうてい言えないからね。暴走するかもしれないし、そうなったら――止めてくれる英雄が、必要よね?」

「それを俺にやれと?」

「だから支部長なのよ。どう、やる気出た?」


 わたしの挑発的な言葉に、谷津田くんは笑って言った。


「もちろん。――おまえは俺の、宿敵みたいなもんだからな」



 未来は不定。

 まだ先のことはなにもわからない。この道が正しいものかも、その先になにが待っているかも。

 だけど、不安はない。

 わたしはもう、自分に価値がないなんて思わない。みんなを幸せにすることができると、少なくとも一度はできたと――その誇りが胸にある。

 だから、進んで行こう。

 先の見えない、未来へ向かって。



(亡霊と不死者の時間、了)

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