28.不死者の時間-the time of athanatoi-(後)
「詰みだ、谷津田久則」
風見は静かに宣言した。
俺の身体は一応無事。だが右腕が切り飛ばされ、精霊刀ごと落とされた。
一応風見から距離は取れているが、刀がない以上戦えない。
「……そうでもないさ」
俺は切れた腕を後ろに、左腕の方を前に出し、いわゆる半身の構えを取った。
風見は眉をひそめ、そして言った。
「正気か。拳で俺とやり合えると?」
「あいにくこの身体は不死身でね」
俺は言った。
「鎌で飛ばされたり切られたり、その程度じゃ死なないのさ。腕が切れて出血していても痛手にもならない。そういう身体に作られたものでね」
「…………」
風見は少し黙って、
「そこに少し興味がある」
「?」
「関帝とやら、だったか。そもそもあれは、なぜおまえを作ったのだろうな?」
「……俺が知っているわけもないだろう」
「まあ、そうだな。だが疑問には思わないか? 志津方山によれば、おまえが作られたことが関帝の復活の予兆として決定的だったと言う。しかしならば、なぜ関帝はそんなネタばらしを外に向けてしたのか、気にならないか?」
「それは……」
「おい」
声をかけたのは、腕組みをしていた芦屋だった。
「無駄話はやめて谷津田にとどめを刺せよ、風見。もう勝負はついただろう、時間をかけたくない」
「勝負? どこが?」
風見が言ったので、芦屋は眉をひそめた。
「いや、おまえが言ったんだろう、詰みだと。だいたい、武器もない相手になにをためらう?」
「ああ、最初は俺もうっかり騙された。だが、その後の反応が想定と違っていたので警戒してな。ほら、落ちた腕を見てみろ」
「落ちた腕?」
芦屋はいぶかしげに、俺の右腕を見た。
血だまりの中に落ちる右腕だ。右手には、未だに精霊刀を未練がましくにぎっている。
にぎっている。精霊刀を。
「これがなにか?」
「馬鹿か貴様は。精霊刀なんて難しい術、落ちた腕から消えないわけがないだろう。万が一消えなかったとしても、落ちた拍子に自分の手を切っているだろうよ。それがない、刀を腕がにぎりしめたままということはな、こちらが本体だということだ」
「……は?」
呆けた拍子の芦屋を無視して、俺と風見は同時に動いた。
「斬岩砲!」
「死の舞踏、真!」
精霊刀から発射された斬撃砲を、鎌が生み出す結界が迎え撃ち、激しい音を立てる。
そうこうしているうちに俺の身体が溶け、
「やはりこの程度には騙されなかったか」
と言いながら、右腕から身体を生やした俺が、立ち上がりながらけろりと言った。
ぶっつけ本番だったが、うまく行った。奇襲は成功しなかったが、五分に戻せただけでも十分。
風見は結界を解除して、あぜんとする芦屋を無視して言った。
「ふん。状況は戻っただけだぞ、谷津田。身体を再生させるのは得意でも、護符の生成まですぐにはできまい。おまえはあとどのくらい魔術を使える?」
「さてね。言えることは――」
俺は精霊刀を構えて、言った。
「まだまだ俺は戦えるってことだ。来いよ」
「よく吠えた」
にやりと二人は笑って。
そして死闘が再開した。
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『も、もう本当に限界です……! 魔力が尽きます!』
小辻の悲鳴じみた魔術通信に、佐伯が歯がみする。
敵の攻撃はますます激しくなるばかり。いい加減なにか打開策がないと全滅だが……
「くそ、打つ手がない。誰か案がある奴がいるか!」
「悪い、俺はない! 藤宮は!? 実は殺人魔術の達人だったりしないか!?」
「無茶言わないでよ楢崎さん! あたし虫を殺すのも生理的に無理だってば!」
「……くっそー! あの新型魔術杖さえあれば、もう少し戦えるのに!」
「それは研究室にあるという奴か。研究室、あいつらのあっち側だからな。無理だろ」
悔しがる島田に、佐伯は冷静に言ったが、
(……本当か? 本当に無理か?)
自問自答する。
現在浮いた戦力になっている杉山。これを有効に使えれば……
「杉山、ものは試しだが」
「はい、なんでしょう」
「爆速であいつらの横抜いて研究室に島田をたたき込んで来れる? その後は逃げていい」
「は!? ちょっと待ってよ、それ私が死ぬじゃない!」
「死なないようにしろ。そのくらいの意表を突けば研究室の建物に侵入できる。んで、それが通れば魔術杖で戦えるんだろ?」
「うっ、ぐっ……わ、わかったわよ。やってみる!」
島田は覚悟を決めて、杉山に駆け寄った。
「杉山ちゃん、優しく! 死なないように優しく!」
「わ……わかりました。努力いたします」
おずおずと杉山は言って、がっしりと島田さんを抱え、
「では行きます」
「あ、待ってまだ心の準備がああああああああああああああああ!」
途中から島田の声は悲鳴となり、ドップラー効果で音程を変えながら佐伯の下を離れた。
一方、田中はそれを見て、
「悪いね、予測通りだよ」
小さくつぶやくと、横の部下に指示する。
その真横を、亜音速で駆け抜けた杉山・島田コンビだったが、
「……バリア!?」
「その通り。後付けの粗悪品だが、君らだけでは壊せないよ」
志津の研究室の玄関につけられた赤い防御壁を前に、二人は立ち尽くす。
「えいっ!」
杉山が拳をたたき込んだが、跳ね返された。「周倉」の剛力でも、バリアはびくともしない。
「だめ、魔術解除しないと無理よ! 私がなんとかする!」
「そんな暇は与えないよ、悪いけどね」
田中は酷薄に笑って、そして告げた。
「後列部隊、狙え。まずはあの女魔術師の方を排除する」
「ちょ、待っ……」
島田の声もむなしく、敵後列の魔術師たちが一斉に手のひらを向け、そこから凶悪な攻撃魔術の光が――
「はーっはっはっは! マスカレードバリアーである!」
――放たれた直後、突如として降ってきた青い防壁にさえぎられ、それらは一斉に爆散した。
「な……なんだ!?」
「あそこだ! あの屋根の上!」
「いやわかってる! なんだってのはあの変な仮装だよ! 正気かあいつ!」
「はーっはっはっは! まるでなにを言っているかわからんな! とうっ」
叫んで男は、屋根の上から華麗に地面に着地。杉山、島田と田中たちの間をさえぎった。
「ま、松山かちょ……」
「マスカレード仮面ネクスト、華麗に参上! 必死に抗うかよわい女子供を殺めんとする悪党ども、貴様らの非道もここまでだ!」
『ぎー!』
そして次々降りてくる戦闘員の皆さん。
田中は即座に、落ち着きながらも機敏な口調で、
「前列、戦線維持は部隊長に一任! 中列と後列で新しい敵の対処に当たれ! 外見に惑わされるな、奴らは本業だぞ!」
言葉に、にやりと松山は笑った。
「ふん、さすがに対応が早い! もしかすると読まれていたかな!?」
「まあ、志津はともかく僕はね。とはいえ、参戦が遅いんで来ないかもと思ってたけど、甘かったな」
「松山課長、なぜここに!?」
「いまはマスカレード仮面と呼びたまえ、島田くん! そしてその防壁の突破を! 残念ながら我々もそこまで人手は潤沢ではない、時間稼ぎをしている間に頼む!」
「は、はい!」
あわてて魔術防壁の解除に当たる島田を背後に、松山……否。マスカレード仮面は不敵に笑った。
「さあ、ヒーローショーの始まりだ! 華麗なる逆転劇、ここにお見せしよう!」
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「な……なんだ、この展開は?」
モニター前で志津がうろたえている。
わたしは、体力的な余裕はなかったが、それはそれとしておもしろいなーと思いながらそれを見ていた。
谷津田くんが思ったより善戦しているのは、わたしにとっては想定内。志津にとってはもしかしたら想定外だったかもしれないが、どちらにせよさほど動揺に値することではない。
だが、研究室の方の戦闘をモニターしている画面は、それよりずっと大きな衝撃を志津に与えたようだった。
なにしろマスカレード仮面である。絵面がおもしろい。……ではなく。
「あー、志津。さっきの話、おもしろいから黙ってたけど」
わたしはのんびり言った。
「路上だろうと屋内だろうと、リアルタイム盗聴の可能性くらいはわたしも考えていたわよ。ていうか、昨日だかおとといの夜にわたしが言ったのは半分ブラフだよ? 本当に重要なことは、田中との交渉の時を除いて一切しゃべってないわ」
「……なんだと」
「それと、さっき横浜との取引で盗聴できないって言ってたの、わたしと田中が話してたあの部屋でしょ? あそこでわたしは、田中相手に多少こちらの切り札の話をしたけど、田中にとっては当たり前だったので、たぶん田中はあなたに報告してない。でもあなたにとっては、たぶん当たり前じゃないと思うのよね」
「なにを……なにを言っている。あのふざけた集団と、諸君らは連絡を取り合っていたというのか」
「いやあ、まさか。連絡なんて取ってないわよ。だって盗聴されちゃうじゃん」
わたしはひらひら手を振って言った。
「でもまあ、普通に考えれば絶対このタイミングで出てくると思ってたけどね。田中も当然、そう思ってたんじゃない? ほら、だから見てよあのモニター。対応が素早い」
「僕にわかる言葉で説明しろ!」
「え、なんでそんなことしなきゃいけないの?」
わたしは平然と言って、志津はそんなわたしをにらみつけた。
あはは、とわたしは笑って、
「うそうそ。意地悪しないで解説してあげるって。そうね、谷津田くんと『再生機構』の長の会話は盗聴していたんでしょう?」
「無論だ」
「そのとき松山、用があって外出してたじゃない。その用ってこれでしょ?」
「……論理の飛躍も甚だしい。なぜそんなことを言い切れる」
「なぜって、島田さんを見てたらわかるわよ、普通」
「……? あのスパイがどうかしたのかね?」
「志津ってさ」
わたしは言った。
「自分より下だと思ってる人間を、わりと徹底的に見下してるよね。だからこんな単純な引っかけにかかるのよ。島田さんを殺そうとしてなければ、あるいはこの展開は避けられたかもしれないのに」
「裏切る可能性がある駒を手元に置く趣味はない。それより、引っかけとはなんだ」
「だからあ。島田さん、魔術の研究者よね」
「そうだな」
「それを見てあなた、『再生機構』の魔術師ってだいたい「こんなもん」だと思わなかった?」
「…………」
志津が沈黙したので、わたしは一方的に続けた。
「だからしょせんたいした戦力はないだろうとたかをくくって、『再生機構』に対しては徹底してなめた態度取ったんでしょ? 甘いよ。島田さんを除いて、松山の下にいた民生課の職員は全員、本職の戦技魔術師よ。関内に持ち込まれてた戦力としては、『新生の道』よりずっと多い。それにフリーハンド与えてたら、そりゃこうなるでしょ」
「たかだか十数名程度の魔術師になにができる!」
「十数名程度の戦技魔術師よ。志津は戦争に参加したことがないからわからないんでしょうけど、この差は圧倒的」
そして田中にはそれがわかるのだ。これが志津と田中を分ける、大きな差である。
「戦技魔術師は、ただ戦闘ができる魔術師じゃない。彼らは戦闘の専門家で、かつ魔術を得意とする者。それをあなたは見誤った。島田さんという、たいした脅威でない魔術師をスパイとして差し出されて、残りもたいしたことないだろうという不当な一般化をしてしまったのよ」
「……だが、しょせんはそれだけだ」
志津はぎりっと歯をかみしめて、言った。
「この場からの魔力供給で、「桃源郷の桃」たちには圧倒的な力を与えている。練度が大差ないならば、こちらが勝てるはず――」
「うん。でももう島田さん、研究室に入っちゃうよね」
わたしが言うと、志津は眉間のしわを深めた。
そう。島田さんがどういう意図であそこに行ったかわからないが、あれは志津にとっては大打撃だった。
研究室の中にはおそらくなにかが隠れている。だからこそ、志津は田中に依頼してあそこの守りを確実に固めた。
だが、松山たちが時間稼ぎをしている間に島田さんが中に入れば、その「なにか」を目の当たりにすることになる。
それはたぶん志津にとって、とてもとてもまずいことだ。
島田さんは研究室の構造を熟知している。加えて、戦闘はできないが、一流の魔術研究者だ。彼女の知識で志津の研究成果を見られることは、志津にとっては恐怖なのだ。
なにしろ志津は、業績を独占したいからこんな暴挙に出たのだ。それを見られて、盗まれるのは、とてもまずい。
「貴様……まさか、最初からこれを狙って」
「うん。まあ、そうだよ?」
わたしはけろっと言った。
志津はもう、なりふり構っていられないはずだ。わたしを放っておいて、一刻も早くあの研究室に駆けつけ、島田さんを排除したいはずである。
だがそうすると、フリーハンドでこのわたしをこの施設に置いていくことになる。いくらいまは動けないとしても、志津さえいなければわたしはどうとでもできるし、そうすればこの施設になにが起こるか、わかったものではない。
つまり、
「自分を殺さざるを得ない状況に……僕を、追い込んだな! 貴様!」
「だからそうだって言ってるじゃん。わたしは最初から、あなたを舐めてなんかいない。わたしが話したことを盗聴していれば、わたしを殺さない可能性があることくらいわかってた。なので――」
わたしはにやりと笑って、
「殺さないといけない状況に追い込めば、そういう逃げは封じられる。当然、考えていたわよ」
「……よくわかった。死ね」
言って志津が手をかざしたとたん、わたしの全身を激痛が走った。
「が、が、ぎ、ぎゃあああああああああ!」
「ただ死ぬだけではない。その呪詛は三分かけて、ゆっくりと貴様を食い潰す。そして三分もあれば、僕はあの研究室まで到着できるさ」
志津は言って、すたすたと部屋を立ち去りながら言った。
「さらばだ、高杉綾子の影法師。貴様がどんな切り札を持つかはわからないが、あちらに私がいれば対処できる。こちらの勝ちは揺るがんよ」
ばたん、と、扉が閉まる。
わたしは痛みに脂汗をかきながら、無理に笑った。
(自殺する方法は……ないなあ。こりゃ指定時刻まで待機するしかないか)
「あーあ、このわたしもここで終わりかあ」
そしてぼやく。
志津はいったい、どのくらいのことを想定しているのかわからないが。できれば死にたくなかったというのも本音ではある。
(ままならない……なあ……)
苦笑しながら、わたしは静かに目を閉じ、そして意識を失った。
---next, ghosts/athanatoi.
【魔術紹介】
1)『斬岩砲』
難易度:A+ 詠唱:簡易詠唱 種別:刀技
精霊刀から斬撃を砲として飛ばす技。ただの魔術射撃よりも突貫力に優れている。
並の第二世代の自己領域なら突破してしまうほどのスゴ技だが、風見の鎌の防御形態、真を貫通させるには足りなかった。とはいえ、隙を作って態勢を立て直すには十分。新生、谷津田久則の真骨頂である。




