3.陰楼の庭-the garden of hazes-(後)
すぐに図書室で、ふたりの作業は始まった。
やること自体はとても地味だ。過去の新聞を調べて、小田原関係の記録をひたすらメモする。
そうしているうちに、おぼろげにしか聞いていなかった小田原戦争のことが、だんだんわかってきた。
たしかにそれは、この世の地獄のような闘争だった。
潤沢な小田急線および東海道線の魔力を用いて割拠した各砦群による、大規模な戦闘の数々。勢力図はすぐに塗り替えられ、第二世代は見つかり次第、この『施設』とは比較にならないほど乱暴な促成栽培で兵士に仕立て上げられ、戦場に送られて死ぬ。
戦術核については、二回使われていることがわかった。驚くべきは、二回目にはたった一人の第二世代を焼き殺すために使われたらしい。そしてもっと驚くべきことに、その第二世代はその爆発を耐え抜いて生還していた。さらに驚くべきことに、それほどレベルの高い第二世代ですら、翌年には死んでいた。
どう考えても地獄としか思えない惨状だった。わたしは――もうこの頃になると、『魔獣』に同行することはあきらめていたが、それでも真摯に忠告した。やっぱり辞退した方がいいんじゃないの、と。だが彼女は聞く耳を持たなかった。
しばらくして、異常はゆっくりと、だが確実にわたしたちの前に現れた。
「やっぱりへんだよ、ここ」
古い『崩壊』前の地図。いまは異界によって使い物にならなくなったそれを指さしながら、彼女は言った。
「強羅砦。ここだけ特異だ。すぐ近くの箱根湯本なんかは何度も戦いに巻き込まれているのに、ここだけまったく小田原の影響を受けてない」
「でも、そこまで変かな? 地形のせいじゃないの?」
わたしはそう言った。
東京圏の中心、莫大なる魔力炉と化した山手大結界から、小田急線の線路は魔力を供給している。だけどその太いパイプがつながっているのは箱根湯本まで。
本来は観光地である箱根への直通ルートだった小田急線も、そこから先は山のせいで伸ばせていない。代わりにあるのは険しい山道を特殊な技術を駆使して登っていく箱根登山鉄道で、その終点が強羅だ。
つまり、強羅は接続する路線が特殊なために魔力供給に乏しく、さほど大きな砦ではない。それに加えて山の上であるため、攻めにくく、かつメリットもない場所なのではないか。最初、そうわたしは思っていた。
だが彼女は首を振った。
「攻めにくいのはたしかだけど、第二世代にとっては決定打じゃない。それに魔力が弱いのは防御力が弱いということで、攻撃側有利でもある。戦いに巻き込まれない理由にはならないよ」
「確かに……利益があるのに、放っておく理由にはならないわね」
そうしてわたしたちは、今度は強羅について調べ始めた。すると今度は、すぐにいろいろと不可解な点が出てきた。
「御殿場を……支配地域に含めている?」
「へんだよ。強羅はそんな大きな勢力じゃないはずなのに、どうしてそんなことを?」
「それになんの利点があるかもわからないわ。距離も遠いし、途中には異界もあるはず。維持するのは大変なはずよ。どんな裏がある?」
このあたりから、わたしもだんだんと、彼女の言うことに同調していった。小田原の裏で、知られざる陰謀が動いている。目の前にある資料は、その状況証拠であるように、確かに思えた。
その頃にはもう、彼女が『魔獣』と共に小田原に行くことは、『施設』で知られるようになっていた。雑音も多くなっていたが、わたしたちは気にしなかった。むしろ、彼女が出立する日が近づいてきており、急がなければならないという焦りの方が大きかった。
そしてある日、わたしたちはついに、それに突き当たった。
「酒匂川だ……」
彼女のつぶやきに、わたしもうなずく。
川。そして水。
それは当たり前すぎて、逆に気づかないことだった。
「都市を回していくインフラのうち、電力は魔力でタービンを回せば得られる。水も魔術で得られるけど、その量は少量で、とてもじゃないけど都市をまかなうに足りる量じゃない。だから――」
だから水道は、自然の河川から引くしかない。
この点から見ると、小田原で最も使える水源は酒匂川だ。この酒匂川は丹沢湖と箱根北部、そして御殿場を水源としている川なのだが、そのうち丹沢湖からの水は、近くにできた異界の影響で毒分が流れ出すようになり、現在はせき止められていた。
そう。強羅砦の支配地域は、現在生きている酒匂川の水源、その全域にまたがっていたのであり――おそらくは、それをなんらかの形で利用している。
図書室の資料で調べられるのはここまでだったが、できることはし尽くした。出発の二日前、わたしは彼女に対して、これで勝てるか、と聞いた。
「勝てる……目はある、と思う」
彼女はそう返した。
「たぶん切り札になるのは丹沢湖。ここからの水を、毒の異界を迂回して流すルートを作れれば、それで強羅の優位性は崩壊する。
強羅はおそらく、意図的に小田原の混乱を作り出して、泥沼の中で最大限の利益を得ている。だけどその優位性は水に起因していて、そこを崩してしまえば――」
「小田原の戦争を、終わらせられる?」
わたしは腕組みをして、聞いた。
「簡単じゃないわよ。わかってる? たとえ水源を確保したとして、そこから先は強羅との真っ向からの権謀術数対決になるわ。小田原をこの十年、影から操ってきた連中に、あんたひとりで立ち向かえると言うの?」
厳しめに言ったわたしの言葉に、彼女は笑った。
「心配してくれてるんだ」
「ここまで付き合ったんだから、当然でしょう」
「うん。だけど大丈夫。それにこれは、たぶん義務なんだと思う」
「義務?」
首をかしげたわたしに、彼女はうなずいた。
「たぶんあの子は……あの子がわたしに本気で助けを求めたのは、そういうこと。わたしじゃなきゃ勝てないと思ったから、戦場にわたしを呼んだんだ。
なら、それに応えてあげないと。――友達って、そういうものでしょ?」
以降は、後で聞いた話なんかも混じっていることだが。
その当時、『新生の道』の長である天際司令と『魔獣』の不仲はピークに達していて、『魔獣』は半ば処刑に近い形で小田原に送られることになっていた。だから『施設』はどうやってもわたしを『魔獣』に付けることはしなかっただろう。むしろその頃の『新生の道』は、『魔獣』亡き後の第二の『魔獣』としての働きを、わたしに期待していた節まであった。
そんなわけで、『魔獣』が表向き落ちこぼれの彼女を指名したのは、『施設』にとっては渡りに船だった。適当な生贄を口実にして『魔獣』を処分する。そんな期待の下に戦場に送られた彼女たちは、すぐに消息不明になった。
わたしはだいたい状況の見当がついていたけれど、黙っていた。一方で『新生の道』は本当に『魔獣』たちを見失っていたようだったが、まあ始末できればどうでもいいと思っていたのだろう。その話はそこで途絶え、やがてわたしは『施設』の最上級生として実戦デビューし、何回か、主に北側の戦場を体験したりした。
そして、わたしの予想通りになった。
異常を察した『新生の道』だが、手を打つことはもう無理だった。そのときにはすでに、『魔獣』――かの『漆黒の魔獣』天際波白は、最強の参謀として名を馳せるようになった彼女、梶原沙姫と共に、小田原はおろか箱根、足柄の大部分まで含めて支配下に収め、『新生の道』本体と伍するほどの巨大勢力、通称『第七軍』を作り上げていたのだ。
おそらく。天際波白は、梶原沙姫がそこまでできる人材だということを、見抜いていた。
だからこそ彼女を選んだ。――否、『助けを求めた』のだ。自分と肩を並べられる偉大な才能、そして友人に、どうしようもなく追い詰められたそのタイミングで、泣きついた。
もちろん沙姫も、それに気づいていた。だから、わたしがどれだけ痛めつけても、わたしの気持ちを理解していても、そして行く先にどんな困難があっても……退かなかったし、退けなかったのだ。
結局、わかったことはただひとつ。
この話に出てくる登場人物の中で、最も凡庸だったのがこのわたし。高杉綾子だったわけで。
その後いろいろあって左遷され、横浜の閑職に回されてもたいして動揺しなかったのは、あのときに完全にへし折れていたからで。
つまるところ、わたしという人間は――あのときにもう、いろいろとあきらめてしまっていたのだった。
これは、そういう話だ。
そんなことを考えているうちに、目が覚めた。
--------------------
目が覚めて即座にしたことは拘束の有無のチェック。オールクリアー。
頭痛も今回は抑えめ。意識ははっきりしている。だが、身体にどんな爆弾が埋め込まれているかは想像がつかない。とりあえず布団の隙間から見える部屋の様子に見覚えがないこと、それから近くに小辻くんとおぼしき、大きな魔力反応があることを確認する。
小辻くんがいる。ということは、彼も囚われている、というのでなければ、危険な状況ではないのだろう。
そこまで判断して、わたしは布団を押しのけた。
「ふう……」
不自然なまでにクリアになった頭で、まわりを見回してみる。
と、それを見て、わたしはぎょっとした。
思わず魔術をぶっ放しそうにまでなったが、「敷金が!」という小辻くんの叫びを思い出してかろうじてとどまった。いや、本当に、昨日の今日でなければ、反射的にすごいことやってたと思う。
それ――半透明の人間の身体のようなものは、わたしの存在を完全に無視してぼーっと窓際に立っていたが、やがてすうっ……と、壁を抜けて外に消えた。
わたしは改めて、窓の外を見た。
「中華街……」
そりゃあそうだろう。
あの人型の影。『陰楼』がいる場所なんて、横浜の中どころか、東京圏の中でも、わたしが知っているのはここしかない。
だけど腑に落ちない。なぜ中華街?
「あ、そうだ」
改めてあたりを見回す。
どうやら監視カメラ等の仕掛けはなさそうだ。幻術の気配も感じない。魔術的にへんな後催眠などが仕掛けられている可能性はあり得るが、これは後で他人にチェックしてもらわないと自分ではどうにもならない。だから後回し。
服を見ると、これは着替えさせられている。女物のパジャマだ。少々サイズが合ってなくてぶかぶかだが、それはまあいい。少なくとも服には、魔術封じの仕掛けはなさそうだ。
外を見ると日が照っている。壁際の大きな年代物の柱時計は正午近くを指していた。小辻くん歓迎会は昼過ぎに行われたので、時計が合っていて、かつあの後に倒れたというこの記憶が偽物でなければ、少なくとも一日が経過しているということになる。
……ふむ。
わたしはベッドから立って、軽く屈伸したりして身体の動きをチェックする。特に問題なし。
次にわたしは、全身を流れる魔力の渦を軽く意識し、手のひらを前に向ける。
――いまから使うのは、簡単な魔術ではない。
東京圏の魔術は、戦争と共に発展した技術だ。自然とその体系は、戦闘時に簡単に使えるように発達している。
具体的には、戦闘中にややこしい詠唱は無理なので、術の名前を叫ぶだけで成立することが求められる。このために本来の詠唱を短縮して使いやすくしたのが、いわゆる簡易詠唱。出力が落ちる代わりに、素早い発動を可能にする。
ところが今回使う魔術は、簡易詠唱によって出力が落ちるとまともに作動しない。そのため、完全詠唱と呼ばれる長い詠唱手続きが必要なのだが――
そんなことをして敵に気づかれるわけにはいかない。だから裏技を使う。
わたしの身体を流れる魔力を変換し、編成し、身体の上にペンを這わせるように制御していく。その力の流れは意味を持ち、加工され、一つの旋律のように変化していく。
大魔力の流れを詠唱の代用とし、大幅にカットする技術。これがもうひとつの東京圏の魔術の基礎、その名も詠唱短縮――!
「広域探査!」
ごう、と、魔力の渦がわたしの手から絞り出され、大きな球体を形作り。
そして次の瞬間、ばちゅん、という音とともにあっさり潰れた。
「……ダメか」
わたしは腕組みをしてうなった。
魔術が失敗した、という風ではなかった。妨害された。つまりこの施設、探知魔術の類を拒絶する仕掛けがつけられているらしい。それも、わたしの全力を封じるほどの仕掛けが、である。
さて、じゃあどうするかと考えあぐねていると、どたどたどた、という足音が外から聞こえてきた。
「高杉さん! 目を覚ましたんですかむぎゅ!」
「おはよう小辻くん。さっそくだけどちょっと聞きたいことがあるんで答えてくれる?」
「あいだだだだだ答えます! 答えますから笑顔で片手で顔面つかんで持ち上げようとするのやめてください!」
にこやかにアイアンクローを繰り出したわたしに、小辻くんはじたばた足をばたつかせて悲鳴を上げた。
ぱっと手を離すと、小辻くんは顔面を押さえてぺたんと座って、
「い、痛かった……高杉さん、挨拶代わりみたいな感じで暴力を振るうの、やめてくださいよ」
「怪しすぎる状況だからしょうがないでしょ。
さて、それじゃあ聞かせてくれない? わたしの記憶が正しければ、わたしは中華街の外側で倒れたわよね? そして、そのときには何人も知り合いがいたわよね? なんで小辻くんだけがここにいて、なんでわたしが病院じゃなくて立ち入り禁止の中華街の中にいて、どうして小辻くん以外に誰も知り合いの姿が見えないの?」
「それは、そのぅ……」
「不審な答えをしたらシームレスに拷問に移行するわよ」
「怖いからやめてください! とりあえず僕がここにいるのは、椎堂課長の指示ですよっ。他の人も業務があるし、立ち入り禁止だから長居はできないってことで帰ったんです!」
「なるほど。で、なんで病院じゃなくて中華街に?」
「それは、ええと、ハカセがそうしろって」
「…………。
ハカセ?」
よくわからない単語がでてきた。
「はい。ハカセが、病院では治せないけど、自分の施設なら治せると思うから連れてこいって」
「そのハカセって何者なの? 中華街の中にいるってことは、横浜政府の関係者?」
「僕にだってわかりませんよ。けど課長たちが知ってるひとみたいでした」
「へえ……?」
その情報は無視できない。
ケイや佐伯が信用したとなると、もしかすると情報課と通じている人間だったのかもしれない。
「外見を教えてくれない? もしかしたら、わたしが知っているひとかも」
「ええと、山高帽と眼帯をしてトレンチコートと黒いマントをはおった背の高いおじさんなんですけど、とても親切にしてくださって――って高杉さん!? どうしたんですか!?」
「いや、めまいが……」
どういうセンスですかそのひとは。というか、いまの季節(初夏)にそのいでたちはすっごい暑いと思うんだけど、なに考えてそんな格好を。
わたしよく生きてたなあ、としみじみ思っていると、小辻くんが続けた。
「とにかく、高杉さんは丸一日近く寝てて、いまは翌日です。僕はハカセと研究室にいたんですけど、魔術の気配があったから起きたんじゃないか、って言われて様子を見に来たところです」
「まあ、それはわかったけど……それでその、ハカセとやらはどこ?」
「ここだよ」
ぬうっ、と。
その男は、影のように静かに、その場に現れた。
あまりに奇怪な出方だったので、突如出現したのかと疑ったほどである。そしてその格好も、たしかに奇抜だった。
部屋の中だからか、マントと山高帽とトレンチコートはさすがになかったが、代わりに喪服のように黒いスーツとネクタイで決めている。そして眼帯。肌は黒い服と非対称に、際立って白い。髪は短く刈り込んで、その上で中央に向けて寄せたいわゆるソフトモヒカンとかいう髪型で、これがまた妙に目に障る。率直に言って、なんとも不気味な容姿だった。
わたしはげっそりして、言った。
「部屋の中でもそんな服って、苦しくないの?」
「来客がいるからな」
「来客? わたしたちのこと?」
「ああ。この服も、外出用の古い洋装もそうだが――要はロールプレイ、つまりははったりの類だ。こんな外見にするだけで、君たちは私をただならぬ者だと思ってくれる」
彼は肩をすくめて言った。……なるほど。とりあえず、筋は通っている。
ただし、ただならぬ者なのは事実だと思うけど。普通人はそんなはったりかまそうとは思わない。
「で、あなたは誰さん? わたしをここに連れてきたのはなにが目的?」
「私の名前は志津方山。魔法使いだ」
「……っ!?」
名を聞いて、さすがにわたしは息をのんだ。
その名は知れ渡っている。踏破不可能と言われた魔界・品川領域へと挑戦し、旧千葉県への到達、さらにはそこからの帰還まで果たした『六人』のうちの一人。及び、魔術学の権威である皆川静夫の高弟にして、今なお最先端の魔術研究者として知られる偉大な大魔術師――
「……『魔法のような魔法を使う』と謳われた、あの?」
「くだらない評価だ。魔法を使えば魔法のようだろう、普通」
ふん、と面白くもなさそうに彼は、その評価を一蹴する。
その姿勢は逆に、彼が志津方山その人だという説得力を、否応なく高めるものだった。
……まあ、たしかに、外見の印象に引きずられている感は否めないけど。
だが、ケイがこの男を知っていてわたしを預けたという先ほどの話が本当ならば、彼が志津方山だというのもうなずける。
加えて、立ち入り禁止の中華街に平然と出入りできること。そしてわたしの魔術探知を簡単に打ち消すだけの技術力。これだけ状況証拠が揃えば、まず本物だと考えてよいだろう。
志津方山。第一次品川調査隊の、数少ない生き残りの一人。竜殺しの一人。
その名はそれだけで敬意に値するものだったが、もう一つの疑問があった。
「それで、わたしをここに運んだ理由は? まさか、研究材料にしたかったとかじゃないでしょうね?」
「その誘惑に駆られたことは否定せんよ。
だがそれだけが理由でもない。倒れている君を見て、事情を聞いたところ、どうやっても病院では治せそうになかった。よって私の研究室に来てもらうことにした。なにか疑問はあるかね?」
「……倒れているわたしを見ただけで、そこまで判断したっていうの? いくら志津方山でもそれは――」
「ああ、それは誤解だ」
彼は言った。
「事情を聞いたと言っただろう。倒れるその前日の夜、君が事件に遭ったという話は、君の同僚たちから詳しく聞かせてもらった。だから状況はただちにわかったよ」
「――なんですって?」
事件。
つまりわたしが心臓を貫かれ、胴を輪切りにされた、あの事件のことだろう。
「あなた……なにを知ってるっていうの?」
「知っている事実は私と君で変わらん。というか、君の方が詳しいだろう。当事者なのだから」
「じゃあわたしの身になにが起こったって言うの? なんでわたしは殺されたと思ったのに生きてるの? あれはなんだったの?」
「ふむ。解説が必要か」
志津は独り言のように言って、それから向き直った。
「高杉綾子。聞けば非常に高レベルの第二世代だという。その魔力、MG指標で測って1900を越えると聞いた」
「ええ、そうね」
「事件のあらましはこうだ。この高杉綾子が、夜の街を家へと帰っているところに、誰かが奇襲した。そして高杉綾子は、精霊刀と思われる魔術によって心臓を貫かれ、胴を輪切りにされた。普通なら死ぬ」
「……そうね」
「だが高杉綾子はなぜか生きていた。ここまではいいな?」
「ええ。間違いないわ」
わたしの言葉に、志津はうなずいた。
「この時点ではまだ謎だ。幻覚を見せられたか、心臓を抜かれて死なないほどの第二世代だったか、他の可能性があるのか。絞り切れなかった。だが一つ追加情報を与えられて、それで謎は全て解けたよ。君、服が攻撃されたまま、穴あき輪切りのままで残っていたんだろう?」
「そうだけど……それがなにか?」
「だったら簡単だ。服に攻撃の跡がある以上、攻撃は幻覚ではない。次に、自己領域の自動回復は服に及ぶので、高杉綾子が生きていれば服は直っている。だから高杉綾子は死んでいる」
「はあ?」
わたしは言っている意味がわからず、眉根を寄せた。
「なに言ってるの? だってわたしは現にこうやって生きて――」
「だから」
志津はわたしの言葉をさえぎり、断定した。
「君は高杉綾子ではない。簡単な話だろう?」
---next, phantasmagoria.
【魔術紹介】
1)『広域探査』
難易度:A+ 詠唱:完全詠唱 種別:探知
非常に高度な周辺探知魔術。魔力の流れ、魔術の動きから、物理的ななにかの位置や人間の位置まで、かなり広範囲かつ精密に調べることができる。
とても高度な魔力制御を必要とする魔術なので、力任せを好む通常の第二世代には使い手は少ない。これを使えることは、高杉綾子という人物が単に強力な第二世代と言うにとどまらないことを示している。
なお、探知の意図を隠す機能はついていないので、逆探知には非常に弱い。