29.亡霊/不死者-ghosts/athanatoi-(前)
「乱打剣閃!」
「死の舞踏、陽!」
めくらましの連続斬撃を踏み込みだけでかわしてたたき込まれる鎌を、
「一閃!」
俺の本命の一撃が迎え撃つ。
かいくぐろうとした剣閃はしかし、精妙に軌道を変えた鎌の一撃に迎え撃たれた。ばぎぎっ、というにぶい音と共に、俺と風見はのけぞってそのまま飛び離れて距離をとる。
数瞬の沈黙。
「……しかし、驚いた」
風見は鎌を払いながら、言った。
「なにがだ?」
「谷津田久則。おまえの技倆にだ。前回の戦いで本調子でないのは見て取っていたが、それにしてもこれほど多彩な剣技の持ち主とはな」
「手段を選んでいたら生き延びられない環境だったんでね」
言いながらも俺は、油断せず相手の動向を見守っている。
一度こいつの歩法は見た。飛び込んでくるタイミングもなんとか見えている。その上で四重加速の身体がなんとか反応できているために、長期戦に持ち込めているが……
(じりじり削られている……くそ、こっちは剣をたたき込んだから勝てるとは限らないってのに)
クリーンヒットはまだ一度もないが、当たったからといって相手には「桃源郷の桃」の特性がある。俺ほどの再生能力はないにせよ、当てたら勝てるわけではないのだ。
風見はその俺の心を知ってか知らずか、つぶやいた。
「やはり予感は当たったな。殺せるのはあのときが最後だった。名残惜しいが、今回はおまえの勝ちだ」
「……は?」
言ったのは、芦屋である。
「おい、なにを言っている、風見。おまえは一体――」
「おお、じゃあ監視が解けたか。高杉がやったか、それとも佐伯たちかな?」
芦屋の言葉に割り込んでそう言ったのは、椎堂課長である。
風見はうなずいて、
「ああ。「桃源郷の桃」についている監視機構からの応答が消えた。なにかあったんだろうさ」
「……話が見えないんですけど。課長と風見って、通じてたんですか?」
「ん? いや、私と彼は初対面だぞ。だがまあ、小辻を通じて高杉に提案したのは私だからな。この展開は見えてた」
「なにを……なにを言っているんだ! 雇い主を裏切るのか、傭兵! それでも川崎の傭兵か!」
あわてた芦屋の言葉に、風見はつまらなそうに答えた。
「俺のいまの雇い主は高杉綾子だ。おまえに雇われたというのはフェイクだよ」
「な……な……な……」
ぱくぱく、と口を開閉させている芦屋に、椎堂課長が告げた。
「うん。最初に風見と高杉が会った日の翌日の朝飯かな? 私の助言通りにしてたなら、そこで高杉はホテルのレストランではなく、外に食べに行こうと誘ったはずだ。そして外の、つまり志津にはどこだかわからない、したがって盗聴できないレストランで、こう提案したはずなんだよ。事態が終わったら、元の雇い主である梶原沙姫との契約が終わるタイミングで他から再契約を持ちかけてくる奴がいるだろう。だから先に予約しておくので、そういう時があったら再契約に応じるふりをしつつ、最善だと考えるタイミングで裏切れ、ってな」
「ああ、その通りだ。だから椎堂恵瑠、いや芦屋郁枝。おまえが『小辻の任務も無事終了して、第七軍との契約は切れた。だから改めて私に雇われないか』と声をかけてきたときにはもう、俺は先約に従って高杉に雇われていた。後は高杉の指示通り、雇われたふりをしつつ最も有効に裏切れるタイミングを探っていたわけだ」
「……そうか。ならもう、おまえは私の味方ではないんだな」
「ああ。そうだ」
「ならば死ね!」
芦屋はぶん、と手を振り上げ、風見は……
…………
「……あ、あ?」
「おい、いまのはなんのコントだ? 私の知るところ、『椎堂計画』にはお笑いの訓練は含まれてなかったと思うんだが」
「まあ、そう言うな。俺が「桃源郷の桃」なる得体の知れない魔術を未だに使っていると思ったんだろうよ。そしてそれには自爆装置がついていて、志津が信頼した者ならいつでも起動できた、ということだ。陰湿な連中が使いそうな手だな」
「あー。で、おまえは」
「ああ。俺は与えられた「桃源郷の桃」を、最低限の機能を除いて破壊し尽くしていた。俺が残していた機能は、志津方山が俺を監視するための導線だけ。それも、俺が逆に志津を監視するために残しておいただけだ。当然ながら、身体強化機能に伴う自爆装置など、残っていないよ」
「……じゃあおまえ、俺と戦ってるときには、「桃源郷の桃」の機能はなにも使ってなかったのか?」
「当然だ。あんなものが必要なほど俺は未熟ではない」
俺の問いに、風見はあっさり答えた。
……なんとも、まあ。
(一切の補助効果なしで、いまの俺と渡り合ったのか。こいつは)
やはりこの男、冗談みたいな強さだ。噂によればこいつと競ったという川崎の絶対王者はこいつ以上だと聞くが、どれだけ強いのか想像ができない。
「さて、では行こうか。関帝廟に急ぐか? それとも後ろの有象無象どもを蹴散らしてからにするか?」
「後ろは子供たちに任せよう。とっとと関帝廟に行った方が、敵全体への大きなプレッシャーになる」
「よろしい。この芦屋はどうする?」
「ああ、そいつ? まあ――」
「死ね! 椎堂卿!」
課長の言葉をさえぎって、芦屋がナイフを持って課長へ突進した。
俺と風見は反射的に動こうとしたが、課長は手でそれを制止し、
「呪縛陣、展開」
つぶやくと同時に、芦屋の足下の地面が赤熱し、芦屋が悲鳴を上げてうずくまった。
「……そんなの使えたんですか、課長」
「昨日の夜に子供たちから習った。面白いんでひとつ仕込んどいたのがよかったな」
「おまえは! おまえはなにを! なにをしている、椎堂卿!」
「おいおーい。落ち着けよ芦屋。いつも沈着冷静で必要なことをわきまえているおまえが、ヤケになるなんてらしくないぞ」
「自分らしさなんて捨てた!」
芦屋は叫んだ。血を吐くように。
「そうさ、私たちはなにもかも捨てたんだ! 好きなものも、嫌いなものも、よくやる癖も、親しい友も、将来の夢でさえも! そこまでして心血を注いだものを、いまさら捨てられるものか! 『失敗作』とか称してなにも捨てなかったおまえとは違うんだ、椎堂卿!」
「え、なに言ってんの。おまえ、名前まだ捨ててないじゃん」
あっさり言われて、芦屋は絶句した。
椎堂課長は実にのんびりと、
「たしかにまあ、『失敗作』という評判を盾にして、元の容姿以外はなにも捨てなかった私だが。名前だけはどうにもならなかったよ。私の記憶にだけはあるがね、その名前の人物はもう、どこの書類にも残っていない。おまえとは違うんだ、芦屋郁枝」
「それが……それが、なんの違いになるって言うんだ!」
「いや、だっておまえは引き返せるじゃん。『椎堂計画』から足を洗って、ただの芦屋郁枝にこれからなれるだろう。一方で、私は無理だ。『椎堂計画』からは逃れられても、『椎堂卿』というべつのブランドから、絶対に逃げられない」
そう言って、椎堂課長はため息をついた。
「ないものねだりはやめとけ、芦屋。好きなものも、嫌いなものも、よくやる癖も、親しい友も、将来の夢も――おまえはまた作れる。私と違って、自由度がある。それで納得できんかね?」
「それは……」
芦屋は少し考えて、
「……そもそも、なんで私たちはこんな問答をしているんだ?」
「あー、なんだったっけ? 忘れた」
「いい加減だな、ケイ。それでよく上から説教できたもんだ」
「なんだよ、ヤケになって自爆特攻みたいなことした馬鹿が偉そうに。私を殺したら谷津田と風見におまえが殺されて、それで『椎堂計画』は終わりだったぞ。どうしてくれるんだよエル」
「『椎堂計画』のことでおまえに指図されたくない。なんだそのちんちくりんな背丈、計画なめてんの?」
「背はいま関係ねーだろ背は!」
「うるっせーなそれが一番失敗なんだろーがよ! テメー計画当初は私より背ぇ高かったくせになんで一切伸びてねえんだチビ!」
「伸びないもんはしょうがねえだろ! 私だって毎日牛乳飲んでがんばったわ! 伸びなかったけど!」
「そんなもんががんばったうちに入るかばーかばーか!」
「テメ、馬鹿って言った方が馬鹿なんだばーか!」
「課長、ちょっといいですか?」
「なんだよ谷津田、いま忙しいんだから後にしろ」
「いや、そっち後にしてくださいよ。まだ作戦途中なんですよ」
「あ、そうだった」
椎堂課長はてへ、とウザい笑顔でウインクしながら自分の頭をこっつんして、それからあたりを見渡した。
「ありゃ、風見は?」
「暇だから後ろの雑魚を掃討しにいくって言って出かけました」
「あー、さっきから後ろから悲鳴が聞こえまくってるのはそれか。なんかうるさいと思った」
「もうそれも終わりますけどね。で、どうするんです? これから」
「決まってるだろ? 関帝廟に行って関帝とご対面だ。芦屋、おまえも手が空いてるな。手伝え」
「はあ!? なんで私が!?」
「なんでって……見てわからんか?」
課長は周りを見渡した。
「順調に高杉の予定通りになってる。勝ち馬に乗るならいましかないぞ」
「……ちっ、仕方ない。手伝ってやる」
「なっはっは! こうやって味方がどんどん増えていくのも私の人徳ってわけよ! おまえも見習え谷津田!」
「いやですよ。そのうち刺されて死ぬ生き方でしょそれ」
ジト目で俺は言って、それから前を向いた。
関帝廟まで、障害はもうほとんどない。
(……行くか)
覚悟を決めて、俺が一歩踏み出したそのとき。
爆音が、あたりにとどろいた。
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「乱戦にはするな、杉山羽菜が手に負えない! 絶対に陣形を死守しろ!」
田中の鋭い指示が飛び、十数名の魔術師が陣列を二列に組んで構える。
だが田中には、これが愚策であることもわかっていた。
敵は十名前後の戦技魔術師。こちらの方が若干ながら人数が多いので圧殺できるだろうが、時間がかかる。
そして、その間に島田は研究室に入ってしまうだろう。あの結界は雑に作ったものでしかない。おそらくは数分しか保たない。
加えて、
「わーはははははマスカレードパンチであーる!」
がぎん! という金属質な音を立てて、仮装した松山の拳がこちらの防御魔術に食い込んだ。
「……応射! なぎ払え!」
「無駄無駄無駄マスカレードジェット!」
わははは、と高笑いを残して、松山はこちらの一斉射撃を回避して超スピードで自軍陣地に戻っていった。
(デタラメなようでいて計算高い。こちらに前後列の入れ替えを封じる手か)
あんな突撃がいきなり来るとなれば、隙を見せるわけにはいかない。射撃手が疲れただろうからと防御に回すとか、逆とか、そういった行動を封じられてしまった。
その度胸と頭脳を両立させた大胆な攻撃に舌を巻きつつも、田中は冷静に状況把握に努める。
「後方! 戦況はどうなっている!」
「まだ抑えられてますが厳しいです! この火力だと小辻みそらの回復力を上回れません!」
「……くそ、ジリ貧か」
田中はつぶやく。
遠からず戦線は崩壊する。そのときにどう対処するか。
そう考えていた、そのとき。
「いや、十分だよ。田中大五郎」
声と共に、爆風のようななにかがあたりを薙いだ。
回復途上にあった小辻が悲鳴を上げてもんどり打って倒れ、また松山と戦闘員たちも、陣形を崩して緊急避難に入る。
そうこうするうちに、その男は田中と島田の間に、ゆっくりと、世界を馬鹿にしたような調子で降りてきた。
その姿は例えるならば横浜の怪人。黒い山高帽に黒いスーツとマント、そこから見える肌は病的に白く、そのコントラストが悪魔的ななにかを想像させる。
――志津、方山。
「ご苦労だった。君が時間を稼いでくれたおかげで、こうして私が駆けつけるのが間に合った。後は私に任せたまえ」
「……まさか、君があの城塞から出てくるとは思わなかったよ、志津方山」
「でないと負けそうだったからな。少しの計算違いだ。修正したらすぐ帰るさ」
志津はそううそぶいて、そして島田の方に向き直った。
「さて……島田くん、研究室から離れたまえ。そこはもはや君が入ってはいけない空間だ」
「……嫌だと言ったら?」
「君もここで死にたくはあるまい? 私は中華街では見ての通り、無敵だ。仮に高杉綾子がこの場にいたとしても、負ける要素はない」
「ぬけぬけと……私を問答無用で殺そうとしたのは誰ですか!」
「ああ、そのときは不確定要素が大きかったからな。念のために殺すことに意味があった。
だがまあ、いまなら生かしておいてもいいかと思っている。話は以上だ。離れたまえ」
志津は傲岸に言い放ち、島田は歯がみする。
……誰もその場に手出しできない。
(さて……どうなる?)
田中は静かに冷や汗をかきながら、その状況を見守り、
「私は……」
島田がつぶやき、
爆音が、その瞬間にあたりを圧した。
「な……に!? なんだ!?」
志津の動揺が、この事態が彼の手のひらの外にあることを物語っている。
田中は改めて、南側の空を見やった。
光の柱のようなものが大地にそり立ち、その区画の建物の破片とおぼしきものが宙を舞っているのが見える。
その場所は、田中も知っていた。
志津方山の運営する、もうひとつの研究所。本命たる要塞。中華街を管理するための魔術を統括する、最も大事なピース。
その場所が、おそらくは跡形もなく破壊されたのだと――光を見ただけで、田中にも理解できた。
「なんだこれは……なにが起こっている!」
(ああ、なるほど)
激怒する志津を冷静に背中側から見ながら、小さく田中は部下達を制止した。
(たしかに爆弾は炸裂した。彼女の言った通りになったな)
「プランB、開始だ」
小声で田中は部下に指示する。
一方で、志津は島田に詰め寄っていた。
「なんだあれは! あんなことがあってたまるものか!」
「え、いえ、私に言われても……」
「……くそ。君も知らないのか。だがなんなんだこれは。いったいなにがあったら、こんなおかしな事態になる!?」
「いや、そんなの、わたしがやったに決まっているでしょう?」
言葉に、志津が硬直する。
研究室の屋根に乗っていた彼女は、よっ、と声をかけてそこから飛び降り、地面に着地した。
志津のようなミステリアスな登場とは真逆の、ごくごく普通の現れ方。
だが、そこにいたのはおそらく、志津にとっての悪夢。
「はろー志津。引導を渡しに来たわよ」
高杉綾子。
彼女はとても朗らかに笑って、そこに立っていた。
【魔術紹介】
1)『乱打剣閃』
難易度:A 詠唱:簡易詠唱 種別:刀技
精霊刀の斬撃をデタラメにまわりに展開する技。
制御された技ではなく、周囲一帯に斬撃を放つので、狙いにくいが避けにくい。斬撃の発生自体は光を発するので、見てから避けることも原理的には可能であるが、それをするする使いこなせるのは風見くらいの達人でないと無理である。
2)『一閃』
難易度:S- 詠唱:簡易詠唱 種別:刀技
精霊刀の攻撃力を完全解放する技。
シンプルに威力を上げるだけだが、おそらく直撃すればいまの高杉綾子ですら一撃死するレベルの攻撃力になる。極めて強力。
……だが、ご覧の通りの難易度であり、そもそも精霊刀自体が十分な威力があることもあって、滅多に使い手はいない。
付け加えると、いくら風見でも単純な鎌の一撃ではこんなものは弾けない。鎌と共に両断されてしまっただろう。だが、軌道変化と共に術式構造変化も織り込んだ精妙な技で、「剣の腹を弾いた」という呪的効果を付与してやり過ごした。
これだけの凝った細工をしないと避けられない攻撃は、アリーナの一対一競技でも風見が出会ったことがないレベルである。つまり、川崎アリーナ一対一競技の全盛期にトップ3レベルに食い込めるだけの技倆が、いまの谷津田にはあるということになる。




