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亡霊と不死者の時間-Things separating ATHANATOI from ghosts-  作者: すたりむ
第三章:天変地異⇒天変地異!?
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30.関帝-Guan Yu-(前)

 一日と少しだけ、時間を遡る。


「トロッコ問題?」

「そう、トロッコ問題」

「なんだそれは。線路の引き方についての工学的な問題か?」

「違う違う。倫理学の問題よ。暴走トロッコが人をはねて殺す話」

「人殺しの話なのに倫理……?」


 いぶかしげに問い返す俺を無視して、高杉は続けた。


「セットアップはこう。いまトロッコの線路があって、目の前で分岐がある。んで、自分はその分岐のレバーをにぎってるわけね」

「ふんふん」

「で、向こう側から暴走したトロッコがすっとんできてて、そのままだと分岐の先で作業している五人が死ぬわけ」

「ほう。で?」

「レバーを倒せばトロッコはそっち側には行かないけど、別の線路で作業している一人が死ぬの」

「……なるほど」

「で、そのレバーを倒すべきかどうかってのがトロッコ問題の基本ね」

「倒すべきなんじゃないのか?」

「さあ? そもそもわたしがその状況に置かれたら「とっさに竜牙烈掌ドラゴン・ファングたたき込んでトロッコを爆発四散させて全員助ける」けど。たぶん学問で考えてるくらいなんだから、そういう話じゃないんでしょうよ」

「で、その話題がここで出た理由はなんだよ」

「まあ、わたしもこの話のキモ自体は忘れちゃったんだけどさ。昔、授業で習っただけだし。だけどまあ、いまになって思うと――分岐のレバーをにぎってる「自分」ってのが、すごく不条理な試験を受けているように見えるのよね」

「……なるほど。言いたいことは見えてきた。つまり、「能力」がそのまま「責任」になっている、という話か」

「そう。それ」


 高杉はうなずいた。


「不思議よね。能力って「できる」こと、つまり「自由」のために獲得するもののはずなのに、実際には「責任」が負わされている。トロッコ問題の主人公は、レバーを倒さなければ五人の人殺しになるし、倒したら一人の人殺しになるのよ」

「それが俺たちということか。力があるのに、なにもしないのは罪だと縛られている?」

「谷津田くんはどう? そういうの、感じたことない?」

「いままではないな。俺はそもそも、それほど圧倒的に強い人間ではなかった。強いて言うなら……」


 俺は苦笑して、


「俺とそれ以外の誰かを天秤にかけて、俺をずっと選び続けてきた人間だ、俺は」

「なるほど。当人なら話は変わるもんね。目の前にあるのがレバーじゃなくて爆弾で、トロッコ通過時に爆破すれば五人助かるけど自分は死ぬ、っていうなら、たしかにトロッコ問題はぜんぜん違うものになるわよね」


 高杉は妙に感心したように言って、それから付け加えた。


「なら、純粋にトロッコのレバーを持つ可能性があるのは、今回が初めてってことね。

 だったら銘記しておきなさい。それは「責任」であると同時に、「自由」でもあるの。あなたは一人を殺す責任を負う代わりに、五人を生かす自由を得ている」

「おまえは、そういう世界を生きてきたってことか」

「そういうこと。トロッコ問題の嫌なところは、「誰を殺すか」って記述されていることなのよね。わたしに言わせればこの問題は、「誰を生かせるか」だよ。それをみんな、勘違いしてるんじゃないかなあ」



--------------------



 あのときは、なんだかとりとめのない、不思議な会話だと思ったけれど。こうして情報が集まってみれば、まさに横浜とは「それ」だったのだ。

 関帝はレバーを持たされた(・・・・・・・・・)。それがそもそも間違いだったのだ。


「関羽、と来たか」


 ぐごごご、と巨体が身動きした。

 目の前で音声を発する端末――「関平」はあくまで無表情。だから怒っているか笑っているかは、俺にはわからない。


「わからんものだな。関聖帝君、関帝と呼ばれながらも、私は長い間、そう自分を呼ぶ誰かを熱望していた気がするのだ。だが、よりによってそれを最初に私の前で口にしたのがおまえとはな」

「不満か?」

「どうかな」


 巨体がごろごろと不穏な音を立てた。


「不敬ではあるだろうな。私の生きた時代では、本名を口にしてよいのは自分より格上の存在のみ。だがまあ、時代も国も違う話だ。いまさらその程度では咎めんよ」

「そうか」

「……が、気になることは確かだ」


 関帝はそう言って、関平の首をかしげさせた。


「私が人間だと? この見てくれの、この私がか?」

「見てくれはどうとでもなるだろう。そもそも、志津の呪いが解ければ、普通にあるべき姿に戻るのでは?」

「それだけではない」


 関帝は、関羽は、悲しげに言った。


「それだけではないのだ、我が従僕よ。おまえの目を通じて私は、人間のなんたるかを知った。さまざまな人間がいて、さまざまな思惑があることを知った。その上で――未だに私には、人間の区別がつかんのだ」

「……区別?」

「試みに問うが。風見と言ったな。数日前、この付近で我が従僕と戦った人間はおまえか?」

「ああ」


 風見は答えて、


「なるほど、先ほどからの違和感の正体はそれか。谷津田を通じて世界を見ていたのに、俺を知らなかった理由が引っかかっていたのだが」

「そうだ。結局私は、言われないとわからない。人間の区別がつかんのだ、この私には」


 関帝は物憂げに言った。

 俺はため息をついて、


「それは、杉山さんから聞いていたよ」

「杉山……ああ、「周倉」を与えた娘か」

「そこはわかるんだな」

「通常の人間からあまりにも逸脱した存在はな。

 おまえが出会った人間だと、「高杉綾子」と「小辻みそら」という名前で呼ばれていた両名は、飛び抜けて人間らしくなかった。その二名は他と識別できたが、後はわからん。会話の中で名前が出てきて、初めて、ああ、この相手はその名の個体だったか、と思う程度だ」


 関帝は物憂げにため息をついた。

 俺はうなずいて、


「知っている。そして、その理由もな」

「理由……?」

「ああ。関帝。否、関羽。おまえは……」


 俺は意を決して、踏み込む。


「自分の力を神として維持するために、識別機能を封じたんだろう?」

「…………」


 関帝は黙った。

 いや、先ほどから関帝と呼んでいるのは「関平」の人形なのだが、ともかく沈黙した。

 一日前、高杉に尋ねられたときには、はっきり理解できていなかった。だが、一日もこうして感覚を通じて関帝を観察してみれば、俺にだってそのくらいのことは見て取れる。


「そうだろう? 例えるなら、旧世界にあった飛行機だ。高い性能を発揮するために高い場所まで上がらなければならなくなった結果、地上の人間たちが豆粒ほどにしか見えなくなったのがいまのおまえの状況だ。そこまで高めないと人間を救えないと信じた、「神」としての関帝の帰結だ」

「そうだ。だがそれがどうした? 私は「神」としてこの地に呼び出された。その職責を、ごく普通に、全うしようとしたに過ぎぬ」

「その結果、おまえは人々を虐殺した」

「…………」

「責めているわけじゃないよ。だが、そのやり方は破綻していると言っているんだ。人間ではないなどと勘違いしたから、人間を救う機能が欠落したんだ。人間を導きたいならば、おまえは「神」を捨てなければならない。関帝から、関羽にならねばならない」

「神に人間の視座を得ろというのか。それができると?」

「だから、最初から言ってるだろう。おまえは神じゃないんだ。俺が人間であるように、おまえも人間なんだよ。谷津田久則という原型を持つ俺のように、おまえも関羽という原型を持つ以上は、人間でしかあり得ないんだ」

「言ってくれるな」


 ぐごごご、と関帝の本体が身じろぎした。


「だがあの志津方山という魔術師は、そうは思っていないようだったぞ。彼はひたすらに、関帝の力で世界を救うのだと言っていた。そのためならば、余波で数十万人がさらに死のうと構わんと、そう言っていた。私は……」


 関平が無表情に、だがどことなく悲しげに、言った。


「それがよいことなのか悪いことなのか、区別がつかなかった。ただ、そのために切り刻まれるらしい我が身を顧みて、これが神の顛末かと嘆いたのみだ」

「そうだったな。昨日のおまえは、ただ悲しみのみに暮れていた」


 ふと、俺は脱線であることを承知で、聞いてみたくなった。


「少し聞きたいのだが、おまえはおとといの夜、高杉綾子を殺したな? あれはなぜだ?」

「あれか? あれはおまえのせいだぞ、谷津田久則」

「……?」

「私はおまえを、私の半身のように感じていた。そのおまえの、高杉綾子に対する憤怒を、我が身のように感じていたのだ。だから攻撃した。そして我が身を、正しい我が身とするために、おまえを回収しようとしたのだ。邪魔されたがな」

「なるほどな」


 まあ、だいたいはわかった。


「憤怒、悲しみ、醜い、美しい……か」

「なにが言いたい?」

「おまえの言葉に出てきた価値観や感情の用語だよ。特に価値観は顕著だ。「醜い心根」「美しい心根」と言ったな。それは人間の価値観ではないのか?」

「…………」


 関帝が沈黙したので、俺は続けた。


「人間の価値観を持つ者が、人間たり得ないのは、悲劇だ。

 俺はそれが許せない。おまえは人間だ。人間でなければ、他は救えても、おまえが救われないんだ。関羽!」

「思い上がるな、従僕」


 ぎちり、と、場の濃度が上がった。

 怪物の胃にいるような悪寒と共に、なにかが確実に変わったことを肌で感じる。

 だが、不思議と恐怖はなかった。


「私を救うと言ったな。だが現実はどうだ。私がこの世界に現れたとき、人々は荒廃し、救いを求めていた。人々にとって「神」としての私は必要だった」

「だが、その結果は救いではなかっただろう!」

「否。救いとしようとして、救いとした者がいた。そうだろう?」


 関帝の声に、俺は言葉に詰まった。


「……最初に、「桃源郷の桃」の力を使ったという人物のことか」

「そうだ。義に生き、仁に篤い者だった」


 関帝は言った。


「当世では関帝結界、などと言うのだろう? あれは彼が、世界に救いをもたらそうとして、私から作ったものだ。その結果、この街は救われた。救われたはずだ。たしかに私が殺した人間は多かったが、それ以上の人間が、彼によって救われたはずだ。

 我が従僕よ。実のところ、私にはわからないのだ。志津方山なる男の試みが歪んでいたということは、なんとなくわかる。しかし彼の目的を私は否定することができない。たしかに彼が言うとおりにすれば、より多くの人々が、「神」たる私の力で救われるだろう。それを否定できるのか、おまえは?」

「トロッコ問題だ」

「……?」


 いぶかしがる彼に、俺は告げた。


「これは少数を犠牲にして多数を幸福にすることを是とするかどうかの問題だ。おまえが考えているのはそういうことだ。そうだな?」

「そうだが、しかし……」

「そしてその問題を、最初からひっくり返す回答をした者がいる」


 俺はあのときの会話を思い出しながら、言った。

 トロッコに竜牙烈掌ドラゴン・ファングをぶちかまして破壊して全員助ける、だったか。


「高杉綾子は認識できているんだったな、おまえは」

「ああ。もっとも、おまえを通しての像だったが」

「それでも客観的に見ようとすればわかるだろう。彼女は――」


 言葉をいったん切って、続ける。


「命を狙われ、立場を狙われ、仲間を狙われて――まわりの環境に振り回されて、とことん追い込まれながらも、騒動が始まってからいまに至るまで、一度も誰も殺してない(・・・・・・・・・・)んだ」

「…………!」


 関帝は身じろぎした。

 俺は風見をちらりと見て、


「ああ、あのとき風見が言った通りだよ。ああいう人間もいるってことを、俺は知らなかった。奔放に自由に我が意を貫きながら、結果としてまわりのみんなを幸福にしてしまう者というのがいることを、俺は知らなかった」

「誰も犠牲にせず、皆を幸福にできると。そういうのか、おまえは」

「さしあたり、俺はおまえが、自分を犠牲にするのを前提としていることに我慢がならん」


 俺はきっぱりと言った。


「だから俺は結局、こう聞きに来たんだよ。関羽、おまえのやりたいことはなんだ。我が身を裂かれる無様を嘆きながら、仕方ないで済ませていいものか。いいはずがあるか!」

「黙れ」


 関帝は身体をわななかせた。


「それでは彼が浮かばれないのだ。他の誰の犠牲を許容しても、私は彼の死を無駄にすることだけは、許容できないのだ」

「…………」

「私を討った男。義に生き、仁に篤い者。人々のための最善を願い、行動し、それにもかかわらず横浜の歴史から名を抹殺された少年。私が知る最も美しい心根の人間を、無駄にしてなるものか。無駄にできるものかよ!」

「それがおまえの与えられた「責任」だと言うなら――」


 俺は首を振って、告げた。


「それは「力」持つ者の傲慢だ! 責任は自由と共にあってこそだ! おまえには救う責務があるんじゃない! 救える自由があるんだ! はき違えるな!」


 俺と関羽は、互いをにらみ据えた。


「人間には、「神」の力が必要だ」

「違う。人間には、おまえの力は有用なだけだ。思い上がるな」

「そこまで言い張るなら――」


 関羽は言葉を切り、傲然と告げた。


「力を見せてもらおう。人間の力というものを」


 ごごごごご、と、建物が大きく揺れた。


「なんだ!?」

「誰かが封印を解いたのだろうよ。私の視界が明瞭となり、散らされていた敵意がこちらへと集合してくる」

「……桃源領域ザナドゥ・エリアが、破壊されたのか」

「そうだ。だからこれから私は完全なる「関帝」となる」


 関羽は言って、そして身じろぎした。


「我が従僕。否、谷津田久則よ。おまえがそうまでして、「神」たる我が身を否定したいなら――おまえが「高さ」の概念で言ったことを、覆してみよ。実力を以て、我が身を大地へ叩き落としてみせよ!」

「……っ!」


 触手が次々と立ち上がっていき、俺と風見が身構えた、そのとき。


「あら、ちょうどいい時間だったかしら?」


 背後から聞こえてきた声に、関羽……正確には「関平」の人形の顔が、ぎちりと歪んだ。

 俺はそちらを見ずに、


「もう来たのか。志津の後始末はいいのか?」

「共闘者の大部分には、中華街で志津が作ったとおぼしき施設を片っ端から壊してもらってるわよ。だから関帝廟の封印も、関内の結界もほぼ壊れた。

 後はこじらせた関帝をどうにかするだけ。そんでそれが暴力の応酬だってんなら――わたしにとっては、一番得意分野なんでね。ヒトの分際で神などと思い上がった馬鹿を、拳で黙らせればいいんでしょう?」


 腕を組んで、仁王立ちして。

 高杉綾子はそう言って、傲然と笑った。

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