26.真相-truth-(前)
「て、わけで。わたしたちだけで申し訳ないけど、ここでいったん作戦会議と行きましょうか」
夕方、馬車道のレストランで。わたしは、集まった一同を前にそう言った。
大東は、しぶい顔であたりを見回しながら、
「大丈夫なのかよ、こんな開けたところで……さっきはなんか、魔法使ってたみたいだけど」
「うん。認識阻害魔法。このテーブルに注目してないまわりの客には、基本的に「なんかしゃべってるな」以上の情報は伝わらないわ。だから騒がなければ大丈夫よ」
「いや、俺が言ってるのはそっちじゃなくて……残りの連中を連れて行ったあいつらとはなんで別れたんだよ。安全なアジトがあるならそこで話せばいいじゃねえか」
「ないよ、安全なアジトなんて。あんたたちだって関内地区が結界で外と分断されてるのは見たでしょうが。この狭苦しいエリア内で、敵が本気で捜索に出たらどうにもならない。だから二手に分けた。隠密が必要な側はあちらだから、目立つわたしたちがこちらに分かれてしまえば追っ手はどちらを追えばいいかわからなくて混乱するでしょ」
「その結果、こっちに襲いかかってきたらどうするんだよ」
「その場合は……」
わたしはにやりと口の端を吊り上げた。
「願ったり叶ったりよ。こちらに第二世代が三人もいる以上、おそらく来るのは敵主力。この場で潰せれば以降、圧倒的なアドバンテージが得られるわ」
「なんでこんな好戦的なのこの女、やだ……」
「あたしは気に入ったがな!」
食い気味に顔を突っ込んできたのは、『セカンド・パーティ』の副隊長の女の子だ。名前は桂木……桂木朝、というらしい。おかっぱ頭を赤黒に染め分けた、やたら派手な子だ。
「なんだよこいつ話わかるじゃん! 敵の時は単に嫌なやつだと思ってたけど気合い入ってんじゃん! 気に入ったぜ!」
「ありがと。ついでにちょっと声落としてね。認識阻害は注目されちゃうと効果なくなるから」
「おっと。わりいわりい!」
にかっ、と笑って桂木。なるほど、こういうタイプか。
「お三方は、その……」
「うん?」
言ったのは、杉山さんだった。
現在ここにいるのはこの四人だけ。残りはいったん合流後、片嶋さんの隠れているという隠れ家に直行してもらった。
見た目の戦力はあちらの方が多いが、敵にとって最も気になるであろう、わたしと杉山さんをこちらに集めている。どちらを襲うか、あるいはどちらも襲わないか――敵の判断は若干気になるが、さておき。
「お三方は、せかんどというのですか?」
「あん? なんだこのガキ、第二世代知らねえの?」
「はい……お恥ずかしながら……」
杉山さんは、うつむいてそう言った。
わたしはうなずいて、
「まあ、そうでしょうね。一応確認しておくけど、杉山さん、あなたの外見と実年齢は一致しない、って理解でいいわよね?」
「はい、そうです。わたしの外見年齢は、十一歳で止まっております」
「十五年近く、あの施設に閉じ込められていた。そうよね?」
「はい、高杉さま。
ですから、いまの世の中がどういうものなのか、わたしは知らないのです。『せかんど』というのは、普通のひとなら知っている言葉なのでしょうか」
「おうよ! 第二世代、つまりは魔法が使えるこの新環境の東京圏に適合して生まれてきた超人たち、それがあたしたちだ! 銃弾も大砲も効かないし、めっちゃ強い魔法が使える!」
「まあ、大筋その理解でいいわ。間違えてないし」
相変わらず声がでっかい桂木ちゃんにはもう突っ込まず、わたしは肩をすくめた。
杉山さんはわたしを見て、
「ですが、その……」
「?」
「高杉さま、とお呼びしてよいのでしょうか。あなたは、なんというか……違いますよね?」
「は? そうなん?」
桂木ちゃんの言葉は置いといて、わたしは目を細めた。
「それがわかるの? あなたには」
「はい。わたしも――人間ではございませんから」
少し物憂げに、彼女は言った。
「あるいは高杉さまは桃源郷の桃なのではないかと思っていたのですが。そのご様子だと違うようですね」
「桃源郷の桃、ね。その言葉で呼ばれる人型の生物がいるって理解でいいなら、心当たりは一応あるわ」
わたしは谷津田くんのことを思い返しながら、言った。
「後で会わせて確認を取る。それでいい?」
「はい」
「おい、待てよ高杉! おまえ第二世代じゃなくて魔物とかの類だったの?」
「魔物よりやっかいだって、今回の件の黒幕からは言われたわよ。まあ、いまさら隠しても仕方ないし、そのあたりの情報開示から行きましょ」
言ってわたしは、わたしが死んでから現在に至るまでの展開をざっくりと、三人に語って聞かせた。
「以上がわたしが知っているすべてよ。わたしを調べていた研究者の志津、おそらくは彼があの関帝とやらを呼び出した。いや、わたしの推測だけど――『復活させた』。そういう理解でいいのよね、杉山さん?」
「そうです」
杉山さんは悲しそうにうなずいた。
「あの関帝は、わたしともう一人の少年が、決死でランドマークタワーに封印したはずなんです。
ですが、志津さんという方は……そして横浜は、封印を解いてしまったのですね。それだけはしないというのが、わたしがあそこに閉じ込められる代償だったのに」
「そのへんの情報が、完全にわたしたちには欠けているの。だから志津たちの目的も推測しかできない。
教えて、杉山さん。あなたが見てきたものを。この横浜が、十五年に渡って隠してきた真実を」
「はい。うまく説明できるかはわかりませんが……やってみます」
杉山さんは言って、語り始めた。
「まず……高杉さまは、関帝についてどの程度ご存知でしょうか」
「関帝? 関帝廟に祭られている神様ってのは知ってるけど、それ以上は詳しくないわ」
「はい。関帝は道教、つまり中国の民間信仰において篤く信仰される神です。ただし、本来は人であって、いまから1800年以上前に活躍した、蜀漢という国の武将だったそうです」
「武将が、神になるの? すごいわね。そういうことってあるものなの?」
「元々、『神』という単語自体が指すものが、あいまいですから。
西洋圏ではこの語は、全宇宙を作ったただひとりの造物主を指す言葉として使われています。西洋化した現代日本でも、そういうことが多いです。しかし、東洋の古い文化では、この語はまったく違う意味で扱われます。そして、人から神になった存在は少なくないですよ。日本の歴史でも、徳川家康や東郷平八郎などは、人でありながら神として祭られています」
「あー。なんかそれは昔、友達との会話で聞いたことあるわ。
じゃあ関帝も、人として功績を立てて、神として祭られた存在だったってことなんだ」
「そうです。人としての名前は、姓は関、名は羽、字は雲長。通常は『関羽』とのみ呼ばれます」
「……魔術的に重要なピースになる可能性があるから聞いておくわ。「あざな」ってなに?」
「はい。東洋圏では古くより、真の名前は重要な意味を持つため、簡単には呼んではいけないとされてきました。日本でも権力者の真の名は忌名と呼ばれていて、尊敬を表すために別名で呼ぶことがあったと聞きます。
古代中国ではそれが顕著で、目上の人間以外はほぼ必ず字で呼ぶのが習わしだったそうです。ですから関帝は、生前は主君以外からは『雲長』と呼ばれていたのだと思います」
「なるほど。その雲長さんが関帝になったと。どういう神なの?」
「主に商売繁盛の神です。塩の密売人をしていたという伝説があること、敵であろうと義理があれば恩返しをするという義理堅さが商人の信用重視の風潮に合っていたこと、などが理由と言われています。
関帝はだいたいの場合、「関平」と「周倉」という二人の供を連れた姿で表されます。これは生前に部下であったと言い伝えられる存在です。もっとも――」
杉山さんはため息をついて、
「わたしが対話した限り、関帝はその二人を『後付け』だと認識しておられるようでしたが」
「後付け。つまり、生前の従者ではなかったと?」
「はい。後に逸話として付け加えられ、結果として従者として使役できる存在になったと、そういう話でした」
わたしは腕を組んで、
「谷津田くんの話だと関帝って得体の知れない化け物みたいだったけれど……あなたとは、話すことができたのね」
「はい。そして、わたしは周倉です」
「……なんて?」
「関帝は人間を二人、従者に変えて使役する能力を持ちます。わたしは「周倉」を、わたしの父は「関平」を与えられました。わたしが人間でないというのは……そういうことです」
杉山さんは、悲しみを込めて言った。
わたしは少し考え、
「そもそも、なんで関帝は現れたの? そのあたりの事情はわかってる?」
「父の推測も交えての話であれば、できますが……」
「それでいいわ、お願い」
わたしの言葉に、杉山さんはうなずいた。
「そも、『崩壊』という現象を、高杉さまたちはどう捉えていらっしゃいますか?」
「東京周辺……東は静岡県の中部まで、西は千葉と茨城、北は栃木群馬の途中までを含む範囲に発生した大災害。魔物は地に満ち、各所に危険な『異界』が発生し、そして人々には魔術が使えるようになった」
わたしはそう答えた。
「それ以外のことは知らないわ。あなたの意見は?」
「わたしの意見というより、父の見解なのですが……『崩壊』という現象は、法則の書き換えなのだ、という話でした」
「法則?」
「物理法則が、違う法則で書き換わった、ということのようです。
信仰や、呪術、あるいは怨念や願いといったもの。つまりは人の精神活動に、物理的な力が発生するようになった。起こったことは実はそれだけで……それだけで世界が壊れるには、十分だったのだろう、と」
「じゃあ……」
「山手線の惨状をご存知ですよね?」
「いまでは山手大結界と呼ばれているわ。東京圏における魔術的な大炉心――その内部がどんな惨状なのかは、誰一人確認できてないと聞いている。その理由もわかってない」
「そうですか。……『崩壊』の前に、『山手線を始めとした環状線の道路や線路は、江戸城を呪術的に守る魔法陣の一種である』という、オカルト方面の噂話があったそうです。その話を火種に、内部の有名な寺社仏閣への信仰の力が相乗効果的に爆発してああなったのではないか、というのが、父の推測でした」
「その推測は面白いけど、関帝とどうつながるの?」
「つまり、寺社仏閣というのは、信仰の対象が分散されているんです」
杉山さんは言った。
「どんな有力な神社も寺院も、そこだけが主神級を取り扱うということはほとんどなかった。だから信仰の力は分散されて発動し、結果としてそれほど大事にならなかった。
だけど関帝廟は違います。東京圏、とおっしゃいましたね? その東京圏で、関帝を祭るこれほど大きな神殿は、横浜中華街の関帝廟ただひとつしかありません。結果として、信仰の力はそこに集中するだろう……父は読みにしたがってわたしを連れて中華街に赴き、そこで予想通りのものを見ました。関帝が、信仰の力を得て、肉体を得たその姿を」
「それを発見したのは、あなたの父さんが初めてだったの? 関帝廟近くにいた人達はなにをしていたの?」
「高杉さま。つかぬことをうかがいますが、中華街はどのくらい広かったですか?」
「? 広かったって……地図の通りよ。ごちゃごちゃしてて通りにくいけど、まあ街の一区画ってところ?」
「そうですか。わたしの知っている中華街は別物でした。『崩壊』直後から、横浜の中心にあったあの土地は、広大な楽園と化していた」
「それって……」
「はい」
杉山さんはうなずいた。
「桃源郷。中国に伝わる、伝説の楽園を模した『異界』が、そこに広がっていました。わたしがまだ人間だった頃、中華街は異界で……わたしとその父は、その異界を旅する探検家だったんです」
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そう、あのとき中華街はたしかに『異界』だった。
桃源郷という名前で呼んだのは誰だったか。それほど理想的な世界には、自分は見えなかった。ただ、桃の木がそこかしこにあって、いくつかは季節外れにも実をつけていたことが、鮮烈に印象に残っている。
それよりなにより、人々を引きつけたのはたぶん、空が青かったことだろう。
あの現象が『崩壊』と言われるようになったことは、だいぶ後になって聞いたことだが。あの日たしかに、わたしたちの世界は変わった。
空には銀の円盤が垂れ込め、調べようとした飛行機は円盤に飲まれて行方不明。地には異常事態が溢れ、山手線内部とは音信不通。異常な『異界』が地に広がり、そこからあふれ出た魔物を見て人々はパニックに陥った。
逆に人々の中にも、超能力のようなものを発動させられる人間が爆発的に増えていった。後に「魔法」と呼ばれるその技術は、魔物退治の役には立ったが、根本的な解決にはなんの寄与もしなかった。
そんな中、『空が青い異界がある』という噂は、横浜の住人達に爆発的に広まっていった。
考えてみれば、そんなものはたいした救いにはならないはずだ。空が青いだけで、魔物の危険も、魔術の存在も、なにも解決していない。だというのに、いつの間にかそれは『そこに行けば救われる』という尾ひれがついた噂になって、人々が殺到する原因になった。
わたしの父は――それとは、だいぶ違った。
わたしの父は、探検家だった。探検家と言っても、本来は自営業者というか、個人の輸入代行みたいなのをやっていたらしい。ただ、海外を飛び回るかたわら、暇を見つけては大きな休みを作って、秘境と呼ばれる場所を訪ねる趣味を持っていた。
そんな父だからだろう。母を失い、まだ一人前でないわたしを安全な場所につれて行くべく横浜を訪れた彼は、そこで桃源郷の話を聞くと、いろいろと推測を始めた。
『きっと関帝は現れている。まだ誰も見つけてないだけだ』
探検家の父さんはそう言って、ニコニコ笑っていた。
実際、川崎なんかと違って比較的安全で、電力や水道が早期に復旧した横浜に移住できたわたしたちには、その程度の探検をできる余裕があった。だからわたしたちは、救いを求める人々と違って、父さんの『仮説』を検証するという目的のために、二人で探検を開始した。
そう、あのときは無邪気な遊びだった。日帰りのことも多かった。まだあの頃は桃源郷の探索に懸賞金もかかっていて、それで日銭を稼ぐことも可能だった。自称探検家は、探検で日銭を稼ぐ本物になった。
そうしていれば、自然と探索も進む。その日も簡単な探索のつもりだったわたしたちは、そこで見つけた。
――見つけてしまった。
関帝。関聖帝君。その名はすぐわかった。関帝廟の名残だったのか、すぐ側に『三界伏魔大帝神威遠震天尊関聖帝君』という、長い名前が記された碑が立っていたからだ。
関帝は、人の心が乱れていることを非常に悲しんでいた。そして、弱き者を庇護することが、地に降り立った神である自分の役割であると宣言した。
彼は父とわたしに、共に人々を幸福にするために活動してくれないかと提案してきた。そんな力はないと父が言うと、自分は「関平」と「周倉」という二つの霊的な守護者を持っていて、それをあなたたちに与えれば常人離れした力を使えるようになると言った。
父は熟慮し、いったんその場を離れて、何日か考えて、わたしとも相談して、最終的にその提案を受け入れた。
そうして桃源郷は、人々の理想郷になった。
関帝の庇護の元、父が取り仕切り、わたしが補佐をして、人々を導く。桃以外は特にこれといってなにもなかった異界に、街ができ、人々が笑い、生活するようになっていった。なにもかもがうまく行っているように見えた。
だが、父は探検家だった。
そして関帝は、神を名乗りつつも、本質的には武将だった。つまり、君主に仕えて力を振るう存在だったのだ。
関帝が本当に父に求めていたのは、仁君として自分の主人たるものになることだった。それができれば、なにもかもが本当にうまく行ったのかもしれない。だけど父はただの探検家だった。
ただの探検家に君主なんて務まるはずがない。
桃源郷は急速に、歪んだ秩序に飲まれていった。宗教団体としての性質を加速度的に帯びていった父の一団は、関帝の力を振るって秩序を維持した。最初は泥棒や殺人犯だけを裁いていたそれは、あっという間に、自分に従わず距離を取るだけの、ごく善良な人々にも振るわれるようになっていった。
止めたわたしは手ひどく殴られ、公務から遠ざけられた。
――ああ、いまでも思う。父は決して悪かったわけではない。
ただの探検家が君主みたいに振る舞うためには、そういう強権で押さえつけるようなやり方しか選べなかったというだけ。
そしてわたしは、その間違いを正せるような資質を持っていなかった。それだけだった。




