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亡霊と不死者の時間-Things separating ATHANATOI from ghosts-  作者: すたりむ
第三章:天変地異⇒天変地異!?
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25.切り崩し-splitting-(前)

 昼過ぎ。

 俺、谷津田久則は、高杉や課長たちと分かれて、横浜の南側、『再生機構』のビル前に来ていた。


「手分けして動いた方が効率がいいのと、俺の存在と事情を知る横浜市から隠した方がいいから、という話だったが……」

「ですね。こっち側はまだ、どのくらい深くつながってるかわかりませんし。

 とはいえ、敵の本体が谷津田さんを狙っているのは確実。気合い入れてお守りしますから、危なくなったら一目散に逃げましょう!」

「…………」

「? どうしました?」

「いや、なんか変な感じがしてな。おまえが仲間になる未来なんて、これっぽっちも想定してなかった」


 ついてきた小辻に、俺は素直な感想を言った。

 小辻の方はきょとんとして、


「そんなに珍しいですか? 昨日の敵が今日の仲間なんて、小田原じゃ日常茶飯事だったじゃないですか」

「それは本当に小田原なのか? 逆のパターンなら何度も見たが」

「んー、まあ、天際さん苛烈ですからね。味方から敵に返った相手は本当に徹底的に撃滅したんで、気づいたらそのパターンなくなってましたね」

「……第七軍がなんで小田原で勝てたのか、その一端を見た気がするな。

 まあいい。入ろう。アポなしだから出たとこ勝負だ。気合い入れて行くぞ」

「はい!」


 言って、俺たちはビルの中へと入っていった。



--------------------



「そちら側がこちらに直接接触しに来るというのは珍しいな」


 と、その男は言った。

 知己ではない。いや、名前だけは知っている。前崎まえざき史路しろ。『再生機構』横浜庁長官という肩書きの男。

 問題はいろいろある。


「我々は松山課長との面会を依頼したはずですが、なぜあなたが?」

「松山は所用で外している。といって部下に応対させるのも失礼に当たると思ってね。そうすると、上司である私が出張るしかないだろう?」


 ひょうひょうと、彼は言った。

 グレーのスーツをぴしっと着込んだ、壮年の男である。その表情は容易には見通せない。無表情と言うには愛嬌があり、しかし感情が見えるかというとそうでもない。不思議な相手だ。


(こちらの支部長殿よりは上手。そう考えたほうがいいな)

「では御前崎さん。あなたは現在の横浜に起こっていることをどの程度承知で?」

「『新生の道』の支部が壊滅したことは知っているよ」


 御前崎はさらりと言った。


「そして、我々はそれに関与していない。……と言ったら、信じてもらえるかね?」

「喜んで、と言いたいところですが、僕が信じるのと上司が信じるのは話が別でしょうね」

「それだ。実際のところ、いま君の上司は誰だ? 花小路支部長の住居は関内地区の外側だと認識していたのだが」

「いま関内エリアで指揮を執っておられるのは、警備課の片嶋課長になります。序列が一番上ですから」

「ふむ。まあ妥当なところではあるが」


 言って、御前崎は俺に目を向けた。


(……?)

「実はそれより気になることがあってね。谷津田久則。君自身は私の言葉を信じたのかね?」

「僕が信じるかどうかが重要なんですか?」

「重要だよ、それは重要だ」


 意味深に、御前崎はささやいた。


「なにしろ、君は手配されている(・・・・・・・・・)。志津方山を名乗る魔術師から『見つけ次第横浜市へと引き渡すように』という通達が来ているからな」

「…………」


 俺は素早く、小辻と目配せをして、


「……で、それに従う気ですか?」

「残念ながら我々には戦力がない」


 と、御前崎は言った。


「そちらと違って、こちらの魔術資源は限られていてね。いまこの場で君を拘束しようとしても、逃げられるか、あるいはもっとひどいことになるだけだろう。だからこの会談が終わり次第、逃げられたという報告を横浜市に送ろうと思っているよ」

「……それこそ、信じられるとお思いで?」

「信じられないならば、いますぐ逃げればいい。

 だが、私は信じてもらえると思っているよ」

「なぜです?」

「でなければ、リスクを冒してまで君が、この場所にやってくる意味がない。可能な限りの情報をかき集めてから、撤退しようとするはずだ。そうだろう?」

「……まあ、そうですね」

「さて、話を返そう。君の見解として、『新生の道』を襲った謎の勢力、それは我々だと思うかね?」


 言葉に、俺は少し考え、そしてかぶりを振った。


「この局面で、あなたたちにさほどの利があるとは思えません」

「実力がない、とは言わないんだな」

「それは、まあ、はい」


 正直にうなずくと、彼は面白そうにくつくつと笑った。


「その通りだ、谷津田くん。素人考えだと、この状況は「横浜市は『新生の道』ではなく『再生機構』を選んだ」などと見てしまうだろう。だが現実は違う。おそらくあの志津とかいう魔術師にとって、『再生機構』ではなく、『新生の道』の方が脅威だったんだろう。だから襲った。我々はそう見ている」

「両方、という考えはありませんか?」

「ない。志津方山は『再生機構』の弱点を知り尽くしている。現時点でこの横浜庁に、風見鶏以上の行動を起こす余力が一切ないことを、完全に見抜いている。だから出てくる通達は全部命令調だ。こちらが逆らえるはずもないと思っているんだろうね。いやはや――」


 一瞬、御前崎の笑みが若干深くなった。


「舐められたものだねえ、本当に」

「……志津の計画について、そちらはどのくらいご存知なのですか?」

「話すことを禁じられている。

 が、まあ、世界をひっくり返すレベルのことだと、そのくらいは言ってもよかろうよ。なにしろ、我々『再生機構』だけならともかく、『新生の道』からの報復すら恐れないほどの豪胆さだ。そのくらいでないと釣り合いが取れん」


 言って、御前崎は興味深そうに俺を見た。


「君たちはいま、どのくらいの情報を得ている?」

「確定情報はほとんどないです」

「では、予測はできていると?」

「少なからず」


 俺は正直に言った。

 隠しても仕方がない。ここに来る前、高杉が言っていたことを思い返す。


「志津方山は横浜市を味方につけている。それはつまり、横浜にとって利になることを企てているから味方してもらえるのだと、そう我々は考えています」

「具体的には、なにが利だと?」

「おそらく――この結界」

「…………」


 表情を変えない御前崎に、俺は言った。


「この結界を自在にどこでも展開できるシステムを作る。そうすれば、東京圏はすべてが横浜のようになり、『崩壊』前のような平穏を取り戻す。魔力嵐や魔獣災害に悩まされるような世界を終わらせて、新しい世界を創ることができる」

「なるほどねえ」

「違いますか?」

「コメントは禁止されていてね。悪いが」


 御前崎はひょうひょうと言って、笑った。

 ……当たらずといえど遠からず。そんなところか。


「まあ、そういうわけだ。こちらはがんじがらめでね。残念ながら、君たちとは積極的に敵対できる戦力はないが、味方をするとあちらから潰される立場だ。ご承知置き願いたい」

「わかりました」

「他に聞きたいことはあるかね? まあ、答えられるとは限らんが……」


 言葉に、俺は少し考え、


「あの」


 隣にいる小辻が声を上げたことに、少し驚いた。


「いいでしょうか。僕からの質問ですけど」

「どうぞ。たしか、小辻くんだったね」

「あ、はい。それで質問ですけど、島田さんはどこです(・・・・・・・・・)?」


 小辻の言葉に御前崎は、すうっ、と目を細めた。


「連絡が取れていない。行方不明だ」

「そうですか……」

「だが、それは重要な質問だ。とても重要だ」


 意外にも、強い口調で御前崎は言った。


「島田あさぎ。彼女は我々の仲間で、『再生機構』の正規職員である。

 その彼女が行方不明であれば、当然我々には捜索する義務があるし、もし死んでいたりすれば……」

「すれば?」

「当然、その責任はいま事態を動かしている責任者にあると、私は考えている」


 御前崎は空をにらみつけるようにして、言った。

 ……おそらく、この会話を盗聴しているであろう、何者かに向けての言葉だ。


「話は終わりだ。すぐにこのビルを離れるといい。我々もすぐ、横浜市側に連絡する。わかっているね?」


 御前崎はそう言って、それでこの会談は終わった。



--------------------



 その後、俺たちは尾行をなんとか撒いて、予定通り高杉たちと大さん橋の蟹料理店で合流した。


「……というわけだ。どうも『再生機構』、志津に従うのがいやでいやで仕方がないという感じだったな」


 蟹をはさみでばきばき割って身をほぐしながら、俺は言った。

 高杉も同じように、馬鹿力で蟹を素手で割りながら、


「まあ、そりゃそうでしょうね。それだけ舐められてれば、少しは嫌がらせもしたくなるのが人情ってものよ」

「だが、立場はわかるさ。『再生機構』は横浜から三浦への海路に、東京圏外部への通商ルートをかなりの程度頼っている。だから最初から、彼らは横浜に対しての立場がとても弱いんだ。かといって、登戸を取られた現状では横浜を武力鎮圧する目もだいぶ減ってしまったしな」


 椎堂課長が言って、俺たちが割った蟹を悪びれずたぐり寄せてほおばった。


「……それはいいんだけど」

「ん、なに、島田さん? いいからケイみたいに蟹食べなさいよ。体力つけなきゃ」

「いや、だからね? 私の目の前で『再生機構』の話とかされると、すごい気まずいんだけど。どうにかならないの?」


 のんきに言った高杉の言葉に渋面で応えたのは、先ほど話題になった行方不明者の島田あさぎ。

 かつては『再生機構』のスパイとして志津の助手をしていたはずの彼女は、血まみれの状態で高杉たちに発見された。

 その彼女がなぜ、いまぴんぴんしているかと言うと、


「それにしても、難しいとされる回復魔法・・・・の使い手がいるとはね。『新生の道』、どこまで魔術戦力が手厚いのよ」

「いや、佐伯があれを使えたのはわたしにも想定外だったけどね……実際あいつ、本当に後ろ暗いところなにもないの? マジで?」


 というわけで、佐伯が魔術で傷を癒やしたということらしい。

 俺はため息をついて、


「その疑問は周回遅れだぞ、高杉。昨日の夜、俺は佐伯と話してあぜんとしたからな。どう考えてもただ者じゃないくせに裏事情をなにひとつ知らなかったんだから、逆に常軌を逸してる」

「わはは。面白いだろ? 私がスカウトした人材の中でも、あれは最上級だ。『裏』を知らないこと、それ自体がジョーカーになってる」


 椎堂課長が楽しそうに言った。


「で、その佐伯と小辻はいまどこに行ってるんです? なんか小辻、ここの蟹を食べられなかったことにしょんぼりしてましたよ」

「ま、それはそのうち埋め合わせするさ。あいつの新人歓迎会もここだったからな。

 で、いま連中は楢崎を連れて、いろいろと下準備をしてる。こういうときは先手先手を打たないとな」

「下準備って……なにをしてるの、あなたたちは? というか、なにができるの?」


 疑問符を浮かべて言った島田に、高杉が口を開いた。


「その前にふたつ質問するけど。まず島田さん、あなたは今回の事情について、どこまで知ってるの?」

「どこまでもなにもないわよ。あの怪物を連れて帰ってきた志津先生にいきなり殺されそうになって、必死で逃げて隠れてあの状況。正直トラウマものだわ」

「じゃあ次。わたしたちはどうやら、志津と利害関係が敵対してるみたいなんだけど。戦うことになったとき、こちら側についてくれる?」

「それは願ったり叶ったりよ。いまから『再生機構』に帰ったところで安全とも限らない。だったらもう、徹底的にやってやるわ」

「よろしい。じゃあ簡単に解説するわね」


 言って、高杉はこれまでの展開を手短に、島田に話して聞かせた。


「というわけで、次の目標は県警本部ね。なんとかしてチカと、かつての『関帝』を知る生き残りを確保する。そのためのプランを練っているわけ」

「それはわかったけど……県警本部って第二世代セカンド用の収容所なんでしょう? 守りも堅固だろうし、下手すると横浜市側の第二世代セカンドが守りについてるかもしれない。一筋縄じゃいかないわよ」

「それよりもっと重要な問題があるんだけど。島田さんに聞きたいのはそこね。県警本部のセキュリティ、志津が関わってる(・・・・・・・・)?」

「それはない」


 島田は即答した。


「それはないわ。わたしが助手をやり始めてからは少なくとも、一度も志津先生はその手の仕事を引き受けてないし……わたしが助手になる前に防衛装置の設計に関わるくらいはしてるかもしれないけど、保守作業は現地の魔術師がやらなきゃいけないから、そこまで複雑にはできないでしょうね」

「それが聞けてよかった。やっぱり島田さんが仲間だと頼りになるわ」

「……複雑な気分ね。それで、どうするの?」

「まあ、いろんな考えはあるんだけどさ」


 高杉は言った。


「ここらで情報を整理しときましょ。敵戦力たり得るのはおおまかに分けて四つ。一つは当然ながら、志津当人と関帝ね」

「うん」

「二つ目は横浜市。これは完全に志津に味方してる。たぶん利害関係が一致してるんでしょうね。一応、一部に切り崩し工作をかけたけど、成功したとは言いがたいわ。せいぜい、状況が悪くなったら寝返る可能性を植え付けた程度ね」

「うんうん」

「三つ目は『再生機構』。これは「戦力不足」によって、相手に逆らえないと言っていた、というのが谷津田くんがさっきしてくれた説明だったわよね。この認識、島田さんはどう思う?」

「……まあ、少なくとも嘘はないと思うわ。『再生機構』は慢性的な人手不足。それに加えて、横浜は地の利もあるし」

「じゃああっちも崩しがたいってわけね。困ったわ」

「で、四つ目の戦力は?」

「これがやっかいなことに身内。芦屋郁枝と、風見大助」


 高杉は言って、ため息をついた。


「この二人は本当にやっかい。芦屋さんはわたしたちの個人情報をふんだんに持ってるし、風見は戦力として圧倒的。正直、風見相手に確実に勝つなら、わたしか谷津田くんのどちらかに、補助戦力として小辻くんが必要よ。つまり、たった一人でこちらの主力級を二人封じられる」

「志津先生がいるのに、さらにそれだけの戦力があるのね……」


 島田はため息をついた。

 高杉はうなずいて、


「そう。相手はとても強大で、どこかを交渉で切り崩さないとたぶん勝てない。でもそのアテも簡単には見つからないから――」

「まず相手が戦力としてカウントしてない潜在能力(・・・・)に目をつけた、というわけだ」


 椎堂課長が引き継いだ。

 島田は眉をひそめて、


「潜在能力? なんの話?」

「実はな、警戒していた戦力はもうひとつあったんだよ」


 俺が言葉を継いだ。


「そいつらが相手の味方についていたら、かなりやっかいなことになる。ところがどうも情勢を見るにそうなっていないらしい。だからそいつらを先にこちらに取り込んでしまえば、戦力になる」

「そんな都合のいい戦力がいるの?」

「『セカンド・パーティ』。あのときわたしたちに襲いかかってきた、川崎の第二世代セカンドたち――総勢十三名」


 高杉の言葉に、島田ははっとした顔をした。

 高杉は不敵に笑い、


「横浜市が恩赦と引き換えに協力させる可能性を想定していたけれど、そうはならなかった。どういう理由かわからないけど、これは志津の落ち度よ。

 だから最大限に利用しましょう。相手は川崎の傭兵。報酬次第ではこちらにつく……そこが、わたしたちの切り崩しのとっかかりになるわ」


 と言った。

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