30.関帝-Guan Yu-(後)
腕を組んで、仁王立ちして。
わたし、高杉綾子は決め台詞を吐いて、傲然と笑ったのだが。
「勝手なこと言ってんなー、あんた。いま戦える体調じゃないっつったの、誰よ?」
横からにゅっと大東が出てきて、いつもの調子でぼやくように言った。
「仕方ないでしょ。志津の研究室に隠しといたこの身体は、不活性状態で何日も置かれていたんだから。再起動時はほぼ魔力切れ。いま必死で回復してるところよ」
「あいあい。つまり回復し切るまで時間を稼げってんだろ? やってやるよ。まあ――」
大東はにやりと笑った。
「デカブツ相手の立ち回りは『セカンド・パーティ』の十八番だ。任せな」
「おうよ! なんならあいつ、あたしたちだけで倒しちまってもいいんだぜ!」
横からにゅっと出てきた桂木ちゃんが、いつものように騒いだ。
「今回僕は人型ですけど……すいません、魔力切れでちょっと、大きくなれません」
「いいわよ、小辻くんは防御専念ね。頼りにしてるわ」
「はい!」
小辻くんは嬉しそうに笑った。
「ふ、そしてマスカレード仮面である! まさかこのタイミングで悪の女帝ミストレス・セカンドとの共闘が実現するとは、実に感慨深い!」
「……わたし、まだその名前にオーケーした記憶がないんだけど」
「私も今回は行けるわよ! 研究室跡から掘り出した『冬のボーナス先取り杖』の力、今度こそ見せてやるんだから!」
松山と島田さんはいつもの調子。戦闘員の皆さんこそいないが、やる気満々だ。あとスルーすんな。
風見は珍しく、あきれたように、
「だそうだ。こちらはこの程度の人数であるが、さて。関帝側に異論はあるか?」
「あるものかよ。その程度の人数で……神たる我が身を落とせるものなら、やってみるがよい!」
関帝、そしてその前にいる人形……雰囲気からして、おそらく「関平」の力をまとった人型は、吠えた。
咆吼。
それは、単純な音ではなく、それひとつで世界を曲げるような、呪に満ちた声だった。
が。
「ふはははは、ではここでマスカレード仮面のテーマである! とうっ!」
松山のかけ声とともに、勇壮な、そしてどことなく前時代的なテーマ曲が流れ、その咆吼の影響とぶつかり合って相殺していく。
直後、殺到した触手を、
「死の舞踏、真!」
「氷壁陣、展開!」
風見の鎌による防御壁と、大東の陣地が迎え撃ち、前者は悲鳴のような音を上げながらも完全に防ぎきり、後者はやってきた触手を氷漬けにして地面とつないで動けなくした。
直後、がきがきがき、という音を立てて、刃物が何度もぶつかる音が響いた。
「谷津田くん!」
「くそ、やはり「関平」が本命か……小辻!」
「はい、お助けします!」
谷津田くんと小辻くんが、「関平」の人形を二対一で相手取る。
関帝はそれを見てうなり、
「ならばこれはどうだ! 我が怒りを見よ!」
黒い霧を噴霧し、あたりに充満させた。
それは死の霧。関内エリアを囲む結界の内側にあった、触れるだけで死をばらまく瘴気だったが。
「させるかー! 界状鎮静波!」
島田さんの杖から放射した波が、それを押しとどめ、消去していく。
「ふっ、見なさい高杉綾子! これがあなたのふざけた魔力に対する対応策! 世界そのものを正常化することで全圧型の魔術を封じる、必殺の大結界よー!」
「ほー……あんなやり方もあるんだ」
わたしは素直に感心する。島田さん、やはり研究者としては一流らしい。
「おい、あたしはなにすればいい! 指示くれ、高杉!」
「んー……とりあえず尻尾? 頭? よくわかんないけど左側は触手ついてないよねあいつ。桂木ちゃん、ぶん殴ってきて」
「がってん!」
嬉しそうに叫んだ桂木ちゃんは、あらかじめ重加速しておいた身体ですいすいと動きながら、
「対象術式の逆算開始! 竜牙烈掌、励起完了! 実行!」
走りながらの詠唱を完了しつつ、左側面の肉に全力で術をたたき込む。
関帝が苦悶の声のようなものを上げた。
(効いてる! けど……)
「おわっ、たっ、とっ!」
どっかんどっかん、陸に打ち上げられた魚みたいに跳ねて桂木ちゃんを押しつぶそうとし、あわてて桂木ちゃんは逃げ回りながら二発目を撃つタイミングをうかがう。
(あの子おおざっぱだけど、わりとちゃんと戦えるのよね……)
状況は悪くない。相手の攻撃すべてに対応できている。
だが全体を俯瞰するわたしは、違和感を覚えていた。
(このままで終わるはずがない。なによりまだ――アレが来ていない)
「なるほど、確かに私に挑むだけの陣容ではあるようだ!」
谷津田くんと刀で戦っていた「関平」が叫び、同時に関帝の身体が大きく波打った。
「ならば試そう! 一人は絶対に死傷者が出る状況に置かれたとき、誰をおまえたちが捧げるか――!」
声とともに。
一瞬で、その場に存在していた音が全部消えた。
(え?)
しゃべった言葉も、なんの音にもならない。
すぐにわかった。人間の耳には聞こえない「音」という概念が場を満たし、他の音を打ち消しているのだと。
その効果は……見るまでもなく、すぐにわかった。
「くそ、陣地が全部壊れた!」
「精霊刀が……!」
「うおおおい! 秘術流まで消えてるぞ! なんだこれ!」
「装備術もダメか! 指示をよこせ、高杉!」
その場の全員から報告が上がる。
(小型の魔力嵐を意図的に作り上げて、その場の持続的な魔術という魔術をずたずたにしたのか!)
「小辻くんは全力ガード! 風見、右側頼んだ! 残りはがんばれ!」
「了解です!」
叫んで小辻くんは、精霊刀と加速が消えた谷津田くんのカバーに入り、激しく「関平」と激突した。
「任された!」
風見は珍しく、力強く言うと、人間離れした不思議な歩法で関帝本体の右側に回り込み、
「死の舞踏、偽!」
詠唱とともにハイキックをたたき込む。どしん、と大きな音とともに、関帝が苦悶のうめきを上げた。
即座にそちら側の触手が一斉に風見を狙うが、風見はそれらを不可思議な動きですべて回避。さらにいつの間にか鎌まで復活させ、また関帝の胴体に向けて攻撃を始めた。
そうこうしているうちに、
「秘術流、拡張! へへっ、桂木さま復活だぜ!」
左側の桂木ちゃんが嬉しそうに叫び、
「装備、加速重ね!」
精霊刀を復活させた谷津田くんが全力の加速とともに「関平」にぶち当たっていき、戦線が復活する。
松山と島田さんによる敵全体攻撃の抑制は相変わらず。戦線は復活し、さらに余剰戦力となった大東が次々に陣地を敷き始めた。
「はっはー! この程度ならまだどうにかなるってわけよ! そらそら、こっちにも触手カモン! みんな吹っ飛ばしてやるよ!」
「そうか。この程度なら乗り越えてしまうか」
関帝、いや「関平」は、激しく谷津田くんと切り結びながら、静かな声で言った。
……あ、やば。
わたしが考えた、その瞬間。
「ならばこれはどうする!」
関帝が――跳んだ。
地面から大きく天井まで。長さ数十メートルの肉塊が軽々と跳ぶ姿は、スケール感を失わせるものだったが。
こんなものが落ちてきたら人間はひとたまりもない。人間でなくともひとたまりもないだろう。本来は竜族が得意とする技――魔力に守られた質量攻撃というのは、そうとうにやっかいだ。
そして、それを打開する方法はある。あるが……
(やはり! 関帝は……こちらの切り札を理解している!)
わたしの心がすぐに、覚悟を決めた。
「全員、中央に集合して! 杉山さんはまだ待機!」
「なに……!?」
言葉に、「関平」が目を剥いた。
全員が指示に従って中央に集まる。わたしは……
「複製原体!」
自分の前に青白い魔力が集中し、それが人の形を取る。
同時にわたしの身体の方は、崩れるように倒れ。
意識が、人型たる自己領域に移る。
(火力が足りない。借りるわよ、大東!)
わたしは物理から解き放たれた身体で限界まで加速し、大東が作った罠用魔法陣を片っ端から踏み抜いてから、未だ浮く関帝へと突進した。
「竜牙滅掌!」
――衝撃が走った。
わたしの自爆攻撃で身体を叩きのめされた関帝は天井に激突。さらにわたしの身体を追ってきた大東の罠魔術が一斉に関帝に炸裂。関帝の身体は当初の予定よりはるか手前に落ちて、地面を大きく傷つけた。
当然、全員無傷。わたしは昏倒した状態から起き上がり、
「戦闘再開! 距離が縮まっているのに各自注意!」
「うおっしゃー! やってやるぜ!」
桂木ちゃんがハッスルしながら、まず最初に動いて向かって行った。
風見も、谷津田くんも。次々と手練れたちが戦線に復帰していく。
(……いましかない)
他にもまだ、関帝の使える手はあるはずだ。
そして関帝はおそらく、わたしに杉山さんを殺させるつもりだ。
さっきの質量攻撃も、杉山さんの俊足と剛力があればなんとかなった。が、彼女は戦闘については素人である。隠れているいまならともかく、出てきたところを関帝から総攻撃されたら、ひとたまりもなく殺されるだろう。
トロッコ問題。多を救うために一を殺す、おまえはしょせんその程度だと、思い知らせるつもりだ。
……なめたまねをする。
だったらわたしは、全力でそれをぶっ潰す。
「大東!」
「なんだよ!?」
「陣でわたしを強化できる!?」
「で、できるけど……もう行けるのか!?」
「ギリ、いまだとダメ! だからブーストお願い!」
「ええいくそ、わかったよ! 呪強陣、展開!」
大東の言葉と共に、わたしのまわりの地面が青白く光り、魔力が強化されていくのを感じる。
その感触を頼りに、わたしは狙いを定めて。
「装備、幻想火薬庫」
弾薬庫を生成し、
「加速、加速」
重加速を発動して、
「跳躍!」
跳んで、一気に関帝との距離を詰める。
異変を察知したのだろう。関帝の触手が一斉にこちらに襲いかかるが、風見と桂木ちゃんが全力で阻止。
黒い霧がさらに勢力を増すが、島田さんの抑制魔術を破るには至らず。
恐怖を与える声も、マスカレード仮面の歌唱の前にわたしをとどめるに値せず。
たどりついたわたしは、全弾薬を消費して弾薬庫と加速と跳躍の全魔術を生贄化。
叫ぶ。
(ああ、やはり、高杉綾子という人間の生は、無駄ではなかったのだと――)
「銅の街の錬金術!」
弾けた。
爆音と共に、関帝を覆っていた魔力による防御壁すべてが弾け、肉塊が崩壊した。
すさまじいダメージに関平の人形が停止し、谷津田くんがとどめを刺したのを後ろで感じる。
それを見ながら、
「杉山さん!」
わたしは叫んだ。
答えるように、彼女は物陰から超スピードで戦場を通過し、わたしの前に立った。
「関帝!」
しゃべる人形を失い、もはや意思疎通も難しくなった肉塊に、杉山さんは叫ぶ。
「わたしが間違っていた。いえ、わたしたちが間違っていたんです。
関帝が選んだ者が世界を救うのではダメだった。人々が人々を救うのでなければダメなのです。だから――」
杉山さんは、一切の防御が失われ、醜く傷を露出させた肉塊に近寄り、
「これはダメです。あなたに頂いた「周倉」の力――たったいま、お返しいたします」
彼女の言葉に、大きく肉塊はのたうち、
『――そうか。
これほど人間とは強大で、賢く、しぶとくあったか。
ならば……たしかに、間違っていたのは私の方、なのだな』
そんな声が、聞こえた。
全員、立ちくらみのようなもので、茫然自失していた。
世界が明らかに切り替わった感覚。それを味わっていたのだ。
それが収まったとき、あれほど巨大だった関帝廟内部の空間は、ごく普通のお社のものになっていて。
そして、あれほど巨大だった関帝の肉体も、跡形もなくなっていた。
代わりに、ひとりの人間……少年が、その場に立っていた。
「関羽と呼ばれども、私にはその記憶がない。ならば……まあ、この身体を借りるのが相応であろう」
「あなたは……」
杉山さんの言葉に、少年……関羽は、小さく笑った。
「私が最も尊敬する勇士の姿だ。よく真似ていると思うが……杉山羽菜。おまえから見てどうか?」
「……髪が、赤い、ですね」
「ほう」
彼は言って、また笑った。
「それはよかった。伝承通り赤ら顔になどなったら、酒飲みだと誤認されてしまうところだ。赤い要素が髪であれば、それはまあ、許容範囲だ。
……教えてくれないか、杉山羽菜。私の肉体、この少年は、なんという名前だった?」
「加藤」
杉山さんは言った。
「加藤弥生。それが、彼の名前でした」
こうして、戦いは終わった。
負傷者多数なれど死者なし。中華街はひどい損壊を受けたが、横浜市民には一切の被害を出さなかった。
……そう、これでようやく、終わったのだ。
横浜の過ちは、横浜の傲慢は、横浜の失敗は――このとき、終焉を迎えた。
---next, future.
【魔術紹介】
1)『界状鎮静波』
難易度:S+ 詠唱:完全詠唱 種別:対術
周囲の魔力環境を平常状態に保つ術。
魔力嵐だろうと全圧型の魔術だろうと、問答無用で鎮圧する、かなり強力な魔術である。魔力が大きい相手の魔力を大きく使う術により効果的。
これは完全に島田さんオリジナルの術であるため、使える人間は他にいない。
2)『複製原体』
難易度:SSS++++ 詠唱:特殊 種別:違反
高杉綾子の使う「自己領域を複製する」魔術。
完全に身体まで複製するには手間がかかるが、領域だけであればこのように、即席の自爆攻撃まで行える優れもの。ちなみに身体を作るためには大量のタンパク質を用意して原型を作り、その後で自己領域の再生機能と食事でだんだん整えていく必要がある。
高杉はそれをこの話を通じて三回もやっている。行きつけのフライドチキン屋は、なんでこいつこんな頻繁にチキンパーティやってんのと若干引き気味であった。
3)『竜牙滅掌』
難易度:SS+ 詠唱:完全詠唱 種別:打撃
作用反作用の原理を無視して、相手に威力だけをたたきつける近接自爆術式。使った術者は死ぬ。
魔術といえども物理には逆らえず、したがって通常の打撃魔術には、作用反作用の原理に伴うバックファイヤを抑制する防御術式がセットで付いてくるのだが、この魔術は竜牙烈掌以上の攻撃力を持ちながら、一切バックファイヤをケアしない。だから死ぬ。
通常は、こんな魔術を使える術者を自滅させるなどあり得ないので、まず使われない魔術なのだが……高杉綾子のコピーで増える性質とは、あまりにも相性がよすぎた。




