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亡霊と不死者の時間-Things separating ATHANATOI from ghosts-  作者: すたりむ
第三章:天変地異⇒天変地異!?
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24.再交渉耐性-renegotiation proofness-(後)

「話し合いねえ、ふふん」


 部屋の中。テーブルをはさんで。

 田中は小馬鹿にしているような、それでいて興味はあるような、そんな笑顔をわたしに向けた。


「わかっているよね、高杉綾子。君は現状、途方もなく不利だ。それでもここに飛び込んできたという、それ自体が僕に情報をくれている。君、いまの横浜でなにが起こってるか、ほとんどわかってないだろ?」

「んー……」


 わたしは少し考え、


「「わかっているよね」から始まって「わかってないだろ」で終わる文章って、案外珍しいわよね」

「話逸らすなよー。おーい」

「え、ああ、ごめん。なんかおもしろかったから。で、なんだっけ?」

「だーかーらー。なんでこんな時期によりによって、僕のところに飛び込んできたのさ。君の強みが、ほとんどなにも発揮できない場所だろ、ここは」

「まあ、そうね」


 わたしはうなずいた。


「横峰さんはああ言ってたけど……実際のところ、あなたたちは今回、わたしを完封できるのよね。わたしたちの提案が気に入らなければ、表面上適当に話を合わせておいて、会談が終わったら暗殺者なりなんなり手配すればそれでいいわけで」

「そう。生殺与奪の権は僕たちにある」


 田中は言って、不敵に笑った。


「それでも君は飛び込んできた。なにか成算があると?」

「んー……まあ、たぶんね」


 わたしはうなずいた。


「なんだっけ。わたしも昔、授業で習っただけだからうろ覚えなんだけど、こういうのなんて言うんだっけ。再交渉耐性リネゴシエーション・プルーフネス? だっけ?」

「ああ、契約理論とか産業組織論の用語だね。「もう一度交渉しても元の結論になる」という、契約の持つべき性質を指す言葉だ。その特性がある契約は、容易には裏切れない。

 ……なるほど。そんな用語が出てくるあたり、一応考えてはいるようだね」

「うん。まずは……」


 わたしは少し考え、


留保利得(・・・・)を下げておいた方が、なにかといいわよね」

「うん?」

「だから、このままわたしが来なかったときに得られるであろう利益。それが実は、思ったよりたいしたものじゃないってことを、教えてあげた方がいいかなって」

「言うねえ」


 田中はにやにやと笑った。


「だがそれは不思議な話だ。そうなると君は、今回の件で僕とクライアントが交わしている契約を、知っているかのように聞こえるんだけど」

「知らないわよ。最初にあなたが言ったことでしょ。まだわたしたちは、志津がなにをやっているかについて、ほとんどなんの情報も持っていない」

「ふうん。ならなんでそんなことができると?」

「知らなくても予測はできるでしょ。どうせ発電設備関連っていうか、関帝結界か桃源領域ザナドゥ・エリアかは知らないけど、それの複製権(・・・)あたりでしょ?」


 わたしの言葉に、田中はあちゃー、という顔をして、


「……三浦の関係者だってバレてるのが、こういうときに仇になるんだねえ」


 と言った。


 そう、三浦である。

 田中大五郎は三浦の支配者であった『魔王』田中信三の息子。そして今なお、三浦の支配権を取り戻そうと陰謀を巡らせている者だ。

 そして三浦には、ある特徴がある。それは川崎と横浜の二つと同じく、『フォートと呼ばれない』ということだ。

 品川領域の探査を終え、幕張に拠点を構えた「品川調査隊」の面々が、かつて鉄道の線路だった魔力供給網を安定させ、効率的に発電と防衛に回せるようにパッケージ化した魔法技術。それがフォートである。

 川崎は、その技術が普及するのを悠長に待てないほど荒れていたため、独自技術を発達させてしのいだ。

 横浜は関帝結界の影響で、その技術がそもそも必要なかった。

 そして三浦は――フォートでは足りなかった(・・・・・・)

 元々、神奈川県は三浦半島の最南端が三浦である。線路としては京浜急行が伸びているが、川崎、横浜、横須賀という大消費地の下流にあるため、山手大結界から流れてくる魔力がかなり少ない。

 それでも、元の人口ならば問題はなかったのだが、三浦は『魔王』田中信三の尽力により、熱海との間の安全な航路を確立し、一大貿易地となった。

 いわゆる『東京圏』からその外側へ出る、あるいは逆に入ってくるのは、現在のところ非常に難しく、見つかっている数少ない安全なルートをたどるしかない。

 北側にはつくばから北上するルートが確立されているという噂だが、西側は、いまのところ知られている安全な道は、三浦から海路で熱海、熱海から陸路で下田、下田から海路で浜松というルートしかない。

 そのルートをにぎっている三浦は交易の中心地となり、『崩壊』直後の荒れた状態で難民もたくさん受け入れたため、一気に巨大都市に成長した。

 そうなると必然、問題が起こる。最大の問題は電力不足。フォートパッケージではどうやっても足りない電力を補うため、『魔王』が魔改造した魔力発電システムもあるが、それでも不足。そこで三浦では火力発電所を増設し、外部から化石燃料を輸入してなんとかまかなっているのだとか。

 ……そう。三浦には、フォートでは足りない。

 逆に言えば、フォートよりもはるかに効率的な充電、安定化システムがあれば、それは三浦にとって救世主になるのだ。

 田中は、いまはもう三浦をにぎるだけの戦力は確保していると言った。その彼が、いまさら志津に協力する理由があるとすれば、それは戦力の増強ではありえない。

 そしてその事実こそが、志津が用意したであろう、田中への「報酬」を予想させてくれる、またとない手がかりになる。

 さらには、その報酬を用意できると田中が確信していることが、志津のいまの目的への――


「だが、それを「留保利得」と定義するなら、君はその価値がそこまで高くないことを立証しなければならないわけだけど」


 田中の声に、わたしは現実に引き戻された。


「そちらの方はどうなんだい、高杉綾子? 君はこの利得が思ったより高くないと言った。つまり、志津は提供を約束したシステムのスペックについて、嘘をついたということかな?」

「んー、いや、そういうわけじゃないんだなあ」


 わたしは首を振って、身を乗り出した。


「田中、志津ってどういう奴だと思う?」

「ん? 唐突だね。志津方山については、そりゃ市井の噂くらいしか知らないよ。品川調査隊の伝説の「六人」の一人で、今なお現役の魔術のエキスパート。東京圏でも最高級の魔法使いだ」

「うん。まあ、そういう話になるわよね」

「この情報に間違いがあると? あるいは中華街の彼は志津方山ではない?」

「いやいや、そう言ってるんじゃないよ。まあ、簡単に言うとね、わたしはここのところ、ずっと志津に体調とかを見てもらっていて、それに伴って彼を観察していた。で、それで思ったことがあったわけ」

「思ったこと? なんだい?」

「うん。志津、自分を意図的に過大評価させてる(・・・・・・・・)


 わたしは言った。


「田中、あなたの言うことは間違ってない。彼は品川調査隊の第一次メンバーで、その生き残りの「六人」の一人で、今なお現役の魔術のエキスパートで、東京圏でも最高級の魔法使いだと思うわ。

 その上で――あえて聞いてみましょうか、田中。彼は換えが利かない(・・・・・・・)と思う?」

「……妙な言い方だね」


 田中はそう言って、少し考えて、


「つまりそこが問題の肝か。彼にできることは他にもできると?」

「まあね」

「だが他より安上がりじゃないと意味がないだろう。そこは――」

特許権(・・・)ってなんのためにあったか、田中は知ってるわよね?」

「…………」


 田中は沈黙した。

 そう。彼ならば……経済学を学んだと言っている彼ならば、わたし以上によくそれを知っているだろう。

 特許権とは、本来値段がつかない「情報」という財産を、どうにか売れるようにするために作られた人工的な権利だ。

 情報という「もの」は、本質的には「市場では売れない」のである。これにはいくつかの理由がある。まず第一に、情報は「知らなければ」価値を判定できない。にもかかわらず情報は「知ってしまったら」その時点でもう消費されていて、いまさらお金を払う理由がなくなる。それどころか「知った」人は、その情報をいくらでも転売できる。だから情報は普通の市場取引では、うまく売買することができない。

 その「情報」を、発見者「だけ」使えるという「権利」を法律で無理やり作って、それによって市場取引ができるように工夫したのが特許権。

 だが、いまの無法地帯に近い東京圏において、そんな概念はほとんど形骸化している。


「そして断言しましょう。志津にできることは、確実に幕張の連中にもできる。あそこには倉田亜里砂と、橘三郷と、きしかおる……それこそ「六人」のうち三人がいる。そして倉田と橘は砦システムの開発責任者で、知られているように重度のオープンソース主義者(・・・・・・・・・・)よ。だから……」

「だから?」

「適当なところで志津を出し抜いて、研究成果の一部を幕張に送ってやれば、そんな契約せずともただで使えるわよ。その新技術」


 わたしはさらりと言った。

 田中は少し、黙って考えたあと、


「……だが、それには確証がない」


 やや真剣な口調で、言った。


「志津方山はたしかに、当代随一の魔術研究者ではないかもしれない。けど、彼は超一流の魔術研究者で、その上で中華街を何年も研究している。

 その彼が持っているヒューマンリソースを幕張の研究者が補える確証はない。そこについては、どうなんだ? 高杉綾子」

「あるわよ確証。ていうか、見えてないの?」

「なにを?」


 田中の言葉に、わたしは笑みを浮かべ、


「なんで志津はこんなに急いでる(・・・・・・・・)と思う?」


 と言った。


「わたしにはわかる。志津方山は、コンプレックスの塊よ。当人だって十分有能だし、業績もあるはずなのに、世間でもてはやされるのは倉田とか橘ばっかり。だから、一発逆転を狙ってる。絶対にこの業績は自分のものにするという焦りが、他のすべてを凌駕してる」

「……なぜそれがわかる?」

「わたしも同じ立場だからね」


 気負わず、ごく自然に、わたしは言った。

 わたしにとっての天際波白と梶原沙姫が、志津にとっての倉田亜里砂と橘三郷なのだ。

 いや、わたしはたぶん、そのふたりとおおむね同年代だから、敗北を受け入れたけれど。志津の場合、下手に年上であるから、受け入れられないものがあるのだろう。


「それは裏返せば、志津には確信があるってことよ。この状況で幕張の研究者が介入してくれば、自分と同じ結果を出せてしまうっていうね。だから、彼はこんなにも大博打を打たなければいけなかった」

「なるほど、なるほど」


 田中はうんうんとうなずいた後で、


「じゃあ最後の確認だ。君には責務がある」

「責務? なんの?」

「志津が「そこまでではない」ということを、立証する責務だ。

 どうなんだ? たしかに僕は、志津のことを当代最高クラスの魔術師として認識してきた。君は、その根拠を崩す必要がある。崩せるのかね?」

「まあ、そうね」


 わたしは言った。


「いますぐ確証を出せ、と言われると辛いものがあるわね」

「いますぐでなければ、現在の交渉には使えない」

「そうね。じゃあ簡単に、シンプルに言いましょう。

 ――なんでわたしが生きてると思う?」


 そう言ってわたしは、志津が現在抱え持つ根本的な欠点について、話し始めた。

 すべてを語り終えたとき、田中は笑顔でこう言った。


「君は僕より、ずっと性格が悪いなあ」



--------------------



 しばらく細かい話を詰めた後で、わたしと田中は隣の部屋から呼び出された。


「どうだったね?」


 簡潔に問う横峰に、田中は笑顔で答えた。


「有意義な時間でしたよ」

「そうか。……では、話をまとめよう」


 横峰はそう言って、背筋を立てた。


「そちらの要求は、旧県警本部……現在は、第二世代セカンドの犯罪者収容所となっている場所に不当に閉じ込められている『新生の道』職員との面会、及び、状況が確認でき次第の早期解放。そういう理解でいいかな」

「まあ、まずはそれだ。以降なにか要求があれば都度行う」


 ケイが答える。こっちはこっちで、話がまとまっていたようだった。


(たぶん、田中がゴーサイン出さなければ、こちらも含めてぜんぶおじゃんになっていたんだろうな)


 今回の交渉は、本当にタフだったと思う。

 情報がほとんどないまま、志津と田中の間で交わされた契約を推測し、その内容に切り込みを入れ、こちらにつく価値があると判断させる。言うは易しである。推測がひとつでも外れていたら大惨事だった。


(まあ、そこまでやってなお、結局田中はこちらにはつかなかったけど)


 わたしができたのは、完全に志津の味方だった田中を、様子見状態まで戻すことまで。


『それ以上は、展開を見て決めさせてもらうよ。君が言う「爆弾」が本当に炸裂したら、喜んで協力させてもらおう』


 という感じで、いいとこ取りを宣言されてしまった。

 まあ、それでも。これがせいぜい現状の最善だろう。

 わたしたちには一刻も早く、確実な情報を得る必要があるのだ。かつての横浜でなにが起きて、いまの横浜でなにが起こっているかということについて。


「さて、ところで少し聞いてもいいかな、高杉綾子殿」


 という横峰の言葉で、わたしは我に返った。


「なにか?」

「君とだけは、この場で私が直接言葉を交わしていないのでね。少し話してみたいと思ったのだよ。

 今回の案件、君はなにを目的としている? 君が考える落とし所はなんだね? それがどうにも、私には気になっているんだがね」


 ……驚いた。

 このおじいさんがここまで「わたし」個人に踏み込んでくることは、想定していなかった。

 だからわたしは、ごく素直に、思うままを言った。


「そうですね。

 なにがあろうと、終わった後に後悔だけはしたくない――正直に言って、それだけです」



--------------------



「なんとかうまく行ったか……はー、マジ疲れた」

「いや、こっちもギリギリだったわよ。満額回答とは行かなかったけど、現状ではここまでね」


 ホテルのロビーから外に出て、わたしとケイは疲れた顔で言った。

 相手方によれば、十五時まで待ってくれれば、県警本部の建物と話をつけておいてくれるそうだ。後は自分たちで行け、ということらしい。

 その時間までここで待っていてくれ、と言われたら、正直かなり警戒していた。待たせているうちに志津に連絡して確保しようとされる危険性がある。だが、そうはならなかった。

 それはたぶん、この交渉の部分的な成功を意味していただろう。相手を切り崩せた、とまでは言わないが、楔を打ち込む程度のことはできたと思う。

 後は、十五時を待って県警本部に行くだけなのだが……


「おい、高杉。課長」


 と、佐伯が言って、わたしたちは足を止めた。


「どしたの、佐伯?」

「あそこを見ろ。血痕だ」


 言われた通りに見ると、確かに平穏に見える街の中に、明らかな血の跡が点々とついている。

 それは路地の方へ続いていた。


「……不穏ね。追ってみる?」

「普段なら止めるところだが……今回は手がかりが欲しい。

 だが課長を巻き込むのはまずい。高杉だけで行けるか」

「おっけー。佐伯は、いざなにかが起こったらケイを守って撤退して。わたしは気にしなくていいわ。

 ケイもそれでいいわよね?」

「任せた」


 にやりと笑って親指を立てたケイに不敵に笑い返して、わたしは路地の方へと移動を開始。


(さあ、鬼が出るか蛇が出るか……)


 考えながら、わたしは路地をひょいっとのぞき込み。

 ……一瞬、思考が止まった。


「――……あ」

「島田さん!?」


 駆け寄るわたしに、島田さんは弱々しい笑みを浮かべて、


「よかった……もう、手札が、なくて……追っ手だったら、終わってた……」

「話は後! 血まみれじゃない、まずは安全なところに――いや、待った。追跡魔術がかけられているかもしれないから、まずは……」

「あはは……」


 島田さんは、力なくほほえんだ。


「皮肉ね……高杉、綾子……あなたを仮想敵として作っていた呪具のおかげで、なんとか……なんとか、生き延びられた……」

(……志津。ここまでやったのね)


 わたしは、ぎり、と歯をかみしめた。

 志津の目的がなんであるかは知らない。だが、予想はつく。

 おそらくは志津は、名前を残したいだけ。魔法技術の歴史に、自分の金字塔を打ち立てたい、それだけのはずだ。

 それだけのために――わたしや谷津田くんだけではなく、島田さんまで切り捨てるというなら。


(どうも……わたしはあなたが、許せなくなってきたみたいよ。志津方山――)






---next, splitting.

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