27.見落とし-overlooked-(前)
『……ふむ。
つまり君はこちらに付くと。そういうことかね』
言葉に、その男は笑って答えた。
『なにをいまさら。最初から言ってたじゃないか。戦力だって提供したはずだよ。目障りな動きをする可能性がある『新生の道』支部を片付けたのは、どこの誰だったかな?』
『だが君は昨日の昼、彼女の取引に応じたのだろう?』
『報告はちゃんと上げただろう。そもそも、あのタイミングで高杉綾子の提案を突っぱねたら、その時点で戦闘になってる。そして、そちらが確保している風見みたいな戦力はさすがに持ってないからね、僕も。自分の命優先さ。もっとも……』
彼はそこで口を曲げて、
『再交渉耐性なんて言いながら、彼女は結局、なにもわかってなかった。僕は確実な利益を与えてくれる方につく。彼女みたいな博打好きに、いちいち付き合ってはいられないね』
『そう言うなら、命を賭けてその場で戦ってくれればこちらも楽だったのだがね。田中大五郎』
『おいおい。正気か? 僕が求める報酬は生きていてこそ価値あるものだ。それとも志津方山、君はどさくさにまぎれて僕を暗殺して報酬をケチる算段かな?』
『――……不毛な会話だ。やめよう』
『そうだね。ただ一言だけ言わせてもらうと、僕にとって君はビジネスパートナーだ。主人じゃあない。それについての理解はしてもらえるかな?』
『承っておこう。
それより、連中の動向だ。情報をよこしてもらおうか』
『県警本部跡地を襲撃した後だね? 相手はいったん二手に分かれてね。片方は逃げも隠れもせずにレストランで食事、その後ホテルに入った。もう片方は追跡できなかったが、場所自体の目処は立っている』
『どちらにも攻撃はしなかったのだね』
『相手に何人の第二世代がいるのかもわからない状況じゃ、ちょっとね。
せめてそちらが戦力を貸してくれればよかったのに。風見がいたら僕だって突撃命令を下していたかもよ?』
『悪いが中華街ならともかく、その外側での本格的な交戦は避けたいな。
むしろ相手が横浜市警ならば、彼女もむやみに殺せず苦戦したのではないかね。県警本部を襲撃したなら罪状もつくだろう。そういう手は取らなかったのか?』
『そっちを動かすなら横峰さん経由だけど、無理じゃないかな。市議会ですら、今回の案件への意見が真っ二つに割れてるんだ。彼はいまの横浜首脳部をこちらに敵対させないだけで手一杯だよ』
『ふん。結局、敵も味方もダーティープレイに走るしかない、ということか』
『いっそこの関帝とやら、戦力化できないの? こいつ自身を高杉綾子にぶつければ、さすがに彼女も勝てないだろうに』
『それではこちらもどうしようもなくなる。最初に隙を見てかけた意識操作の術式が途切れれば、それこそ関内自体が壊滅しかねんよ。
が、まあ、彼自身でなくとも、彼に付随する力であれば呼び出せる。それは一騎当千の力を持つはずだ。安心してくれていい』
『……気になるんでひとつ質問していい? それって例の『陰楼くん』? 谷津田久則とかいう?』
『彼ではないよ。残念ながら、彼をこちらで戦力化する目処は立てられなかった。
だがいい線はついている。そうだな。陰楼はかつて『桃源郷の桃』などという名で呼ばれていた時期があったそうだ。だとすれば……』
『だとすれば?』
『桃ならば、たったひとつである道理はあるまい?』
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……目が覚めて、俺、谷津田久則は夢の内容を吟味した。
あまりにも明晰すぎる夢。そして内容からして、おそらくあれはただの夢ではない。
現時点か、近い過去か。ともかく、現在中華街に封印されている『関帝』。その前で行われた会話なのだろう。
「起きたか。寝覚めはどうだ?」
「あまり、よくはないです。
それと課長。どうやら『関帝』の意識と接続して、その前での志津と田中の会話を拾いました。情報共有を」
「おや、それは頼もしい」
俺の言葉に、どうやら起こしに来たらしい椎堂課長はおどけて、
「では、先に佐伯にだけ話しておけ。私への報告は、高杉と合流後でいい」
と言った。
そして俺の顔を見て首をかしげ、
「どうした? なんか言いたいことがありそうな顔だが」
「いえ……課長自身が聞かないのはなぜかと思いまして。情報があった方がなにかといいのでは?」
「あー。それはまあ、価値観の違いだな。私は、知るべきでない情報があると思っている」
「知るべきでない情報、ですか」
「ああ。だからなにか情報らしきものを拾った場合、その分析は専ら部下にやらせて、部下が「報告すべき」と判断した情報のみを取るようにしていた。今回であれば佐伯がその役割だな」
「それがなにか意味を持つと?」
「少なくとも支部長殿に、私を粛清すべきかの判断を迷わせる程度の効果はあっただろう?」
「たしかにそうですが……逆に敵の情報を上層部に上げることもできなくなるじゃないですか。派閥から無能と思われて切られるのでは?」
「だから『椎堂計画』は私を欠陥品扱いした」
椎堂課長は不敵な笑みを浮かべて言った。
「一方で、本当に切り札になり得る情報を、私は「佐伯にだけ」持たせていた。切り札になりそうもないが、支部長などがうちの派閥に「知られると不都合な」情報は、支部長派のスパイとおぼしき奴に分析を割り振った。だから私の身辺調査はクリーン。佐伯の身辺調査もクリーン。そしてどの派閥でもなく、『椎堂卿』だけが手札を増やしていく」
「……あなたは、自分の派閥にも自分を隠していたんですか」
「当たり前だ。人間は皆、自分だけのポジションを持つべきなんだよ。それとも谷津田、おまえは上が死ねと言ったら死ぬタイプか?」
言われて俺は、少し考え、
「……そもそも、いま俺には『上』がいませんが。以前の俺の派閥は、俺の処分を決定したようですし」
「いい環境を手に入れたな。それは誰にも庇護されない代わりに、誰からも自由だということだ」
一切迷いなく、椎堂課長は言い切った。
――少しだけ、彼女の強さを理解できた気がした。
誰からも評価されなくていい、その上で『なにもしない』ことを選ばない。そういう生き方を選ぶことが、どれほど困難であるかは、なんとなくわかる。
彼女はおそらく、意図的にその道を選んだ。『椎堂計画』も『新生の道』の闇も全部見据えた上で、『椎堂卿』を選んだのだ。
「……なにを笑ってるんだ、おまえは」
「いえ。椎堂恵瑠、いや、芦屋郁枝ですか。彼女があなたとどこが違うのか、ようやくはっきりしましたよ」
「まあな……本当は、それもどうにかしなきゃならんのだがな。
あいつも形式はともかく、実態は私の部下だった。それが変な勘違いを産んだんだろうな……完全に暴走してやがる」
「彼女がなぜ志津側に付いたか、課長にはわかりますか?」
「まあ、たぶんな。どうせ志津の計画が盤石だと判断して、ことが終わった後の横浜における『新生の道』の立場を確保しようと躍起になったんだろうさ。あいつらしい、『椎堂計画』の考えに則った正当なプランだ」
「課長は、なぜそうしないんです?」
「あん? だってそれ、『椎堂卿』になんか得あるか?」
「……なるほど」
あくまでも首尾一貫した答えに、俺は苦笑した。
椎堂課長もほほえんで、
「そしていまの問答は重要だぞ、谷津田」
「……でしょうね」
「わかっているようだな。だが、あえて確認しておくぞ。おそらく、最後の確認として、高杉が問うだろう。おまえだけでなく全員に、戦う理由をな。
そのときにまともな答えが返せないようなら、おそらく参加はしない方がいい。というか、高杉が外すだろう。アレはそういう女だ。勝ち目が薄まると承知の上で、覚悟がない奴を振り捨てる奴だ」
椎堂課長は言って、笑った。
「だから用意しとけ、答え。どうせ、まだ定まってる感じでもないんだろ?」
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地下施設から外に出て佐伯がいるはずの場所に向かうと、なぜかそこには藤宮千景だけがいた。
「佐伯は?」
「なんか、スカウトしてきた『セカンド・パーティ』の子たちと話してるよ。情報共有がしたいって」
「……どいつもこいつも起きてるな。夜明け前まで休むって約束はどうなったんだ?」
「みんな同じ気持ちだよ。決戦が近いから、寝れないんだ」
「まあ、コンディションが悪化するほど寝てない奴はいないだろうけどな」
地下施設の中にあった時計を思い出しながら、言う。午前の四時半といったところだったはずだ。
さて、そういえば。
「ありがとな」
「え? なにが?」
「いや。一度、命を救われただろう。風見に追い詰められていた俺を、かばったはずだ」
「あー。もう忘れてた」
あはは、と藤宮は笑って言った。
そして、
「それにお礼を言われることでもないよ。あたし、べつに純粋に君の命を守ろうとしたわけでもないし」
「まあ、それはそうだろう」
俺も、そこまで純真ではない。というか、ただの同僚で、深い関係でもなかった俺を相手に、命を投げ出すも同然のかばい方をした藤宮になんの目的もなかったら、そちらの方が不気味だ。
「それでも、お礼を言わなかったのは失礼だった。悪かったよ」
「意外と律儀だね。谷津田くんって」
「そうか?」
「うん。聞いてた話だと暗殺者だって話だったんだけど、その割には人情重視っていうか。不思議」
「まあ、そうなのかもな」
正直、そんなに自分の性格を分析したこともないから、よくわからなかったが。
そういえば、と、ここで俺は疑問に思っていたことを思い出した。
「なあ。なんで『セカンド・パーティ』と交渉に行ったんだ?」
「え、ああ。谷津田くんには説明、してなかったね」
言って藤宮は、話し始めた。
「あたしは昨日……じゃなかった、一昨日になるのかな。正確には三日前からかな? 川崎の傭兵とのコンタクト、それからできれば味方に引き入れることを綾ちゃんから頼まれてたんだよね。家柄的に、交渉しやすいだろうからって」
「ああ。たしか、風見が言っていたな。『藤宮』が云々と。タイクーン……とか、そんな名前で呼ばれてたっけか?」
「あたし、それダサいと思ってるんだよねー。たしかにうちの家は川崎の黎明期を仕切ってた三つの家のひとつだけどさ。横文字つけることないじゃない」
「そうなのか? 横文字と言っても、タイクーンという名前には、なんとなくアジア圏の印象があるんだが」
「いや、アジアもなにも、語源は日本だよこれ。大君」
「え、マジで?」
「うん。徳川家康が外交上名乗った名前だって父さんが言ってた。そのへんがまた……いいや、この話はやめよ。本筋に戻るね」
「あ、うん」
どうも妙なこだわりがあるらしいが、俺は深く聞かないことにした。どうせ無教養な俺に、日本史なんてわからない。
「それで、つてを頼って探したんだけど、一人も見つからなかったんだよね。これ、たぶんおかしいんだよ。谷津田くん、支部長が雇ってた傭兵と面識あるでしょ?」
「まあ、少しだけだったけどな。それがなにか?」
「彼らとすら、連絡取れなかったの。いくらなんでもこの日程で彼らが横浜から一斉退去っていうのも不自然だし、そうなると誰かの意思が関わってるなと思って。
それで綾ちゃんとあわてて連絡取ろうとしたんだけど取れなくて。仕方ないからかろうじて捕まえられた小辻くんと相談したら、『セカンド・パーティ』なら留置場にいるから、交渉次第で仲間にできるかもって言われたんだ。それで探して行ってみたら捕まっちゃってさ」
「なるほど。流れはわかった」
俺はうなずいたが、まだ疑問は残っている。
「それで……なんだ。おまえは戦うのか? いや、戦えるのか?」
「戦うし、戦えるよ」
きっぱり、藤宮は言った。
「まあ、綾ちゃんや谷津田くんみたいにバチバチやるのは無理だけど。『藤宮』って家は、傭兵にとってはあんまり敵対したくない家でね。相手が本当に川崎の傭兵を抱え込んでいるなら、わたしがこっちにいるだけで、やりにくいはずだよ」
「家の権威をそんなに振りかざして、後々問題にはならないのか?」
「むしろ問題にしたいからそうしてるの。なんていうかな、跡目争いって言って、わかる?」
「……いや。あいにくだが、そういう世界とは縁がない身でな」
「まあ、面倒なんだよ。うちはあたしの下に弟がいるんだけど、どっちが家を継ぐかで変な派閥ができて揉めちゃってさ。
だからあたしが川崎を出たのはそこをはっきりさせるため。『新生の道』に入って、あっちこっちで『藤宮』に迷惑かけてる放蕩娘に、後継者を期待する奴はいないでしょ。そういうこと」
藤宮はさばさばと言って、それからウインクした。
「もちろん、君や綾ちゃんを助けたいって気持ちもホントだよ。ま、お姉ちゃんにもちょっと手伝わせなさいな」
「……お姉ちゃんってガラか。そもそもあんたけっこう若いだろ」
「え? でも佐伯先輩から、ホントは谷津田くんって十代だって聞いたよ? なら、あたしの弟と大差なくない?」
「そういう問題か?」
「そういう問題だよー! うしし、かわいがっちゃるからねー」
わしゃわしゃわしゃ、と髪をかき回され、俺はしぶい顔をした。
(こういうキャラが周りにいたことがないから、どう扱っていいかわからん……)
と、そこに佐伯が戻ってきた。
「なんだお前ら、休むべき時間に休まないで」
「おまえが言えた口か。それより、課長から指示があって判断を仰ぎたい件がある」
「……ふむ。聞こうか」
言われて、俺はさきほど見た夢のような現実のような内容を、佐伯に話して聞かせた。
佐伯は少し考えて、
「なるほど。少しばかりやっかいな敵だな」
「志津がなにをしてくるか、おまえにはわかるのか?」
「さっきまでは情報不足でな。地形効果や、魔化武器で強化した警官隊でも用意すると思っていたが……「桃源郷の桃」と来たなら、まあ予想は付く」
「その「桃源郷の桃」は、どういう戦力だ?」
「おそらくはおまえの劣化コピーというところだろうよ、谷津田」
佐伯は言った。
「そしてその数も100人に満たない。主要戦力は横浜の警官隊から引き抜いた私的兵力と、川崎の傭兵だ。そいつらに「桃源郷の桃」の力を付与して、兵隊として扱う。ただし、訓練に使えた時間はよくて三日だ。ろくに力を扱えないだろう」
「そう考える根拠は?」
「第一に、志津が『谷津田久則』のように、人間から不死身の存在を無制限に複製できる可能性はない。それができるなら、わざわざおまえを捕まえようとはしないだろうからな。
だから「桃源郷の桃」を使うとすれば、かつて使っていた少年のように「人間」に付与する形だろう。だが純粋に「桃源郷の桃」である谷津田と違って、それでは全力を発揮できない。谷津田には強い不死身性があるという話だったが、あちらの「桃源郷の桃」はごく標準的な第二世代以上の防御力はないだろうよ」
「それでも、第二世代が100人か……」
「たった100人、だ。それに警官隊から引き抜いたのは精兵だろうが、川崎の傭兵は急造戦力だ。そしてそもそも、志津はおまえという「モデル」を研究するまで、おそらく「桃源郷の桃」の術式の理解には至っていなかったと思われる。でなければ、「陰楼」が徘徊する中華街を放置していなかっただろうからな。そうなると、訓練できた期間があったとして最大で三日、おそらくは昨日一日が限界ではないかな」
「なるほど。その練度なら……」
「と言いたいところだが、ひとつだけ難しいところがある」
「え?」
首をかしげた俺に、佐伯はため息をついて――次の言葉を、吐いた。
「風見大助。かのアリーナ一対一の記録保持者殿が「桃源郷の桃」を付与されるとなると、これはかなりやっかいになる。いまのうちに対策を考えておかないと、おそらくまずいことになるぞ」




